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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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負け

 ルキフォール軍前線の一端を担うイストヴァン連隊は、明け方を待たずしてさらに前進する。眼前の敵が後退したことで小休止を得る選択もあったが、指揮を任されているドゥドラはそれを無視していた。


 彼は副官のジアク他、グラミア人の部隊長達を集めると命じる。


「ここからは我々だけで進む。ルキフォール人達は連戦で疲労している」

「我々が突出することで、奴らの前進できる面を前に押し出す」

「村まで一気に突っ切る。弩は使うな。我々がグラミアだとばれる」


 部隊長の一人が問う。


「兵達は弩を使わせろと言うにきまっておりますが、何と言って納得させますか?」


 彼の発言から、ドゥドラの連隊が負う役目を知るのは部隊長級以上であることがわかる。正確には、兵達にはぶつかる部隊の指揮官が士官学校出の若者というだけしか伝わっていない。そして自分達は、その新人と、新設された部隊を鍛えるとしか教えられていなかった。


「納得など不要だろ? 従わねば斬れ。それで他は従う。ぐちゃぐちゃと言わせるな」


 ドゥドラは言い捨てると、馬の手綱を手に取り半身となって皆を見た。


「質問、他にあるか?」


 誰も口を開かず。


「ジアク」


 ドゥドラに名を呼ばれた副官が、一歩進み出た。


「俺は行くゆえ、お前が全体の指揮を執れ」

「承知しました。本気を出してもよろしいですね?」

「今さら――」


 ドゥドラは馬へと飛び乗ると、鼻息荒い馬を宥めるように首筋を撫でながら口調を強める。


「――お前は手加減するか? こちらが殺されるぞ」


 ドゥドラが馬をゆるりと進め、その後方に騎兵一〇騎が続いた。


 部隊長達が一礼で指揮官を見送る。そして、自然と皆がジアクへと視線を転じた。


 ジアクは真面目な顔で一同を眺め、鼻を啜って口を開く。


「寒い……グラミアよりも雪が湿っている……異国の地でグラミア人同士が殺りあうか……なかなかに狂った状況だな?」


 部隊長達が薄ら笑い、ジアクも口端を捻じ曲げて続けた。


「ま、いいだろう。お前ら、敵を蹴散らせ。現場の判断は任せるが、角笛、伝令には従えよ」


 部隊長達が、気合いの声をあげて離れて行く。


 ジアクはその場で、腕を組むと決意する。


(隊長は騎兵を使って一気に決めるつもりだ……俺が迷っていては、隊長を死なせてしまうな)


 彼は迷いを払うように、力強く一歩を踏み出した。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは集落からの撤退をようやく命じることができた。


 撤退路の確保ができたのである。これはギュネイの部隊が懸命に務めてくれたおかげであった。また雪が撤退路側は深くなかったという幸運も重なったからでもある。


 しかし、物事は簡単には進まない。


 集落からブロクブリエまでは下り坂が続く。高みから寄せてくる敵を迎えるのは不利なのだ。そして、それを理解しているかのように、ルキフォール軍は果敢に攻勢に出てきた。


 敵は盾を並べて前進しつつ、矢の援護で一気に距離を詰めてくると、歩兵が狂ったように襲いかかってくる。その一連の流れは洗練されたもので、また個もこれまでよりも強かった。


 パイェの部隊がたちまち崩れ始める。それを防ごうと、ギュネイの部隊が前に出たが、パイェ隊のこの時の後退は、いわば逃げ出すといった有り様の為、部隊の交代が速やかに行われない。


 この混乱を、ルキフォール軍はつく。


 逃げるパイェ隊を追撃するルキフォール軍兵は、そのままギュネイ隊へと突っ込み、狭い山道は乱戦模様となる。山道の左右に広がる荒地でもそれは同じで、除雪をされていないが為にあちこちで白い雪がまきあげられ、赤い色に染まって散った。


 ギュネイ隊を掩護しようと、マキシマムは直下の部隊を率いて中列から後列へと進む。そこに逃げて来たパイェが現れ、部下の血で汚した顔を歪ませて訴えた。


「隊長! 支えきれず申し訳ありません!」

「いいからこのままガレスの隊へと急げ!」


 マキシマムは部下を先に行かせると、兵達を率いて苦戦するギュネイ達の後方につく。さらにエフロヴィネの部隊が、マキシマム隊の後方を支えるように陣形を整え、魔法戦に備えた。


 ギュネイ隊からの伝令が、悲鳴のような報告をする。


「報告! 騎兵!」

「騎兵!?」

「騎兵です! 前ぇ!」


 マキシマムは弩の用意を命じたが、間に合わないと感じた。


 それほど、ギュネイ隊を突き破る敵騎兵の迫力は凄まじい。


 ギュネイは、行かせてなるものかと馬上の敵を一人斬ったが、高みから勢いをつけて駆ける騎兵を止めるには至らない。


 山道に展開していた歩兵達は、逃げ場ないまま蹴散らされて行く。慌てて盾や槍を構えても、騎兵の速度がそれらにまさった。


 マキシマムの指示で、ヒッタイト部隊が敵騎兵に魔法を放つ。


 マキシマムも、雷撃トニトルスを前方に発射した。


 だが、敵騎兵の中に魔導士がいた。彼は味方騎兵を守る結界で、マキシマム達の魔法を防ぐ。


 雷撃と火球が、結界にぶつかり爆炎と衝撃を四散させる。


 歩兵達が悲鳴をあげ、騎兵がそこを割って突っ込んで来た。


 騎兵の先頭は、褐色の肌をした男だとマキシマムにはわかった。それが見えるほどに、敵はもう近い距離にいる。


「ペルシア人!」


 マキシマムの声に、相手が反応した。


「そこにいたか!」


 ドゥドラだ。


 彼は、敵の血を吸いすでに赤く滑る槍を投げた。剛腕から放たれた一槍が、うなりをあげてマキシマムに迫る。


 マキシマムは横に滑りつつ盾を槍に当てて叩き落とすと、その動きのまま前進し、さらに長剣を水平に払った。


 ドゥドラの馬が、脚を斬られて崩れ落ちる。


 彼は飛び降りた瞬間、マキシマムの斬撃を長剣の鞘で防ぎ、追撃をさらに防ぎつつすらりと白刃を抜いた。


 ドゥドラの抜いた長剣の刃に、陽光が反射し煌めいた。


 マキシマムは、いつの間にか朝になっていたと気付く。


 ドゥドラは、現れる部下の馬へと、騎手に助けられて乗り移るとマキシマムを無視した。


「な!」


 ドゥドラが吠える。


「このまま突っ込め!」


 マキシマムは驚愕で動けない。


 ギュネイの叫び声が届く。


「行かせるな!」


 ハッとマキシマムがヒッタイト隊を見た。


 ドゥドラの騎兵は、魔導士達の中に突っ込んでいる。


「まずい!」


 マキシマムは敵の狙いを理解した。


 彼らは、魔導士を狙ったのだ。


 しかし、ドゥドラの狙いはそれだけではなかった。


 騎兵の無謀にも思える突撃によって、陣形がぐちゃぐちゃになったマキシマム連隊に、ジアク率いる歩兵部隊群が突撃する。


 ジアクは指揮下の部隊全てを、戦闘に投入していた。それは、ドゥドラが騎兵を使うと言った時には既に、指揮官の意図を理解していたからである。


 騎兵によって敵の統制を奪う。この場合、騎兵は捨て駒である。だが絶大な効果を生むだろう。敵部隊が乱れたところを、全部隊で一気に攻めたて、短時間で戦闘を終わらせる。


 崩れた敵は全滅するか、逃げるかの二択になる。仮に残って戦うならば、それは馬鹿だということだ。


 統制の取れない部隊は、人はいても部隊としての力を発揮できない。どれだけ強い個がいても、四方八方から囲まれて、一斉に攻撃を受けると無事で済む者もまたいないのだ。


 マキシマム連隊は、崩れた陣形のまま敵に押されるように山を駆け下りる。


 ヒッタイト人達は優秀な魔導士達だが、騎兵に散々に追い払われ、逃げてくる味方に巻き込まれ、さらに敵が迫ってくる中では魔法を発動する為の集中を許されない。


 崩壊するしかなかったマキシマム連隊だが、ここで最前列のガレス隊は予期せぬ援軍到着に喚声をあげた。


 ボルニア公国軍東部軍団の一個連隊が、マキシマム連隊を助けようと懸命に接近して来たのである。


 この援軍を指揮していたのは、馬の世話をしてもらったことで恩を忘れないと言った伝令の男だった。


 ディアラ・ギシュという名の彼は、集落に残ると言ったマキシマム達が、ルキフォール軍に苦戦しているかもしれないと予感し、東部軍団の指揮官を説得し、連隊を率いて急行していたのである。


 彼は前方で苦戦するグラミア人の為に怒鳴った。


「進めぇ! ここで彼らを死なせてはボルニアの恥だ! 死んで武勇を誇れ!」


 ボルニア人達が雄叫びで応えた。




-Maximum in the Ragnarok-




 ドゥドラが、ブロクブリエへと撤退するマキシマム連隊を遠目に眺めていると、追いついてきた副官に声をかけられた。


「お怪我は?」

「ない。二人、生き残った。囮としては上々だ」

「如何でした?」

「戦闘では勝ったが、戦略では敗れた。逃がしては駄目だ」

「……」

「しかし、ボルニアが救援に来るとは予想していなかった……力を出し尽くした後に、新手に寄せられると体力よりも精神的にやられる」

「若様は、援軍を請われていたのでしょうか?」

「わからん……わからんが、仮にそうだとしても、そうでなかったとしても、逃がした事実は変わらんよ」


 ドゥドラは冑を脱ぎ、それを地面に放る。疲れから動きが散漫であった。


「敵の捕虜、負傷者はどうしますか?」

「送り返してやれ。戦が終われば、同じグラミアだ」

「……複雑な」


 ジアクの苦笑に、ドゥドラも同じ表情となる。


「責めるなら、公爵閣下を責めろよ。俺は悪くない」




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは夢を見ている自覚があった。


 なぜなら、寝台の中でエヴァと抱き合っているからだ。もちろん、疲労困憊でブロクブリエに入った彼は、一人で幕舎に入り、寝台に突っ伏したはずだった。


 夢の中のエヴァは、大胆にも求めてくる。


 マキシマムも、夢だという自覚があるから、遠慮なく求めに応じた。しかし、生々しい快感を下腹部に覚えて、薄く瞼を開く。すると、目の前に知らない女の顔があり、彼は一気に目を醒ました。


「な!」

「あら? 起きちゃったの?」

「なななな……」

「あのぉ……お目覚めですよぉ」


 女の間の抜けた声で、幕舎の入り口の幕が押し広げられた。


 ガレスのにやついた顔がある。


「ガレス……」

「続けて。隊長、生還を祝って、俺の驕りです」

「……」


 マキシマムはそれで理解する。


 ガレスは、娼婦を雇い、マキシマムの寝所へと送り込んだのである。そして、外で様子を伺い、おもしろがっていたのだ。


「お前!」

「文句は、童貞捨てた感想と一緒に後で聞きますんで」

「あら! 初めてなの?」


 女が嬉々とした表情でマキシマムを眺め、舌なめずりをして見せると、妖艶は笑みで、誘うような声色を出す。


「こぉんな美男子がだぁめ……教えてあげるから。たぁっぷり……」


 マキシマムは女を寝台から押し出し、疲れているから寝たいと言った。


 離れたことで、彼女の裸体が晒される。


 凄まじい欲望がマキシマムを襲う。


 だが彼は、ガレスに「寝かせろ」と怒ったように言い放ち、毛布にくるまった。


「もったいない! しかたない。俺と遊ぼう」


 ガレスの言葉で、女は誘われた。


 マキシマムは一人になれたが、全く静まる気配のない性欲に困る。


 彼は脳裏にエヴァを描いていた。そして、夢の続きを想像しながら、一人で処理する。


 果てた後、罪悪感と情けなさで、マキシマムはふてくされたように睡眠を貪ったのである。




-Maximum in the Ragnarok-




 ボルニア公国東部軍団の司令官ネリ・ハグザは白髪が目立つ女性であった。


 マキシマムは短い自己紹介をして、彼女が広げた地図を眺める。


 撤退から二日後の今日、戦線はブロクブリエが最前線といっても差し支えないほど押し込まれている。


「西では、帝国の主力が都に迫っており事態は逼迫しております。我々だけで眼前のルキフォール軍を防がねばなりません」

「……防ぐだけでは足りない。破り、西部戦線に合流しないと」

「言うほど簡単ではありません」


 ネリは目を細めて地図を睨む。そこには、自軍と敵の配置が兵士の人形によって表されている。歩兵や騎兵の人形は、明らかにルキフォール軍のほうが多い。


 ブロクブリエの領主館の一室は、重い空気と沈黙に支配される。


 二人しかおらず、彼らが発言せねば音がないのだ。


 ネリは若者に問う。


「敵に、ペルシア傭兵がいたというのは間違いないの?」

「ええ……騎兵にペルシア人がいました。一人、ということはないと思います」

「ルキフォール人だけでなく、ペルシア傭兵まで混じっているとなると、帝国から資金がまた流れ込んでいるに違いないわ」

「しかし帝国はそれほど余裕があるわけではないように思えますが?」

「あの国は大きい……マキシマム殿、たしかにグラミアも大きいけれど、ずっと戦っている私達にとって、帝国の巨大さは嫌というほどわかるものなの」


 扉が外から叩かれた。


「報告!」

「話しなさい」


 ネリの命令で、従者が声をあげる。


「ルキフォールから使者です」


 ネリはマキシマムを見た。


 彼は、頷きを返す。


「会います。支度を」


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