世迷言
「マキシマム殿、そう落ち込むな……こちらまで気分が滅入ってしまう」
メドゥーサの言葉がマキシマムの表情を厳しいものへと変えた。
彼女はウラム公爵軍へ帰還するが、そこにマキシマムとガレスを誘った。というのも、マキシマムがこのまま任務に戻れそうもないほどに憔悴していたからだ。彼女は護衛にという名目で二人を誘い、彼らに承知させやすくしてやったのだが、それほど、マキシマムは危ういと感じられた。
メドゥーサは事情をガレスから聞かされた。
見えない化け物から逃げる為に、二人はテュルク族にその場を任せたのだが、彼らを助けた彼女達が皆、助かってはいないだろうと。それ以降、マキシマムは心ここにあらずという様子なのである。
オルトゥールから南西へと向かう街道を馬で進む三人。
先頭を進むガレスは視線を周囲に散らしながら不届き者が出ないかと警戒しつつ、背後のマキシマムを案じている。
彼はこれまで、マキシマムのような士官学校出の青年を少なからず見てきた。おおよそ彼らは、兵士達を見下し、命令するのが当たり前のような態度をとる。敬礼をされるのが当たり前のような表情をする。だがマキシマムにはそういうものはなく、また戦いとなれば勇敢だった。だからガレスが思うマキシマムの欠点――甘いおぼっちゃん的思考があろうとも、一緒に戦いたいと思える相手だと言える。いや、そういう短所があるからこそ、そう思えるのかもしれないとガレスは結ぶ。
ゆえに彼は、上官にあたる青年に慰めをかけない。
一人で納得するしかないという、ガレスの経験から得た解決策をもっているからだ。それは時間がかかろうとも、そうするしかないという諦めも含まれている。なぜなら、マキシマムはこれから、似たような状況に何度もぶち当たる。その度に周囲に気を遣われるような人間になるか、一人で立ちあがるか、今の対応で決まるとガレスは予感していた。
そのガレスを、メドゥーサは冷たいと感じたから声をかけたのだが、マキシマムは無反応に見えた。彼女は肩越しにマキシマムを見る。すると相手は、くいしばるような表情へと変化を見せただけで返答をしない。
メドゥーサは先頭のガレスに会話の相手を変えた。
「彼はいつもこうなのか?」
「ええ……俺の知っている限りは」
「情けない隊長をもって大変だな?」
「いえ、弱くないですよ、隊長は」
「戦いのことを言っているのではない」
「戦いのことを言ったわけじゃないですよ」
メドゥーサは苦笑した。
彼女は、どうしてか部下から慕われているマキシマムがおかしい。
普通、ガレスのような兵士は、マキシマムのような弱さを見せる隊長を嫌うものだ。
「ガレス殿、一度、本軍に合流すべきだな……お館様への報告を終えたら、一緒に還るがいい」
「しかし、ウラム公の軍に我々が入ると、姫君もそこにいるからよくないのでは?」
「お館様がおられる限り、魔法戦で遅れを取ることはない」
「……あのベルベットどので――」
「大先生は偉大な御方だが、軍と軍、組織と組織で戦う場合においては、お館様のほうが慣れておられる……そなたも兵士ならわたしの言うことはわかるな?」
「わかりますがね……恐ろしいんです。俺は」
ガレスは正直に言う。
「あいつらみたいな……化け物を相手に一度、二度、三度目か? よく生きていると自分で思いますよ……人間があれに勝ちきれますかね?」
「召喚魔法を使う敵を倒せば済む」
「そうは言いますがね……じゃ、どこにいるんです、そいつは? えっと……あの黒い奴」
ガレスは一度、岳飛虎崇を見たことがある。黒い外衣と甲冑をまとった黒髪の黄色人種は、彼からみて黒い奴という表現の他に言いようがなかった。
「あ……」
メドゥーサが声をあげる。
ガレスは、彼女が声をあげた理由をわかっていた。
前方に、ウラム公爵家の軍旗を掲げた騎兵の集団が姿を現し始めたからだ。黒地に赤い蛇と鷲が描かれたウラム公旗をさらした彼らは、先頭を駆ける指揮官によって一糸乱れぬ統率を見せている。
「お館様……速度を落とせ」
メドゥーサが馬の速度を落とすように二人に告げた。
砂塵を後方に、騎兵の集団が三人へと一気に近づく。
ガレス、メドゥーサ、マキシマムの順で馬から降りると、ウラム公爵騎兵連隊の指揮官がひらりと地上に飛び降りる。
ガレスは無意識に膝をおった。そうしてから、彼は自分が膝をついていることに気付いて少し驚く。
「ご苦労、メドゥーサ。土産は護衛をつけて本国に送った。よくやった」
「お褒め頂き恐縮です」
ガレスは、ウラム公爵ドラガンを初めて見る。蛇目という奇病に患っているドラガンは、爬虫類を連想させる不気味な目でガレス、マキシマムと捉えた。
「お前らが国軍の?」
「……マキシマムと申します。部下のガレス」
マキシマムがオルトゥールを出て初めて声を出す。
ドラガンが相手の名前に反応を示した。
彼はマキシマムを見定めるように眺め、母親にそっくりだという感想を得た。そして、小男の血は髪の色だけだなと薄く笑う。そしてこれまでの仕返しで、ここで全てをばらしてやろうかという悪戯心を抱いたが、その後が恐ろしいと思い、懸命に自制した。そして、我慢できるうちに消えてもらおうと決めて口を開く。
「マキシマムとやら……国軍へ帰還されよ。将軍が軍を率いて国境を越える。馬で駆ければ二日だろうよ」
「……ありがとうございます」
ドラガンが部下に目配せした。
騎兵の一人が、懐から地図を取り出し、ひざまづくガレスへと放る。
ガレスが受け取り広げると、そこには国軍の侵入経路と、野営地計画などが記されている。
マキシマムが無言で一礼し、馬に乗る。ガレスも彼に続いた。
離れて行く二騎の背を眺めるドラガンは、メドゥーサに笑う。
「あの国軍の若造、心ここにあらずだがどうした? 化け物相手にびびったか?」
「いえ、実は……」
メドゥーサが事情を説明する。
ドラガンは両目をすっと細め、改めてマキシマムの背を見ようと視線を彷徨わせたが、二人はすでに粒のように小さくなっている。
「ふむ……己の為に誰かが犠牲になる……これを受け止めることができねば、先はないゆえな……しかし、そういう思考ができるのは良いことかもしれない。偉そうな奴はだいたいが早死にだ」
「? どういう意味ですか?」
「メドゥーサ、俺は質問を許していない」
ドラガンの厳しい声に、メドゥーサが深く一礼した。
「思わず声に出していた……な。すまんね。癖だ。彼らのことは他言無用だ」
ドラガンはメドゥーサを誘い、馬上となる。
-Maximum in the Ragnarok-
グラミア国軍がヴェルナとの国境を越える前夜、マキシマムとガレスの二人はその野営地に入った。そして予想だにしない大軍であると知って驚いている。
ガレスはこれまで多くの戦闘に参加したが、グラミア保護下にある東方異民族を助ける為であるとか、フェルド諸島の内戦に介入する一個師団に編入されていた過去などと比べても、今回の規模は大きいと感じた。
篝火の数も相当なもので、一万を超える軍勢の野営地はこれほどかという感嘆でガレスは馬から降りた。
「隊長、報告、行きましょ」
「……ああ、ガレス」
「はい?」
「ごめん……情けない上官で」
「わかってますよ、情けないってことは」
「……」
二人へと兵士が駆け寄り、馬を預かってくれた。
ガレスが自然とマキシマムの後ろにつき、二人は夜営地の中を進む。馬防柵を何重にも広範囲に巡らした陣地は、兵達が休む大量の幕舎と、警備にあたる者達の多さで賑やかだ。夜であっても明るいほど、大量の篝火が焚かれている。
伝令部隊の者が、二人に声をかける。
「偵察から帰還か?」
「第一師団遊撃大隊〇七分隊長マキシマムです。報告が」
「大一師団はギブ閣下のところへ」
「? はい」
いつの間にか師団長が変わっているとマキシマムは不審に思う。
「隊長、師団長変更の件、知ってました?」
「いや、だって一緒にいただろ」
「ですよね……」
二人は訝しみながら野営地の中心部へと向かう。途中、士官候補生達がいて、その中にマーヴェリクの姿もあった。
戦場に来たのかと、マキシマムは辛くなる。
マーヴェリクもマキシマムに気付いたが、警備中ということもあってお互いに目配せだけで別れる。
本部幕舎へと入ることを許可されて、マキシマムだけが進む。ガレスは、外で待った。
居並ぶ高級士官達と将軍職に就く者達の中心に、長身でしなやかな体躯を誇るダリウス・ギブがいた。彼はすぐにマキシマムに気付き、これまで聞いていた内容から無事でよかったと思いつつも、勝手な行動をまずは叱ろうと決める。
「〇七分隊長マキシマム・ラベッシ、ここに」
ダリウスの声に、マキシマムは背筋を伸ばした。
ラベッシ村で会うダリウスと、目の前に立つダリウスは別人のようだとマキシマムは思う。
「聞いた。ヴェルナ王国のレディーン王女の件だ。お前の部下から聞いた……勝手に動いた結果、運よくうまくいったに過ぎないことは理解しているか?」
「……はい。申し訳ありません」
「臨機応変という言葉がある。それは俺も知っている。だが、無謀という言葉もまた知っている。お前はまず、テュルクを使って我々に報告した後に、指示を待つべきだった……違うか?」
「仰るとおりです」
ダリウスは意気消沈しているマキシマムの様子に、反省とは違う理由でこうなっていると感じた。それは勘だが、彼は自分の勘に自信があった。
「ちょっと来い」
ダリウスがマキシマムを誘う。
周囲の者達から向けられる視線に晒されてマキシマムはダリウスに続く。
幕舎の裏口から出た時、ダリウスは自分が使う幕舎へと彼を誘う。グラミア王国の筆頭将軍であるというのに、狭い空間で二人は向き合った。
「お前、どうした? 何があった?」
「……おじさん、僕は……僕のせいで……」
「お前のせいで?」
「僕のせいで……また大勢が死んだ」
「化け物が出たんだ。当たり前だろ?」
ダリウスは嘘をついた。思っていないことを、口にしたのである。
「当たり前? 当たり前ですか?」
「そうだ……」
「なら……なら僕には無理です。僕は……僕はこんなに人が死ぬなんて知らなかった!」
「戦争に行ったことがなかったんだ。当たり前だ」
「僕は……大学に入りたいだけで……人を殺して……仲間に死なれて……」
「理由は様々だ。兵士一人ひとりに理由があるが、俺はそういうのは考えない。上に立つ限り、そういう理由は無視だ」
「おじさん……でも僕は無視できないんです。もしかしたら、ガレスまで死んでいたかも……パイェがもしかしたら……いや、あのヴェルナの人達にも家族が……テュルクの人達にも」
「テュルクを犠牲にしたことを悔やんでいるんだな?」
「……」
「それまで誤魔化していたことが、溜め込んでいたことが、テュルクを犠牲にしたと知った瞬間、あふれ出したんだな?」
「おじさん、僕は……人殺しにはなれない」
ダリウスはマキシマムを見つめる。
幼い頃から知っている相手は、懸命に涙を溢すまいと堪えていた。
「マキ……俺は人を殺すことに慣れているからお前の考えはよくわからん――」
ダリウスはまた嘘をついた。
「――が、俺がそれをしなければ、俺の知り合いや家族が悲しむかもしれない。俺は自分が彼らを守りたいから、戦う。敵を倒す……だから、お前の言うそういう気持ちは甘い世迷言にしか聞こえない。軍に入ったお前は、知らなかった、わからなかったと言えない立場だ、今は」
「……」
「嫌なら辞めればいい。誰かに強制されているわけじゃない。村に帰って、農場を継ぐことを考えればいいんじゃないか?」
「……」
「結局、お前は言い訳で軍に入ったから苦しんでいる」
マキシマムは喉を鳴らした。
ダリウスの表情は、暗いものだ。
「お前はあの村から出たかった。違うか?」
「……あっています」
「どうしてそう思ったのかは俺にはわからないが、大学に行きたいといきなり言いだし、話し合いを拒否して村を飛び出し士官学校に飛び込んだお前は……いや、両親の味方をしようとしてるんじゃない。俺がこう思うってことだけだ」
「はい」
「お前は、お前にとって生きづらかった村を出る言い訳に大学を使った。学費の為に軍にいるから……なんとかなる、たった三年だと甘い読みをしていたから、今、苦しいんだと思うが?」
「……」
ダリウスはマキシマムの反応を見て、あることを決めた。
「お前、キアフに帰れ」
「え?」
「そんな状態で戦闘に出たら死んじまう。俺は二人に恨まれたくないし、俺もお前に死なれたくない」
マキシマムは、ダリウスが言う二人とは両親のことだとわかった。
「戦闘に参加し、戦死するなら仕方ないが……今のお前は参加する前から戦死しそうだ。そんな奴、出せない。お前の周囲も危なくなる」
ダリウスは、話は終わりだと立ち上がることで告げた。




