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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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導く者達

 氷の世界が、どのような場所であるか詳しいことは誰も知らない。


 足を踏み入れた者は皆、帰らず、語ることができないからだ。ただとても寒いのだろうという予想は簡単だ。夏は短いというよりも、長い冬の間にわずかな春、あるいは秋といえる季節が挟まれているだけである。それは、北方騎士団領国の北壁がそうであるからで、さらに北となると当然、それよりも厳しいのであろう。


 そのような土地に巣くうラヴィスとその眷属は、不思議なことに北壁まで姿を見せるまでは頻繁であるが、壁を抜こうというつもりはないようである。


 仮に、龍達がそれを望めば、とっくの昔に北壁を抜かれていたといえるほど、力の差は大きい。


 ラムダは、大量の死傷者を出して後退する騎士達を眺めていた。


 戦闘開始からまだ半刻も経過していないが、騎士団は敗走している。


 三体の巨大な龍に向かって、軍勢は果敢に前進したが、三体の龍が光線を放ち人間達を焼き払ったのだ。それは魔法攻撃ではなかった。ゆえに結界で防ぐことができず、かといって身にまとった甲冑など無意味な破壊力である。


 雪原に残された死骸は、近づけば咽るほどの匂いを放っているのではないかと思えるほどに無残で、生々しい。


 ひどいものは、死骸すら残っていないに違いない。


 ラムダは喉を鳴らし、視界がグラリと揺れるがままに任せた。


 腰を抜かしたようにへたりこんだ彼を、メリーズが横目で見ると薄く笑う。


「くく……驚いた?」

「……」

「最初は誰でもそうなるわ。わたしも失禁したし」

「……」

「問題は、いずれ貴方もあれに向かっていく時が来るわ」

「どうして……どうして挑み続ける?」

「わたしにはよくわからないのだけれど、北方騎士団は北の大地に用があるみたいね」

「……」

「それは、どうしても見つけなければならなに何かがあると言われているわ」

「それを、龍が守っていると?」

「わからないわ。守っているのかもしれないし、単純に、棲み処に近づく人を許さないだけかもしれない」

「……南に降ってくることがないのか」


 ラムダは、イリヤを残して二体が去るのを見た。


 テンクウの肩に乗っていたラヴィスが浮いたように彼には見える。単眼鏡を覗くと、ラヴィスは鳩のものに似た翼を広げ、空を飛んでいる。


「飛べるのか……」

「行きましょう。味方を出迎えないと」


 ラムダは、差し出された手をつかむ。


 メリーズに引っ張られて立ち上がった彼は、歩きだした先輩騎士の後を追う。


 彼女は振り返らず、言った。


「逃げようとなんて考えないことね。ここはもう最後の場所。ここを去ったら、行くところなんてないのよ」

「……」

「わたしは教育係だけど、お目付け役でもあるの」




-Maximum in the Ragnarok-




 ボルニア。


 山々に支配された土地。


 マキシマムはこの意味を強く意識させられた。


 霧が濃くなったかと思ったが、それは雪が降り出したことで視界が真っ白になったからであった。


 マキシマム連隊は戦闘継続ができず、またルキフォール公国軍も同じくそうなった。


 村へと後退したマキシマムは、撤退路に雪が積もるだろうという報告をうけ唇を噛む。


「雪で動けなくなる前に撤退しましょう」


 ギュネイの提言に、マキシマムは悩む。


 視界が悪いなか、山間の狭い道を数百人が移動するのだ。それは言うが容易いが現実的ではない。それでも、そうするしか方法はないように思える。しかし、グラミア人である彼の想像を超える雪の量に、嫌な予感しか覚えない。


 マキシマムは兵達を休める指示を出すと同時に、ギュネイの部隊に先行して除雪を命じた。彼の部隊は先の戦闘を免れているため、マキシマム、ガレス、パイェの部隊に比べて兵の疲労が軽いのである。エフロヴィネのヒッタイト部隊は、万が一、ルキフォール公国軍が前進してきた時の牽制に役立つだろうと手元に残した。


 大きな粒となった雪が、ごうごうと降りしきる視界は見通しが全くきかない。


 地面は山道ともなれば、凹凸や高低差があちらこちらにあるものだから、またそれが雪に隠されていた場合、怪我の元になる。


 除雪は時間がかかるだろう。


「幸いなのは、敵さんも同じだということです」


 ガレスの意見に、マキシマムは頷く。


 熱いスープは、具は玉葱と干し肉であると味でわかった。


 マキシマムは、苦手な玉葱もスープであれば問題ないと思えた。


「いや、あちらはボルニアでの戦いに慣れている」


 エフロヴィネが言う。彼女は、最近になってこの土地に入ったグラミア人達に比べて、数年にわたりボルニアで戦うルキフォール人達は、天候や地形、悪環境への適応ができているだろうと読んだ。


「ボルニアの土地で、ボルニア人達を押している……ボルニアが数で劣っているからといっても、そこにはやはり慣れ、準備などがあるだろうと思うが?」

「あまり望ましい予想ではないですがね」


 マキシマムがうんざりとした表情で言った。


 エフロヴィネは譲らない。


「ルキフォール人側の指揮官は、キニジル卿だと聞いている。その彼の幕僚が、前面の部隊を指揮している。ここまでは敵が油断していたから戦えていた。しかし、こちらの戦力を計ったうえで、考えて動いてきた場合、よくない」


 彼女は、卓上に広げられた地図を眺めて続ける。民家のひとつを指揮所にしたマキシマムは、部隊長達を集めている。食卓であったはずのここで今、グラミア人達はスープを啜りながら話し合っている。


「みっつの経路、厄介だ。ふたつを潰してしまおう」


 エフロヴィネの意見に、パイェが記憶を辿りながら意見を述べる。


「道の左右に密集する木々を倒しましょう。火薬があります」

「爆発が敵に悟られないか?」


 マキシマムの問いに、パイェはスキットルに口をつけてから答える。中身はブランデーで、身体を温めるために飲んでいる。


「悟られたところで、一緒ですよ」

「……そうだな。わかった。パイェの部隊で作業をしてくれ。エフロヴィネ、君は村で待機。パイェの部隊に異変があったらすぐに加わるように。ガレスはひとつの経路を守る。土塁を造ろう」

「了解」


 ガレスとパイェが同時に立ちあがり、スープの入った杯を持ったまま外へと出る。


 その背を見守ったマキシマムは、残ったエフロヴィネにキニジルという人物について尋ねた。


「キニジル卿を知っているのか?」

「リュゼからみたらルキフォールは隣国だ。当然」

「どんな人物?」

「公王の信厚い人物だ。まだ若い……爵位はないが、ボルニアの土地を奪えば貰えるのではないかな? それで子爵か伯爵になるだろう……彼はルキフォール人ではない」

「ルキフォール人じゃない?」

「そう……グラミア人だ。リュゼが帝国の占領地であった頃、彼は両親に連れられルキフォールに逃れていて、そこで育った。公王の目にとまり、栄達している」

「キニジルという名前は、正確にはキジェールと読むのが正しいわけか」


 キニジルをグラミア風に読んだマキシマムは、異国の地で生きなければならなかった同国人を想う。そして酷な因果だと苦笑を浮かべた。


「何がおかしい?」


 エフロヴィネの問いに、マキシマムは少し迷って言葉を選んだ。


「グラミアで生まれ、ルキフォールで育ち、ボルニアで戦う……生きるのは大変だな」

「当たり前だ。楽なことなどないよ」


 ヒッタイト人の台詞に、マキシマムは意外という意味で瞬きする。


「おかしいか?」

「ヒッタイトの人達も、苦労が絶えないのか?」

「我々は皆、同じだよ。いや、グラミア人――」


 エフロヴィネはそう言い、立ちあがるマキシマムを見上げて続ける。


「――より……一般的な人達よりも長く生きる分、苦労の数は多い」


 彼女は、笑みを返したマキシマムを見る。彼はそのまま家屋の外へと出て行った。


 エフロヴィネは視線を彷徨わせ、やがて卓上の杯に定めた。湯気を立てるスープを、人啜りした後、ホッと息を吐きだす。


(苦労ばかり、覚えているものか……)


 彼女は回顧する。


 クトゥールというヒッタイト人ではない青年と恋に落ちた遠い昔の自分は、今の自分を想像などしていなかっただろうと思う。


 あの頃は、ただ彼の隣にいられるだけでよかったと思い出した。そして、浅はかだった自らを恥じるように立ちあがった。


「クトゥール、貴方はもしあの時……わたしが止めていたら、聞き入れてくれた?」


 独り言だった。


 それは、後悔から、ふとした時に何度もされるものである。


 エフロヴィネは、答えを得ないまま外へと向かった。




-Maximum in the Ragnarok-




 角笛が鳴らされた。


 マキシマムは、最悪の視界でも戦闘を仕掛けてきたルキフォール人達を呪いたい気分で長剣を握る。


 ガレスの部隊から、伝令が寄越された。


「報告! 敵! 接近してきました!」

「支援する! 退くな!」


 マキシマムは直後、脇に控えるサムエルに言う。


「パイェはどうだ? 作業は終わったか?」

「北側の道は終わり、中央の道を潰す作業にとりかかるという報告が最後です」

「……エフロヴィネぇ!」

「いる」


 マキシマムは少し後方からの声に大声を返す。


「パイェの支援を頼みたい!」

「命じろ、連隊長」

「パイェの部隊を支援しろ!」

「了解だ」


 エフロヴィネが、ヒッタイト人達を率いてパイェの部隊へと向かう。


 マキシマムはサムエルに、村に残れと言ったが、部下は従わなかった。


「隣に控えます」

「危ないぞ」

「いざという時、貴方の盾になります」


 マキシマムはサムエルの腕を掴み、顔を見ようと力をこめて引いた。


 ロボス人の青年は、寒さに震えながらも表情で決意を伝えてきた。


「わかった。盾をもて」

「はい」


 二人は拳をぶつけ合い、ガレスの隊へと急ぐ。


 同時刻。


 ガレスは敵の接近で戦闘を強いられた状況に舌打ちが止まらない。


 冑の簪からは溶けた雪が滴となって滴り、マントは濡れて重く、軍靴の中の足はひどく冷たい。


「見えていなくとも撃て!」


 ガレスの指示で、グラミア人が前方へと弩の斉射をくらわせた。


 射出音の連続が、悲鳴の爆発を誘った。


 しかしルキフォール人達は、死んだ仲間を盾に使う蛮勇でグラミア人達に接近する。彼らは仲間の死体を敵に投げつけ、弓矢の援護で突進した。至近距離での攻防は、数で勝るルキフォール人達が有利となる。


 火球の魔法で砕けた大樹が、山道へと倒れる。雪の白に、爆発の赤と黒が一瞬だけ映えた。風は顔を打つほどに強く、それは東から西へと吹かれている。


 ガレス隊の矢は、風に押されて威力が落ちた。


 それでも、彼は敵の推進力を奪うために弓矢の援護を続けろと怒鳴る。


「矢を止めるな!」


 この時、轟音と共にガレスの頭上が激しく揺れた。


 敵の攻撃魔法が、味方の結界魔法とぶつかることで、空気が大きく揺れたのだ。雪景色が割れ、火炎が雲のように広がる。火の粉がグラミア人達へと降り注ぎ、焦げた匂いが彼らの鼻孔を襲った。


「滅茶苦茶に圧力をかけてくるな……」


 ガレスは警戒を強める。


 伝令から齎される報告を受けつつ、指示を出しながら、マキシマムが部隊を率いて応援に駆け付けてくるのを待つ。


「耐えるぞ! 視界の悪さは敵も同じだ! 盾を並べて守りに徹しろ! 敵が突撃してきたら弩をぶっ放せ!」


 兵達が怒声で応える。


 戦闘は、激しさを増す天候に比例するかのようであった。




-Maximum in the Ragnarok-




 ボルニア公国の国都ニーシェから東に、グラミア風でいうと十五万デールほど東の都市イナッヴォに、ルキフォール公国のボルニア侵攻軍本部が置かれていた。


 キニジルは接収した領主館の一室で、昨日に発生した戦闘の報告を受けたばかりである。


「それで、その部隊はヒッタイトか? ザクセンか?」


 彼の問いに、報告した秘書官が曖昧な返事をした。


「さぁ……詳細は不明と。ザクセンはいなかったようですが」

「で、こちらは傭兵を当たらせる予定なのだな?」

「そのように報告を受けております」

「わかった。ま、リュゼ公が寄越してくれた傭兵だ。負けることはないだろう」


 キニジルは秘書官を下がらせ、明け方の空を眺めようと窓へと近づく。


 長身で、整った顔立ちの彼は、グラミア人では喜ばれる青みがかった髪の色が美しい。剣も馬も巧み、魔法も鍛錬をつんでおり個人としても強く、ボルニア相手に連戦連勝であることから指揮官としても優秀であるといえる。また、占領地をうまく治めており、為政者の質も備えていた。


 キニジルは、若々しい顔に一瞬だけ怒りを表した。それは、自分の命令を無視した前線の兵士達には、それなりの仕置きをせねばというものである。


 彼は、サッとカーテンを払った。


 昨夜から降り始めた雪は、まだ続いているが弱まったように感じる。イナッヴォから山々を挟んだ西側に、ニーシェ盆地があり、そこはもうボルニアの心臓である。この都市で本国から届く物資と兵の補充を蓄えて、一気に決める腹積もりが彼にはあり、その為に偵察目的の部隊を西へと向かわせていたのだが、勝手に戦闘を始めてしまったと愚痴た。


 ただ、彼にとって幸運であったのは、リュゼ公爵から傭兵をまわしてもらっていて、それが最前線に合流した直後の衝突であったことだろう。


 キニジルは、卓へと戻り、上質の紙を広げた。


 リュゼ公爵へのお礼と報告を書く為である。


 両者の関係は、スーザ帝国によるボルニア侵攻が再開された頃合から始まった。そして現在は、リュゼ公領から武器や食料、直近では傭兵が送られてきていた。


 ペルシア人に率いられた三〇〇の傭兵部隊は、リュゼで訓練された者達で、言葉は悪いが傭兵のフリをした正規軍のようである。


 キニジルは、リュゼ公への手紙を書きながら、年が明ける頃には帝国とボルニア支配に関する協議をせねばと考えていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 ボルニア公国のマキシマムは、困難な夜をこえて朝を迎えた。


 ガレスが粘ってくれたおかげで、またマキシマムの支援が間に合ったこともあって、雪が弱まり、夜が明けた頃には、両軍とも戦闘を終えて小休止をとっている。


 ルキフォール公国軍の前線部隊を率いるのは、イストヴァンという二十一歳の若者で、子爵家の御曹司である。彼が貴族でもないキニジルに従うのは、その人柄にほれ込んだというより、キニジルに惚れているからといったほうがわかりやすい。


 彼はキニジルと出会ったその日に、心を奪われた。それは相手が、女装をしていたことによる勘違いから起きた同性への想いである。しかし今となっては、男装をしていようが女装であろうが、イストヴァンには関係がない。


 彼は、キニジルが欲しいのだ。


 それで、相手が出世をしたがっていると知って、彼の為にせっせと人脈を使い、金も使って手助けした。またそれだけの価値が、恋の相手というわけでない意味でキニジルにはあった。


 キニジルの出世に伴い、イストヴァンの家も大きくなっている。


 彼は、自身の栄達と恋の両方を成功させる為に、ボルニアにいた。


 ゆえに、村ひとつに苦戦する現状が忌々しい。


 彼は、到着したばかりの傭兵達を頼ることにした。


「ドゥドラ卿、到着したばかりで申し訳ないが頼む」

「承知した」


 リュゼ公領から派遣された傭兵一個連隊三〇〇の指揮官、ドゥドラ・エザトラヒは軽やかな身のこなしでその場を辞した。


 背は高くないが、戦場を駆け巡ってきた迫力は戦っていなくとも十分に伝わる。褐色の肌に鋭い眼光は、見る者を自然とひるませる。


 イストヴァンの幕舎を出たドゥドラは、駆け寄る副官に視線を転じた。歩く彼に、副官が並ぶ。


「戦闘ですか?」

「ああ、出る。敵はボルニアに入った若様だ」


 ドゥドラの言葉に、副官――ジアクが眉をひそめた。彼はグラミア人である。


「確かな情報で?」

「テュルクから、目の前の村で頑張っているのは若様だと報告があったばかりだ」

「……やりますので?」

「当たり前だ。何の為にボルニアくんだりまで来たか、理解しているのか?」

「理解していますが、本当にやるとなると……」

「本気でやるぞ。でなければ、教導連隊アグレッサーの意味がない」

「……はい」


 ドゥドラは、副官に皆を集めろと命じた。


 直後、苦笑する。


「しかしナル殿も悪い父親だ……息子を苦しめろとは……まともな親のやることではないな」


 だがドゥドラは、その役目を楽しんでいる自覚があった。


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