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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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僕から俺へ

 ロボス島はテラで発生した代官館襲撃事件によって、ロボス人達の間で大陸人であるテッザとベアスの支配から脱却しようとする機運が盛り上がった。これで割をくったのは、テッザとベアスの領内で普通に暮らしていたロボス人達で、彼らは同胞の動きによって職を失ったり、区別が差別へとなった。ある者は食料を買おうと店に寄った際、ロボス人だからという理由で売ってもらえず、他の店に行ったがそこでも同じ対応をされて困り果てていた。


 そういう者を助けたのは、ロボス人である。


 やはり信用できるのは同胞かと、彼らは仲間内の連帯を高めたのだが、同時に、島中央部で暮らす同じロボス人への反感も募らせる。


 お前達がしでかしたことで、どうして自分達までこんな目に遭うのかという不満が間違いなくあった。


 テッザ伯爵領の中心都市テッザから、グラミア王国軍一個大隊三〇〇がテラへと出発したが、彼らの荷を運ぶ仕事に、ロボス人達が多く応募したのは、これまで述べた複雑な事情が彼らを動かしたという理由があったのだろう。しかしそれは、信用ならないという理由で断られている。結局、テッザ伯爵領で暮らすロボス人達は、ようやく住民として認められてきたところなのにという愚痴を、同胞へと向けることで憂さを晴らすしか許されなかったのである。


 このロボス人のなかに、サムエルという若者がいた。


 彼はテッザ伯爵家の使用人家族の息子として生まれ、育ち、容姿に恵まれていたことからテッザ人から可愛がられ、おかげで読み書きが不自由なくできる大人になれていた。


 ロボス人が操るロボス語はもちろんのこと、グラミア語と、オルビアン圏以東で用いられるペルシア語にも精通していた。


 彼はその能力で、グラミア人達から重宝されていた。そしてそれは、状況が現在に至っても変わることなく、彼はテラへと向かうグラミア軍一個大隊に通訳兼記録係として同行を許され、給金を得る術を手にしたのである。


 彼は生まれた時から現在までテッザ伯爵領の外に出たことはなく、ロボス島の中央に位置するテラを見るのも初めてだった。


(なんだ? この汚い街は……)


 これが、彼の初見で得た彼の感想である。


 そして、このような街で暮らす同胞の薄汚れた格好に驚く。暮らしにくさを感じようが、テッザ伯爵領のほうがマシだと彼は思った。


「サムエル、どうした?」


 一個大隊規模の部隊をテラまで案内したグラミア軍士官リチャードの声に、サムエルは慌てて歩む。ぎくしゃくとした動きは、街を漂う悪臭のせいでもあった。人の垢、放置された遺棄物、何かが腐った匂い、それらが混然とした空気が彼の呼吸を荒いものにする。


「外で……町の外で……部隊と一緒に待ってては駄目ですか?」

「隊長に紹介する」

「……貴方が隊長ではないのですか?」

「俺は違う。ここまで部隊を運んだだけだ。連隊長からこの大隊を任されるのは俺の上官だよ」

「あの……綺麗な女性?」

「女性? ……ああ……違う。彼女と同窓で、後からきた士官がいらっしゃっただろ?」

「ああ……でも、テッザには一日もいなくて」

「彼が大隊長だ」

「……若いのに大変ですね」

「軍にいりゃ、若いも老いも関係ない。上から命じられたら、はい、と答えるのが軍だ。いいえと言うには命がいるね」

「……厳しいですね」

「そうだ。それを知らずに……華やかなところだけ聞き知って、栄達する妄想をして兵士になった奴らはびっくりして辞めていくよ」

「辞められるんですか?」


 リチャードは薄ら笑うと「ここだ」と建物を示した。


 二人で中へと入ると、建物は宿だとサムエルは知った。


 ここが宿であった頃、受付やら待ち合いに使われていたであろう広い室は、いくつもの卓が並べられ、書類の山ができあがっていた。兵士達が忙しそうに羊皮紙をめくり、または何かを記している。武器や防具が無造作に転がり、壁に立てかけられているものもあった。


「隊長!」


 リチャードの声に反応したのは、サムエルとそう歳の変わらない青年だ。


「リチャード、助かった。よく説得してくれた」


 サムエルの目の前で、二人は握手をして笑い合う。そして、隊長と呼ばれた若者がサムエルを見た。


「彼は?」

「通訳兼記録係です。ロボス人なんですが、ロボス語のほかにグラミア語、ペルシア語が得意なんですよ。サムエル、隊長のマキシマム殿だ。挨拶を」


 サムエルは緊張で強張りながらも口を開けた。


「サ……サムエルと申します」

「よろしく。記録係はありがたい。兵士達は皆、苦手だから」


 マキシマムの声に、周囲の兵達が笑う。


「隊長だって苦手なくせに」

「うるさいな」


 冗談を言い合う彼らを見て、サムエルは少しだけ緊張をほぐしてもらえた。


「さっそく書類仕事をお願いしてもいいか?」

「……はい。はい! ただちに」


 サムエルが卓へと急ぐ背を眺めたマキシマムが、リチャードに顔を近づけ小声を出す。


「大隊規模の指揮官が僕だと聞いたが……テッザに人はいないのか?」

「実は……主だった士官は皆、オルビアンに」

「……何があった?」


 リチャードは咳払いし、周囲に視線を散らす。


 マキシマムは彼を誘い、二階の自室へと移動することにした。途中、階段でアルギュネスとすれ違ったが、彼はメロディにまとわりつかれていて、迷惑だという顔でマキシマムを責めてきたので、気付かないフリをしてやり過ごす。


「アルギュネス様、この後はオルビアン? ご案内します!」

「わたしもあそこにいたんですよ! なのにこんな島に……交渉が打ち切りになったら一緒に参りましょう。ね? ね?」


 メロディだけが賑やかだ。


 部屋に入ったマキシマムに、リチャードが笑い声を向けた。


「悪化してますね……何があったんです?」

「機嫌悪くされるよりマシだ……で、何があった? 飲む?」


 椅子に座るマキシマムは、水差しの水を杯に注ぐ。


 杯を受け取るリチャードが口を開いた。


「オルビアンに、大量の難民が逃げ込んできてまして……船が次々と……」

「難民?」

「ええ……宋人が多いです。ペルシアより東の国々の人達……ここまでたどり着くのに随分と時間がかかったとして……もっと多くの人が国から逃げ出したと読むほうがいいかと」

「……異民族だな」


 マキシマムの断定は、ヴェルナを経験しているからである。


「私も詳しくは聞かされていないのでわかりませんが、宋の皇族の方がオルビアンに逃げ込んできたあたり深刻かと……ペルシアも相当に困っており、受け入れてはいるようですが数が多く……わかっているのはこの程度です」

「ジャキリ連隊長は?」

「連隊長はテッザを動けないと……だから隊長を大隊長にと」

「中隊長もしたことないんだ」

「戦闘をするわけじゃありません。大丈夫ですよ」

「だといいんだけどな」


 マキシマムは林檎を齧り、リチャードは水を飲む。


「……部隊は、町の北、森の出口に残しています」

「うん。野営地、できていただろ?」

「ええ……助かりました。警備に準備に大変だったでしょう?」

「警備のほうは幸い、ベアス伯爵家がはりきって代官館を守ってくれているんで楽だったよ……でも襲撃犯は捕まえられずだ」

「ロボス人達が隠してしまうんでは?」

「あたり」

「でしょうね。枝を隠すなら森……ここにはロボス人が多すぎる」

「ベアス伯爵家の部隊も、町の南側に集まってきている。一〇〇〇はいる……大袈裟すぎるよ」

「交渉はどうなります?」

「その件で、ベギールが話をしに――」


 マキシマムの発言を遮ったのは、扉が開いた音だった。


 二人の視線を受けたのは、ベギールだった。


「マキシマム、交渉打ち切りだ。次回開催は未定……明日、ベアス伯爵軍によるテラ捜索が行われる。俺達には手出しするなと」

「手出しするな?」


 マキシマムは鸚鵡のように繰り返す。


「そうだ……さっさとテラを出ろというベアス伯爵家政務官のお言葉だよ! あのババア!」


 ベギールが壁を殴った。


 マキシマムはよくない想像をする。


「ベギール……ベアス伯爵軍がテラを捜索するって言ったな?」

「ああ……ったく、俺達を無視しやがって!」

「いや、それはいい。さっさと離れるのは悪いことじゃない。でも……捜索するだけなのに、あの数はどうだろうか……」

「知るかよ! ああ! ムカつく!」


 ベギールは扉を蹴りつけた。




-Maximum in the Ragnarok-




 その日の夜。


 マキシマムは寝室で鈴を鳴らした。それは、テュルクを呼ぶ時に使うものだ。


 すぐに彼女が現れた。


 彼は、彼女にベアス伯爵軍の動きを尋ねる。


 すると、彼の予想通りの報告が成された。




-Maximum in the Ragnarok-




 テラの町から五〇〇デール程、北に移動した場所にグラミア軍一個大隊は防御陣形で待機していた。指揮官の命令である。


 マキシマムの決定に、ベギールは疑問をいくつもぶつけたが、先にテッザへと帰るように促されると、これ幸いとばかりに従った。


 アルギュネスは残りたがったが、立場上は彼の上司にあたるミカエルがテッザへの移動を決めたことで渋々と離れた。これにメロディがくっついてテッザへと向かうことをマキシマムは止めなかった。


 大隊合流後の翌日である。


 空は夕暮れに染まる。


 夜が近い。


 マキシマムは、サムエルを手招くと口を開く。


「これから……君が見たことを全て記せ」

「え?」

「命じたぞ」

「……はい」

「リチャード!」

「はっ!」


 マキシマムのすぐ後ろに、冑を脱いだリチャードが立った。


「今夜、この部隊に近づくベアス軍は全て倒す」

「は」

「ロボス人である場合は、逃がせ」

「は……よろしいので?」

「いい。僕が決めた」


 マキシマムは、これからテラで行われる蛮行を知っている。


 昨夜、テュルクから報告されているからだ。


 ベアス伯爵家は、テラの町を焼く。


 彼は、ベアス伯爵家の動きを止めようかと迷ったがやめた。そんなことをしようものなら、テッザとベアスは戦争になる。そして、ロボス人もまたそこに加わる。


 ロボス人達に逃げるように噂を広めようかとも悩んだが、混乱をひきおこし、それを知ったベアス伯爵家が動きを早めるだけだと思った。


 彼は、グラミアにとって何がいいかと考えた。いちいちテッザのジャキリ連隊長に相談する余裕などない。


 手出しはしない。


 だが、助けを求められたら助ける。


 マキシマムはこう決めたのだ。


 そして、決断する苦しさで一睡もできていない。


「隊長!」


 町の近くに配置していた斥候が、慌てた様子で駆け戻って来た。


「どうした!?」

「町に火の手があがりました!」

「わかった」


 マキシマムは背後のリチャードを肩越しに見ると口を開く。


「後から何かを言われたら、僕が命じたと言うんだぞ」

「……はい」


 マキシマムはマントを翻して振り返る。


 兵士達が、陣形を保ったまま彼を見ていた。


 マキシマムが叫ぶ。


「ベアス伯爵軍がテラを火討ちしている! 逃げてくる住民は逃がせ! ベアス伯爵兵は通すな! 我々は使者達一行が無事にテッザに入ったと報告を受けていない! その背後をここで守らねばならない! 攻撃されたら反撃してもいい! ただし! こちらから攻撃しては駄目だぞ!」


 反論や疑問はあがらなかった。




-Maximum in the Ragnarok-




 テラの町が焼かれた夜が明けた。


 マキシマム率いるグラミア軍一個大隊は、北へと逃げたロボス人達を見逃した。これにベアス伯爵軍から抗議の伝令が寄越されたが、マキシマムは逃げる者を撃つ方法を教わっていないと返した。


 そして、朝になったが町はまだ火が残っていた。


 マキシマムがテラへと再び入ったのは、三日後である。


 彼はグラミア軍一個大隊をテラへと入れ、火が残る家屋の消火を命じたが、泥や砂で火を消す作業ははかどらない。それでも、水がない場所では仕方なかった。


 彼らをベアス伯爵兵達が笑った。


 馬鹿なことをしているという笑みだった。


 マキシマムは、作業の合間で、例の酒場を探した。


 グラミア軍が借りあげていた宿から、直線で一〇〇デールも離れていないはずだが、焼け落ちた街は風景が一変していて見つけるのに苦労した。


 彼は、そこで彼女を見つける。


 マキシマムは、黒焦げた小柄な死体に手を伸ばした。


 顔は焼けただれ骨が見えている。いや、身体全体がそうだ。唯一、白い肌が残る背が眩しい。床に仰向けに倒れた後に焼かれたのかと、マキシマムは苦しむ。


 そして、彼女がそのような体勢で倒れていた意味を想像し、怒りで身体を震わせた。


 彼の背後に、リチャードが立っていた。


「隊長……」

「……リチャード、彼女がこんな目に遭わねばならない理由はなんだろう?」

「……あの……酒場の娘ですか?」

「僕は、何が正しかったのかわからない」

「正しいことなんて……この世の中、ありませんよ」

「……そうか」

「隊長、ベアス伯爵家から伝令です。いつまでいるのかって文句を言いに来ています」


 マキシマムは焼け焦げた死体に背を向けると、案じる表情の部下に微笑む。


「行こう……リチャード」

「はい、大丈夫ですか?」

「ああ……陰謀……策謀……戦略……戦争……なんのことはない。心が少々……痛むだけだ」

「……」

「伝令には、俺が会う」


 マキシマムは、表情を消して歩く。


 彼の背を、部下は見つめた。


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