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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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横顔

 王都キアフに帰ったマキシマムだったが、母親からの手紙を預かっていた家主のケールから手渡されて、他にすることもないことから素直に従うことにした。幸か不幸か、母親は父不在を手紙で教えてくれていて、幾分か帰りやすいと思えたのもある。


 ラベッシ村は、平和そのものだった。ヴェルナの地で混乱する人々を見てきたマキシマムは、同じ世界とは思えない。


 代官館へ向かう彼は、農作業をする村人達に笑顔を向けられ、「おかえり」と言われ、生きている実感を得る。


 それがまた彼を悩ませた。


「難しい顔をしてどうした?」


 幼馴染のロイに見つかり声をかけられたマキシマムは、「ひさしぶり」と応えて立ち止まる。ロイは鎌で草刈りをしていた手を休め、畑から畦道へと出た。


「戦争行っててさ……見たくないものをたくさん見たんだよ」

「は……情けない。村を飛び出して軍隊に入ったくせに何言ってやがる」

「……」

「俺も来年、志願できる年齢になるけど、お前の部下は嫌だな」

「え? 軍に入るつもりなのか?」

「ああ。将軍になりたい」

「……うらやましいよ、そういう気持ちが」


 マキシマムが歩きだすと、ロイもついてきた。


 二人は並んで歩く。


「トーレスも去年、軍に入って今はオルビアンに行ってるみたいだ」

「……なんでそんなに軍に入りたいんだろう?」

「手柄を立てたら出世する。わかりやすい。学もないし、これしかない」

「農業も同じだろ? 収穫量で収入が変わるんだから。死ぬことはない」

「俺みたいな三男坊は、どちらにせよ家を出なきゃいけねぇよ……兄貴が畑を継ぐし」

「……」

「なぁ、ヴェルナはどうだった? ベル先生が怪我したっていうからとても大変なことになってるのか?」

「大変だよ……」


 代官館が見えて来た。


 マキシマムは、館の外、庭でディステニィに剣の稽古をつけている赤い髪の男を見つける。


「ああ、ギュネイさんだ。先日、先生を訪ねてきて、今は剣客で代官様のお屋敷にいるんだ。お前も鍛えてもらったら? 俺、稽古つけて――」

「ギュネイ殿!」


 ロイの声を遮り叫んだマキシマムに、ギュネイが気付いた。


「よぉ! お邪魔してるぞ」


 マキシマムが小走りになる。


 ロイも同じく、そうした。


 ギュネイは近づく二人に気を取られ、ディステニィの木剣から視線を逸らしていた。ベルベットの娘は、絶好の機会だとばかりに「えい!」と模擬剣を振る。


 だが、ギュネイの木剣で弾かれた。


「ハハハ……ディシィ、奇襲をするのに声を出しちゃ駄目だ」

「もう一回! もう一回!」

「負けず嫌いだなぁ……母親譲りだな、それ」

「もう一回!」


 頬を膨らませて悔しがるディステニィは、やる気満々だがギュネイが謝る。


「マキシマム殿に用があるんだ。悪いな。明日、またやろうな」

「勝ち逃げ、ずるいの!」

「ははははは」


 ギュネイは笑い、マキシマムを誘うように代官館のほうを向く。その後ろに、最後の機会だと信じたディステニィの一撃が繰り出されたが、ギュネイはひょいと動いて躱した。


「なんでわかったの!?」

「ははははは……マキシマム殿、ちょっと来てくれ。ロイも一杯、どうだ?」

「はい」

「俺もいいんすか? 頂きます」


 代官館の裏手に回った三人は、厨房から裏庭に出ることができる勝手口の近くに腰を落とす。砂利の上に座りこんだ彼らは、ギュネイが懐から出したスキットルを回し飲みする。


 ギュネイは、帰還したマキシマムに理由を訊かず、事情にも興味を示さず、彼に伝えるべき事柄を優先した。


「ベルは昨夜、転送魔法でアルメニアに行った」

「え?」


 驚くマキシマムに、ギュネイが続ける。


「フォンテルンブローの大学で、教え子達を幾人か誘うそうだ。あと、アルメニアに異民族の脅威を説明するとも言っていた」

「一人で大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろう。あいつ、バカ強いからな」


 ロイが口を挟む。


「その強い先生に怪我を負わした敵はもっと強いってことですか?」


 彼はマキシマムに睨まれて、悪いことを口にしたかと目を丸くする。


 ギュネイが苦笑と共に答えた。


「強さにもいろいろとあるが……ベルから聞いた。彼女はあの時、例えば一対一なら勝っただろうさ……でも、彼女が敵を倒しても、倒されたら困る仲間がいて、それは彼女がああしないと危険だったのだろう……ベルはあの時、目の前の勝ち負けよりも、大事なことを優先したんだ」


 ギュネイはマキシマムを見て、からかうように笑うと続ける。


「そんな顔をするなよ……あれはお前が悪いわけじゃない。戦闘中に、味方だと思っていた同盟国にいきなり横っ腹を突かれたら、そりゃあ勝てない。ぐちゃぐちゃに崩れる。それに、気にするだけ無駄だ」

「無駄……ですか?」

「無駄だ……あ、話し方、なんとかしてくれ。お上品な喋り方は苦手だからお互い気にせずいこう」

「僕はもともとこうです」

「そうそう、こいつはもともと、こんな奴です」


 ギュネイは笑い、ロイから返されたスキットルに口をつける。


「うん……ルヒティ、うまい」

「でしょ?」

「うん……ま、忘れろ。それこそ、軍にいたら日常茶飯事だぞ」


 マキシマムが微妙な表情となる。


「どうした?」


 ロイが幼馴染の変化を見て尋ねる。


「僕は……いろいろあって、上官から任務を解かれた。次、復帰はいつになるかわからない……このままクビかも」


 何を言われるかと構えたマキシマムに、ロイは何も言わずギュネイを見る。


 すると、ギュネイは煙草に火を点けながら口を開く。


「よかったじゃないか。生きて帰れたんだ。戦争に行って、無事に帰るってのは大事なことだよ」

「そうでしょうか」

「そうとも……お前が無事で帰ることを願っている人がいるだろ? 家族や友達……だから、そういう人達の為に、戦場で戦うのが戦士だって言う人もいるね」

「おじ……将軍閣下と同じことを仰いますね」

「ま、戦争てのは悲劇だが、戦争を嫌ってもまた悲劇になる。攻められて、戦いが恐いと逃げ出したら、残された人達がとんでもない目に遭う……俺はずっと見てきた」


 マキシマムは俯く。


 彼は、自分は誰の為に戦うのかと悩んだ。家族の為というには、微妙な関係が現在だ。仲は悪くないが、大学進学の件などもあってマキシマムが気にしている。


 自然と、エヴァの笑顔が脳裏に描かれた。


 彼は、彼女に会いたいと思う。


 そんなマキシマムの思考を無視して、煙草を吸うギュネイが二人を誘う。


「やるか?」


 ロイが手を伸ばす。


 マキシマムも、この時は興味が勝って煙草をわけてもらったが、煙を吸い込んだ瞬間、咳込み涙を溢れさせた。


 二度と吸わないと、彼は誓った。





-Maximum in the Ragnarok-




 マキシマムはラベッシ村に帰った日の夜、村人達の代表を務めるローグ家を訪ねた。


 農民ながら家名をもつのは、代々の役目である村長を立派に務めているからである。


 このローグ家の家長であるシリクの孫が、エヴァなのだ。


 マキシマムが訪ねてきたことを、母親から聞いたエヴァは自室で笑顔を咲かせたが、すぐに無表情を装う。しかしそれを母親に笑われ、「嬉しいくせに」とからかわれ、そんなことはないのだと嘘をつき、仏頂面で玄関に向かった。


 半開きの扉を背に、マキシマムがいた。


 彼女は駆け寄りたい気持ちを押さえ、自分の父親と談笑する彼へと声をかける。


「ひさしぶり」

「あ、エヴァ……ちょっといいかな?」


 エヴァはつんとして言う。


「夜よ? 明日にしてほしいんだけど」

「これ、お前は――」


 父親が娘を叱る。


「――代官様のご子息になんて口を! いつまでも幼馴染面するんじゃない」

「いえ、いいんです。おじさん。僕はそのほうが嬉しいんで。エヴァ、明日もまだ村にいるから明日でもいいんだけど、どうしても顔を見たくなって来ちゃったんだ。ごめんね」


 エヴァは、そんな嬉しいことを言ってくれるな! という気持ちを表情に出さない努力をし、「しかたないなぁ、少しならいいよ」と告げてマキシマムの前を通過し、先に外に出た。すぐ後ろで、「少し話をしたら帰しますので」とマキシマムがエヴァの両親に告げているのを聞いた彼女は、胸中で少しの話で終わりませんようにと願う。


 エヴァは、マキシマムと二人でどこまで散歩をしようかと悩む。しかし、そんな彼女の気持ちを知らない相手は、エヴァの家の庭にある薪を積んだ山に座り、崩れないことを確かめてから彼女を誘った。


 がっくりとしたエヴァだが、マキ君らしいと微笑んだ。


「いつ帰ったの?」

「今日……ヴェルナでいろいろあって、職務にふさわしくないと叱られて帰された」

「……そのままラベッシ村に帰ってくるなんて珍しい」

「母上から手紙が届いていて」

「おば様から? ……おば様はどうしてマキ君が帰らされるの知ってたんだろ?」

「……? そういえば……あ、でも、小父さんから報せがあったのかもしれない」


 マキシマムはエヴァに、自分を帰らせたのはダリウスであることを説明した。


「あぁ、そうね、たぶん、そうだね。でも、怪我なく帰ってきてくれてよかった……マキ君、がんばったね」

「……がんばってないよ。全然、がんばってない」

「でも、マキ君が……あの喧嘩も弱かったマキ君が戦争から帰ってくるって、やっぱり頑張ってると思うよ。できれば行って欲しくないけど……」

「……」

「戦争、終わる? もう、行かなくてもよさそう? 三年経つまで、もう行かなくてもいいよね?」

「わからない……こればっかりは」

「そっか……」


 エヴァは、そっと隣のマキシマムを見る。


 彼はまっすぐ前を見ていて、その横顔がよく見えた。


 小さな頃から一緒にいた男の子が、今では顎鬚を生やしていると彼女はおかしい。そして、弱虫で、弟みたいに守ってあげていた男の子が、男らしい顔立ちになってしまっていると鼓動を早めた。


 いつからだろう? と彼女は俯く。


 エヴァは、あの時からだと再確認した。


 彼女が、マキシマムを男の子と意識したのは、彼女の為にロイと喧嘩をした時だった。


 マキシマムは、自分のことをいくら馬鹿にされても怒らなかったが、エヴァを男女おとこおんなと馬鹿にされた瞬間、ロイに突進したのである。あれは、マキシマムが十歳で、エヴァが九つの時だった。今思えば、ロイはマキシマムとばかりエヴァが遊ぶものだから、嫉妬で口走ったのだとわかるが、当時の彼女は腹立たしかったし、悔しかった。そんなエヴァの代わりに、当時の彼女より背丈が低かったマキシマムが、ロイに体当たりした。その後、取っ組み合いになり、マキシマムが無意識に魔法を発動させてしまったことで騒動となった。


 代官である父親に拳骨と説教をくらい大泣きするマキシマムを、エヴァは慰めたくて遠目に見ていた。そして、はっきりと、マキシマムは男の子だと思っていた。


 それからだ。


 エヴァは改めて、隣の彼を眺める。


 男の子は、男の人になっていると、彼女は頬を朱に染めた。


 幼馴染だったマキシマムは、幼馴染で終わってほしくない相手になっていると、彼女は薄く唇を開く。


 ふと、彼女の視線に気付いたマキシマムが、エヴァを見る。


「どうかした?」

「う……うぅ……ううん! なんでもない」

「エヴァ、どうしても君の顔、今日のうちに見たかったんだ、ごめんね」


 飛びあがりそうになったエヴァは、いや、実際に飛びあがるように立っていたと、彼を見降ろしていることに気付いて慌てた。


 エヴァが誤魔化すように喋る。


「い……一応、わたしだって女の子だから! 勘違いするよ、そんな言い方」

「あ……ごめん。いや、言い方が悪いっていうより説明が足りないな……」


 マキシマムが考え込む。


 エヴァは高鳴る胸に静まれと願いつつ、再び彼の隣に腰掛けた。それは先ほどよりも、幼馴染に近い位置だ。


「エヴァ……僕は、いい加減な気持ちで大学に行きたいといって、士官学校に学費目的で飛び込んだんだ……そのせいで、ベル先生が怪我をして、大勢の人が死ぬのを見て……」

「マキ君……」

「だから、エヴァに会って、僕が軍にいるのは、誰かを守ることに通じているってことを……確かめたかった」


 エヴァは、マキシマムが弱虫だった頃に戻ったように感じられた。でも、と彼女は彼へと手を伸ばし、その腕にそっと触れる。


 彼女は、自分を見る青年に言う。


「マキ君、ありがと。どんな理由であっても、顔を見せてくれて……会いに来てくれてありがとう。次もきっと、会いに来てね」

「うん」

「じゃ……」


 エヴァは、これ以上、マキシマムといると胸が破裂してしまうとばかりに離れようとする。


 彼女を止めたのは、マキシマムの優しい声と、言葉だった。


「エヴァ、ありがとう。また戦争に行くことになっても、きっと帰ってくるよ……僕みたいな弱い奴に、会いに来てって言ってくれる君を好きでよかった。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 エヴァは微笑み、家へと歩く。しかし、数歩ですぐに立ち止まる。


 え? と彼女が振り向くと、離れて行くマキシマムの背中が見える。


 彼女は、迷わず彼を追い、後ろから抱きついた。


「エヴァ?」

「もう一回、言ってよ」


 マキシマムは、エヴァと向かい合う。


 彼は、彼女が真っ赤であることがわかった。星が雲に隠れた今夜みたいな暗い夜でも、そうとわかるほど彼女の顔は近くにあった。


「エヴァを好きなんだ」

「うん……わたしも好きなんだ」

「明日、散歩に誘いに来るね」

「うん……待ってる」


 二人は、おでこを軽く振れ合わせてから、そっと離れた。でも、彼らの手はなかなか離れたがらない。


 マキシマムとエヴァは、そのまま暫く見つめ合った。




-Maximum in the Ragnarok-




 エヴァの家では、彼女がマキシマムと出て随分と経つのに戻らないことから、さすがに祖父も両親も気にし始め、父親が辺りを見回って来ると言った。


「まぁ、ぼっちゃんだし大丈夫だろうけど」

「……そういう心配はしとりゃせんよ」


 シリクが息子を笑い、嫁に同意を求める視線を向ける。


「ええ、でもどこかに散歩にいって、転んで川に落ちてたら大変よ」


 エヴァの父親が、玄関から外に出る。


 しかし彼は、すぐに家の中へと戻った。


「どうした?」

「どうしたの?」


 父と妻に尋ねられ、エヴァの父親は苦笑で応える。


「すぐ外で、向かいあって固まってる」


 エヴァの家族は笑い合う。


 そして、しばらく後、彼女が出て行った時と同じように不機嫌を装って帰宅した様子を見て、また笑い合った。


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