君を助ける。
マキシマムは長い一本道の通路を進んでいた。
ヴェルナ王家の者達が暮らす王宮居館へと続く通路である。左右は格子のはめられた窓で、外は庭だ。手入れの行き届いた様子が、視界の端に見える。
途中、宮中で働く女が彼に一礼する。
「姫様がおわすのは二階、奥の室でございます」
それだけ告げた女は、次の瞬間、姿を消していた。
彼が驚き振り向くと、女の背は数歩先にある。それで彼女はテュルクだとわかった。
「ははぁ……そういうことか」
ガレスの言葉に、歩くマキシマムは反応する。
「どういうこと?」
「こちらが一瞬でも視線を外した瞬間に、彼女らは動いているんですよ。俺、ずっと観察してたんです。わざと……すると、隊長が頷いた瞬間、彼女は身を少し屈めて隊長の視界から消えて、滑るように俺達と入れ替わった」
「……よく見えてたね」
「意識しないと、見えないでしょうね、あれ」
二人は居住館に入り、正面階段を見上げる。廊下は左右にも続いていたが、彼らには用がない。
そこで、二階から一階へと下りてきた男女三人が二人の前に姿を見せる。
瞬間、男に挟まれていた女が声をあげた。
「マキシマム殿」
「!?」
驚くマキシマムは、宮仕えの服を着る女が、実はまだ少女で、さらにレディーンであると知った。
ガレスが瞬時に動いていた。
彼は、女の左右にいた男達が、腰の剣を抜くのを見た瞬間、一人に体当たりをくらわせる。
「隊長!」
マキシマムが弾かれたように動く。
彼は、レディーンの手を引き駆け出す男を追っていた。
レディーンが男に抵抗し、マキシマムが追いつく。
彼は長剣を鞘から抜き放ったと同時に、レディーンの手をひく男に斬撃を浴びせた。
数秒という短時間で、マキシマムは男からレディーンを引き剥がす。
ガレスが、残る男の攻撃を剣で防ぎ、マキシマムの横に後退してきた。
「隊長!」
「レディーンどの、これは?」
問うマキシマムは、答えられない姫君から意識を転じる。
立つ男が、二人に切っ先を向けて叫んでいた。
「返せ! お前達も殺されたくないだろ!? 殺される! このままだと喰われる!」
「何だ!? ヴェルナの人間じゃないな!?」
「いいから返せ! 早――」
男の怒声が途中で消える。
マキシマムは、男の身体が宙にふわりと浮くのを見た。
ガレスは、宙に浮かんだ男が、腹部で上下に真っ二つに裂かれたのを見る。
レディーンは、裂かれた男の身体から、血液と内臓が床にばら撒かれる光景に喘いだ。
咽かえるような濃く悍ましい異臭が、三人の鼻孔を汚した時、姫君は耐えられず叫んでしまった。
「いやぁああああ!」
「レディーン! これはなんだ!?」
「隊長! 後で! やばい!」
ガレスは、見えない何かがいると勘付く。
彼は、二人を守ろうと前に出た。
刹那、彼は右方向に現れた煌めきに驚く。そして、考えるより早く長剣を振るった。
ガツンという衝撃で、ガレスが吹っ飛ぶ。
彼は痺れる腕を無視して懸命に体勢を整えた。
マキシマムがレディーンの手を掴む。
「逃げる!」
彼の声に、ガレスが駆けることで承知と伝えた。
ここで、音もなく数人の女が現れた。
皆、黒装束をまとっており、その中にサヴィネもいた。
「お逃げください。時間を作ります」
マキシマムは走る。
レディーンを連れて駆ける。
彼女は、懸命に彼に続く。二人の手はしっかりと結ばれている。
ガレスが最後尾を、背後を気にしつつ逃げる。
一本道の通路が長いとマキシマムは焦った。
三人を逃がしたサヴィネは、自分達以外にもヴェルナ王宮に潜り込んでいた者達がいたのかという驚きを禁じ得ない。なぜなら、全く察知できなかったからだ。
そして、まさか同じ時期に、姫君が目的であったと気付いて動揺していた。それでも、彼女は部下達に命じた。
「マキシマム様の為に死になさい」
サヴィネの命令に、女達はそれぞれの武器を構える。
サヴィネは、視線を左右に散らした。
何かが動く気配がする。
それは、彼女らを無視して三人を追う動きだった。
サヴィネは通路と居住館を繋ぐ場所へと跳躍し、見えない何かとぶつかる。
テュルクの女達が、サヴィネを掩護しようと殺到した。
-Maximum in the Ragnarok-
マキシマム達の姿は目立つ。
王宮内はヴェルナ人だらけで、官僚や警備の兵達が溢れている。
たちまち騒ぎとなった。
マキシマムは、逆にこれでいいと思ったが、庭へと出たところで状況は一変する。
それが、いたからだ。
裸身の女は、黒い長髪を手で梳きながら現れた。白い肌はみずみずしく、女性も羨む均整の取れた四肢を誇るように顎を反らした。
警備の兵達がわらわらと集まってくる。
マキシマムが、彼らに説明しようと口を開きかけた時、裸身の女が笑った。
美しかった顔は、口が裂け、目は窪み、歯は鮫のように鋭く変化し恐ろしいものへとなる。
「隊長、化け物……」
「異民族の手先か」
「隊長、逃げてください」
「……らしくないことするなよ」
「……」
「マキシマム……」
レディーンが、マキシマムに言う。
「わたしに用があるのです。わたしが彼女についていけば大丈夫です」
「……助けます」
「でも、もう誰かが自分のせいで――」
「君を助ける」
マキシマムは繰り返した。
レディーンにはそれで十分だった。
そして、それは不気味な女にとっても、である。
化け物は、マキシマムとガレスを邪魔者と認めた。そして、わらわらと現れるヴェルナ兵達もまた、自分を邪魔する者達だとわずらわしく感じる。
「シュさま二オシカリをイタダクにしても……ウツワをモッテかえらねばナぁ」
金属がこすれ合うような雑音混じりの声を発した女は、騒動を沈めようと集まってきたヴェルナ兵達を睥睨し、一瞬で動いていた。
兵士の一人は、突然、目の前に女が立っていたので驚く。そして、パカリと開いた彼女の口が、自分の視界を遮るまで思考は停止していた。
その男の隣に立っていた兵士は、同僚の頭部を噛み喰らった不気味な女が、返り血と脳みそで身体を汚しながら自分へと視線を転じるのをただ眺めるしかできなかった。
「ハジメからコウすればヨカッタ。ウマクやろうとスレバじゃまがハイル」
「皆殺しにする気か」
マキシマムは化け物の意図に気付き、ガレスに言う。
「後ろから姿の見えない奴、前には不気味な女……ガレス、突っ込んで逃げる」
「どっちへ?」
「前。ヴェルナ兵には悪いが、壁に使える!」
マキシマムがレディーンを引く。
王女は、悩むのは後だと諦め彼に続いた。
ガレスが、長剣を不気味な女に投げる。
女は、剣を躱しもせず受けた。そして、自分の胸に刺さった剣を手で引き抜き、黒い血液を傷口から溢れさせながら長い舌で剣を舐める。
ヴェルナ兵達が悲鳴を連ねる。
わっと逃げ出した彼らと、走る三人が交錯する。
女が、右手を伸ばした。それは、本当に伸びたのだ。
蛇のようにうねった彼女の手が、ヴェルナ兵達をすり抜け、レディーンの脚を掴む。
ガレスが腰の短剣を抜き、姫君の脚をとった女の手を裂く。
転倒しかけたレディーンを、マキシマムは抱きかかえるようにして助けると、そのまま走る。
「昼間なのに化け物かよ!」
ガレスの悲鳴。
逃げるマキシマムは、レディーンを抱きしめる腕に力を込めた。
-Maximum in the Ragnarok-
ウラム公爵家の使者としてヴェルナ王宮を訪問したメドゥーサは、返答をきく為に滞在していたところ、王宮内が騒がしいという部下の報告に首を傾げる。
「宮中で内紛?」
「は……おそらく。兵達がうろたえ収拾がつかぬ様子」
「様子をみよう。ついて参れ」
彼女は部下達を従え、迎賓館から外に出る。王宮主塔の方向は大混乱のようで、逃げ惑う官僚や兵士達で溢れかえっていた。
「内紛にしてはおかしい。王を狙うなら騒動はもっと内宮の方向ではないか?」
「露見するのが早かったのでは?」
メドゥーサは部下の指摘に納得できず、疑問符を頭に浮かべたまま逃げ惑う人々を眺めた。彼らは外へと向かっていて、混乱を収めようという者はいない。
そこで、彼女はおかしな四人を見る。
青年は少女を抱えて走っている。
その後ろを、守るように駆ける男。
そして、彼らを追う不気味な女。
「あの女、人間ではないな」
メドゥーサは、異民族が召喚魔法を使ったのだと推測した。
「おい! こちらに来い! 助けてやる!」
逃げる青年に叫んだ彼女は、部下達に抜剣を命じた。ウラム兵達は「やれやれ」と愚痴りながら剣を持つ。
逃げる青年――マキシマムは、相手の正体がわからないまま従う。誰でもいいから手伝ってくれというのが、彼の本音であった。
マキシマムが叫ぶ。
「この女性はレディーン王女! あの化け物! 王女を狙ってる!」
メドゥーサは返答を、魔法で為した。
彼女が放った火球の魔法が、マキシマム達の後方で爆発する。
不気味な女は、全身に火傷を負いながらも反撃した。
黒い炎の渦が、不気味な女の周囲で発生する。
「哭龍舞か!」
メドゥーサは特殊な結界を発動させた。
ドラガンが発明した禁呪に対抗する防御魔法は、次元に歪みを発生させて敵の魔法を遮断するものだ。
レディーンを抱えるマキシマムが、メドゥーサの背後へと滑り込む。
ガレスが大慌てでマキシマムに続く。
直後、うねった黒い魔法の渦は、メデゥーサの築いた次元の歪みで掻き消されていく。
だが、哭龍舞が消えてしまったことで生じた空間の振動を突き抜ける化け物が、メドゥーサの目の前に接近していた。
「!」
彼女は咄嗟に後方に飛ぶ。
メドゥーサが立っていた地面に、女の手から伸びた爪が突き刺さっていた。
「我々はウラム公爵家のものだ。不気味な女、我が公家と対する覚悟があるか?」
メドゥーサは動揺を隠して言い放った。その時、彼女の衣服がはらりと割れて、肩に赤い筋がすうっと走る。
爪がかすっていたのだと、誰もが察した。そして、その切れ味の凄まじさを思い知る。
マキシマムは、助けてくれた相手がウラム公爵家の者と知り、メドゥーサの従者達にレディーンを預けた。
「グラミア王国第一師団遊撃大隊〇七分隊長マキシマム。部下のガレス。説明は後でしますが、王女を助けた次第」
ウラム兵が姫君を守るように立ち、メドゥーサを見守る。
不気味な女は、しばらく佇んでいた。
おかしな静寂が支配する。
だが、周囲では混乱がまだ続いていた。
逃げ惑う人々は、何から逃げているのかもわからないまま、右往左往している。
化け物は、ギリギリと歯を鳴らすと双眸を真っ赤に染める。
「カタづけレバもんだいナイ」
化け物はそう言った半瞬後、右手を突きだす。
一瞬で伸びた爪は、メドゥーサの頭部を狙っていた。
マキシマムが投げた長剣が防いでいなければ、メドゥーサは頭蓋を割られていただろう。
甲高い音を発して弾かれた長剣。
マキシマムは跳躍し剣を掴むと、自分を狙おうと視線を転じた化け物に雷撃の魔法を見舞う。至近距離で魔法を浴びた化け物は後方に吹っ飛び、追撃したマキシマムは脳内で師の言葉を甦らせていた。
『このように、魔力を武器に送るのだ。そうすれば、召喚された戦士は斬られただけでも、それが致命傷でなくても、倒れる。武器に込められた魔力が、傷口から相手の内部に入ることで、高分子生体物質の構成を狂わせる』
マキシマムが駆けながら、長剣に魔力を宿らせる。
赤く光った彼の剣は、その色で、ベルベットの教えを受けているとメドゥーサに伝えた。
そして、吹き飛ばされながらも迫る彼を睨んだ化け物もまた、相手がベルベット・シェスターと同じ技をもっていると知った。
「マズい」
化け物は認めた。
裂けた口を忌々しいとばかりに歪めた女は、脳内で仲間に呼びかける。
『アズイル、かせいシロ』
『スグいく。コチラはカタづいた』
化け物は、マキシマムの斬撃から本気で逃れようと弾かれた勢いを利用して後方へと地面を蹴る。そのまま体勢を立て直しつつ魔法を放った。
風刃波は、数百のかまいたちが対象を斬り刻む危険な魔法であったが、マキシマムに迫った瞬間、ありえないことに、魔法は無効化されていた。
化け物は、メドゥーサを睨む。
マキシマムの為に結界を張った彼女は、部下達に命じた。
「お館様に知らせ。あと、お前達は姫君を守り離れよ。マキシマム殿の部下殿」
「はい?」
「手伝ってくれ」
「……らしくないんですよね」
ガレスは苦笑しつつ、ウラム兵の一人から剣を受け取る。




