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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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疑惑

 テラの町は、テッザ伯爵側とベアス伯爵側が合同で代官館襲撃犯の捜索を行うことで、小さくない混乱状態にある。人々は日常を堅持しつつも、一部の暴走者達を非難しようという住民達は少ない。彼らは皆、代官館を襲撃した者達を影では応援しているし、誇らしく感じている。


 そのような状況であるから、捜査が簡単に進むわけがない。


 潜伏先と思われる場所に踏み込むにも、住民達の邪魔――荷馬車の荷崩れをわざと起こして兵達の進路を塞いだり、入り口の前にゴミや荷物を積み重ねて隠したり、なかには暴れる者もいた。


 マキシマムは、テュルクからの報告で潜伏先のいくつかを掴んだが、兵達と共に向かうと必ず住民達に邪魔をされ、現場に到着した頃には、実行犯達の姿は消えてしまっているのである。


 事件から二日が経過した三日目の昼。


 テッザの連隊長から、増援承認が鳩によってテラに運ばれた。


 マキシマムは部下の苦労に感謝し、増援部隊受け入れの準備を兵達に命じる。駐留場所は市街地には取れないゆえ、町の北側の森に野営地を設置することになった。


 一方、ベアス伯爵側も増援が到着するとのことで、町の南側に大規模な野営地が設置され始めている。


 この状況を憂うのは、ベアス伯爵家の秘書官モルデールだった。


 彼は自陣営の勇み足に嘆き、同僚と、上司である政務官ララを批判したが、決定は覆らないと言われてしまう。


 彼が危惧するのは、両陣営の大規模な部隊がテラの外に野営地を設置し、そこに多数の兵達が居座ることで、ロボス人達の反感と不満と激情が高まることであった。すでに十分、熟成されているロボス人達の反骨心は、暴動に繋がりかねないと心配していた。


 実際、政務官のララはそれを狙っている節があるとモルデールは感じる。


 彼は、代官館襲撃事件の真相は、ロボス人の軽挙を誘発させたいベアス人側の暗躍ではないかと疑っている。しかしこの推測を事実と裏付ける証拠となるものは何ひとつ出てきておらず、妄想の域を超えることはない。


 モルデールは代官館の庭に立ち、兵士達が忙しく移動する光景に胸を痛めている。ここで彼は、グラミア人兵士を率いる青年が、何事か指示を出した後、一人になったのを見逃さなかった。


 モルデールは、マキシマムに声をかけた。


「グラミアの隊長殿……」

「え? ……マキシマムと申します」

「モルデールだ」

「知っております。交渉の室には入っておりますので」

「グラミア側も増援と聞いた……なんとかならぬか? 私がベアス側をなんとか抑えるゆえ、増援を待ってもらえぬか?」


 マキシマムは表情を硬化させる。


 彼とすれば、このロボス人が危惧する方向へと物事が進む現在において、その心労は計り知れないところであるが、自らの職務は別だという認識がある。


「私の職務は使者達の安全を確保することです。交渉を打ち切りになさっては如何? であるなら、我々はテラを出ます」

「政務官閣下がお認めにならない」


 モルデールは舌打ち混じりに答えた。


 政務官ララは、事ここに至っても交渉打ち切りを言いださず、テッザ側から促されても返答をしない。本来、休戦を結ばないなら、今回の事件を理由に交渉延期にしてもおかしくないのでがそうはしない。これがモルデールのベアス人達への疑惑を高める一因になっている。


「本領の許可が下りないのでしょう」


 マキシマムは、モルデールとは違う推測をしている。


 ベアス伯爵側は現在、跡目騒動の渦中である。使者達を帰す、テッザ伯爵家との交渉延期をするなどの決定を行う者が不在か、いたとしても姉と弟の双方に別れて喧嘩をしているので結論が出ないと読んでいた。


 モルデールは、マキシマムの発言の裏に、グラミア軍青年士官の読みが含まれていると感じ取り、恥じ入るように視線を地に落とす。


「お恥ずかしいことだ……」

「皆、それぞれの事情があります……貴方も大変だとは思いますが、ロボス人として、ロボス人達に語りかけることはできるのではありませんか?」

「どういうことだ?」


 マキシマムは遠慮せず言う。


「貴方はロボス人だ。今回の事件の原因は……ここ数日だけを見ればロボス人にあります。ベアス伯爵家のロボス人として、同胞に状況を説明し自制と自省を促すことは無意味ではないでしょう。我々は何もロボス人達を全員、投獄しようというのではありません。犯人たちを捕まえたいだけです。この犯人たちは、英雄でも勇者でもない。犯罪者です」

「……」

「ロボス人でありながら、ベアス伯爵家に仕える人達は、テラ周辺のロボス人達からどう思われているか想像はできますが……裏切り者と誹りを受けるのがつらいと言うなら、貴方が争いを避けたいと主張していたものは所詮、自己保身によって出ていたと私は見ます」

「若造……なめた口をききおって……」

「貴方は後悔したのでしょう? 私は、後悔した……だから繰り返さないよう努めます。したくありませんよ……犯人探しなんて。ロボスの人達をいくらか知る今はしたくないですよ……でも私には立場と、守るべき人達がいますので。では、失礼します」


 マキシマムは、気圧されたモルデールをその場に残して、街へと出る。


 彼は終日、テュルクから齎される報告をもとに犯人達を追ったが、テラの住民達が犯人を匿うので成果をあげることはできなかった。




-Maximum in the Ragnarok-




「テラの人達が、テッザとベアスを敵対視するのはわかるが、それが根強く残る原因は、前進的な思考を無くしているからだ……」


 アルギュネスはナマズのから揚げをフォークで解しながら喋っている。その対面に気合い十分のメロディがいるが、彼の視線は隣のマキシマムばかりに注がれていた。


「……例えばグラミアに敗れたオルビアンはどうだ? グラミア憎しで凝り固まっているか? そうではない。たしかにグラミアを憎いと今も思う人達はいるだろうが、グラミア支配の中でどう生きるかという選択を取る人達もいて、そこには思考がある。被害者根性で染まっていては無理なことだ。残念ながら、ロボス人達にそれはないのだろう……気の毒だとは思うし、他国人であるからこう思うが、率直な俺の意見だ」

「アルギュネス様はどんな女性がお好きですか?」


 メロディの懸命な問いかけにも、アルギュネスはマキシマムを見たまま口を開く。


「芯のある女性……マキシマム、どう思う? 君はロボス人達の為に、テッザとベアスがテラへの干渉をゆるめたほうが良いと思うか?」

「干渉をゆるめたところで変わることはないと思うけど……どうだろう? ただ現状は変えるべきだと思うよ。ロボス人達の生き方を認めることから始めたほうがいいように感じる」

「それでロボス人達が満足するか? 彼らは結局、テッザとベアスを島から追い出すまで気持ちは変わらないだろう。そしてそうした結果、大国の侵攻に遭うことも想像してない」

「侵攻は……」


 マキシマムは否定できなかった。


 グラミアもアルメニアも、そしてオルセリアもきっと、自陣営が支援する勢力を駆逐したロボス人達を許さないだろう。それは、それを許せば、他の事柄へと波及するからだ。


 グラミアを頼っても使い捨てにされる。


 このような風評を立ててはならないのである。


 メロディが口を開きかけたが、アルギュネスの発言が彼女を制した。


「ロボス人達は自主的にこれを始めたか? 違うだろう。この時期、彼らは確かに好機到来とみたのは正しい。しかし後ろ向きに生きてきた彼らの背を押した奴らは他にいるな」

「誰です?」

「グラミアとアルメニアとオルセリアではない国……位置的に、スーザだろう」


 アルギュネスの口から出た国の名前は、グラミア人であるマキシマムにとって無視できないものであった。


 スーザ帝国は現在、教皇領と皇帝領にわかれている。聖女ハイトゲーテ登場によって勢力を弱めた教皇一派が、トラスベリア王家を頼って逃れた先で支配圏を得たのが現在の神聖スーザ教国で、聖女ハイトゲーテの指名を受けて国政を司る皇帝が支配するのがスーザ帝国だ。


 アルギュネスが言うスーザとは、スーザ帝国を意味していた。


 この帝国はグラミアと休戦協定を結んでいるが、利害はことごとく対立している。


 グラミアとアルメニアは強固な同盟関係にある。ゆえに挟まれた状態のスーザ帝国は、トラスベリアとの関係を深めており、トラスベリア王家と対立する二人の公爵――バイエル公爵とマイセン公爵と手を結んでいた。それが北海貿易の富を帝国にも齎し、対グラミア戦後の不景気をいくらか和らげている。そして彼らは南に海をもっていて、それは内海である。


 グラミアとアルメニアが牛耳る内海の海上貿易の富を削り取れば、帝国はグラミアの鼻をあかし利益を得る二兎を追えるわけだ。


 このフェルド諸島は、中継地として重要であるから、ここをスーザ帝国が押さえる意味は大きい。グラミア王国のオルビアンと、アルメニア王国のトリノを遮断することが可能となるのである。


「皇帝ノイアー一世の妻は……あのシュケルの娘だ。宰相は筆頭枢機卿のローター・ショル。グラミアの邪魔をする動機は十分にあるよ」


 アルギュネスの指摘に、マキシマムは頷くが視線を感じてメロディを見た。


 彼女は「邪魔をするな」という口の動きで気持ちをマキシマムに伝える。


「アルギュネス……申し訳ない。これからこの宿周辺の見回りにいくから、メロディと食事を続けて」

「俺もいこう」

「いやいや、それは駄目だ。君はアルメニア側の人だから。メロディ、お世話をよろしく」

「大丈夫! マキ君、気をつけてね」


 マキシマムは約束を守るべく、不満顔のアルギュネスに詫びると室を後にしたのだった。




-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムは形ばかりの見回りをする。


 グラミアが借りうけている宿周辺を、散歩というには鋭い視線で歩いた。


 彼の隣に、いつの間にか黒装束の女が現れて、彼女が装束をはぎ取ると、小柄な兵士となっている。


「報告します。犯人達が一か所に集まりました」

「……また邪魔が入って、逃げられるんだろうな」

「……お許し頂ければ、制圧いたしますが?」

「君達が動いて、犯人を捕らえても意味がない。我々正規軍がしないと妙な疑いが育ちかねない」

「承知しました。では、場所をお伝えいたします」

「いや、監視を続けるだけでいい。彼らが事を起こした時が捕え時だと考えるようにした」

「あえて起こされるので?」

「それなら、匿われることはない……幸い、代官館にはベアス側の人間しかいない」

「この宿を狙ってくるかもしれません」

「それなら、堂々と倒して……テラをグラミアが押さえる理由にする」


 テュルクの歩みが遅れる。


 マキシマムが肩越しに彼女を見ると、相手は慌てたようだった。


「どうした? 君達らしくない」

「貴方様の口から、そのようなことを聞くとは思いませんでした」

「意外だった?」

「はい」

「僕もだ……」


 マキシマムは立ち止まる。


 テュルクも止まった。


 二人は、宿の裏手で並ぶ。そこは住宅街の狭い路地で灯りもない。


 マキシマムは、冑を脱いで顔を晒した相手にたじろぐ。


 まだ幼さの残る顔は、彼の為に倒れたサヴィネに似ていた。


「君は……」

「サヴィネの娘です。マキシマム様……今夜のご発言、族長に報告するお許しをください」

「……君達の族長に?」

「はい……きっと、お喜びになるに違いありませんから」


 マキシマムは族長に興味をもつと同時に、自分の近くに部隊単位でテュルクがいることへの疑問を思い出していた。


「どうして僕に、君達は部隊単位ではりついている?」

「族長のご命令だからです」

「……どうして族長は、そうしている?」

「それはわかりかねます。わたし達は、命じられたことを実行しているだけです」

「……」

「マキシマム様、よろしいでしょうか?」

「わかった。だけど、質問も一緒にもって帰ってもらえるか?」

「承知しました」

「貴方は、どうして僕を特別扱いしているのかと」

「……承りました」


 サヴィネの娘は、マキシマムが瞬きをした瞬間、消えていた。


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