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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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テラ

 大陸西方諸国からみて、内海の南側には南方大陸という広い陸地がある。西方諸国の人々は、この島の面積を正確には知らない。しかし、とても大きい大陸だということは理解している。その南方大陸の北側は内海で、その海岸線にはいくつかの港町がある。その中でも規模の大きなもののひとつが、オルセリア皇国の内海貿易での拠点として使われる都市クレオパトラだ。


 古代の女王の名を冠したこの港湾都市は、オルビアンから海に出て南へと船で進むこと三日から四日ほどである。


 オルビアンに本店を置く商会のひとつに、フェリエ商会がある。この船がクレオパトラへと出港するとあって同乗したベギールは、到着後、すぐにクレオパトラ中心部にあるオルセリア皇国クレオアパトラ総督府へと向かった。


 彼は、四日前にロッシ公爵からオルセリア皇国への使者に任命されていた。


 フェルド諸島のロボス島において発生した、町をひとつ焼け野原にした事件に関して、オルセリア皇国が関与しているか否かを確かめる為である。


 ベギールとしては、休む間もなく使者となり不満がまったくないわけではなかったが、ロッシ公爵の命令とあれば従わざるをえないし、一国を代表する使者に任命されるのは誉であった。


 このような事情で、彼はオルビアンに到着して数刻後には海上に出ているので、その後のオルビアンが大変な騒動になったことを知るはずもなく、現在はクレオパトラの港から総督府まで、馬上で異国の街並みを眺めながら、道行く人々を目でおいかけて、褐色の肌が健康的な女性達に頬を弛めていたのである。


 クレオパトラは人口十万人を抱える大都市で、街並みは上下水道が完備された先進的な造りである。道は全て石畳が敷き詰められ、その隙間は子供が転ばないように粘度で埋められていた。そしてマメに張り替えられているため、凹凸が目立たない。


 建物は高くても二階建てなので、総督府の威容が一際めだつが、なにも見栄で規制しているのではない。これは海から街に不届き者が接近を企んでも発見しやすいようにという配慮である。


 温暖な気候で、冬でも上着が不要というだけあり、秋の今は人々の服装は露出が多い。異国からこの都市にくれば、男も女も半裸に見えるのではないだろうか。


 ベギールもそう思っていた。


 彼は、若い女性達がありえないほどに肌を露出されていることから、当初はそういう商売の者達が昼間から歩いていると勘違いした。しかしどうやらそうではないと、街を進むにつれ理解した後、すばらしい風習だとうらやましがっている。


「使者様、総督府ですよ」


 フェリエ商会の商人隊を率いるオルガの声で、ベギールは咳払いをして視線を前方に定めた。円錐状の屋根がいくつも並ぶ建築群は、城壁に囲まれている。白い石を選んで築かれた総督府は、陽光を反射して輝いていた。


「大きいな……オルビアンの離宮ほどもある」


 ベギールが言うオルビアンの離宮とは、グラミア王家がオルビアンに所有する別邸である。ここにグラミアのオルビアン総督府も入っていた。


「オルセリアは大きい国ですから」

「グラミアよりもか?」


 オルガは苦笑した。この若者はグラミアが一番でないと気が済まないのかという呆れが含まれている。


「さぁ? ただ南方大陸の北側をすっぽりと国土にしているくらいなので、とても大きいとしか……」

「オルセリア人が遠い過去に、オルビアンを造ったというのは本当かな?」

「一応、歴史を調べれば書いてありますがね……オルセリアの皇帝に従えないとした共和主義者達が海を北に逃げて……辿り着いた土地にオルビアンの前身を造ったってのは……」

「だとすれば、過酷な統治なのだろうね」

「今のグロンキア朝になってからは内戦もなくなり、皇帝の下に元老院と貴族院の二院制をとって立法は独立しております。この両院が皇帝直下の皇帝府を監視し、皇帝府は議員達を監視することと行政を役割として……司法は大審院が……この権力の分立はアルメニアが参考にしたと有名ですから、過酷ではないでしょうね。それに皇帝も帝室から選ばれますが、その選挙の投票は議員達です。間接民主制の皇帝というのは珍しいでしょうが、それだけ民意を気にするでしょう」

 

 オルガは喋りながら肩越しに背後を見る。


 彼は商隊の隊長なのだが、隊は副主任に任せて別行動――少数の護衛と共にベギールを案内していた。その彼が見る後方には、オルセリア皇国のクレオパトラ総督への貢物を乗せた荷馬車がある。グラミア王国の特産品である麦、蒸留酒、貴金属の他、荷馬車の後ろにはグラミアで育てられた馬一〇頭が続いていた。


 南方大陸の人々は、大陸西方諸国の馬をありがたがる。その中でも、トラスベリアとグラミアの馬は重宝されるのだ。


「お前達、商人はいろんな国に入る……怖い目にあったことはないのか?」

「ありますよ……ですがそれは、護衛への支払いをケチった時くらいですね。今回はオルビアン総督府からお金が出たのでペルシア人を雇えているので安心です」


 ベギールは笑う。


 たしかに、マキシマムが十人いるようだと周囲の護衛達を眺めた。


 その中の一人が、笑みを浮かべてベギールに言う。


「ご安心くだされ……一〇〇人くらいの敵であれば我々でなんとかなります」

「……それは言い過ぎだろう?」


 ベギールの問いに、ペルシア傭兵が仲間達に問う。


「どうだ? ご主人はこう仰っておられるが?」

「そうだな、俺は十五人までなら問題ない」

「俺は十三人がやっとだ」

「二十人は同時に無理だ」


 男達の主張する人数は、一〇〇を超えていた。


 仲間達に問うた傭兵が、クレオパトラ総督府の門に差し掛かる手前でベギールに答える。


「一五六人までなら大丈夫となりますが、我々ペルシア人は慎み深いので、一〇〇人にしておきましょう」

「わかったよ……安心できた」


 ベギールは馬から降りながら言い、笑いながら門をくぐる。ペルシア人達はそこで武器を門番に渡した。


「これで、五〇人ほどが限界となります」


 傭兵の台詞に、ベギールは鼻で笑った。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルセリア皇国のクレオパトラ総督府でベギールが面会を申し込んだのは総督であったが、現れたのは外交部のクレオパトラ支部長だった。


「総督閣下は多忙なゆえ時間が取れぬ。失礼を承知で私が参った」


 こう述べたのは中年の男で、オリギ・サラと名乗った。頬も顎も黒い髭に覆われた男は、武官あがりだと見た目で主張しているが物腰は柔らかい。


 ベギールは感謝を述べる。


「ありがとうございます。こちらこそ突然の訪問、お許しください」


 二人の会話は、アルメニア語で行われている。双方ともに、お互いの言語には不慣れだが、アルメニア語であれば通じるだろうというものだった。それほど、アルメニア語は公用語として認められている。


「いやいや……昨日、貴方が来られると内々で知らされていたのですが、閣下はどうしても時間が取れませんでした。しかし用件から、私のほうが適任かと思いますのでご安心ください」


 ベギールは、ロッシ公爵ムトゥが手を回していたのだなと理解し、当然だと納得する。


 ムトゥはベギールを送り出した直後、鳩か烏、あるいは渡鷹バザードイグルでクレオパトラに使者を派遣したと伝えたのだろう。


 ベギールは、オリギの従者が用意した紅茶を飲む。


 グラミアで飲む紅茶よりも、甘味が強いと感じた。ゆえにベギールは、砂糖を贅沢に使えるオルセリア皇国の豊かさを感じ取る。


 オリギが、グラミア人が紅茶を飲むのを待っていたかのように口を開く。


「フェルド諸島の件……実は我々も困っておりましてね」

「お困りであると?」


 ベギールの問いに、彼が杯を受け皿に置く音が重なる。


「ええ……我々としては、ベアス伯爵家を支援していますが、それは何もあの島を全て手に入れる為にというわけではありませんでね……私のアルメニア語、正しいです?」

「私より上手いですよ」

「ありがとうございます。で、まぁ率直に申しますと、内海の寄港先を押さえておきたい為に助けているわけで……逆に言えば、グラミアやアルメニアが内海で我々の船も寄港料を安くしてくれるならこだわる必要もないわけでしてね」

「……それは私の力が及ぶところではありません。しかし話はします。ただ……お互いに交渉が必要でしょう」

「ごもっともです」

「では、グラミアやアルメニアが貴国の港や、貴国が保護下におく国の港を使う際も、同じように扱ってくださることは可能なのですね?」

「それも交渉になりますが、お互いの利益になるならば検討すべきことだと思います」

「承知しました……となると、ロボス島でテラの町をベアス伯爵家側が焼いたということに対して、貴国は支持されないと?」

「今後の状況によりますが……我が国としては、あのようなことに同調するのは良しとしませんでしょうね、議会が」

「議会がですか?」

「仮に皇帝陛下がベアス伯爵家を庇ったとしても、議会の反発を受けるでしょう。議会も、帝室でさえ民意を無視できません。民意は、この事件が広まれば必ず弱者への同情を強めます……ですがこれは、ベアス伯爵側がテラを焼いたということが事実であった場合の仮定ですので……実は今、総督閣下はベアス伯爵の人間から事情を説明されている最中でしてね」


 ベギールは喉を鳴らした。


 彼は、ベアス伯爵側がテラの件を、グラミアとアルメニアのせいだと訴えでもしたら反論の機会は与えられるだろうかと心配になる。だがその不安を顔には出さず、紅茶を啜って口を開いた。


「どうせ、自分達は無実だと訴えているのでしょうね」

「ですが、それもまた証拠はありませんのでね……まぁ、わかりますよ。あのような事件があって、一気に今回の件です。火の手は、はたしてベアス伯爵家によってあがったのか、住民がベアス伯爵家の捜査に抗おうとして自ら放ったのか……誰も見ておりませんが、住民側が放ったにしてはあまりにも被害が大きいし、ベアス伯爵側が燃えるに任せたのもおかしいですからね……ですが全ては可能性……疑わしいというものでしかない」

「……オルセリアでは、この件は広まっているのですか?」

「いいえ、全く……広い国です。保護下の国で起きた事件など、いちいち広まりませんよ……ただし、これが原因となって出兵となると別です」


 ベギールはここで、一呼吸おいて本題をきりだす。


「グラミアとすれば、あくまでも両伯爵家間に休戦を結ばせたいのです。派手な戦争は避けたい……テラの事件の原因がどうであれ、そうしたいと考えております。その時、テラに関してはテッザ伯爵領に避難した人達をグラミアが責任をもって戻して、元の暮らしができるまで支援しましょう。当然、寄港料の件は同時進行で交渉ということになろうかと思います」


 ベギールは希望を伝えた。


 両伯爵家は休戦を結ぶ。


 テラ復興はグラミア主導で行う。


 黙って見てくれていれば、寄港料は考える。


 オリギはじっと考え、若いグラミア人をただ見ていたが、微笑むとこう答えた。


「よろしいでしょう。その方向で都と話します。返答は後日……五日もかかりませぬから」




-Maximum in the Ragnarok-




 テラの町は、ベアス伯爵軍によって建物の解体作業――実際は、全ての建物を破壊しつつ生き残りがいないことを確かめていたのだが、グラミア軍接近によってその作業は中断されている。中途半端に町の中心部から南側が瓦礫の山となり、半分から北側はところどころに家屋の連なりがあったという形跡程度が残っていた。


 その町の真ん中には、代官館が健在であった。あの火災を免れたのは防御壁と建物の間に庭があり、炎が届かなかったからだ。


 現在、この代官館の庭に設置されたベアス伯爵軍本営で、指揮権をもつララ・リージンは苛立っている。解体作業を終えてさっさと離れたいのに、それができないからである。その原因は完全武装で町へと接近したグラミア軍にあるが、ベアス伯爵軍は無視すればよかったはずだ。あるいは抗議をするだけでよかったのかもしれない。しかしそうはならなかったのは、グラミア軍に接近された町北端に配置されていた部隊の一部が、動揺と混乱で指揮官の指示を仰がずに攻撃行動をとってしまったことにあった。


 廃墟となった町で、北からグラミア軍が中心部へと進撃し、防ごうと懸命なのがベアス伯爵軍であった。


 ララは喚くばかりだった。


「どうしてグラミアが戻って来たの!?」

「なんで勝手に攻撃したのよ! 馬鹿じゃないの!?」

「その兵士達は死刑よ! 死体をグラミアにくれてやって、戦争は終わりにしなさい!」


 彼女の命令に反論したのは、書記官のマクシアンである。彼はとても書記官には見えないほど甲冑姿がさまになっていた。


「ララ様、おちついてください。グラミアにそのようなことをして戦闘を終わらせることはできませぬ」

「なんで!? なんでよ!?」

「……奴らにその気がないからです」


 マクシアンは、北から現れた敵の動きがどのようなものであったのかを、兵士達から聞いていた。


 グラミア軍は最初、騎兵だけの小隊で一気に町へと接近してきた。この時、これに対したのはベアス伯爵軍の歩兵部隊で三〇人ほどである。彼らは馬蹄を轟かせて騎兵が接近してきたものだから、慌てて盾と剣を取り、弓を持つ者は矢を放った。そうしなければ、突撃をうけていたと訴えたのである。


 マクシアンは、歩兵達にそうさせる為に、騎兵はわざと突っ込んできたのだと受け取っている。


 その後、騎兵は矢を浴びて一目散に逃げ出した。それまでの勢いが嘘のような引き際の良さであったという。しかし直後、今度は整然と現れたグラミア軍が、弩と矢を放ちながら町へと入った。ベアス伯爵家の歩兵達は慌てて逃げたし、彼ら逃げてくる仲間を助けようと他の部隊が応戦する。


 かくして戦闘は現在に至っている。


 マクシアンはララに言う。


「グラミアはテラの町を取りに来たのです」

「テラを取りに? おかしいでしょう! もうテラはないのに!」

「いえ、この場所が重要なのです」


 マクシアンはここで、焼き討ちの際にグラミア軍が、ロボス人達が逃げるのを助けていたことを思い出し、やはりそうだと理解する。


「ララ様、逃げたロボス人はテッザ伯爵領に避難したと報告があります。つまり奴らは、テラという土地を押さえ、ロボス人をここに移し、町を造り直す算段でしょう」

「……今度はテラを、テッザ伯爵が押さえると?」

「それだけではありません……これでロボス人は、テッザ伯爵側……つまりグラミアとアルメニアに感謝します。問題は、我々側の中にもロボス人がいることです」

「……しかし、グラミアと戦っては駄目よ!」

「向こうから攻めてきているのです」

「話し合いよ……話し合いをしましょう。グラミア側に使者を――」

「殺しにきている相手に話し合いもクソもあるか!」


 マクシアンは一喝し、ララを怯ませる。


 彼は一礼し、非礼を詫びた。


「申し訳ございませぬ……ここは戦い、小康状態にもっていったところで使者を遣わす順番でなければ収まりませぬ」

「……」

「グラミアとて本腰入れて戦うことなど考えておりますまい……奴らは異民族とも戦っており、我々の背後にはオルセリアも控えていることを考え、落としどころを探り始めるに違いありません。今は戦うしかありません。いや、そうしなければ、兵をみるみる失い……敗れて撤退という末路です」

「わかった……任せます」

「先にお帰りください」

「……せめて残るわ」


 マクシアンは意外そうにララを眺める。


(こう言える奴は嫌いじゃない)


 彼は、一礼しその場を離れた。




-Maximum in the Ragnarok-




 グラミア軍一個連隊七〇〇とロッシ公爵軍一個連隊四〇〇は、テラの町に北から侵入すると、ベアス伯爵軍の小規模部隊を蹴散らして中心部へと向かう。代官館だけがやけに綺麗に残っていて、それはそこに、ベアス伯爵軍の指揮官や近しい者達がいることを示していた。


「狭い路地も、乱雑な街並も、ベアス伯爵軍が焼いたおかげでなくなった。移動が楽になった」


 マキシマムは馬上で呟き、伝令達に次々と命じる。


「メロディ隊は歩兵連隊群の右翼を守るように迂回路を取るように! 敵左翼へ!」

「第二混成中隊は中央お味方の左側面を守ることだけに集中しろ」

「ロッシ公の連隊に伝令を……中央味方の後方にて、中央部隊群の軍容を厚く保つように」


 伝令達が離れる。


 マキシマムは、崩れそうな家屋の屋根に上る物見に怒鳴った。


「どうだ!?」

「敵! 五〇〇デール南! 組織された部隊が動いています! 代官館から北側!」

「わかった! 移動しろ! 崩れるぞ、そこは!」


 物見が屋根から地面へと飛び降りる。背後で、屋根が黒煙とあげて歪み、抜けるように崩れたが家屋はまだ形を残している。


 サムエルが指揮官に問う。


「組織された……反撃に出てくるんですね?」

「でなければ一方的にやるところだ……出て来ても、一方的にやっつけるけど」


 マキシマムの言に、サムエルは瞬きを繰り返した。


 彼から見て、自分とそう年齢の変わらない相手が言う台詞だろうかと意外だったのだ。


 マキシマムは中央を構成する歩兵連隊群が、瓦礫を踏み越えて進む光景を前に長剣を抜き放つ。彼の背後には、騎兵一個小隊二〇と、歩兵二個小隊四〇が控えていた。それは、左利きの兵士ばかりを集めた隊で、皆が左手に武器を構えている。騎兵の乗り手となると左利きばかりは揃わなかったが、右利きが極端に少ない部隊へと偏っていた。


「メロディが敵左翼を狙う。俺達はそこにつけ入る! 一撃で仕留める! 続け!」


 指揮官の鋭い声に、騎兵達が雄叫びをあげて応える。


「女神ヴィラの娘を勝たせろ!」


 グラミア軍のマキシマム隊が、土埃と煤を巻き上げ、歩兵部隊群の後方を右翼へ合流するような進路を取った。この動きにベアス伯爵軍のマクシアンは反応し、矢で敵騎兵を狙うように命じたが、中央からはグラミア軍歩兵が突撃してきている。


 ベアス伯爵軍の前線では、後方の指揮官が命じる命令よりも、自分の命を守ろうという本能が勝っていた。誰もが目の前の敵に必死となる。


 メロディは味方中央の歩兵達が敵にぶつかったと同時に、マキシマムに命じられた通りに敵左翼の部隊群に突進した。彼女は馬上で弩を構え、発射と同時に弩を投げ捨てる。


 メロディ隊が放った矢で、ベアス伯爵軍右翼の歩兵達が薙ぎ倒された。冑も甲冑も盾も無視した弩の威力は、人体を紙人形のように破壊する。そして崩れた陣形は、メロディ達の侵入を簡単に許してしまう。


彼女が率いる騎兵と歩兵あわせて一〇〇は、ベアス伯爵軍左翼を真っ二つに斬り裂こうと暴れまくる。


 マキシマムはそこを狙った。


 彼の部隊は敵左翼の右側面を駆け抜けながら、常に敵を左側に置く進路を取る。歩兵達はメロディ隊に陣形を乱され、マキシマムの騎兵に外から追い立てられ、たちまち後方へと逃げ出し始めたが、マクシアンは周囲に防げと叫んでいる。


 グラミア軍は敵左翼を包むように攻撃の比重を操作していた。


 マクシアンは、グラミア軍の歩兵部隊が主攻部隊だと思っていたが為に、中央部分に多く配置し、正面に向けて構えていた。


 だが、ベアス伯爵軍左翼が崩壊したことで、マクシアンは正面と左翼方向から同時に敵の攻撃に晒されてしまう。


「なんでこんな簡単に崩れているのか!? 立て直せ! 馬鹿者!」


 彼の怒声に、士官や伝令が走り回るが、グラミア軍の激しい攻撃に晒されて逃げてくる味方前線の勢いは決壊を破った濁流のようだ。


 進もうというベアス伯爵軍兵士は、逃げようとする者に邪魔される。


 そこに、統制の取れたグラミア軍が襲い掛かった。


 マキシマムは、混乱に陥ったベアス伯爵軍のど真ん中目掛けて、馬上でありながら魔法を放っていた。


 マクシアンは、鋭い閃光が走ったと思った。


 そこで彼の意識は途絶えている。


 マキシマムが放った雷龍ソフィストは、マクシアンと彼の周囲にいた数十人を、一瞬で焼き殺した。閃光の後の爆音と、吹き飛んだ人間達の残滓が周知に撒き散らされて、そこでようやく魔法攻撃が為されたことを、死を免れた者達は理解できた。


 ベアス伯爵軍兵達は、味方魔導士が結界魔法を発動することすらできないほどに錯乱しているとなり、一斉に雪崩をうって逃げ出して行く。


 ベアス伯爵軍後方で、ララは少し前に発した己の言を激しく後悔していた。


「……あっさりと……逃げておけばよかった……」


 彼女は逃げ出すことすら諦める。


 それほど、グラミア軍騎兵の一団は、一糸乱れぬ動きであった。


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