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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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ベルベット・シェスター

 どこかで梟が鳴いていると、ベルベットは視線を転じた。


 夜。


 しかし四人は進む。


 彼女は、転送魔法の準備をしておけばよかったと後悔している。自分の魔力であれば、ここにいる四人を一瞬で安全圏まで運べるのにと情けなかった。転送魔法は転送陣の描かれた場所へと術者を転送する魔法だが、つまり転送陣が必要である。それも安全な場所である必要があった。


「まだまだ思慮が足らない」


 愚痴た彼女の声に、前を進むマキシマムが反応する。


「どうしました?」

「転送魔法の準備をしておけばよかった」

「ああ……でもあれ、転送された直後は素っ裸になるんでしょ? 僕はいいとしても先生や王女様は嫌だろうと思いますけど」

「……女として扱ってくれて感謝するのだ」


 ベルベットが笑う。思えば、自分を女性として見てくれたのは夫であったレミールと、マキシマムの父親だけだったと笑みを苦笑に変えた。その夫も病で亡き今、マキシマムと、娘の父親だけが、この世界で自分を女性と扱ってくれる存在だと表情を消す。


 大魔導士、天才、呪われた娘、父無し子、などなど、他にも思い出したくもない呼称を用いられたベルベットは、マキシマムとその父親と出会っていなければ、心から、母親になりたいとは思わなかったと手を伸ばす。


 彼女の手は、レディーンを背負うマキシマムの肩にそっと触れる。


「? 先生?」

「護衛をつける。先に行け」


 ベルベットは召喚魔法を使う。魔法陣も、呪文の詠唱も必要としない凄まじい才能と魔力が、マキシマムとラムダに驚きを齎した。


 森の中に、一匹の狼が現れている。


 その巨躯は熊にも匹敵する大きさで、黒い毛並は血に濡れたように艶があり、口におさまらない牙の鋭さは禍々しい。目は赤く、呼吸をする度に冷たい風を噴き出し、狼の周囲で空気が一瞬で氷結し、だがすぐに溶けて煌めく。


大神ケルベロスがお前達を守る。わたしは尾けてくる敵を倒す」

「ベルベットどの、一人ではさすがに――」


 ラムダの抗議に、女魔導士は赤い髪を手で払いながら薄く笑う。


「わたしが……魔法で殺戮をもたらすところを……マキに見られたくない。マキ、行って……必ず追いつく。約束したろ? マキの少し後ろを歩くって」

「先生……」

「マキ、行け」


 マキシマムは、ベルベットの厳しい表情と、優しい眼差しを見る。


 彼は、自分の背を押すように頷いた彼女に従った。


「先生、また後で……ラムダ殿、行きましょう」




-Maximum in the Ragnarok-




 王女を追う異民族の中に、ケアスという名の若者がいる。集落で最も剣を上手く操り、魔法の才にも恵まれていた。ゾグド人としては身長が高く、引き締まった体躯は見る者を圧倒する見事さである。


 彼は二〇〇人のゾグド人を率いていて、他の部隊と連携し王女追跡を任務としていた。また、彼等の王が異界から呼び寄せた異形なる者達の部隊とも協力している。


 異形なる者共は、人を喰う。ゆえに、誰もが近づきたがらない。だが、作戦行動中は人間と協力しようという意思があるようで、こうして戦働きをしている間は妙な安心感に浸っていられると彼は思う。


 そうなのだ。


 彼ら異民族達は、戦いで敵に殺されるよりも、異形なる者共が恐いのである。だからといえばおかしいが、戦争中は喰われる心配をしないでいいのである。


 ケアスは、斥候の報告で前を進む味方部隊が全滅したと知らされた。


 夜。


 深い森。


 罠があったかと彼は思った。


 だが、彼等の進行方向である東の空が赤く黒く不気味に汚れている。熱風が、木々の隙間を抜けて彼等に届く。


 何があったかと部下達が動揺する中、ケアスは部隊長として前進を命じた。


 この周囲だけでも、彼等の軍勢は三〇〇〇を超える。王女移送の任を受けた部隊が攻撃されたという報告を受けた後、周辺の部隊が総動員されていたからだ。それだけ王女の身がらは彼等の王にとって大事であるようだが、その理由は知らされていない。


 隣の部隊から伝令が遣わされた。


 その報告は、戦闘状態に入った部隊が悉く薙ぎ倒されているというものだった。


 気をつけろと言われても、何をどう気をつければいいのかとケアスは悩んだ。しかし、後退や撤退は命令違反で、異形の者共に生きながら喰われる末路が待つのみである。


 彼と部下達には、進む他になかった。


 歩きづらい地面を踏み越え、懸命にまだ見ぬ敵へと迫る彼等は、すうっと現れた光球に見入った。それは魔法であるとケアスにはわかった。


 彼は本能で、全身全霊の力で、前に走った。


 直後、はるか天空から一筋の光が地上に走った。


 ケアスの部下達を一瞬で貫き燃やしたその光線が、音よりも早いと、続けて響き渡る轟音で知ることができる。大地に深い穴をあけたその光は、彼の部隊の半数を瞬く間に墨と化した。


 悲鳴があがる。


 絶叫が湧きおこる。


 ケアスは、光球に火球の魔法を放った。呪文の詠唱を要した時間だけ、その消滅が遅くなる。


 第二波は天空からではなく、前方からだった。


哭龍舞ダンテ!」


 ケアスは敵が放った魔法を言い当てた瞬間、その黒い炎の渦に吹き飛ばされる。身を焼かれながら、右脚とはらわたを千切られながら地面を転がった彼は、失速し止まった時には絶命できていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 ベルベットは自分の周囲一〇〇デールに光球ルベンの魔法を放ち、それが敵を見つけると天空からの魔法攻撃で次々と壊滅させた。古代文明時代に開発された古代魔法は反撃も防御もできない一撃で、数百という命を瞬く間に吹き飛ばした。それでも討ち漏らした敵には、中距離からの魔法攻撃を見舞った。使うことを国際的に禁止されている哭龍舞ダンテは、敵が防御魔法である結界を張っても突き破って攻撃できる。


 汗一つかかず、マキシマム達の背中を守る魔導士は二人の敵が近くまで迫っている気配に動く。彼女は初めて、腰の長剣を抜いた。軍から支給されるどこにでもある長剣だが、彼女が魔力を溜めた指先で撫でると、赤く光り始める。


「さすがにあちこちから迫られると、討ち漏らすこともあるか」


 ベルベットは光球の魔法をひとつだけ、空へと放ち弾けさせた。


 星空がすぐ近くに広がったかのように空が輝き、地上を照らす。


 彼女は、異世界から召喚された戦士達をそこに見る。


 食人鬼オーガの巨体はどす黒く、裸体であるがゆえに不気味である。雄であると、ベルベットを見た直後に屹立した性器でわかった。


 黒皮狩人ハンターは細い目が鋭い蛙のような頭部に、鍛え上げられた人のような身体をしているが両腕が異常に長く、その爪は鋭く刃物を連想させる。舌なめずりをしてベルベットを見つめるさまは、獲物を狩りたいという欲望が禍々しく表れている。


「わたしを犯し喰らおうなど……古代人達が作った生物兵器は奴らの強欲さがよく表れているな!」


 ベルベットは一瞬で加速する。同時に、彼女は哭龍舞ダンテを二発、北北西と西南西に放った。そこにまだ敵部隊がいると光球ルベンが送ってきたからだ。彼女の脳内で処理された情報が、反射的に攻撃を行う動作となる。


 禁呪を二発、同時に放ってさらに突進した彼女は長剣をひと振りしている。それで彼女と交わりたがっていた食人鬼オーガの性器が根元から切断された。


 異形の化け物でも驚くことがあるようだ。


 この時の、化け物の顔がそれを証明していた。


 食人鬼オーガは、自分の局部が飛ばされた瞬間、二撃目が突き出されたと見る。半瞬後、その首に長剣が刺さり、引き抜かれた時、巨体は倒れた。


 ベルベットは倒した敵を見ず、地面を蹴った。右足を軸にして、左脚で黒皮狩人ハンターの腹部に蹴りを入れると、その反動を利用した一閃で敵の頭部を長剣で叩き割る。


 頭蓋を割られた化け物は、赤黒い脳みそを切断面からずるずると溢しながら前のめりに伏せる。魚が腐ったような臭気を発するその血は強烈な酸であったが、ベルベットは敵を倒した瞬間には黒皮狩人ハンターから数歩、後退して距離を取っていた。


 彼女はここで、光球ルベンが送ってきた情報を認識する。


『北緯54°17′、 東経37°39′、生態反応多数、識別は敵』


 ベルベットは一瞬で古代魔法を発動する。


「ベルゼビュート! の敵を撃て!」


建御雷神タケミカヅチ発射』


 脳内で古代魔法発動の報せが女の声で為される。それは感情が込められていないものであった。


 すぐに、夜空を割った光の柱が地上へと落ちる。


 ベルベットは、一瞬でまた数百の命を消した自覚に、瞳を揺らし、深く息を吸った。


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