対照的な二人
山頂付近の集落は地図にも載っていないような小さなものだが、そこを巡っての戦闘は苛烈を増していく。この拠点は確かに軽視するような立地ではなかったが、大軍を置くこともできず、部隊の移動に適した道が伸びているわけでもない。
しかし、住民を守るマキシマムの連隊と、その連隊に煮え湯を飲まされたことで勝ちたいルキフォール軍前線の部隊群にとって、誤解を恐れずにいえば感情的な問題になっていたわけだ。
サムエルの日記によると、マキシマムは村の生き残りを逃がす時間を得る為にあえて戦いを選んだ。それは指揮官としての判断に限ると失敗かもしれないが、彼の指揮下にいた部隊長達が揃って賛成していることから、それほど、このグラミア人達は村の人達に同情をしたか、ルキフォール人達に憤りを覚えていたか、はたまた単純に、マキシマムが言うならば、という気持ちであったのいずれかだろう。
いや、最後の理由が最も蓋然性が高いのかもしれない。
というのも、サムエルはマキシマムの書記官にも関わらず、彼の隣で戦ったと記しているのである。そして、兵達の死を目の前で見たことも記している。
それは、史書などに記されている、例えば『この戦闘で一〇〇人の損害を出した』と止められている内容ではなく、生々しさと猛々しさを読む者に伝える内容だ。
特に、サムエルの隣の男が死んでいく描写は凄まじい。それをあえて書いた彼は、精神的に相当な疲労を覚えたと感じられる。
サムエルはわざと書いて残し、その後の二日間、日記を中断した。
『ルディは、左腕が千切れても叫ばず、右手の剣を敵に振りおろした。それで体勢を崩した彼は転倒し、敵の槍に串刺しにされた。血がこぼれ、絶叫がうるさく、異臭は凄まじかった。彼はまだ生きていて、自分に槍を刺した敵の脚に噛みついたが、蹴られ、折れた歯と鼻血を撒き散らし、撲殺された。彼の悲鳴と、身体の痙攣が小さくなったが、僕は最後まで見ていない。きっと彼は死んだのだろう』
-Maximum in the Ragnarok-
「押し返さねば押し込まれる!」
マキシマムの怒声に、兵達が果敢に応える。彼らは盾を構え、矢の援護をうけて、迫る敵に突っ込んだ。その最前線に、マキシマムの姿もある。
サムエルは震える身体は恐怖からのものだという自覚があったが、マキシマムの隣に立ち続けようと懸命である。その彼らを兵達が囲み、狭い山道で両軍入り乱れて殺し合う。
マキシマムは兵達を掻い潜り現れた敵兵に斬撃を浴びせる。
甲高い長剣の悲鳴。
マキシマムは弾かれた長剣で身体の均衡を崩したが、反動を利用し左手を前に着き出す。
彼は咄嗟に、雷撃の魔法を敵にぶつけていた。
吹っ飛ぶ敵兵。
残光が白昼でも鮮やかに散る。
怒声に衝撃音が連なる。
山道脇の茂みでも殺し合いは続く。押せ、押し返せと双方の意地がぶつかり合う。
エフロヴィネのヒッタイト部隊が、結界魔法の範囲を広げた。直後、爆炎が兵達の頭上を焦がし、焦げ臭い悪臭が血と肉の死臭と混じり合い戦場の死の濃さが強まったことを人間達に伝えた。
マキシマムは後退する味方前線と入れ替わるように、兵達と共に前に出た。
目の前は敵兵だ。
長剣がマキシマムに迫る。
彼は半身で躱すと、伸びた敵の腕を斬りあげ、盾で敵の身体を押した。そして体勢を崩した敵へと振り降ろす長剣をくらわせる。
片腕の敵は、足を突きだす動きでマキシマムの攻撃を受け止める。肉と骨を断ち切った長剣は、しかし敵の命を破ってはいなかった。敵は残った左手で泥と雪を掴み、マキシマムに投げつける。同時に、彼の仲間がマキシマムを狙った。
サムエルが割って入る。
彼の盾が、マキシマムを狙った槍を弾いた。しかし、敵の体当たりを受けたサムエルが吹っ飛ぶ。
マキシマムは長剣を払った。
サムエルにぶつかった敵の首を半ばまで斬り、倒れている男の割れた足を軍靴で踏みつける。
「うぎゃぁああああ!」
男の悲鳴に、マキシマムは長剣をかぶせる。
倒れていた男は、顔面を剣で貫かれ、びくびくと小刻みに動き、やがて止まった。
マキシマム連隊を守る結界魔法に、敵が放った雷撃と氷槍の魔法がぶつかった。煌めく輝きは美しいが、誰もそれを見る暇なく戦い続ける。
マキシマムは敵を押し返したと感じたと同時に、兵達の体力が限界に近いと悟る。
「後退!」
命じた彼は、素早い足裁きで敵の斬撃をくるりと躱し、反撃の一閃の後にサムエルを気遣う。
「立てるか!?」
「立てます!」
しかしサムエルは地面を這いずり、立ちあがろうとしてまた転び、それでも味方の後ろへと逃げ込む。雪と泥と血でドロドロとなった彼は、盾をどこかで無くしたと焦ったが、すっと前に出た長身の男を見上げ、盾を無視してさらに後ろへと急いだ。
「隊長、お待たせ」
ギュネイが、魔剣を右手に、短剣を左手に、自然体で現れた。
マキシマムを後方に退かせた男は、殺気立つ場に似合わない笑みで進み出ると、警戒する敵へと一瞬で接近する。
ルキフォール軍兵は、「あ!」と声をあげていた。
次の瞬間、その男は、その口の形のまま、頭部だけで宙を飛んだ。
ギュネイはルキフォール人達の災厄となる。
彼が右に左に死を作り、彼の兵達は強い指揮官に続けと雄叫びと共に敵にぶつかる。
強力な個の武が、局地戦の状況を一変させた。
この時、ルキフォール軍の指揮を執っているのは、傭兵を率いるドゥドラである。
彼はジアクから、前方の状況を聞かされると、迷わず前に出ると決めた。
「隊長! しかし!」
「馬鹿が! そういう強い敵を放っておいたら、兵達の士気をやられる。これが一番やばいんだ」
彼は片手剣を一本ずつ、腰の左右にぶらさげている。
両腕を交差させ、抜き放つと兵達に怒鳴った。
「情けない! 殺されたくらいで喚くな! ここは戦場だろうが!」
彼は進み、その男を見つけた。
長身の赤い髪の敵が、狭い山道を利用する動きでルキフォール軍前衛を止めてしまっている。
「俺が相手する! お前らは山道脇左右から敵に迫れ! 足場に気をつけ――」
ドゥドラの指示が中断したのは、ギュネイが一気に距離をつめてきたからだ。
「早い!」
ドゥドラは腰を落とし、溜めをつくって視線を散らした。
ギュネイは、左手の剣を陽動に、右手の剣でドゥドラの脚を狙う。
ドゥドラは、受けたらやられると瞬時に悟り、後退しつつ身体を横回転させると、マントをたなびかせ敵の視界を遮った。
ギュネイの魔剣が、ドゥドラのマントを斬り裂く。
直後、ドゥドラの反撃が、ギュネイの短剣で防がれた。
ガツンという衝撃が、両者の手に痺れを齎す。
しかし二人は剣を握る。
ドゥドラは片手剣二本を交互に振るい、敵の懐に潜り込んだが、そこに膝を浴びせられ、肩で受けて後退した。彼の肩当てがへこむ一撃に、ドゥドラは唾を吐き捨てる。
「膝に鉄でも仕込んでるのかよ」
「そうさ。次はお前の顔面にくわわせてやる」
ギュネイが不気味な笑みでぬるりと進む。
ドゥドラは咄嗟に屈んでいた。彼の頭部が直前まであった空間を、ギュネイの魔剣が斬り裂いていた。
(踏み込みが早い! だが力強い!)
ドゥドラは驚きを言葉にしない。
彼は脚払いでギュネイを退かせ、生まれた空間へするりと入った。右の剣を払い、左の剣を突きだした。その伸びた左腕をギュネイが狙った。ドゥドラは、剣を離して手を引っ込める。空振りに終わったギュネイの斬撃は、しかし身体を反転させた彼の動きで隙がない。
角笛が吹かれた。
ギュネイは、地面に転がる短剣を見下ろす。
ドゥドラは、強敵を前に笑いたい自分を認めた。
「連隊長が撤退だと言っている。楽しかった」
ギュネイが、転がる剣を足で蹴り上げた。
回転して飛んだ片手剣は、ドゥドラの左手で掴まれる。
「最後尾は俺がいるからな。攻めてきたら遊んでやる」
ギュネイが身を翻す。
背を見せる敵を前に、ドゥドラは右手の剣を投げた。
ひらりと躱したギュネイが笑う。
「はっは! 当たるかよ!」
二人は、ようやく離れた。
ドゥドラは、後退しつつ伝令を呼ぶ。
「隊長……」
「部隊を交代。追撃する」
「は!」
ルキフォール軍でも、角笛が鳴らされる。
ジアクが、水で満たした杯を手にドゥドラを迎えた。
「どうでした?」
「強い奴がいるな……」
「隊長よりも?」
「本気でやったら俺が勝ってしまうよ」
強がりを言ったドゥドラと、そうだとわかったジアクが同時に笑みを浮かべた。
「で、若様の指揮は如何です?」
「うん……悪くない」
「よかったではありませんか!」
「よくない」
ドゥドラの感想に、ジアクが首を傾げた。
二刀流の隊長は、副官へと空になった杯を押し返しつつ続ける。
「固いんだ」
「私のイチモツのように?」
「お前のはふにゃふにゃだろうが……いや、そっちのほうがいいかもしれない」
ジアクは冗談を言ったのだがと苦笑し、隊長へと水のおかわりを渡した。
「すまん……あれだ。固いから、読めてしまう」
「はぁ……」
「命令を受けて、部隊を動かす部隊長級であればそれでもいいがな」
ドゥドラは言い終え、水を飲み干した。
伝令が叫ぶ。
「部隊の入れ替えを急げ!」
「追撃! 追撃するぞ!」
「歩兵連隊は前に!」
ドゥドラは彼らの声を背に、ジアクに命じる。
「騎兵の用意を」
「山中で騎兵ですか?」
「お勉強して頂かねばならんからな。俺みたいに頭のネジが飛んでいる敵がいるってことも大事なご経験だ」
-Maximum in the Ragnarok-
エヴァは緊張した面持ちで、その封筒を配達員から受け取る。
キアフの大学から、試験の結果が郵送で伝えられるのだ。
彼女は、代官館に郵便が届いたと聞かされ、急いで屋敷に入った。そこには、彼女の為に学費を工面してくれる代官の妻アブリルと、勉強をみてくれたベルベットがいて、二人は配達員の男に、彼女がエヴァだと笑みで伝える。
二人が笑顔である理由が、エヴァにはわからない。まだ結果はわかっていないのにと、心臓が口から飛び出しそうだと深呼吸をした。
ベルベットは、封筒の中を確認するまでもなく、エヴァが合格であると知っていた。それは、アブリルから封筒が厚いと聞かされていたからだ。
不合格の場合、不合格であるという通知のみが入っているので封筒は薄い。しかし合格の際は、入学までの準備に必要な事柄を案内する書類が同封されているので厚いのである。
エヴァは慎重に封筒を開けて、中を見た。
合格通知と、入学や入寮に関する案内、両親の同意書などが同封されていた。
配達員の男が、一礼し離れる。
「あ! ありがとうございます!」
エヴァのお礼に、配達員は「おめでとう」と残して離れた。
アブリルがエヴァを抱き寄せ、ベルベットへと押し出す。
「エヴァ、よかったのだ」
「……」
「エヴァ?」
ベルベットは何も発しない彼女を不思議に思ったが、アブリルの声で理解できた。
「エヴァ……さ、涙を拭いて。笑顔! 笑顔で」
「ふぁい……ふぁあああ! よかった! 奥様ぁ……先生ぇ……よかったぁよぉお」
ベルベットは微笑み、えぐえぐと泣くエヴァの努力を褒めながら、もう一人の教え子を案じる。
(マキは……無事だろうか?)
彼女は、脳裏にマキシマムを描いた。
彼は、懸命に立ち向かう表情で立っている。
(マキが無事ですように……)
ベルベットは、息子のような、弟のような、言語化に悩む大切な若者の為に、喜ぶエヴァを抱きしめながら祈っていた。




