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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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「パっと見ただけでも、フン族、イヴァール人、ゾグド人など大陸中央に分布する民族がいたのだ」


 グラミア軍遊撃中隊の最後尾を進むマキシマムの小隊先頭で、隊長に続くベルベットがこう述べ、さらに続ける。


「もともとゾグド人は大宋国の保護下にいたはずだが……これは勢力図が変化してきているのかもしれない……大宋国には岳飛虎崇ガクヒコスウ卿がいるが、彼は数年前から表舞台に出て来ていないと言うし、心配だ」


 彼女にルナイスが尋ねる。


「ベルどのに匹敵する魔導士……どうして消えてるんでしょうね? 死んだとか?」

「詳しくは知らないが、五年前に彼と手紙を交換した時、皇帝陛下が崩御して喪に服すと仰っていたから、それで隠れているのかもしれない。彼は不老の身体だから……一年、二年など一日、二日ほどしか感じてないのかも」


 ベルベットはそこでマキシマムを見る。


「つまり、大宋国の影響力が大陸中央に及びにくくなった……隊長、今回の異民族の集合の理由のひとつでしょうね。でも、これだけではない」


 マキシマムは歩きながら尋ねる。


「他にも理由が?」

「異なる民族をまとめあげた何者かが、大陸西方に目を向けた……」

「フン族の首領が?」

「いえ、違うでしょう。仮にフン族なら、彼等と仲が悪い他の民族が従うわけありませんよ」


 ここでそよいだ風が、山道を挟む木々の枝葉をくすぐってザワザワと音をたてた。それで兵達が周囲を警戒した。


「風だ。気配がない」


 ルナイスが兵達に伝えたと同時に、馬蹄の轟きを耳で捕えた。彼は視線を軍列前方に転じると、まだ小さい騎影を見つける。


「隊長、伝令」

「ん?」


 マキシマムが意識を伝令に転じる。その騎兵はみるみる接近し、そうしながら仲間達に呼びかけていた。


「前方に敵! 前方に敵! 大隊規模!」


 マキシマムが部下達に臨戦を命じた直後、ベルベットが赤い瞳に警戒の色を宿す。


「隊長、この中隊が狙われる理由はひとつしかない」

「あの、王女殿下ですね?」

「そうなのだ。彼女は殺されず移送されていた。そしてまた取り戻しにきた。つまり、異民族にとって彼女は価値がある。隊長、前に出よう。守って差し上げねばならないと思うのだ」


 マキシマムは頷き、隊に前進を命じた。




-Maximum in the Ragnarok-




 メニアムは隊列中ほどで敵接近の報告を聞いた。その時、彼は違和感に言葉にしていた。


「戦闘終了から一刻……すぐさま軍勢をかき集めて向かってきたとしたら、それだけ先ほどの奇襲が異民族の敵愾心を煽った? いや、違うな」


 彼は肩越しに、馬車を見た。そして隣の腹心に命じる。


「ラムダ、王女をマキシマム隊に連れていけ。そして王女を連れて逃げろと」

「は?」


 中隊の副長を務めるラムダ・ツィーガは思わず訊き返していた。まだ若いと肌艶と皺のない顔を見ればわかる。


「ラムダ、すぐに行け。敵の狙いはあの王女……だ。俺がすべきは、王女を敵に渡してはならない……為に行動すること……マキシマム隊にはベルベットどのがいる。ルナイス卿も。師団本営に逃げ込むようにと……お前も行け」


 ラムダは反論すべく口を開いたが、前方から聞こえる戦闘音で中断した。彼はすぐに身を翻し、中隊長の命令に従う。


 彼が馬車の扉を乱暴に開くと、王女レディーンが脅えた色で彼を見る。だが彼女は悲鳴をあげず、聞こえてくる悲鳴と怒声にも懸命に耐えて腰を浮かした。


「移動します。敵です」


 ラムダの言葉に、王女は頷く。彼女は僧衣の裾をつまみ馬車から外へと出ると、敵に向かうグラミア兵達と、彼等を指揮するメニアムの背を見た。


主神オルヒディンの加護を!」


 レディーンの声は小鳥のさえずりのようであったが、喧騒の中でもメニアムに届いた。彼は振り返らず、部下達に指示を出すことで王女に応える。


「前進! 伝令、斥候は騎兵となって敵に突っ込め! 時間を稼げ!」

「魔導士は派手にぶっぱなせ! 師団本隊の斥候がこれを知れば援軍が来る!」


 グラミア人達は隊列をそろえて敵に挑む。


 彼等は、北東方向から自分達に接近する異民族の軍勢が多勢と見る。兵数は五〇〇を下回ることはないだろう。そして、その部隊の他にも敵部隊はいるものと予想する。それは、地面を揺るがす振動が、大軍が蠢いていることを彼等に突きつけるからだ。


「主神智神オルヒディン! 我らに加護を!」


 メニアムは叫んでいた。




-Maximum in the Ragnarok-




「質問は後だ。今は逃げるぞ」


 中隊長の指示を運んできたラムダは、マキシマムを始めとする隊員達に鋭く命じる。彼の立場は中隊副長であるから、マキシマムよりも役職は上であり、彼が命じる立場である。


「ラムダ卿、ですが師団本営は前方……敵が来ている方向ですよ」


 マキシマムの指摘に、ラムダは苛立つ。


「わかってる! それでも逃げるんだ、今は! 俺達がさっさと逃げねば中隊長も撤退できないだろうが!」

「隊長、逃げるぞ」


 ラムダの怒声にルナイスの冷静な声が続く。マキシマムの副長は隊員達を眺め、頷くとある案を出した。


「俺が小隊を率いてグラミア本国方面に移動する。隊長はベルどのと王女を連れて、東へと向かった後に北上し師団本営に回りこむような進路を取ればいいでしょう」

「それで騙せますか?」

「人数がいるほうがこういう時は見つかりやすい。少数でも、ベルどのがいればそれは大軍と同じです」


 ベルベットが微笑み、王女とラムダを誘う。


「さ、参りましょうか。隊長、行きますよ」


 釈然としないマキシマムはそれでも一歩を踏み出せずにいたが、こんな時にあれこれと悩むのが最も愚かだと決めた。


「僕が先頭を行きます!」


 マキシマムは小走りで王女とベルベットを追い越して、ラムダに並んだ。


「ラムダ殿、僕の後ろに」

「後輩の背中に隠れることはできない」


 ラムダは、士官学校の二年先輩なのである。


 マキシマムは苦笑し、それならばと彼の後ろに続いた。


 四人は、山道から森へと入る斜面を登り、木々と草花が行く手を阻む先へと進む。その光景が、彼等に困難を予想させた。




-Maximum in the Ragnarok-




「神殿の……他の者達は皆、殺されてしまいました」


 王女レディーンが殺戮を聞かせる。


「僧兵を中心に戦いましたが、異民族は……人間だけではない者共も加わっていて、それはもう恐ろしく強かったのです。半刻もかからず神殿は制圧されて……」


 彼女の説明を受けて、マキシマムがベルベットを見る。


 魔導士で、学者で、医者である彼女に意見を求めた彼は、赤い瞳に不審が宿ったのを見るも、それは尋ねても良いものか判断がつかない。


 四人の進む森の中には道などなく、枝や葉をかきわけ草花を踏みつけて進むしかない。王女は慣れない徒歩と劣悪な環境で疲労困憊であったが、それでも懸命に進むものだから、たくしあげた裾から覗く白い脚は、草で切れて痛々しかった。


 蜂の羽音も、ここで聞くと不気味であるとマキシマムは眉をしかめる。見れば、少し離れた場所に大きな蜂達がたむろっていて、こちらを威嚇するかのようである。


 彼の首を流れる汗は、気温ばかりが理由ではない。


「王女殿下……」


 ベルベットが口を開く。


「……人間だけではない者共というのは、揶揄ですか? それとも見たままの表現でしょうか?」


 優しく諭すような口調の魔導士に、王女は少し微笑んだが、脳裏に描いた悪夢のような記憶ですぐに頬を振るわせ始める。


「あ……あれは人間ではありません。身体は大きく、角もありました。他にも……鋭い爪のようなものが生えた化け物……」


「隊長、異民族に召喚魔法を使う魔導士がいる」


 ベルベットの意見にマキシマムは目を見張る。それは、彼女の予想が事実であった場合、ベルベットに匹敵するほどの魔導士が敵にいるという意味だからだ。


「ベ……先生、今は四人だけです。いつもの呼び方でいいですよ」

「そういえば、不思議だ」


 ラムダが肩越しに三人を眺めながら、それでも脚と手を動かし続けて進みながら言う。


「マキシマムはベルベットどのとどういう知り合いだ? 羨ましい」

「家庭教師をしてくれていたんです。五歳の頃から……士官学校に入る十五歳まで」

「はぁ……それでか。ベルベットどのは教え子を守ろうと軍に?」

「教え子……と言うにはマキは大事すぎる」


 ベルベットの言葉にマキシマムが苦笑し、ラムダがいぶかしむ。彼等はだが転倒した王女で会話を止めた。


「背負います」


 マキシマムがレディーンを背負う。彼にしがみつく王女は、気の毒なほど疲労していた。囚われの身となり、今はこうして逃亡しているのだから無理はないだろう。


 最後尾を歩くベルベットが、三人に聞こえる程度の声量で話す。


「召喚魔法を使える魔導士は、四人しかいない。一人はわたし……」


 彼女の声は重い。


「……大宋国の岳飛虎崇ガクヒコスウ卿、ウラム公爵ドラガン卿……わたしの母であるレニン・シェスター」

「そういえば……」


 マキシマムはある事を口にする。それは、ベルベットの口からレニン・シェスターという名前が出たからだった。


「お母様は見つかったのですか?」

「……いや、三年前にアルメニアを出奔してから行方不明のまま……なのだ」


 ベルベットの母親であるレニン・シェスターは、深紅の魔導士とも呼ばれる大陸最高の魔導士である。彼女はアルメニア王国の首相として辣腕を振るっていたが、三年前に首相を辞し野に降ると姿を消した。誰も行方を掴めておらず、それはベルベットも同じである。


「ま……あの人は情勢に興味はないから……異民族に与しているとは思えない」


 ベルベットの言葉に、ラムダが反応した。


「ならば、岳飛虎崇ガクヒコスウ卿しかおりませんが、もしかしたら、四人が五人になってることもあるのでは?」

「そうだな……術式を理解できて、魔力が必要な強さに足りていれば魔導士であれば誰でも使えるのが召喚魔法だ」


 その必要とされる魔力が膨大であるがゆえに、使える魔導士が少ないとマキシマムは知っている。そして、自分も使うことはできるが、ベルベットに禁じられているとも。


 過去、マキシマムが召喚魔法を使えるだけの魔力を秘めていると見たベルベットは、召喚魔法を使う敵への対抗手段として彼に教えていた。


 思考するマキシマムは、どこかで鳥達が一斉に羽ばたいたと耳で捉えた。


 ベルベットは周囲を見渡し、「念には念を入れるか」と呟き右手をひらひらと動かす。すると魔法で作られた光の小鳥が五羽、音もなく彼女の周囲を飛び回り始めた。


「近づく者は全て知らせて」


 彼女の声に小鳥たちが反応する。


 一斉に離れた魔法の鳥達は、すぐに異常を彼女に知らせた。


「……まずいな。直線距離で二〇〇デールも離れていない後方に敵、南方向にも……わたし達の位置がばれているのか?」


 ベルベットは歩を速め、マキシマムに背負われる王女に尋ねる。


「奴らから、何かされておりますか?」


 赤面するレディーンは、消え入るような声で答えた。


「……裸にされて……背中を切られました……少しだけ」

「失礼します……そのまま進んで」


 彼女はマキシマムとラムダに言い、歩きながら王女の僧衣をまくしあげていく。すると、白い肌が美しい背の一か所に、小さな切り傷があるとわかった。


「少し痛みますが、耐えてください」


 言うや否や、ベルベットは腰の短剣を抜き、塞がりかけた王女の傷口に刃を滑らせる。


「あ!」


 痛みで声を出したレディーンは、傷口から何かを摘まみだされたと感じた。


「これだ」


 ベルベットは、王女の血に濡れた種を見て吐きだすように言う。


「魂縛の呪法……マキ、ラムダ殿、急ごう」


 彼女は、種を地面に投げ捨てた。


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