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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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少女と、青年と

 テラの町はそう大きくない。ゆえに狭い土地に人口が密集していて、建物と建物の間は人ひとりが通るのがやっとだ。馬車で荷を運ぶ道こそ幅員三デールほどあるが、その他は狭隘で、また迷路のように入り組んでいる。そして無遠慮に増改築された家屋が道を塞ぐ箇所もある。


 マキシマムは逃亡者たちを追跡しつつも、見つけられないだろうという予感を抱いていた。だが兵士達には必ず見つけろと厳命し、三人一組の分隊単位で町の中をしらみつぶしに捜せと命じる。


 悲鳴があちこちであがる。それは、兵士が家屋に乱入したことで、そこに住む住人達が脅えたものだ。


 怒号も聞こえる。


「隊長! 隊長……隊長!」


 マキシマムは自分のことだと三度呼ばれて気付いた。たしかに、メロディが職務放棄のように宴に参加してしまった今、現場責任者は彼だった。


「どうした?」

「住民達が騒いでいます。中には抵抗する者もいます」

「事情を説明しろ。その余裕がない時は武器の使用を許す」


 果断な指示に、兵士が敬礼する。


 マキシマムは乱暴者ではないが、兵士達が自衛のために武器を使うことを許可してやらないと彼らが危ないからそうした。そして、代官館を襲おうとした連中を、このままにしてはならないという危機感がある。


 ここで逃がせば、次はより数を増し、より計画的に事を為そうとするに違いないからだ。全てを捕えることができなくても、次の行動まで時間を得る必要があるほどに弱めておきたいという意図もあった。


 大通り――馬車が通ることができる道から、裏道へと続く通りを進む彼は、他の兵士とは違い一人だった。しかし、その背後には何者かの気配がある。


 彼は肩越しに尋ねる。


「テュルクか?」

「はい……お守りいたします」

「指示を出していないぞ」

「族長の命で、貴方様をお守りしております」

「一人か?」

「いえ、部隊で動いています」


 マキシマムは違和感を覚えるも頭を払う。今はそれよりも逃亡者だと自らに言い聞かせた。そして、テュルクがいるなら話が早いと口を開いた。


「君の仲間に、逃亡者たちが逃げ込んだ先を探してもらいたいができるか?」

「お命じになってください」

「……逃亡者たちの潜伏場所を掴んで報告しろ」

「かしこまりました。仲間に伝えます」


 マキシマムは、今夜このまま逃亡者たちを見つけることができなかったとしても、相手が動く前に踏み込んでやろうと企む。


 通りを進む彼は、くねる道の見通しは悪いと集中を増した。


 夜。


 キアフと違い外灯はない。建物同士の距離が近く月や星の光も届かない。


 だが暗闇でも目が慣れたと彼は進む。視線を素早く周囲に散らしながら、角を曲がり、二股の道に出た。


 マキシマムは狭い道を選ぶ。彼が一人通り抜けるのがやっとだ。長剣は使えないだろうと感じた。


 彼は長剣を鞘に収め、短剣を逆手に構える。


 脳裏に、師匠ルナイスの言葉が蘇った。


『マキシマム、短剣での戦いは、敵の戦闘力を奪うことを優先しろ。腕、脚、脇、どこでもいい。斬りつけて出血させろ。それが相手から体力と余裕を奪う。焦らせたら勝ちだ』

『相手が強い奴なら、俺が今伝えた戦法でくる。正対した時、敵の力を感じ取れ。やばいと思ったら魔法をぶっ放せ』


 記憶の中の師匠に、マキシマムは頷いていた。


 遠くで悲鳴があがった。


 怒声、喚声が続く。


 ここで、前方にロボス人の男女が現れた。彼らはマキシマムの姿を見るなり、敵意はないとばかりに壁にはりつく。その後ろをマキシマムが通過する。


「逃げていた奴らを見なかったか?」


 ロボス人の男は、マキシマムを見ないまま通りの奥を見る所作で答えた。


「君達はどこに行く?」


「……今日、彼の両親に夫婦になる許可を得て……お祝いしてもらって……その帰りです」


 女が答えた。


 二人とも、小汚い格好をしているが、れっきとした生活する人なのだとマキシマムは知るに至る。


「わかった。ありがとう。帰ったら家から出ないように」


 マキシマムは言い終えた時、駆け出していた。


 言語化できない怒りがあった。


 逃げた男達を追おうという職務からの責任もある。だが彼はそれよりも、同胞の生活まで脅かす活動家たちを許したくないというグラミア人側の価値観を基にする正義感を抱いたのである。


 通りの先は突き当たりで、小屋の上に小屋が覆いかぶさるような住居がある。その扉へと全速力で駆けよったマキシマムが、木製の扉を蹴破った瞬間、そこは昨夜、ベギールと酒を飲んだ酒場の裏口であると気付いた。


 マキシマムは、強い酒で傷口を消毒する一人の男と、ロボス人の店主から次の酒を受け取る男を一瞬で視認する。


 店主の口が開かれ、言葉が飛び出す直前、マキシマムの雷撃トニトルスが傷を負っていた男を直撃する。光の速度で敵にぶつかった雷撃トニトルスは、くらった男と、彼に酒をかけていた女性を吹き飛ばした。


 マキシマムは短剣のまま、酒瓶を放り投げて剣を握った男に迫る。


「ジェナァ!」


 店主の叫びを背に、マキシマムは剣を構える男に体当たりを見舞い、体勢を崩した敵の腕を斬り裂いた。そして、振るわれた長剣をかがむ動作で躱すと、短剣で男の大腿部を傷つけ、左肘で敵の腹部に肘打ちをくらわす。がくりと重心がさがった敵の顎に、マキシマムは膝蹴りを見舞った。


 ふっとんだ男は、顎を割られ大量の血を吐きだす。


 ここで、店主が包丁を手にマキシマムに迫ったが、テュルクの女が守る。


 彼女は、店主に音もなく接近すると、その包丁をもつ手を剣で斬り落とした。そして跳躍する。店主は、テュルクの女に後頭部を蹴られ、昏倒した。


 マキシマムが礼を言おうとしたが、黒装束は滑るように裏口から外に出る。


「兵を呼んで参ります」


 彼女の声だけが残った。


 がらんとした空間で、焼け死んだ二人と意識不明の男、そして血を吐きながら荒い呼吸を繰り返す男。


 マキシマムは、血を吐く男の胸を踏むことで、さらに相手を動けなくすると尋ねた。


「他の仲間は?」

「ガハ……」


 男は血を吐くのみで答えない。


 いや、答えられない。


「治療してやる。だが、それは慈悲や同情からのものではないことを言っておくぞ」


 彼の声に反応したのは、男ではなかった。


「お父さん?」


 店の表入り口に、少女が革袋をかかえて立っていた。


 彼女は袋を放り出すと、右手を失い倒れている店主に駆け寄ろうとする。だが、マキシマムが長剣を抜き放つことで制した。


「動くな」

「あ……あなたは昨夜のお客様……」

「代官館を襲った男に、店の者が協力をした。君は家族か? そうなら動かないでもらいたい」

「お……お母さん!」


 焼け死んだ女は、顔面の半分が雷撃で焼けただれていたが、半分が無事であれば少女には誰であるか知るに十分だった。


「お母さん!」


 少女は動かない。


 マキシマムに剣を突きつけられているからだ。


 彼女は、両手で顔を覆い、立ったまま泣く。その嗚咽に、マキシマムの表情は暗いものへと変わっていった。


 少女が持っていた袋の口から、化膿を防ぐと言われる薬草の束がのぞいていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 交渉の使者達が集まったテラ代官館が、ロボス人の集団に襲われた夜の翌日。


 警護の現場責任者であったメロディは、ベギールの上司でもある官僚からこれ以上はないほどの叱責をうけた。これ幸いと、ベギールが彼女を慰める役を買ってでている。


 平和な二人だと呆れるマキシマムは、捕まえた者達の取り調べを進めたが、夕刻になった頃合いで一日目は終了と宣言した。


「マキシマムさん、すごいですね」

「強かったなぁ」

「あんた、やるね!」

「いやぁ、若い上官ばかりで不安だったんだ」


 兵達の賞賛は、昨夜の一件が理由である。


 一人で襲撃を阻止し、追跡も一人で行い、酒場の制圧もまた一人で行ったからだ。


 昨夜の逮捕者は五人で、マキシマムはそのうち二人を捕まえている。


 顎を割られた男と、手を斬られた店主は牢獄で治療を受けていた。代官館の地下牢は、たちまちいっぱいとなってしまっている。


 だが彼は、素直に誇れないし喜べていない。


 戦いが終われば、またいつもの彼に戻るのである。


 マキシマムは一人がいいと、兵達から食事に誘われても丁寧に固辞し、グラミアが借りあげている宿に戻った。そこで彼は、自分を待っていたという人物に声をかけられる。


「やぁ、待っていたよ」

「……貴方は……アルメニアの?」

「アルギュネス・デュプレ」

「マキシマムです」

「君は家名をもっていないのか?」

「……ラベッシ村の代官の息子です」

「へぇ……ちょっといいか? 興味がある」


 とてつもない美男子だと、マキシマムは緊張した。あのメロディがころりといったのも理解できると思う。男である彼がみても、すごいと思える美形なのだ。例えば相手が、化粧をして女装をすれば、美男子は美女になると想像した。


「どうした? 駄目か?」

「いえ……」

「食事は? もうしたか?」

「これからです」

「じゃ、食事をしよう。街にでないか?」

「……危険ですよ」

「君がいるなら大丈夫だろう」


 アルギュネスが笑う。


 そして、彼は背後を見もせず言い放つ。


「二人がいい。ついてくるな」


 マキシマムはギョッとした。


 いつの間にか、アルギュネスの後方に男が二人、こっそりと佇んでいたのが見えたからだ。それまで、全く見えていなかった。突然に現れたという表現でも足りないほどの鮮やかである。


「承知いたしかねます」


 男の一人が答える。


 アルギュネスは苦笑し、マキシマムに「行こう」と誘う。


「いいんですか?」

「勝手についてくる。おい……離れているならいいぞ」

「承知しました」


 二人は肩を並べて歩きだした。




-Maximum in the Ragnarok-




 アルギュネスはその美貌で、街の視線を独り占めする。男も女も、彼を眺めていた。


 そんな彼が、荷運びの労働者たちが好む安い立ち食いの食べ物屋へと誘うものだからマキシマムは驚く。


「ここでいいんですか?」

「食べてみたかったんだ、これ」


 アルギュネスは、羊肉の串焼きを指差す。売り子の娘が赤面して「串焼きですか?」とか細い声を出した。さきほどまで、男達と大声でやりあっていた娘と同じだとは思えないマキシマムは、苦笑しながら串焼きと麦酒の瓶を注文する。


「いきなり誘って悪かった。どうしても話をしたいと思ってな」

「かまいません……」


 串焼きが焼き上がるのを待つ二人。


 二人に見惚れて肉を焦がした売り子の娘は、新しい串焼きを火にかけた。


 荷運びの男達は、店の前で勝手に飲み食いをしていたが、二人のために少しの場を譲ってくれた。彼らでさえ自然とそうするほど、彼らは異質すぎた。


「俺はアルメニア……というかベルーズドの……ストラブールというところから出たことがなかった。初めてだ」

「秘書なのにですか?」

「秘書は嘘だ」


 あっけらかんと答えたアルギュネスは笑っている。


「嘘?」

「俺は貴族だ。あの国で今も貴族であるのは、いろいろと事情があるから、こうしてあちこちに出るということは本当はできない」

「してみたかったんですね?」

「そうだ」


 羊肉が焼き上がり、二人は麦酒と串焼きを受け取る。アルギュネスがアルメニア金貨を出したものだから、娘は困った。


「こんな……お釣りがありません」

「釣り? ないならまた焼いてくれ」

「はい……はいぃ」


 肉を頬張ったアルギュネスは、独特の臭みを確かめるようにゆっくりと噛む。


「下ごしらえをしても、臭みは少し残る……食べ物でさえだ」

「……どういう意味です?」

「この島と一緒だ」


 マキシマムは麦酒に口をつけながら、これを飲んだ時の相手の反応が見たいと思った。


「結局……君は大活躍したが、どうだった?」

「どうとは?」

「昨夜だよ。相手は大勢だった。でも一人で倒した。にしては嬉しそうじゃない。もっと興味がわいた」

「どこに興味をもってもらったんでしょう?」


 アルギュネスが肉を飲み込み、麦酒を飲む。


「……! なんだこれ!?」

「麦酒です」

「……ひどい味だ」

「すいません」


 謝ったのは娘だった。


 アルギュネスが慌てた。


「あ、すまない。初めて飲んだ。飲み慣れていないからつい……申し訳ない」


 恐縮して肉を焼く娘。


 マキシマムは疑問をそのまま口にしていた。


「アルメニアの貴族なのに、偉ぶらないんですね?」

「偉ぶる? 民の生活あっての我々だ。今、失礼なことをしたのは俺だ。謝るのは当然だろう?」

「……意外です」

「君だって偉そうじゃない。そう変わらないと思うが?」

「僕はただの武官ですから」

「そう。そこに興味をもったんだ。ただの武官なのにとても強い。グラミアは皆、武官級となると君くらい強いのか? 昨日の……なぜか俺の隣にいた彼女も強いのか?」

「……いえ、そこは個々で違うと思います」

「そうか……いや、グラミアはずっと戦っていた国だ。だから武を尊ぶのかと思っていた」

「陛下は……」


 マキシマムは、士官学校で習った王の訓示を口にする。それは、朝礼で必ず、生徒全員で唱和するものだ。


「強いことを誇るな。しかし強くなれ。強くあれ。強いからこそ弱者を守ることができる。弱い者を守る為に強いグラミアであれ……と仰ってます」

「悲しい人なのかもしれない」


 アルギュネスの感想に、マキシマムは麦酒を飲みながら首をひねる。


「いや、そういうことを言う人は、悲しい過去があるのではと思った」

「貴方も?」


「俺じゃない。だが、俺の家族は……悲しみの上に生かされている。だから、イシュリーン陛下の仰ることは、なんとなく理解できる」


 アルギュネスは言い終えて、麦酒を飲む。彼は今度は慎重に飲んだ。


 串焼きが焼かれたが、二人の肉はまだある。


 アルギュネスは、周囲の男達に声をかけた。


「どうだ? おもしろい話を聞かせてくれたら奢るぞ」


 男達が喜ぶ。


 荷物を運ぶ彼らは、あちらこちらを移動している。その際に見聞きしたとっておきの土産話を披露しようと、誰からともなく声があがり始めた。


 マキシマムは、おもしろい男だと、アルギュネスを眺めていた。


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