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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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王と相談役

 グラミア王国の統治者は、祖父と慕う人物が使っていた執務机を現在も愛用している。譲り受けてから二〇年近くになるが、イシュリーンの扱いが丁寧なので痛んだ箇所は見受けられない。ただ、袖の引き出しが開けづらくなっているが、それは彼女が、その引き出しに菓子類を隠し過ぎて、にも関わらず無理に開こうとしたせいで歪んでしまったことが原因だった。


 今、イシュリーンはその引き出しを開けた。


 飴玉をひとつ、彼女は瓶の中から取り出すと、口に放り込む。


 扉が叩かれたのは直後だった。


「陛下、ゲオルグ卿がお見えです」

「……どうぞ」


 イシュリーンは小さな飴を噛み砕き、飲み込む。口内に甘い味が一気に広がり、彼女は水差しから杯へと水を注ぎながら側近を迎えた。


 王であっても、身辺のことは一人でしたがる彼女は、侍女を五名ほどしかつけていない。雇用を守る為に周りを使えと注意する立場のゲオルグは、相変わらずな王に抗議の視線を向けた後、柔和な表情となって口を開いた。


「上の者がそうでは、我々が人を使うことを遠慮せねばなりません。どうか……」

「お前達が使うのは勝手にすればいいだろう? 私は私だ」

「しかし、下は上を見るもの……気にしますでな」

「私がこのことでお前達を注意したことはあるか?」

「ございませんが、そういう問題ではありませんで……突然、恐縮です」


 ゲオルグがイシュリーンの対面に立つが、彼女は長椅子を指し示した。


 しかし彼は固辞し、水を飲む王に報告をする。


「ジャン・ロベール大公とリニティア様のご子息……アレクセイ様が二年後の年始祭にはご入国になられます。大勢の世話役を連れて来ないとも聞いておりますので、しばらくはこのキアフにご滞在頂き、グラミアのことを学んで頂いた後にベオルードに入って頂くのがよろしいかと考えました。よろしいでしょうか?」

「アレクセイ殿は立派な王族の方のようだ……アレクセイ……アルメニアでは何と発音するのが正しいか?」

「……アルメニア語では、アレクシ……様かと」

「では、アレクシ殿と呼ぼう。そなた達もそうせよ」

「承知いたしました。ただ、護衛として一人だけ、魔導士がつきます」

「その件ならば、ベルどのから聞いている。彼女の教え子だ。エルムート・ギョーグ卿は優秀な魔導士と聞く。我が国にとってもありがたいことだ」

「よろしいので?」

「よいも悪いもない。私の我儘で、王族の男子を一人、寄越してもらうのだぞ? キアフでお過ごし頂く件も問題がない」

「……」

「報告だけが用件ではないようだな?」


 イシュリーンは、年齢を重ねたことで妖艶さを増した微笑を浮かべる。


 ゲオグルは恐縮したように一礼すると、わざと表情を厳しいものへと変えて口を開いた。


「オルビアンへの大宋要人入港など、このところおかしな情勢の連続です。今、急いでアルメニアから王族の方をお迎えする必要があるでしょうか?」

「ゲオルグ」


 イシュリーンは破顔し、相手の表情を崩させてから続けた。


「建て前はいい……わかっているぞ」

「……何をでございますか?」

「アルメニア人を王に迎えることに反対なのであろう?」

「……」


 ゲオルグは黙した。


 それは、肯定とイシュリーンに受け取られる。


 王はゲオルグを手招き、執務室の奥、書斎へと招く。


 円卓を挟み置かれた椅子で、二人は対面する。書棚に並べられた本の匂いが、室内の品を保障しているかのような空間で、王は心配顔の相談役を注意した。


「そなたがそう言うと、他もそなたを気にする。先程のお前の言と同じだ。他言はしていないだろうな?」

「ハンニバルには少し」

「彼も同じ意見か?」

「……正直に申し上げます。我ら臣下一同、イシュリーン陛下にお仕えしております。ゆえに陛下のご命令であれば、如何なることでも承りますが……本音を申せば、他国の王族を王と認めるには不満がございます」

「正直に申してくれて礼を言うぞ、ゲオルグ」

「……では?」

「そのように期待を込めて女性を見るでない。勘違いされるぞ」


 イシュリーンの冗談で、ゲオルグは自らの表情を自覚し謝罪する。


 王は、臣下の気持ちを知りながらも、思うところを口にしようと決めていた。それは、あえて口にしてくれたゲオルグに礼を尽くす為だという気持ちもある。


「私は、血族というものを信用していない」

「……陛下」

「私は確かに王だ。グラミアを守る為に、血を利用した者だ。だからこそ、血の繋がりなど、何の意味もないことを熟知している。血など、その者の価値を担保するものではないことも知っている」


 ゲオルグの脳裏に、イシュリーンの母親が若い頃の姿で描かれた。だからこそ彼は、あの女性の娘だと目の前の王を見て思うがゆえに、血とは大事であるという気持ちを強くするのだが、イシュリーンの言を遮らない。


「私が苦境に陥っていた過去、私を助けてくれたのは、血族でも何でもないお前達だった。違うか?」

「……陛下、そのお言葉、ありがたく頂戴いたします」

「事実だ。お前達があの時、私に味方する利をみたのも事実であろうが、しかし、そうであってもお前達は、私に賭けてくれたのだ」


 イシュリーンはそこで、書斎の窓のひとつが開けられていることに気づく。


 風がそよぎ、室内に忍び込んで彼女の髪を撫でたのである。


 王は、銀糸のような長髪を指で梳きながら続ける。


「ゆえに私は、お前達が困らぬようにしたいのだ。私がいなくなる未来で、ロッシ公家が困らぬように……その為に、アルメニアの血を迎える。グラミア国と、アルメニアという大国が、長期的な友好関係になれる……そこに、私の気持ちもまたあるが……」

「……若君ではご不満なのですか?」


 ゲオルグは、叱られてもいいという心持ちで問いを口にしていた。


 イシュリーンは動揺を、溜息で表した。


 王の相談役は、前のめりとなる。


「陛下……オルビアンの愚息からの報告では、それはもう立派なご様子であると……現在はボルニアで……きっとご成長してご帰還なされるに違いありませんでしょう……遅くありません。若君に事の経緯をお伝え――」

「ならない」


 臣下の言を遮った王は、怒ったわけではなかった。


 彼女は、我が子を守る為に臣下を止めた。


 イシュリーンのこの時の心境は、そうだったのだ。


「陛下……」

「駄目だ……いや、彼が望むのであれば考える……しかし、そうはならないだろう。彼は、軍役を終えて大学に進みたがっていると聞いている。数学者になりたいと聞いている……私は、この半生を全て国の為に捧げた……他に何も知らない。歌も踊りも……何もなかった。でも、彼にはある。マキシマムは、選べる」

「……若君が、陛下の後を継がれることをお望みになられた場合、ご同意くださるという意味と同義でございますよ、そのご発言では……失礼ながら」

「許そう。お前だから」


 イシュリーンも、ゲオルグも、際どい会話で心が乱れ、発言の組み立てができていない。


「しかし、お前の言うようにはならないだろう。そもそも、彼が知らないことだ」

「陛下は、若君の前にお母上として立つ機会を、このまま永遠にお捨てになられるおつもりですか!?」


 ゲオルグは思わず、言ってしまった。


「ゲオルグ!」


 赤面したイシュリーンを前にしても、ゲオルグはひるまなかった。それは、この時の彼が、王の為に発言せねばという意志であったからである。彼は、彼女が自分達のことを、助けてくれた者達と見ていると聞かされ、改めて忠誠心を刺激されていた。


「いいえ、申し上げます。たしかに、私はグラミア王であられる陛下の血を継ぐ御方こそ、我々の王にという気持ちがございます。しかし、それ以上に……今は……」


 ゲオルグはそこで、顔をくしゃりと歪める。


「今は……今の私は……とても陛下が……お気の毒に思えて……」

「……言うな」

「陛下……イシュリーン様……セリアどのを知る私は……」


 ゲオルグは、イシュリーンの母親の名前を口にしていた。彼は若い頃、王の母親と親交があったからだ。


「……セリアどの、貴女様と……続けてご不幸になるのを見過ごしたくはないのです」

「私は……不幸ではない。お前や、皆が助けてくれたから……」

「……陛下」

「ゲオルグ、疲れた。この話は、とても疲れる……やめさせてもらえないか?」


 懇願するような表情のイシュリーンに、ゲオルグは怯んだ。


 強い女性の象徴のように言われる彼女だが、本当は、そうではないのだと改めて思いだした。


 ゲオルグは、ルヒティを失った直後の王を脳裏に描いてしまった。


 泣き腫らした目でも、懸命に、統治者として振舞おうとしていた彼女を、彼は忘れることができない。


 王の相談役は、深くこうべを垂れた。


「申し訳ございませんでした。これにて、失礼いたします」

「ゲオルグ」


 おもてをあげた彼は、王の弱々しい微笑みを見る。


「……ありがとう。さがって良いぞ」

「は……」


 イシュリーンは書斎に残る。


 彼女は、しばらく椅子から立ちあがることができずにいた。


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