鈴虫と、街の賑わい
「マキ君、あの人と仲良くなったの?」
「うん、まあ……」
「すごい! 誘って。お話する時は誘って」
「ああ……うん、だけどメロディ……君、ベギールは?」
「ベギール? どうして?」
「昨日……の夜、一緒にいたらしいじゃないか」
「……なんで知ってるの?」
「彼から聞いたんだよ」
「……あいつ! ペラペラと! っ最低!」
メロディは顔を真っ赤にして、足早に立ち去った。
マキシマムは、その後姿に溜息をなげかける。
ベギールといい、メロディといい、頭の中がどうかしてるんじゃないかと批判したが、部下に声をかけられ思考を止めた。
「隊長、ベアス家は増援をこの町に送ってくるみたいですよ……現在、大隊規模がここに駐留してますが、さらに増えて五〇〇を超すそうです」
「……僕達は護衛のみで五〇もいない。二個小隊……何かあったら大変だな。ジャキリ連隊長に相談……僕が抜けたらお花畑が指揮を執るのか……」
部下が訝しむ。
「お花畑?」
「彼女だよ」
マキシマムは視線を転じる。その先には、通路の先で小さく見えるメロディの後姿があった。
部下が苦笑する。
「若いんでしょうがないですよ……士官学校のおぼっちゃんやお嬢ちゃんは一人前になるまでしばらくかかりま……あ、失礼しました」
「いいんだよ。反論できない。僕もまだ半人前だよ。ヴェルナに行って、ようやく半人前になれた」
二人で笑い合う。
この部下は、名前をリチャード・ベンタグルという。年齢は三十歳と正確なのは本人がちゃんと把握しているからだ。オルビアン市民でもともとは大陸西方に浮かぶコーレイト島出身だとマキシマムは聞いていた。彼の祖父母の代で、奴隷商船に乗せられオルビアンに運ばれた後、そこで働き下級市民となった。そして彼が若い頃、グラミアによるオルビアン侵攻があり、彼はそれまでの不満からグラミア側に属する判断をして今に至っている。立場は小隊長級だが、メロディの副官というか補佐役に徹していたのだが、マキシマムが現れ、また代官館襲撃事件もあり、今はメロディというよりマキシマムにあれこれと判断を仰ぐようになっている。
「メロディどのが指揮を執るにしても、数日のことですし問題はないと思います。マキシマム殿が来られるまでは彼女が責任者でしたからね」
「……その頃とは状況が違うからなぁ。一刻後には事件が起きているかもしれないから」
マキシマムが代官館の玄関から外に出る。
リチャードが続いた。
「彼女に行ってもらえばどうです?」
「承諾するかな? アルギュネス殿と離れるのが嫌だと言われそうだ」
「ああ……あのアルメニア人……」
「君、行ってもらえないか?」
「……承知しました。連隊長に増援の相談ですね?」
「うん……万が一のことがあるかもしれないから、テラに部隊を入れるというよりも、いつでも救援や逃亡の助けができるよう、部隊をテラに近づけておいて欲しいと」
「……しかし、ベアス家がそれを察知すると面倒になりませんか?」
「それはそうだけど、僕が優先すべきは使者達の安全だ。それにあんなことがあっては交渉どころじゃないだろう。逃げた犯人たちの居場所を掴んで完全に潰すまで、一か所に集まるのはよくないよ」
「……それ、進言しました?」
「ベギールには伝えたけどね」
マキシマムは今朝のやりとりを簡単に話す。
彼はアルギュネスに早朝まで付き合い、あれこれと楽しい会話をした。その後、宿に帰宅し仮眠を取ると、代官館に宿泊しているはずのベギールを訪ねる。すると彼はやはりいた。
ベギールは寝間着のままマキシマムを代官館の庭へと誘った。部屋に入れられないことにマキシマムは「まさかメロディと?」と尋ねると、相手はべらべらと喋ったのである。その自慢話を最後まで聞き、ようやくマキシマムが進言をしたところで二人は別れている。
「マキシマム殿、大変でしょうけど頑張ってください」
部下から気の毒そうな視線を向けられたマキシマムは、頑張りすぎないようにすると答えた。
「あ、そうだ。マキシマム殿が捕えた酒場の店主……治療していましたが駄目でした」
唐突な報告に、マキシマムは固まる。
「出血がひどかったからか?」
「それもありますが、後頭部の損傷が内部まで達していたようで……」
「そうか。わかった」
「彼の娘さん? 事情は全くわかっていなかったようで、泣くばかりで……あの日も、怪我人が運び込まれて、親の言いつけで薬草を買いに出たとだけ。彼女はまだ父親のことを知りません。死体は火葬場に」
「火葬?」
「罪人は、この島では燃やします」
「……僕が伝えよう。僕がしないといけないことだ」
マキシマムは言い、部下の案じる表情に「何?」と尋ねる。
「一人でしょい込み過ぎると疲れますよ……今度、テッザに帰ったら飲みに行きましょう。愚痴をいっぱい聞いて差し上げますから」
「ありがとう。楽しみにしておくよ」
二人は、拳をぶつけあって離れた。
-Maximum in the Ragnarok-
代官館の地下牢のひとつに、酒場の娘はいた。
脅えた表情で、鉄格子の向こう側からマキシマムを見ている。
「話がある」
「……すいません。何も知らないんです」
彼女の言葉は、動揺からかロボス語の訛りが強く出ていてマキシマムは理解できなかった。
「え?」
「すいません。わからないんです」
「君に何かを聞こうというわけじゃない。お父さんのことで来た」
少女はよろよろと鉄格子に近づく。
マキシマムは垢の匂いに顔をしかめた。そしてこの匂いは、この町全体の匂いだと思う。島の内陸部に追いやられたロボス人達は、水源に乏しい土地だからこそ両派閥の見逃しを受けて暮らすことができたのだろう。貴重な水はふんだんに使えない。
喉を潤すのは麦酒。
身体を洗うのは、雨が降った時。
それでも、金が世界を動かす時代になり、フェルド諸島の位置が海上貿易の中継地として価値を高めるようになると、その島の中の流通も変化し、島の中部に位置するこのテラの価値がおおいに高まったのだ。
しかし、その恩恵はロボス人達には届かない。
ベアス伯爵家に仕えるモルデールが、同胞の激情を危惧しているのは無理もないことかもしれない。彼とてロボス人であるから、このままがいいとは思えないだろう。しかし、それよりも多くの人が死ぬ争いを彼は避けたいから、あのようなことを言っているのだ。そこには他人が窺えることなどできない苦悩があるはずだと、マキシマムは感じていた。
彼は、彼女への謝罪と同情から、牢獄の監視をしている兵士に伝える。
「彼女への疑いははれたから、出してやって欲しい……君、話は少し後にしよう」
マキシマムの言葉に、少女は目をぱちくりとさせる。
その表情は、とても愛嬌があると彼は思えた。
ゆえに彼は、代官館を襲撃した者達に憤る。
そして自分に。
マキシマムはあの夜、酒場に突入した瞬間、現場を把握できていた。だが捕えるという行動ではなく、倒すという行動を咄嗟に選択していたのだ。
考えるより、身体が動いた結果だという言い訳ならいくらでもできる。
しかし、彼はそれをしたくない。
マキシマムはあの時、部下達には事情を説明しろと命じたが、それをしていなかった自らが情けなかった。
少女が牢獄から出された。
「……あの……お父さんは?」
「会いに行こう」
彼は彼女の手をひく。
マキシマムに手を握られた彼女は、手をひっこめたが彼が離さなかった。
「こっちにいる」
マキシマムは、代官館の裏庭へと向かう。
そこには、罪人が死んだ際に火葬する場所がある。
地下牢から地上へと二人が出た時、裏庭のほうから白い煙がたちあがるのが見えた。
-Maximum in the Ragnarok-
「頼むよ、メロディ」
マキシマムが同僚に頼み込む。
「なんでわたしが!?」
「男の僕じゃできないからだよ」
「いやよ! あんな汚いの近づくのも嫌!」
「そこをなんとか」
「駄目! いくらマキ君の頼みでも嫌!」
「アルギュネス殿とどこかに出掛けようかと話してたんだよ。君も誘うから」
「……本当?」
「頼む!」
「……じゃ、その時に二人きりになるように手伝って」
「わかった」
「……絶対よ! ……でも、どうしてあんな臭いロボス人を気にするの?」
「彼女の両親を殺したのは僕だ」
「しょうがないじゃない。悪い奴なんだから……それに汚いし」
「……」
「何、その目?」
「誤解です。ごめん、お願い」
「今回だけよ! 約束、守ってね!」
-Maximum in the Ragnarok-
グラミアが借りあげている宿の一室。
マキシマムは扉が叩かれる音で寝台から起き上がった。
寝不足だったので仮眠をとっていたのだ。
扉が開かれ、メロディが立っているのが見えた。
「終わったわよ……」
「ありがとう。助かる」
「ったく……汚いにもほどがあるわ……お湯が真っ黒」
「約束守るから」
「わたしがロボス人をお風呂にいれたこと、誰にも言わないでよね!」
「わかりました」
マキシマムはさらに文句を言おうとするメロディから離れて、廊下を進み階下におりる。そこには、グラミア軍の軍服を着せられた少女がいた。服が身体より大きいから、子供が大人の服を着ているようにしか見えない。それでも、髪のほつれは随分とマシになり、黒ずんでいた肌は本来の輝きを取り戻そうと瑞々しさを訴えている。かなり乱暴に洗われたようで、肌が露出している顔や首のあちこちが赤くなっているが、以前と比べるとマシといえる。
「あの……ありがとうございます」
「食事にしよう。お腹、減ってないか?」
マキシマムの誘いに、少女が頷くもすぐに首を左右にふった。
「すいません……お金、ありません」
「ご馳走するよ。そこで話そう……いや、僕が君に伝えないといけないことがあるんだ」
「……お父さんのこと……ですか?」
少女の問いに、マキシマムは頷く。
彼女は、火葬場の煙突からあがる白い煙を見上げた時、察していた。そして涙を流したが、マキシマムが予想するよりも落ちついているように見えた。その後、メロディに風呂で洗われ――おそらく文句を言われながら乱暴に扱われたので、悲しむ暇を奪われたらしく、今もまた動揺はないようにマキシマムには思える。
宿場の警備をしている五人の兵士に、マキシマムは町に出ると伝える。
「もうすぐ夜です。お早目にお戻りください」
兵士の注意は、マキシマムへの信頼からのものだった。
二人はテラの市街地を歩く。通りに面した飲食店は全て、労働者が素早く食事を済ませる為のものである。
彼は、アルギュネスと行った串焼きの店に少女を誘った。
そこしか知らないからだ。
売り子の娘は、昨夜の貴公子の一人が、小奇麗な娘を連れてきたのでがっくりとした。
「串焼き二本と麦酒……水ある?」
「麦酒より高いですよ」
「かまわない」
マキシマムが注文し、店の前に居並ぶ男達と挨拶する。昨夜の男達が幾人かいて、「兄ちゃん、また来たのか」と彼に声をかけた。
男達と会話するマキシマムを、少女はじっと眺めていた。
串焼きができあがり、麦酒と水を受け取ったマキシマムは、少女に尋ねた。
「君の家に行こうか」
「……ごめんなさい。無理です……」
マキシマムは、確かに無神経だったと気付いた。
どうしようかと悩む彼は、少女がふらふらと歩きだしたので慌てた。
「どこに?」
「……」
彼女は一度だけ振り返った。
ついて来いと言われているように感じて、マキシマムは従う。
テラから出てすぐの場所、麦畑に向かう途中の農道の一か所、森と丘陵地帯の狭間で少女は立ち止まった。テラの賑わいは、野太い男の声である。それが静かなここまで届いていた。
夜に染まろうとする空に、星はまだ出ていない。
蛇が出ては困るからと、この辺りは草の刈り取りが行われていた。
少女が地べたに座り、マキシマムも同じくそうした。
彼は冷めた串焼きを彼女に手渡し、水の入った杯を差し出す。
彼女が受け取る。
マキシマムが口を開く。
「君の両親を殺したのは僕だ」
「……」
「言い訳はしない。代官館を襲撃した犯人を追ってあの酒場に入った。犯人は君の両親に手当てをされていた。僕はその瞬間、魔法で犯人の一人と、君のお母さんを攻撃した」
少女が串焼きを齧る。
「もう一人の犯人が剣を持とうとした。僕は彼を攻撃した。この時、君のお父さんは……たぶんお母さんの名前を叫んで、包丁を手にした」
「……」
「僕に背後から迫った君のお父さんは、僕の仲間によって倒された。まだ生きていたけど、その時の傷で、今日、息を引き取ったよ」
少女は水を飲んだ。
マキシマムは麦酒を口にする。
ひどく不味い味だと、彼は顔をしかめた。
「冷やしたら……美味しいんです」
「え?」
「麦酒、冷やしたら美味しいんです」
「どうして、冷やさないの?」
「……お水がないから……」
「……」
「昔は、冷やして飲んでいたそうです。お水をかけ流しにして、そこに麦酒の樽を沈めて……だけど今は、それができないんです」
「そうか」
「お父さん……麦酒を冷やして飲みたいって……よく言ってました」
「冷やした麦酒、飲んでみたい」
「グラミアは、お水、たくさんありますか?」
「……あるよ」
「じゃ、帰られたら、してみてください」
「うん、ありがとう」
会話がなくなった。
マキシマムは、串焼きを齧る。
すすり泣く声が、彼に届いた。
虫の鳴き声が混じる。
心地よい音だと、マキシマムは感じた。
「綺麗な音……」
彼の声に、少女が反応する。
「鈴虫……ロボスでは、特別な虫」
「美しい声だね」
「昔は、飼っている人がその鳴き声を競いあうお祭りがあったそうです」
全て、失われてしまったのだとマキシマムは気付いた。
ロボス人達は、暮らしだけでなく、その育んでいた生き方までも蔑ろにされているのだと感じた。
「行く宛はあるか? ご親戚に事情を説明しようか?」
「……テッザに、叔母さん家族が」
「わかった」
「でも、わたしが世話になる余裕なんて……」
「……働き口を探すの手伝おうか?」
「……自分でします」
マキシマムは串焼きを齧り、麦酒を飲む。
少女が、ぽつりとこぼす。
「すいません……下手なグラミア語で」
「上手だよ。どこで習ったの?」
「お母さんから……」
「お母さんは、君をグラミアに留学でもさせたかったのかな?」
「……お客様を取るのにいるからと」
マキシマムは悲しくなる。
彼女がそうしていた過去と、そうしていなければ暮らせないこの島のロボス人と、そして、これらを想像すらしておらず自分達の利益を守ろうと動いている大国の都合が勝つことに。
「そういう仕事についちゃ駄目だ」
「他に、お金を稼げません」
「……」
「両親の仇に、世話になりたくもありません」
少女が立ちあがった。
マキシマムは、彼女を見上げる。
彼女は、彼を見おろしていた。
二人の視線が、中間でぶつかる。
鈴虫の歌声に、テラから届く賑わいが混じる。
マキシマムは、凛とした彼女に見惚れた。
少女は、そんな彼の視線を拒否するかのように口を開く。
「わたしは大丈夫です。同情してくれて、ありがとう」
少女が、立ち去る。
マキシマムは、止めなかった。




