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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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守られる者

 ヴェルナ王国の都オルトゥール。


 その中心にある王宮では昼間だというのに騒動が発生した。王宮の警備を担当する部隊はあたふたと動き回り、対グラミアに集められていて都郊外に集結していた軍勢も城壁内へと急ぐ。彼らは詳細を知らされないまま、ただ王が危ないとだけ聞かされていた。


 慌てる士官達と、従い動く兵士達。


 だが、王宮から逃げ出した官僚や兵士達が彼らの移動を阻む。


 どけ、お前がどけと罵り合う。


 そんな中、王宮の深部で近衛兵達に囲まれていた国王夫妻は、近くにいた王子を連れて我先にと逃げ出していた。秘密の地下通路から、オルトゥール市街地の外にある小さな礼拝堂に繋がる通路を抜けて、護衛達に守られて離宮のひとつへと向かっていた。


 レディーンは、それを知らない。


 だが、両親や家族の身を案じることよりも、彼女には目の前の危機を脱することと、マキシマムの無事を祈ることが大事であった。


 姫君は、化け物相手に戦いを挑む青年の背中を眺める。


 だが、ウラム公爵兵に促される。


「御身をお預かり申す。大丈夫。我々は貴女を害しませぬ」


 レディーンは、自分がいては邪魔だと理解する。


「頼みます」

「は……メドゥーサ様! お先に!」


 王女を連れて離れる彼らに、メドゥーサは魔法発動で応えた。


 彼女は、不気味な女が王女を守る兵士五名を狙って放った氷槍を結界で防ぐ。そして、間に割って入るように駆けると、仁王立ちして声を張り上げた。


「わたしを殺せば追えるぞ! 化け物!」


 化け物は、舌打ちを発した。


 その姿はさらに不気味さを増していた。肌は黒く変色し、それは浮かびあがる血管の色であるとわかる。


 ガレスがマキシマムを掩護する。


 彼は、隊長が攻撃に専念できるよう、斬撃を繰り出す動きで敵を誘った。


 マキシマムは、部下に気を取られた化け物に接近する。


 ベルベットから教えられた魔法――武器に魔力を込める技は、彼の体力と精神力を著しく奪う。それは慣れていないからと、物質に魔力を留めることがとても難しいからである。だから彼は、逃亡中は使うのを躊躇った。


 しかし今は、ここで決めねば敵が増えるとわかっている。


 テュルクが相手をしているだろう、見えない敵がいるからだ。


 マキシマムの長剣は、ガレスの斬撃を防ごうと体勢を変えた化け物の死角から放たれていた。斜め下から斬り上げる動きは一瞬だった。


 彼の魔力は、赤い残光で斬撃の軌道を彩る。


「ナ……?」


 化け物は、ガレスを睨んだまま動きを止める。


 ガレスは、化け物の爪で傷つけられた左腕を庇うように後退した。裂傷は深くないと、彼は声で主張する。


「隊長! とどめを!」


 マキシマムの長剣が一閃される。


 深紅の螺旋が描かれた後、不気味な女の頭部が、ごろりと地面を転がった。


 メドゥーサは直感を信じ、結界で二人を守る。


 首無しの女が、空気の刃を発動していた。それがメドゥーサの魔法にぶつかり、衝撃でマキシマムが吹き飛び、ガレスにぶつかり、二人はもつれて転がり地面に伏す。


 土煙と、不気味な笑い声が湧き起こる。


 地面に転がる女の頭部が、笑っていた。


「クカカカカ……」


 首無しの女が、自分の頭部へと走り、掴むと脇に抱える。


「ヒューマノイドどもめ……」


 女の吐きだす言葉の意味を三人は理解できないが、よくない意味だという理解はできた。


 女は、姿が見えなくなったレディーンを探そうと視線を彷徨わせたが、見つけることができないと諦める。そして、この失敗は主の叱責を受けるだけでは済まないだろうとわなわなと震えた。


 彼女は邪魔した三人を、視線だけで殺すかのように睨むと、背後に到着した仲間に言う。


 三人には姿が見えない存在が、不気味な女に問いかけた。


『シッパイしたのか?』

「ザンネンだが、イイワケのしようガない」


 マキシマムは女の言葉で、彼女の仲間が近くにいると緊張する。その時、眩暈に襲われてぐらりと揺れた。


「お前! 姫君をどうして狙っている? 異民族は何故、彼女を欲する?」


 メドゥーサの問いに、首無しの化け物は、自分の頭部を首に乗せながら答える。


「リユウはどうあれ、オマエたちがあのムスメをもってイルかぎり、ワレワレにオビエつづけるコトにナルぞ。サシダスならばオワリにしてやる」


 メドゥーサは鼻で笑う仕草を返答とした。


「またアオウ」


 不気味な女は言い、魔法を発動させる。


 女の足元が怪しく輝き、光る紋様が浮かび上がる。そして一瞬後には、女の姿は消えていた。


「転送魔法か……」


 メドゥーサは、化け物が高位の魔導士であると認めた。


「隊長――」


 ガレスが左腕の負傷箇所を手で押さえながら言う。


「――俺達の顔はばれてます。俺達が尾けられた場合、姫君の居場所がばれます。幸い、あちらは姫君を見失っている。このまま、合流せずにいましょう。あいつ、きっと俺達を追えば、姫君と会うと思っています。だからああして、姿を消してみせたんだと思います……姫君が安全な場所に入るまで、別々に動きましょう」

「わかった。ガレス、大丈夫か?」

「大丈夫。縫わないといけないでしょうがね」


 メドゥーサが反応する。


「処置をしよう」

「医者?」


 ガレスの問いに、彼女は頷く。


「医者でもある。大先生には魔法と医術を教わっている。マキシマム……殿、貴公は大先生……ベルベット様の弟子だな?」

「ええ……ご存知で?」

「わたしはウラム公爵家の者だ。わたしの主はドラガン様だ。お館様の師がベルベット様であられる。それより貴公……あの魔法は、使い慣れてないようだ……危ないぞ」

「武器に魔力を込めること?」


 メドゥーサはここで、マキシマムが赤面したことで自らの乳房が露わになっていたと思い出した。化け物に衣服を裂かれたせいで、彼女の白い肌が晒されていたのである。


 メドゥーサは手で胸を隠して口を開く。


 それをガレスが残念がったが、二人は気付かない。


「マキシマム殿、汗ひとつかいておらぬが、かけぬのであろう? 寒いのではないか?」

「……ええ」

「実戦で使ったのは初めてだろう? どんな魔法にもいえることだが、力の制御は慣れねば無理だ。練習が必要だな……ガレス殿、腕を見せてもらえるか」


 ガレスは、メドゥーサの胸をのぞけないかと期待したが、彼女は破れた服を胸の前で結んで止めると露出を最小化する。


 ガレスは、谷間を拝めることで妥協した。




-Maximum in the Ragnarok-




 王宮の混乱は鎮まらない。


 その中で、マキシマムはテュルクと別れた王家の居住館へと向かった。通路を抜けたそこで、彼は彼女達を見つけられると思っていたが、畏まる一人の黒装束が三人を迎えるのみであった。


 片膝をついた黒装束は、別の理由でそこにいたものと推測できる。


 彼女は、マキシマムの姿を見ると慌てて平伏した。


「他の人達は?」


 マキシマムの問いに、テュルクの女が答える。


「役目を果たしました……死体がここにあればまた騒ぎになりますので、すでに運びました」


 ニカーヴで顔を隠した相手の言葉に、マキシマムは愕然となる。


 ガレスが、床に残るかすかな血痕を見て、テュルクの女に視線を転じた。


「すまない」

「いえ、役目でございます」


 テュルクの女は、声で若いとわかる。


 ここで、複数の兵士が彼らに駆け寄ってくる。メドゥーサが舌打ちの後に声をあげた。


「ウラム公家の者だ。使者として滞在していた! 混乱の中で! 逃げていたらここに出たのだ! 怪しい者ではない」

「! 失礼しました」


 マキシマムは、テュルク族に早く逃げろと言うべく視線を転じる


 女は、姿を消していた。




-Maximum in the Ragnarok-




 グラミア王国の王都キアフは、東西南北を巨大は城壁で囲まれた王宮を中心に市街地が形成されている。もともとは小高い丘に城が築かれ、その周辺に人々が集まり、次第に都市へと成長し、現在にいたる歴史がある。それは市街地を幾層にも円を描くように分断する防御壁が語っている。


 防御壁の内側だけでも人口は二〇万人を超えていて、数年前から減少しているとはいえ東西横断公道シルクロード上の重要な拠点である。防御壁の外側にはいくつかの集落や村が点在し、農場や牧場が営われていて、都市圏の人口は三〇万人に届こうかという巨大なものであった。


 そのキアフにおいて、市民達が王宮から北へと伸びる大通りに集まり始める。王宮から外側へと伸びる八本の大通りは第一参道から第八参道と呼ばれていて、皆が集まる大通りは第四参道であった。そして市街地を、円を描くように分断するいくつもの防御壁に沿って走る環状通りも、第一から第八まであり、この時、市民達が人目観ようとぞろぞろと街へと出た原因である人物は、第四参道と第五環状通りが交差する交差点にいた。


 正確には、その場所を通りかかった、と表現すべきか。


 ダリウス・ギブは空のように青い甲冑をまとい、白いマントを羽織っている。左手で手綱をつかみ、右拳を腰にあてて馬を進める堂々とした姿を人々は眺め、ヴェルナが支払う裏切りの代償は高くつくだろうと期待した。


 グラミア王国軍は、後方支援を含めると一万に及ぶ大軍を動員している。


 騎兵三個連隊一五〇〇。


 彼らは全て軽騎兵で、馬上槍と矢避けの盾、鐙には替えの長剣二本を装備しているのは同じであるが、二個連隊は弩、一個連隊は火砲を携帯している。


 歩兵一〇個連隊六〇〇〇。


 突撃兵二〇〇〇、重装歩兵一〇〇〇、長弓兵一〇〇〇、工作兵一〇〇〇、魔導士一〇〇〇といったところだ。


 後方支援連隊二〇〇〇は、兵站維持や負傷兵の治療にあたる従軍医術者、天候予想士や測量士などの士業の者達が含まれる。


 憲兵一個大隊二〇〇は、軍監長レニアス・ギブが自ら率いた。彼はダリウスの舅にあたり、イシュリーンの王女時代は筆頭将軍を務めていた人物である。


 士官候補生を中心とした予備連隊五〇〇は、経験を積ませるために同行する意味合いが強い。これはダリウスに、全く負ける気がしないから雛達に戦場を教えてやるかという考えがあることを示していた。


 歓声の中を、グラミア王国筆頭将軍は馬を進める。長い軍列は、先も終わりも見えない。


 グラミア軍が、ヴェルナへと向かう。


 レニアスが、馬を婿に寄せて声をかける。


「これほどの動員はひさしぶりだ……懐かしいな」

「二度とないことを祈っておりましたがね」

「……はは……兵達の前では言うなよ」

「当たり前です」

「で、若君はどこにおるか把握しておるのか?」

「……詳細までは……偵察隊に配したのでまあ、そう危険はありませんでしょう」

「戦争に安全な場所はない。お前らしくもない」

「……失礼しました」

「何かあると事だ。次からは近くに置いてはどうか?」

「……一考します。ですが、そうなると明かす時期が早まりますね」

「陛下は……」


 レニアスが青い空を見上げて言う。


「……どうして隠すのだろう?」

「岳父殿……おそらく陛下は、ご自分が選べなかった道を奪いたくなかったのでしょう」

「選ばなかった道?」

「普通の……一人の人として生きること、ですよ」


 ダリウスはそこで、肩越しに王宮を眺めた。


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