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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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始動

 マキシマムはテッザに帰還した日の夜、ベラのおかげで伯爵家嫡男に提言できる場を得ることができた。


「――以上から、テッザ家としてはロボス家内の騒動を長期化させることで、休戦とは違う状況での現状維持が可能となります。また、敵の弱体化も狙えます」

「……んー……ベラどの、彼の話はこれで終わりか?」

「……ええ、ですがテリス様がご判断くださらないと終わりませんけど」


 ベラの言葉に、テリスは椅子の背もたれに身体をあずける。その姿勢は面倒だという彼の内面をまざまざと他人に教えるものだ。


 テリスの室にマキシマムとベラは招かれたが、この部屋の主人はマキシマムの話をさっさと済ませてベラと二人になりたかったらしく、蝋燭で照らされた室内は男女が関係を深めようという雰囲気を醸し出している。また用意された酒は、ロボス島ではとても入手が困難であろう品ばかりだった。


 早く栓を抜いてくれとばかりに飾られた葡萄酒の瓶達を、マキシマムは眺めながらテリスの返答を待つ。


 テリスは考えるのも面倒だという口調で言う。


「任せる。グラミアの方々に難しいことはお任せしよう。マキシマム殿のご意見が、ジャキリ連隊長もご同調されるものであれば私のほうに異存があろうはずがない」

「……承知しました。では、これで失礼します」


 マキシマムが腰を浮かす。


 テリスが嬉々としてベラを見た。


 彼女は、微笑み一礼すると、マキシマムに続いて室を出ようとする。


「ベラどの? ベラどの!」

「話は終わりましたゆえ、失礼いたします」


 ベラが優雅な一礼でテリスを牽制する。


 ベラの退室を阻もうとしたテリスは、腰を浮かして手を伸ばした間の抜けた格好で固まる。


 ベラは廊下へと出て、連隊長の室へと向かうマキシマムの背を見つける。


「マキシマム殿!」


 廊下の先でマキシマムが立ち止まる。


 ベラが駆け足で追いついた。


「あれ? テリス様とご一緒すると思っていました」

「申したでしょう……相手は選ばせて欲しいところ……」

「しかし、面子を潰しませんか?」


 ベラは華やかな笑みを浮かべる。


「面子なら、とっくの昔に潰してしまったのです」

「と仰いますと?」

「求婚されて、断りました」


 マキシマムが目を丸くする横を、ベラは艶やかに笑って追い越した。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムがテッザへと戻った日の翌日から、グラミア軍の動きが活性化する。


 テッザ伯爵家の軍には領内の治安維持を命じたのはテリスである。彼はマキシマムの言う内容を完全に理解していないが、グラミア人に逆らえるはずがないという理由でグラミア側の決定に逆らうことはない。


 連隊長のジャキリはどうであったか。


 彼はマキシマムの意見をのんだ。


 ジャキリはグラミア王国軍の将官だが、オルビアン総督府付き武官である。その彼の上官はロッシ公爵のムトゥだ。


 名門ロッシ公爵家の主から、ジャキリは密命を受けていた。


『マキシマムという士官学校あがりの士官をロボス島に配属させると、軍務卿閣下からだ。間違いが起こらないよう、しっかりと補佐せよ』

『本人には、配慮していることと悟られぬように』


 ジャキリは馬鹿ではない。


 彼は第一次クローシュ渓谷戦――帝国軍の前にグラミア軍が撤退し王女であったイシュリーンが逃亡生活を強いられたことで有名な戦闘時には小隊を指揮する隊長をしていた。それから長い年月をグラミア軍の中で生きてきている。


 ジャキリは、上層部が次の世代を育もうとしているのだと理解するとともに、そうとうに期待された人材なのだと見ていた。そして、あえてそのような人物をロボス島に寄越す上層部は、この島の複雑な民族間の感情が情勢に影響を与えることを学ばせたいと考えていると読んだ。それは、急激に領土を拡大したグラミアが現在、積極的に移民を受け入れて内需拡大を図っていることと無関係ではないからだ。そして、グラミア人がその他の民族とひとつの国家を運営することに役立つと思っていた。


 ゆえに彼は、どのようなことが起きたとしても若者を支え、その尻ぬぐいをするのが年長者たる自分の役目だと割り切っている。


 彼は過去、年長者に何度も助けられた。今度は自分が、助ける側だという年長者としての自尊心があった。これは、イシュリーンが王となってからのグラミア軍の文化として根付いており、グラミア軍では上の者が下を支えるという意識が強い。


 このような事情で、マキシマムは自分の考えを組織の行動に移すことができた。


 グラミア軍一個連隊一〇〇〇のうち、二個大隊六〇〇と偵察を任務とする一個中隊一〇〇を率いて、テッザからテラ方面へと南下することを選択した。ここにロッシ公爵軍一個連隊四〇〇が加わった。


 テッザ伯爵家へと派遣されているグラミア軍責任者のジャキリから、報告を受けたオルビアンのロッシ公爵ムトゥは、王に許可をとった後に、内外にこう発した。


 軍事大国であるグラミアの情報伝達速度は早い。三日もかからず発表されている。


『フェルド諸島のロボス島において、テラという町が一夜にして灰燼に帰した。テッザ伯爵家とベアス伯爵家の対立が原因であるならば、テッザ伯爵家を支援するグラミア王国としては、この悲劇で荒野へと逃げ出すことを強いられたロボス人達を保護するべく軍勢を現地に派遣すると共に、治安回復に努める次第である。また、ベアス伯爵軍がテラの悲劇に関与した疑いが消せない今、これを監視、捜査し、真実を明るみとする為に力を尽くす所存』


 この発表は、テラの北側に進出を果たしたマキシマムにも届いた。


 これまでと違い、軍として臨戦隊形での移動は日数がかかっている。


「サムエル、全て記録しておいて」

「はい」

「リチャード」


 マキシマムに呼ばれた副官が、姿勢を正して進み出た。


「斥候を周囲に放つ。本隊はテラに居座るベアス伯爵軍への威圧行動を行う」

「は、承知しました」

「メロディ」


 マキシマムに呼ばれた同僚は、不機嫌な顔で進み出る。


 彼女の不満は、同窓が上に立っていることではなく、テッザでジャキリからこっぴどく叱られたうえに、オルビアンへ帰ることもできず戦場へと出なければならないからである。


 彼女のテラでの素行を、ジャキリへと抗議したのはアルメニア人だった。


 アルギュネスだ。


『グラミアはアルメニア使者の秘書たる自分の職務を邪魔しろと彼女に命じでもしたのか!?』

『貴公が彼女の上官と聞いたので、厳重に抗議する』


 これを受けてジャキリはメロディにこう伝えた。


『貴様! ふざけるな! キリヤ伯爵家の姫と扱われたいならさっさと家に帰れ! そうでないなら、頭の中のお花畑の花を全て! 今すぐに! 根から枯らして! マキシマムの手伝いをしろ! 小娘!』


 こう言われたメロディは、マキシマムに命じられて馬上となった。


 彼女は騎兵一個小隊を率いて、テラの町へと一気に接近を企む。


 騎兵の先頭で、彼女は唇を噛んだ。


 彼女は諸侯の令嬢として意地がある。頭の中は美男子との甘い恋を望む乙女が強いが、今は軍務を優先すべきだという後悔が勢力を拡大していた。


 キリヤ伯爵家の令嬢として、グラミアの役に立たねば家に影響が出ると案じている。


 メロディは、肩越しに兵達を見る。


「行くぞ」


 彼女の掛け声で、騎兵一個小隊はグンと速度をあげた。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルビアン。


 大陸西方諸国の、大陸東方との海上貿易において玄関口として栄える貿易都市だ。ここは過去、その経済力を背景に軍事力を高めていた。共和制を謳い、選挙で選ばれた元老院議員が国政を操っていた。しかし崇高な理念も、優れた仕組みも、年月と共に老朽化していくのはオルビアンでも一緒であったのだろう。


 元老院議員は選挙に勝つことが目的となり、貧富の差が拡大したことで力をつけた一部の商人が権力を握った。


 これが間違いの始まりだった。


 オルビアンの権力者達は、自分達の利益を守る為に国を使うことにしたのである。そして、彼らはグラミアに喧嘩を売った。


 いや、喧嘩を売るように仕向けられていったのかもしれない。


 こうして、オルビアンはグラミアと戦い、敗北した。


 現在、オルビアンはグラミア王国とアルメニア王国の共同統治下におかれている。そしてオルビアンを中心とする都市国家群も、同じ扱いとなっていた。


 大きな都市は大陸から内海につき出したように出た半島の先端にある。


 段丘の地形を利用して築かれた城塞都市でもあり、複数の湾が形成する複雑な海岸線は港湾都市として適している。大陸中央の大国であるペルシア王国と国境を接しているが、それがかえってこの都市の経済的価値を高めている。


 ここに、グラミアとアルメニアを中心とした出資者達が投資した結果、オルビアンは短期間で復活を果たしたうえに、さらなる栄華を誇っているかのように賑やかで、華やかだ。


 この都市の統治者はグラミア王とアルメニア政府だが、それぞれに代理をたてている。そのグラミア側が、オルビアン総督を務めるロッシ公爵ムトゥだ。


 四〇手前の大貴族は、長身ではないが威風堂々とした佇まいである。二〇代の頃は女たらしと異名をとったが、ルブリン公爵家のリューディアを娶り、五人の子供達の父親である今は側室もおかないほど女性に対して潔癖となっている。


 酒の席で、浮気をすると妻に殺されると、その理由を漏らしたことがあるらしい。


 彼は執務室で、来客と会っていた。


 アルメニア王国の本国からフェルド諸島経由でオルビアンにやって来た外交省東方地域担当主任で元老院議員ミカエル・ドログバと秘書のアルギュネス・デュプレである。


 二人はオルビアンのアルメニア宮に宿泊する予定だと言い、明日は宴をするのでムトゥにも出席して欲しいと願った。


「グラミアと我々(アルメニア)が、良い関係であることを他の出席者たちに教えてやりたいわけです」


 ミカエルの言に、ムトゥは紅茶の杯に手を伸ばしながら答える。


「承知しました。喜んで出席させて頂きます……さて、本題を伺いましょうか。フェルド諸島の件でしょう?」


 ミカエルは、わかっているなという表情で頷く。そして、その隣でアルギュネスは微笑みを湛えた。相手が賢いと手間が省けて良いという感想が表情となっている。


 ムトゥは、紅茶で喉を潤し鼻腔を喜ばせると、余韻を楽しむかのような表情のまま口を開く。


「テラの町が焼かれた一件……このままベアス人達が楽になる状況にしてしまうのは良しとはせぬという陛下のご判断です。また、ロボス人達をグラミアとアルメニア側に取り込む良い事件という考えもあります……後者は私のものですが」

「アルメニア本国はこの件には関わらぬと決定しました」


 ミカエルの言に、ムトゥは意外だという感想を得た。だがすぐに、単純なものではないなと理解する。そしてその思考を口にしていた。


「……なるほど、アルメニアはロボス島の件に関わらぬとして……ザマ島入植を粛々と進められるわけですね」

「仰る通りです」


 ザマ島は、フェルド諸島を構成する三つの島の中で最も西側になる。この島には現在、アルメニア人が入植をしているが、ザマ島にもともといた原住民であるザマ人との対立は隠せないほどになってきていた。


 ロボス島での騒動が、ザマに波及せぬようアルメニアは動きたいのだ。それは、ロボス島に関与しないという意向に、ザマで忙しいゆえそちらは任せたいという本音がある。


 ミカエルが何かしら言おうとした時、扉が激しく叩かれた。


 ムトゥは、来客中にも関わらずの不作法に、急ぎだと感じた。


「火急か!?」


 ロッシ公の鋭い問いに、扉を叩いた従者は廊下で叫ぶ。


「報告! 報告がございます!」

「許す! そこで言え!」


 従者は、アルメニア人が室内にいることを知っているので躊躇する。


 ムトゥが、重ねて「申せ」と発した。その彼に、アルメニア人二人は敬意を払うべきと考え、見ぬ聞かぬという意思を、瞼を閉じる仕草で示している。


 従者が叫ぶ。


「申し上げます! 今! たった今! 第二埠頭に入った船に! 大宋の第一皇子殿下が!」


 ムトゥは慌てた。


 だが報告は続きがあった。


「第一皇子殿下は既にお亡くなりあそばしており! 葬儀をオルビアンであげたいと大宋の臣下一同が訴えを!」


 ムトゥが、アルメニア人二人を連れて室から出る。


 従者は深く一礼した。


「ミカエル殿、急ぎアルメニア宮に行かれ、そちらの意向をまとめて教えて頂きたい」

「承知した」


 二人と一人に別れる。


 ムトゥは王へと報告せねばと思い、また初動を悩みながら廊下を進む。


(大宋の皇族の方を保護したまではよかったが、直系の……しかも第一皇子とは……ペルシアを通り越してここに来た意味はなんだ……?)


 彼は答えを得ないまま、官僚や武官たちを集めよと怒鳴った。


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