スーザ人達
ベアス伯爵家政務官のララ・リージンは、テラを焼き払った一個連隊指揮官の隣で欠伸をした。ここ数日、ろくに眠れていないのである。しかし充実感から疲労は濃くない。それでも、緊張が和らいだ頃あいになると、身体が睡眠を欲する。
床几に腰掛けたままのララは、気怠さで身動ぎをした。その時、部隊指揮官の男が、伝令到着の声に反応する。
「報告! グラミア軍が撤退!」
「追撃はするな」
指揮官の命令に、ララは頷くとともに、ようやく終わったという安堵を得た。
そして、この町を焼くことを決めた後ろめたさに溜息をついたが、必要なことだと自らを肯定する。
ララは生粋のベアス人だ。先祖はオルセリア皇国の出だと親から聞かされていて、代々、ベアス伯爵家に仕える名家だ。その彼女にとって、ロボス人が自分の上に立とうというのが気に入らない。それを止めるために、テッザとの間に休戦協定を結ぼうという考えが彼女にはあった。伯爵家内を素早くまとめたかったのだ。しかしながら、これにモルデールを始めとする伯爵家内のロボス人達が反対した。
ララには、彼らが反対する理由がわかっている。
口では平和だ、共存だと言っているが、彼らが休戦延長に反対したのは自分達の為だ。テッザとの間に休戦協定が結ばれると、両家の境に展開していた部隊が本領に引き上げることになる。それは本領内の、ベアス人系の力が増すことに繋がる。
またこれをララは狙っていて、彼らは望んでいなかったのだ。
家内がまとまらないなか、相続問題は対立を深めた。
テッザ伯爵家との交渉が始まる日が迫った。
ララは当初、一人で参加するつもりだった。しかし秘書官モルデールが強引に割り込み、ララは一対一を嫌ってもう一人マクシアン・タディチ参加させたのである。
マクシアン・タディチは、ララが登用した人物だ。そして表向きはオルセリア人だとしているが、本当は違う。
マクシアン・タディチの名は、マクシミリアン・タディッチとスーザ風に読むのが正しい。
そう、彼はスーザ人で、スーザ帝国の騎士団のひとつ、聖皇騎士団の騎士である。
彼の使命は、ベアス伯爵家とオルセリア皇国を断つこと。
そして、ロボス島を混乱させることで、グラミアとアルメニアの干渉を弱めること。
ララは、スーザ帝国と手を結ぶことで、ベアス伯爵家の家宰へと昇る後押しをしてもらう約束を得ていた。そしてその支援は、少しずつ、確実に増えるベアス伯爵家内のスーザ帝国騎士が行う。
彼らは身分を隠し、言語も完璧に操り、また武芸に秀で、こうして町を焼き払うことも厭わない冷徹さを持ち合わせている。
彼らの助けがあれば、ベアス伯爵家宰になれると彼女は信じている。現在の家宰は、モルデールを取り立てている人物で、エムベールというロボス人だ。彼は、前伯爵に娘を差し出した過去があり、現在は伯爵位継承順位一位であるピレネーの祖父だ。これを排除する為に、ララはどうしても力がいるのだ。
伯爵位継承順位二位のラキアはまだ五歳で、その母親は出世欲のないお人よしである。そしてその家族もまた、伯爵家内の対立から距離を取ろうとする臆病者一家だ。
ララは、自分が頑張らねば図々しいロボス人達にベアス伯爵家が乗っ取られると危機感を抱いていた。
だから彼女は、マクシアンの提案にのった。
ロボス人達を扇動し、奴ら自身を貶めるというものに。
計算違いはあった。
ベアス伯爵側によって鎮められるはずだった代官館の襲撃事件が、よりによってグラミア軍の青年士官の活躍で失敗に終わったことである。ただ彼女に風は吹いていて、実行犯達はロボス人達に匿われるせいで捕まらないで済んだのだ。
捕まった者達はいたが、ろくにしゃべれない怪我人ではララの脅威にならない。そして、取り調べは徹底してベアス伯爵側で行い真実を隠した。
綱渡りのような数日が終わったと、ララは勢いをつけて床几から立ちあがる。
「寝るわ……少し休む」
指揮官が一礼する。その彼の後方に、甲冑姿のマクシアンが見えた。彼は彼女に用があるようで、足早に近づいてきている。
「マクシアン」
「ララ様、少しよろしいか?」
マクシアンが甲冑をまとうと似合う。
彼女は、彼はやはり騎士なのだと改めて感じた。
「何?」
「お耳に入れたいことが……」
「いいわ」
「モルデール殿が、ララ様がもともと町を焼くつもりで、代官館の襲撃を影で操っていたと本領で訴えるつもりだとか」
ララは悩む。
「どうしてばれているの?」
「ばれてはおりませんでしょう……奴の妄想、推測ですが、しかし笑い飛ばせないのはあたっているからで……」
二人は複雑な笑みを浮かべた。
ララは周囲を素早く視認し、マクシアンの耳に顔を近づける。
「モルデールを失脚させる手はある?」
「殺害ではなりませぬか?」
「ロボス人がいくら死のうが問題ないけど、焼き討ちが終わった後、ベアス伯爵家秘書官の不審死は余計な疑いを招くわ……」
「……殺しておけばよかったと後悔することになりますよ?」
「そうならないように励んでもらいたいものね」
「……承知しました」
ララは頷き、休むと言って幕舎へと向かう。
マクシアンは腰に手をあて悩んだ。
部隊指揮官が、彼に耳打ちする。
「マクシミリアン様、よろしいので? あのような物言いを許しても……」
「かまわんよ。お前、その呼び方はやめろ。スーザ人であるとばれる」
「……失礼しました」
「モルデール失脚か……気の毒だな。俺は、彼をけっこう好きだが……」
マクシアンは顎を摘まみ思考を続けた。
-Maximum in the Ragnarok-
「ジュリ……気をつけてね」
「はい、ミュー姉様の前にまた必ず顔を見せに戻りますので」
「ジェジェには挨拶した?」
「……皇妃様となってはなかなか……」
「先日、夫の付き合いで皇宮にあがった時に会えたわ……気苦労があるみたいで」
「戦に勝てば、戦勝祝いの儀で会えますから」
ジュリ――ジュリアンは、乳飲み子を抱く姉に微笑むと、赤子をあやすように頬をふくらませる。すると赤ん坊がキャッキャッと笑った。その声に反応したのは、母子の足元で伏せていた大きな犬で、じろりとジュリアンを見ると、子供を虐めていないなと確認するような仕草をする。
「お前がいるからミュー姉様とレイは安心ね」
「そうよ……でも、もう年だからよく居眠りしてるのよ」
ミュー姉様と呼ばれるミューリュが、犬が起きて背伸びをする仕草に明るい笑顔をつくった。だが、妹のジュリアンは、姉がこの笑顔を取り戻せるまでに必要とした年月と、ローターの愛情の深さを思い、単純な笑みを浮かべられない。
ミューリュは、スーザ帝国宰相でスーザ教聖女派枢機卿ローター・ショルの妻である。
ジェジェという愛称のジェーンは、スーザ帝国皇帝の妃だ。
そしてジュリアンは、聖紅騎士団の総長に任じられ、その初陣は間近に迫っている。
ジュリアンと二つ上の姉であるジェーンには血の繋がりがあるが、ミューリュとはない。彼女は、他所の家の娘であったところを、父親となる人物が預かったことで二人と姉妹となった。複雑なのだが、彼女達には関係がなかった。ミューリュは二人の妹を愛しているし、妹達も年の離れた姉を、とても慕い、頼っている。
そして三人には、血の繋がり以上の結束がある。
それは、父親の仇を討つというものだった。
同じ目的を持つ三人の、一番上の姉が妹に言う。
「ローター様から聞いたのだけれど、グラミアは異民族と戦い始めたみたい」
「……一刻も早く、教皇を蹴散らして、グラミアと当たりたい」
「ローター様はでも、簡単に休戦を破棄できないと仰っているわ」
「……ミュー姉様、大丈夫。わたしは戦う為に騎士になったの……戦って、あの憎らしい男の心臓をえぐりだすために! ……安心して。父上に誓って、わたしが情勢を変える……あの男を倒すために」
妹の真剣な声に、ミューリュが、真面目な顔となる。
「……父上の知恵と力が貴女の加護となりますように」
彼女の祈りは囁くような声量でなされた。
ジュリアンは微笑み、会釈をして姉から離れる。
「じゃ、勝って帰るから……ジェジェと一緒にお祝いしてね」
彼女は姉の前を辞した後、軽やかな足取りで館から出た。
そこには騎士の一団が控えていて、彼女のために馬の手綱を握っていた壮年の騎士が会釈をした。彼の背後に控えていた騎士達が皆、美しい総長の姿に見惚れて一礼が遅れる。それを咎めないジュリアンは、蜂蜜色の髪をかきあげて声を発した。
「レーヴ、すぐに発つわ」
「軍団の準備はすでに終えております。総長閣下のご到着を、帝都の外で待っております」
「うん……レーヴ」
「は?」
ジュリアンが馬上となる。
レーヴは彼女を見上げた。
「教皇の軍勢を叩くことが此度の目的であるけれど、わたしの願いはまた違う……貴方ならわかると思うけど、わたしは……いえ、わたし達はナルとグラミアを倒すまで戦う。ついてきてくれる?」
「もちろんです。その為に生き恥を晒しております……」
「いえ、父上は、わたしの為に貴方を残してくれた……感謝している。レーヴ、行きましょう」
「お供します、閣下」
騎士の一団が、統率の取れた動きで街路を駆ける。
馬蹄の律動は一定で、彼らの技量が高いとわかる。
ジュリアンは前を見る。
彼女は、天上にいるはずの父に誓う。
(必ず、貴方の墓前にナルの首を持って参上します)
ジュリアン・クラニツァールの初陣の相手は、神聖スーザ教国であるが、彼女は違う敵を見ていた。




