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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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遭遇戦

 ベアス伯爵領のカラマタは、オルセリア皇国で多い建築様式の建物が目立つ。ザマ様式と呼ばれる設計で、陽光を反射させることで室内の温度を上昇させないことや、風を取り入れる通風口が外観の美しさを損なわないように調整されていることが特徴である。


 その最たるものがベアス伯爵家の居城であるカラマタ城で、陸から海へと突きだした岬の先端に築かれた二重構造の城は、灯台の役割を兼ねていて海から見れば自然と人工物が一帯となった景色は見ごたえ十分であろう。またこれが、この城の堅牢さを物語っている。


 侵入口は町からの一面で、三面は海だ。制海権を確保したうえでひとつの門から攻め立てるしか攻略方法はないように思える。あるいは、包囲した後に城内が飢えるのを待つのも効果的だろう。ただしこれは、ベアス伯爵家の援軍が海から現れないことが前提となるが、南方大陸の雄であるオルセリア皇国がベアス伯爵家を支援していることから、難易度はとても高い。


 この城の一室で、故人となったベアス伯爵の長女ピレネーは、弟であるラキアの髪を櫛で梳いてやりながら、ラキアの母親であり、自らの継母でもあるミバネに言う。


「城の皆が言うことなど無視しておられればよろしいでしょう? 誰が何と言おうと、跡継ぎはラキアで間違いありません」

「ピレネーどの、そうは言ってもそなたの言うようなこと、誰も信じませんよ」


 ミバネのやつれた顔に、ピレネーは気の毒そうに表情を歪めた。彼女は、自分も、母も、またこのミバネもラキアも、父親のいい加減さが原因で困っていると決めつけている。他人に請われるがままに物事を決めていた彼は、妻を娶る時もそうした。そして、前妻であるピレネーの母が変死した後、これまた城中の空気でミバネを妻とした。


 その時のことしか考えなかった男は、死してもなお家族を困らせるとピレネーは胸中で父への批判を大きくする。そして家臣がベアス人とロボス人に割れてしまった現状に、櫛を動かす手が止まった。


「姉上?」

「……ごめん」


 ピレネーは手を動かしながら、家中が割れる前に手を打っておけばよかったと後悔するも、そう動いたところで結局は、逆に野心ありと取られていたのではないかと悲しくなる。


 彼女は、自分が求めもしていないことを、他人が彼女にそうさせたいと求めてくることが情けない。そしてそれが、ピレネーの為にという嘘で、自分達の為にという本心を隠していることが腹立たしい。


 ピレネーは半分、ロボス人の血を流しているが、自分は自分だという感覚であった。この島で、この情勢でこのような価値観は珍しいというより奇怪といえるが、間違いない本心である。


 しかるに現状が嘆かわしく、彼女はやはりと思い口を開いた。


「ミバネ様……テラの件などゴタゴタが続いておりますからこそ、この際、はっきりとさせましょう。わたくしが家を出て、ラキアが残れば、皆はそうとまとまるに違いないのですから……どうかご許可くださいな」


 懇願するようなピレネーに、ミバネは頭を払う。


「わらわは、自分とラキアの為にそなたを追いだしたくない。城の者達のような浅ましさを持ってはおらぬ……ピレネー、みくびらないで」

「ごめんなさい」

「……いえ、わらわこそ謝罪します。ですが、許可など絶対にいたしません。そなたは何も責められることなどしておりません。もちろんラキアも……そなたのお母上も……ララがテラから帰ってきたら、改めてわらわから話をします。ラキアが継ぐにしても、そなたが継ぐにしても、それでどちらかが害されることないようにと」


 ピレネーは微笑みつつも、感情は真逆だった。


 彼女は、この善人たるミバネはきっと、他人も本当のところは、善人ばかりであると勘違いしているに違いないなどと考えている。


 ピレネーは、だからこそ彼女と弟を守らねばと唇を噛んだ。彼女は、血が繋がっていないにも関わらず自分を大事にしてくれるミバネを好いているし、姉上と慕ってくれるラキアが可愛い。いずれ他所の家に嫁ぐにしても、この二人の為ならという気持ちがあった。


 彼女は、いっそのことテッザ伯爵家に嫁ごうかと悩んだ。


 この時、室の外で武官を束ねるアレクテレスの太い声が発せられる。


「ご報告がございます!」


 ミバネが腰を浮かしたが、ピレネーが制して扉へと向かう。髪を梳かれていたラキアは、いつの間にか椅子に腰掛けたまま眠ってしまっていた。


 扉を開いたピレネーに、アレクテレスは一礼する。彼は五〇手前の大男で純粋なベアス人だが、ピレネーに武術を教えた師であることから、二人は民族間の対立とは別の関係の築くことができていた。


「ミバネ様もいらっしゃいますか?」

「ええ、入って」


 室内に通されたアレクテレスは、神妙な面持ちで片膝をつくと口を開く。


「申し上げます。テラの我が軍と、グラミア軍がぶつかり、我が軍は敗走……書記官のマクシアン殿は行方不明、ララ様も戻らず……モルデール殿はグラミアに投降したようです」

「……確かなのですか?」


 ミバネが顔面を蒼白として問う。


 その声は細く、震えていた。


「はい。急ぎ帰還した騎兵の言によるものでありますれば、間違いございませんでしょう」


 ミバネの身体がグラリと揺れるも、素早く動いたアレクテレスが抱き留める。彼はそのまま、彼女を椅子にそっと座らせたが、相手が気を失っているとみてピレネーを見た。


 ピレネーは逡巡の後、家臣に命じる。


「兵を集めなさい。グラミアが攻め寄せてくる可能性があります。また、敗残兵を迎え入れる……逃げてくる彼らを助けに出ます」

「……追ってくるグラミアとぶつかるかもしれませんぞ」

「構いません。どうせ戦闘はしたのです。一度も二度も同じこと」

「承知しました」

「まずは手元の部隊だけで出ましょう。逃げてくる兵を助けねば」

「ただちに」

「指揮官は……」


 ピレネーは素早く考えを巡らす。


 彼女は苛立ちを、室内を歩き回ることで表していた。


 ぐるぐると歩きまわる彼女を、アレクテレスは無言で待つ。


「お前には……迎撃の準備を任せたい。助けにはわたくしが出ます」

「騎兵は二個小隊ほどしかありません」

「歩兵とあわせて二〇〇は欲しいところ……壁で防ぐなら歩兵がいい」

「兵はおりますが物資が足りません。すぐにとなると一五〇がやっとでしょう」

「それで十分です。追撃のグラミアは陣形が伸びているでしょう。兵を助けるように横からぶつかれば二個小隊の騎兵でも効果はあります」


 アレクテレスは一礼する。


 彼は、彼女の命令の裏にある本心に気付いている。


 ピレネーが彼に出撃を命じると、カラマタではロボス人達を押さえる人材に欠くことになる。家宰のエムベールはここぞとばかりにピレネーを担ぎ出し、カラマタから外に出たアレクテレスの退路を断とうとするだろう。そして彼を謀叛人に仕立てあげ、カラマタに残るミバネとラキアが首謀者という絵を描きかねない。


 ピレネーはそれを防ぎたいのである。彼女はその為に、カラマタにアレクテレスを残し、自分が出ると決めたのだ。


 アレクテレスは、急ぎ立ち去る彼女を、畏敬の念で見送った。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは、テラの町の中心に残っている代官館に本営を設置すると、追撃に出ていたメロディ旗下一個連隊一〇〇に帰還命令を発する。戦闘開始は午前で、まだ午後の陽が高い時分であるが、テラより南に進むとベアス伯爵領であるから暗くなってからの軍行動は慎重にしたいという考えであった。


 彼は長方形の卓上に島の地図を広げている。それは島の北半分は詳細に記されているが、南半分は抜けが多い。


 テッザ伯爵側が作成しているので、こうなのである。


「リチャード、森の中に偵察部隊をいれる。村や地形を調べさせたい」

「了解。おい」


 リチャードに呼ばれた伝令が二人へと歩み寄り、マキシマムが素早く書いた指示書を受け取ると立ち去る。


「測量士に町を図らせる作業を始めるように……テッザに鳩を……解体に従事できる者達を集めて寄越すようにと」


 サムエルが羊皮紙にマキシマムの指示を書き、伝令へと手渡す。


「瓦礫の運搬……廃棄場所がいるな」


 マキシマムの言葉に、リチャードが地図の一点を指で示しながら口を開く。


「使えない廃材を捨てる業者はここに運んで捨てています。穴を掘って捨てるんだとか……ここは穴だらけですよ」

「これまでよりも量が多い……とてつもなくね……他にも必要だ」

「町を再建するにあたり森を切り開くでしょう? そこにすれば?」

「……ベル先生に怒られそうだがそうしよう」

「ベル先生?」

「あ、俺の先生。森を壊すと怒るんだ……動物の棲み処がなくなると言って……」

「……かわった人ですね」

「うん……ロボスに梟はいるよね? どのあたりに生息しているかわかるか?」

「……テラ付近にはいませんでしょうね。東の海岸とか開発されていないのでそっちでは? 梟がどうかしたんです?」

「ベル先生、梟の森を壊したらとんでもなく怖い」

「隊長が怖がるってことは、そうとうなんでしょうね」

「ハンパない」

「……梟がいる箇所は避けましょ」


 サムエルが口を挟んだ。


「テラの西側にはミミズクがいますよ」

「じゃ、東側だ。東側の森……瓦礫を運べるように道を造る。その道から広げるように森を切り開く」


 マキシマムの決定で、リチャードが伝令の一人を手招き指示を出した。


 そこへ、慌てた伝令が飛び込んでくる。


「報告! メロディ隊! 敵と遭遇!」

「規模は!?」


 リチャードの怒声に、伝令は片膝をつき、両肩を激しく上下させながら答える。


「約五〇! メロディ隊迎撃!」


 マキシマムが伝令を手招き、地図上で遭遇箇所を示せと命じた。伝令は、自分が持つ方眼紙に描かれた作戦用の地図と卓上の地図を照らし合わせ、一か所を示した。


「ここです」


 サムエルが定規と方位磁針でテラとその地点の距離と方向を測る。


「一九三度、約八〇〇〇デール」

「援軍を出す。リチャード、一個連隊を率いてメロディと共に帰還しろ」

「承知しました」


 本営からリチャードが立ち去ろうとした時、新たな伝令が飛び込んできた。


「報告!」

「申せ」


 リチャードが即座に応えた。


 伝令はその場で片膝をつき、一礼し述べる。


「メロディ隊より! 敵後退! 我、勝利するも撤退を決!」


 リチャードがマキシマムを見る。


「リチャード、やはり迎えに行ってやってくれ」


 副官が一礼し立ち去る。


 マキシマムは地図を眺めながら、最初に現れた伝令に尋ねる。


「敵が現れた方角は?」

「左手です。東方向からでした」

「森の中だな……」

「はい」


 マキシマムは地図を睨む。


 ロボス島は北のテッザ伯爵領は丘陵地帯や平地が多い。南側のベアス伯爵領も同じくそうである。それは暮らしやすく、農業に適した土地を両伯爵家がロボス人から奪っていったからである。そして島の中央部は森に覆われており、テラとその周辺は開拓されて開けているが、中央部全体でみるとほとんどが森である。地図でみるとわからないが、森は高低差に富んでいるので、現実は地図でみるよりも地形は複雑であろう。


 その森の中を、ベアス伯爵軍の騎兵二個小隊は進んだ。


 マキシマムは、敵は地形を把握していると認め、南進は得策ではないなと感じたが、三人目の伝令が現れたことで状況は厳しいものへとなってしまった。


「報告! メロディ隊より救援要請! 敵の追撃に遭い苦戦。退路を断たれました」

「規模は?」


 マキシマムの問いに、伝令は一礼し答える。


「約一〇〇」

「騎兵と歩兵で一五〇前後……中隊規模」


 マキシマムは悩む。


 兵力をお互いに小出しした後に軍規模同士の戦闘に繋がっては厄介だと感じた。それは自軍が島南部の地形に詳しくないからで、伏兵による奇襲の餌食となるのは避けたいと思う。だがリチャードの部隊を援軍で出さねば、メロディ隊が危ないと考える。


 正解など、実行しなければわからないと彼は諦めた。そして、確実だと確信を得てから判断するほど時間はないとも認める。


「援軍はリチャードに任せる。本営を中心にテラの警備はしっかりと。奪った直後が危ないと言うぞ」


 マキシマムの言で、その場に控えていた伝令達が一礼し離れて行く。


 サムエルが、緊張した面持ちのマキシマムに、ブランデーを入れた水筒を渡した。


「トラスベリアの、リーベルシュタインです」

「ありがとう」


 グビリと飲んだマキシマムは、麦酒とは比べものにならない美味に感動する。


 だがすぐに、酒場の娘を脳裏に描き自嘲の笑みをつくった。


 そこに、鳩が運んできた報告が齎される。


「メロディ隊、撤退不可能」


 暗号文を読んだ伝令に、マキシマムは無表情で応える。


「わかった。これ以上は今は動けない」


 彼はだが、卓上の地図を睨み、サムエルに尋ねた。


「高台はどこか?」

「テラの南に、丘があります」

「開けているか?」

「見通しは良いです」

「騎兵を配置しておく……伝令、騎兵二個小隊をテラの南に配置!」


 マキシマムの指示で、伝令が走る。


 その背後で、指揮官は他の伝令に怒鳴った。


「情報が欲しい! ララを連れて来い!」


 テラのグラミア軍も、動きを活発なものへと変えていった。


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