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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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それぞれの思惑

挿絵(By みてみん)

「ピレネー様、グ軍大隊規模接近、北、一〇〇〇フェクト(オルセリアの距離単位。一フェクトが五デールほど)のあたりを南下中」

「わかりました。後退します」

「は?」

「後退です。当初の目的は果たしました」

「ですが……敵中隊を撃滅できる好機ですぞ。敵の援軍が現れるまで時間はまだあります」

「撃滅したところで何の意味もありません。グラミアの怒りを買うだけです。我々は味方の撤退を助ける為に出てきたのでしょう? ならば今は後退です」


 ピレネーは頑として後退を主張し、士官の提言を退けると改めて後退命令を発する。


 それにより、グラミア軍の退路を断っていた歩兵中隊が街道の左右に広がる森の中へと、矢を放ちながら散開していく。そして南から北へとグラミア軍一個中隊を狙っていた騎兵二個小隊は、速度を完全に止めた後、ゆるやかに後退を始める。


 メロディは矢が生えた肩当てを外しながら、部下達に後退を命じた。


 兵の一人が、彼女の怪我を気にしたが、指揮官は毅然と言う。


「かすり傷だ。わたしよりも深手の者がいる。歩けぬ者を助けて退くぞ」

「は……救援要請が間に合いましたな」

「情けない……」


 メロディは舌打ちし、撤退する敵を追っていた自分達の前に現れた騎兵を思い出した。


 ベアス伯爵軍は、騎兵を囮にグラミア人達を誘い出すと、森の中を移動させていたらしい歩兵の部隊で退路を断ったのだ。これで前後から挟撃されるとなり、メロディは部隊を円形にまとめて援軍到着をひたすら待つ戦い方に切りかえた。


 失敗したが、最悪ではないと彼女は前を向く。


 茶の瞳が、去るベアス伯爵軍騎兵部隊を映した。


 颯爽と離れて行く部隊から、メロディは統率が取れていると感じる。そして、森の中を移動していた敵に、地の利は向こうにあると認めた。


 彼女は負傷者を中心に防御陣形で後退する。


 半刻ほどで、急ぎ南下してきたリチャード隊と合流できた。


 リチャードがメロディの表情から、これがお花畑かと思えるほどの変化を読んで苦笑する。


 彼女が彼を睨んだ。


「笑うところではない」

「……すいません。指揮官の顔になっておられたので」

「……意外か?」

「……すいません」

「わたしだって士官学校を出ている!」


 メロディは、自らへの苛立ちで声を荒げるとさっさと移動する。


 リチャードは、お嬢ちゃんが半人前くらいにはなったかと思っていた。


 一方、後退するピレネーは、不満げな部下達に説明をしてやらねばと口を開いた。


「よいか? わたくし達は劣勢だ。一時的な勝利など意味がありません。それがかえって、向こうのやる気を引き出すことに繋がりましょう」

「しかし敵の数を減らしておくのも大事なのでは?」

「戦は確かに数が大事です。しかし、数で全てが決まるものではないと、敵であるグラミアが過去に証明しているではありませんか」


 ピレネーは幼い頃、アレクテレスから貸してもらった帝国とグラミアの戦いの記録を読み漁った。小が大に勝ることがあるという好例に興奮したものだった。そして、武術に興味をもったが、これは彼女が、普通の女の子として育たなかったきっかけかもしれない。もちろんそれを許した彼女の父親の寛容もあろうが、しかし彼女に言わせると、父は娘の機嫌を取りたかっただけということになる。


 ピレネーは部下達にさらに説明してやる。


「また、この動きは敵の南下を鈍らせる牽制にもなります。いつ、どこで我々に襲われるかと、グラミアは準備に時間をかけるでしょう。その時間でオルセリアの支援を実行力のあるものとして受けるよう動けます」

「……オルセリアが部隊を派遣してくれるでしょうか?」

「彼の国を動かすのは、帝室や議会に働きかける以上に、民に訴えればよいのです。亡き父にかわり、娘と息子が懸命に家を守ろうとしている。大国の暴走がそれを脅かしている。この図を民に訴えるのです」


 ピレネーは決めていた。


 ここはオルセリアの軍をなんとしてもひき込み、膠着状態にもちこむ。そして、その打開策として、テッザ伯爵家に自分が嫁ぐ。


 彼女はこれで、ベアス伯爵家と、親切な継母と可愛い弟は守れると結んだ。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムはメロディを案じながら、ただ帰りを待っていたわけではない。


 彼は本営に、ララ・リージンを招き入れると、相手が何かを喋ろうとしたところを制して口を開いた。


「ベアス伯爵家には、部隊を指揮できる人物はどれだけいるのか?」

「は……は?」

「答えろ」

「無礼でしょう! ベアス伯爵家の政務官よ! こんな扱いは不当よ!」

「敗れた者への扱いをしている」

「わたしはベアス伯爵家の政務官なの! 下っ端のお前がなんて態度!」


 ララは、自らの失敗を認めたくない腹立ちと、こうなっても若造になめられたくないという強気、いや、全てが気にいらないという苛立ちがもっとも強く、それが癇癪となって醜態をさらした。


 罵詈雑言を吐き散らし、喚きながら暴れる女に、マキシマムの平手が振るわれた。


 パンという渇いた音で、女は黙ったが、直後、悲鳴をあげた。


 マキシマムは彼女の身体を押さえつけ、髪を掴み怒鳴る。


「言え! 味方が狙われて危ない。俺は今、余裕がないぞ!」

「痛い! 痛いじゃないの! 女に手をあげ――」


 マキシマムは、再度、彼女に平手をぶつけた。


 今度は右頬をはたかれたララが、涙と涎を飛ばしてわめく。


 彼は彼女を蹴り飛ばし、どうしたものかとうろたえるサムエルを見た。


「駄目だ。この女は無駄だ。モルデールを連れてこい!」


 かくして、同胞を焼かれ、全てが台無しになったと心ここにあらずの状態であるロボス人が、マキシマムの前に引き立てられることになる。


 マキシマムは、相手の意識を自分に向かせる為に、白刃をすらりと抜き放ち、その眼前につきつける。


「喋らぬと殺す」


 モルデールは、喉を鳴らしてマキシマムを見た。


「ベアス伯爵家の指揮官、誰がいる?」

「アレクテレスという武官をまとめる者がいる」

「他には?」

「……おらぬ。家宰殿は軍事に疎い」

「わかった。どんな人物だ?」

「軍を動かすのに長けている。武芸にも秀でている」

「ベアス人か? ロボス人か?」

「ベアス人だ……」

「年齢は?」

「わからぬ……五〇ということはない……いや、五〇くらいか」

「どちらの派閥だ?」

「……中立だ。おかげで助かったが……」


 マキシマムは頷き、兵に命じる。


「おい! 彼を幕舎に連れていけ」


 マキシマムは、兵に曳かれて本営を去るモルデールを眺め、憐れだと感じたが、テラの町を守ることをせず、結局は自分の為に平和だと訴えていた浅はかさに冷たい視線となった。


 彼はすぐに、アレクテレスという指揮官を想像する。


 中立ということと五〇前後の男であろうことから、威厳と公正さを併せ持つ経験豊富な指揮官だろうと想像した。だが、その相手が定石にはない方法、つまり森の中で部隊を動かすという判断をしたという点がひっかかった。


(アレクテレスはカラマタに残り、側近の誰かが出て来たと考えるのが妥当か……その側近は、経験が浅いか、思慮に富む人物かのどちらかだ……最悪、思慮に富む人物であるなら、敵のこの動きには、メロディ隊を襲う以上に何かある)


 彼はそこで、地図を眺める。


 サムエルも、同じくそうした。そして、沈黙を嫌って口を開く。


「マキシマム様、ですがこれで慎重にならないといけませんね」

「慎重に?」

「敵は森の中もよく把握しているってことでしょ? いつ襲われるか心配ですから」

「……そういうことだ」


 マキシマムは頷く。


 彼は、アレクテレスの側近が狙うのは、グラミアを慎重にさせ、時間を稼ぐこと。


「時間を稼ぎ、オルセリアが動くのを待つ……いや、動かせる算段かな……ここは、自分がされたら嫌なことをする……俺が時間稼ぎをしようとする時、それを無視されると嫌だ……南下だ」


 彼は決断した。




-Maximum in the Ragnarok-




「ちょ……マキ君、本気?」

「本気だ」


 帰還したメロディは、進軍準備に励む本隊を見て、慌ててマキシマムのもとに向かうと、慎重さを求めたが、彼は南下すると主張したのだ。


「わたしのせい?」

「違う。君の部隊を急襲したベアス伯爵の部隊には、ふたつの意味があるような気がする」

「何?」

「味方を守ること、こちらを牽制すること」

「牽制?」

「森の中を部隊が移動する……たしかに地の利があるからしたと思う。だが、無駄に危険な森の中を兵に進ませたくない。味方の撤退を助けるなら、部隊を我々にさらして威嚇するだけで十分だ。しかしベアス伯爵軍の部隊は森を進み、君の部隊の後背に出た。当然、我々は次もあると慎重になる……これを狙っている」


 マキシマムは卓上の地図を睨み、現れたリチャードに言う。


「準備が整ったら一気にカラマタに迫る」


 彼はここで、市街地の瓦礫撤去を請け負ったロッシ公爵軍一個連隊の指揮官に伝令を向かわせる。それは、テラにはその連隊しか残さないという伝えるものである。


 マキシマムは青い甲冑とマントを揺らし馬に跨った。


 メロディは彼を見上げ、その美しさに見惚れる。


「……っこいい……素敵……」

「メロディ、二刻後に君はテラを出てくれ」

「え?」

「俺達の本隊が、君の部隊と同じ目に遭わされた場合の保険だ」

「はい!」


 女の顔となって返事をした彼女は、自分の部下達が待つ場所へと向かうべく踵を返す。その瞬間、彼女の表情は指揮官のものとなった。


 去る彼女と、すれ違うようにマキシマムへと歩み寄ったサムエルは、いつもあの顔でいればマキシマムも彼女を認めてそういう相手と意識するのではないかと思っていた。


 彼からみて、マキシマムが興味をもちそうな異性は、強い女性だろうと思えたからだ。


「サムエル」


 マキシマムに声をかけられ、サムエルは思考を止めて指揮官を見上げる。徒歩の彼が、馬上の相手を見ると自然とそうなる。


「君はここで待て」


 サムエルは安堵を覚えた直後、もやもやとした違和感が肌の下でうごめいていると不快になる。そしてそれは、自分がマキシマムと一緒に行きたがっているからだと理解し、一礼したが反論を述べた。


「はい……ですが、お許し頂ければご一緒したいです」

「……戦闘だぞ」

「戦闘も記録するのが務めだと思います」

「……」

「どうか」

「わかった。だが君は部隊の後方に常にいるように。危なくなったらいつでも逃げ出せ。兵の邪魔になる」

「承知しました」


 サムエルは、ゆるりと馬を進めるマキシマムを目で追う。


 恐ろしく美形の青年は、戦いに出るというのに冷めきった表情で馬を進めていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 ピレネーはカラマタの近くまで到達したところで、その報告を受けた。


 伝令は、後方に配置していた斥候からの情報を齎したのである。


「申しあげます。グ軍、南下。数、五〇〇」

「出てきたの!?」

「はい」


 彼女は空を仰ぐ。


 東の空はすでに暗く、西の空は血の色で染まったかのように毒々しい。


 夜であれば、森の中をベアス伯爵軍とて進めないという判断をされたのだと彼女は唇を噛んだ。そして、グラミアはこんな島にも油断ならない指揮官を派遣しているのかと考え、人材の豊富さを羨む。


 カラマタでは、市街地を囲む城壁の外に、アレクテレスが急いで集めた兵が部隊ごとに待機していた。三〇〇から四〇〇といったところで、テラから逃げることができた兵が復帰すれば、今の倍は揃えられるとピレネーは計算したが、グラミア軍の恐ろしさを知った彼らが果たして役に立つかと疑う。


 アレクテレスが彼女を見つけ、馬を加速させる。


 両者は馬上のまま、短い会話をした。


「ご無事で」

「帰りました。グラミアが南下しています」

「……朝を待ちませんでしたか」

「これは本当にやる気です……休戦云々と交渉していた数日前が懐かしい」


 彼女はここで、アレクテレスから冑を受け取る。軍衣の下に鎖帷子を着込んでいるが、甲冑を身につけねばと城に急ぐべく馬を加速させた。


 離れる彼女の後方で、のんびりとアレクテレスの前に集合した武官たちが、一斉に不満を口にし始める。


「軍務官殿、姫様に言ってやってください」

「そうそう、戦は書物で読むのとは違うのだと」

「せっかくの好機を台無しにしたのです」


 アレクテレスは彼らを睨み、腹に力をため、だが絞るような声に抑えた。


「貴様ら、姫様がロボス人の血を継いでおるから不満を述べておるな? 馬鹿者……このような時に、生まれを理由に蔑む性根をまだ持つか?」


 彼の指摘は、された側の本音を見事についていたので、誰もが口を閉じ、視線を地に落とした。


「貴様らの見る目なさに、俺を巻き込もうとするな。虫唾が走る」


 アレクテレスは馬首を巡らし、武官たちを置いてその場を離れる。


 彼は、この戦が終わり、まだベアス伯爵家があったならば、ピレネーを軽んじた者達を追放すると決めていた。


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