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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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甘っちょろいガキと言われても

「隊長、おかしいよな」

「ああ……なんだか気がぬけてる」

「お前、聞けよ」

「ガレスが聞けよ」

「嫌だよ」

「普段は図々しいくせに、どうして嫌がるんだ?」

「……お前、同僚じゃなかったらぶん殴ってるわ」

「魔法で撃退する」

「……」


 ガレスとパイェがひそひそと会話する先にマキシマムの姿がある。三人はオルトゥール周辺の調査を終えて、ルベン大公の軍勢を確認しようと北上しているのだが、先頭を進むマキシマムの足取りは重く、道の窪みに足をひっかけてよろめいたりと情けない。


 彼はレディーンを案じているから、心ここにあらずになってしまっている。都に近いこの場所だから、彼は彼女を思い出してしまっているのだ。


「隊長!」


 パイェがマキシマムに声をかけた。


 振り向いた彼に、部下が苦笑と共に尋ねる。


「どうしました? しっかりしてくださいよ。一日とかからずルベン公領に入りますよ」

「……」

「何か気になることでも?」


 ガレスの問いに、マキシマムは照れ笑いで応える。


「いやぁ……ははは……情けないなぁ、僕は」

「知ってますよ」

「ええ、知ってるんで大丈夫です」


 二人の部下の反応に、マキシマムは怒るでもなく肩を落とした。


「そうだな……君達に迷惑かけるのもあれだし……正直に話す。昨日、ギュネイ殿と少し話したことにも関係してる」

「何です? 姫君ですか?」


 ガレスの指摘に、マキシマムは目を丸くした。


「聞いてたのか?」

「いえ……やべぇ……当たった」


 ガレスは困惑で同僚を眺めた。


 パイェが口を開く。


「そういえば、あの姫君と隊長、いろいろと因縁ありますからね」

「そうなんだよ……気の毒でさ」

「甘い! 甘いよ、隊長!」

「ガレス、声が大きい」


 マキシマムが周囲を窺うが、都から北へと行こうと考える者は彼らの他にはいない。


 当然だ。


 ルベン大公が軍勢を集めているのだから。


 その目的が明らかでない今、誰もが反逆の軍だと決めつけ、都の王家は動揺からか怒りからか不明だが使者を送ることもしていない。


 ガレスが言う。


「隊長、彼女はたしかに気の毒だと思いますよ。今もまた国が滅茶苦茶だ。神殿で仲が良かった者達は皆死んで、たしかに気の毒でしょうよ。でも、それを気にするのは間違いです」

「だよね……でも、気になるんだよ。ちょっとまだ続きがあってな」


 部下二人が身構える。


「構えるな……彼女、傷を治す力がある魔導士なんだ。異民族が彼女を狙っていたのは、それが目的じゃないかと……」

「隊長……それ、上に報告しました?」


 ガレスが、疑うような視線をマキシマムに向けている。


「いろいろ大変で、忘れてた……」

「……隊長ぉ……」


 パイェが肩をがっくりと落とす。


「それ! 超重要じゃないすか!」

「本当に? 本当なんですか?」


 ガレスとパイェに迫られて、マキシマムは硬直したまま首をコクコクと縦に振った。


 へたりこむ二人は、交互に言う。


「テュルクに頼んで報告」

「ガレスに賛成します」


 マキシマムは、首を掻きながら頭を払う。


「いや、これを伝えたら……レディーンは大変なことになりそうで」

「俺達が大変なことになる前に、伝えてください」


 ガレスが真面目な顔で言う。


「そうです。俺達、隊長のせいで憲兵に捕まりたくない」


 パイェが情けない顔で同僚に追随する。


 マキシマムが遠慮がちに声を発する。


「……なんとか、彼女と会って話をしたい……困っているようなら、助けてあげたい……ような?」

「……隊長ぉ」


 パイェが空を仰ぐ。


 ガレスが考え込む。


「ガレス?」


 同僚の意外な反応にパイェが疑問を抱いた時、ガレスは真面目な顔のままマキシマムに言う。


「隊長、ベルベットどのを助けられなかったから、あの姫君を助けたいとお考えで?」

「……それもある」


 マキシマムは隠し事はしないと決めた。


「ガレスの言う通りだ……僕は、そう思っている」

「例えば……そんなことをした時、俺達はどうなるか想像できてます?」

「……一人でする。君達は、僕のことを報告すればいい」

「するわけないでしょ」


 ガレスは迷うことなく言い、マキシマムの肩を拳で殴る。


「俺は、あんたなら立派な隊長になれると思った。パイェも……だから、こうしてあんたと一緒に次の作戦も行動したいと思った。そういう甘っちょろいガキみたいなところも含めて、俺はあんたを認めてる。俺みたいな牢獄送りを免れて兵士やってる奴を嫌がらないし、パイェみたいな移民を馬鹿にしない」


 ガレスの言葉に、パイェは苦笑する。


「ははは……俺は反対。いくら隊長でも、報告する」

「なら、お前はそうしろ……そうだな。グラミア国籍取らないと、妹や弟とグラミアで暮らせないもんな」


 ガレスが言い、マキシマムを見る。


「付き合いますよ。パイェ、隊長と俺が勝手に動いてるって報告しとけ」

「……そこまで馬鹿にすんなよ。報告するけど、やんわりとだよ」


 パイェは、報告するという内容を明かす。


「二人は、異民族の士官が単独行動していたので不審に思って追跡している。職務放棄だが重要だと思ってそうした。自分は、隊長の指示でこれを報告する為に別れた……てことにする」

「隊長、でも、どうやって助けるんです? いや、助けるっていうのはどの程度のことを意味してます?」

「……いや、助けがいらないことを確かめることができれば、それで満足すると思う。どうしても……頭から離れない。泣いてる彼女の顔が……」

「……童貞はこれだから困るよ。知り合って仲良くなった異性にすぐにときめく」

「と! ときめいているわけじゃない」

「じゃ……感情移入する」

「ど……童貞は関係ない」

「女慣れしてない……に訂正しましょうか」


 ガレスの嫌味に、マキシマムは反論できない。


 この時、パイェが驚きのあまりその場で飛びあがった。


 何事かと彼を見たマキシマムは、パイェが指差す後方を肩越しに確かめる。


 黒装束の女が、片膝をつきかしこまっている。


 テュルク族だと、三人にはすぐにわかった。そして、自分達の企みが彼女を通して漏れることを失念していたと情けなくなる。


 だが、その女はマキシマムに一礼し述べる。


「族長から、マキシマム様のお傍を離れないようにと仰せつかっておりますので、わたしも同行いたします。姫君が王宮のどこにいるか、どうやって王宮に忍び込めばいいかを調べて参りますゆえ……」


 マキシマムは、テュルクの意外な申し出に困惑する。


「助かるけど……いいの?」

「わたしにとって、最も優先すべきは族長の命令です」


 安堵したマキシマムの隣で、ガレスが興味深々な様子で尋ねた。


「話がわかる。名前は? 顔を隠さず見せてくれよ。仲間になんだから」


 テュルクの女は、ニカーヴを外した。


 マキシマムの母親よりも年上であろう女の顔がそこにあった。


「サヴィネと申します……マキシマム様、調べて参りますので、少々お時間をください」


 彼女は、言い終えるや否や姿を消した。


 ガレスが、肩を落とした。


「美人だったけど……俺より年上には用がない」

「お前は……」


 マキシマムは部下を笑う。


 そして、そうさせてくれたガレスに感謝を覚えた。




-Maximum in the Ragnarok-




 ヴェルナ王国の王から王命を受けたライズ伯爵ファディルは、かき集めた三〇〇〇の軍勢を率いて王国西部へと入った。


 彼らはウラム公爵軍に包囲されつつあるカルガへと急いだが、敵の斥候に発見され、さらに逃がすという失態を犯した。


 結果、軍勢を率いて迎撃に現れたウラム公爵軍と丘陵地帯で対峙することになる。


 ファディルはそれでも、都市の包囲に兵を割いたウラム公爵軍は、侵入時よりも少数になっているからと強気であった。


「なんとしても勝つ。悪名高いウラム公とはいえ、我々の半数程度だ。戦は数だ」

「閣下、よろしいでしょうか?」


 進言しようと一礼した男は、ライズ伯爵の譜代家臣であるモルグ子爵ラカゼットという中年の貴族である。面倒だなという顔を向けられた彼であるが、主の為に口を開いた。


「ドラガンなる者、グレイグ公領の公爵位継承戦役では軍務卿派閥、政務卿派閥と同時にわたり合い、互角です。慎重に当たられることを良と申し上げます」

「わかっている。だが、見てみよ」


 ライズ伯爵が示す先には、騎兵のみが整列し歩兵は隊列もバラバラなままの姿を晒したウラム公爵軍があった。


「戦闘準備ができておらん。今が好機だ」

「恐れながら――」

「もうよい! 攻撃だ!」


 ファディルの怒声が、そのままヴェルナ王国軍の攻撃開始となる。


 武装した兵士達の集団が、部隊ごとに前進を開始する。


 ファディルは、敵をここで止めぬと、難民の数がさらに増えて大事になると急いでいた。


 ドラガンは動きだした敵を視認するや否や、騎兵を率いるメドゥーサに命じる。


「単純なやつだ。突っ込んでくるゆえ、回りこめ。策も戦術も必要ない。あのような軽いやつは本陣に突っ込めば逃げ出す」

「はい」


 メドゥーサは一礼し、馬上となると騎兵の先頭に出る。そして、馬の腹を蹴り、たちまち風となった。


 ウラム公爵軍は、騎兵の動きに合わせるように後退を開始する。その動きは、バラバラであった隊列が瞬時に堅陣へと変化するものだった。隙間だらけだった箇所に、後退した部隊が入り、盾を並べて敵を待つ。彼らの前方では、ヴェルナ王国軍を無視して戦場から離れるような動きをする騎兵の砂塵が白い幕のようであった。


「引きつけて、敵の軍勢を本陣から遠ざける」


 蛇目サペルアイをぎらつかせたドラガンの指示で、ウラム公爵軍は迫る敵に備える。


 ガツンという衝撃が、両軍の潮目で発生する。


 グラミア語の絶叫はすぐに止み、ヴェルナ人達は攻めたはずだが受け止められて困惑した。


「矢の援護で後退」


 ドラガンの声。


 伝令が急ぐ。


 角笛が高らかに鳴る。


 鋼が、放物線を描いた。


 危険な雨が降り注ぎ、地上で戦うヴェルナ人達を襲う。


 ヴェルナ人達も反撃に出る。


 矢の応酬、魔法のぶつけ合いで戦場が一気に色めいた。


 空中で結界に衝突した火球の魔法が、爆炎と衝撃を周囲に撒き散らし、雷撃は敵味方問わず放電の渦で飲み込む。


 ドラガンは床几に腰掛けたまま、汗ひとつかかず戦況を眺める。


 一方のライズ伯爵ファディルは、立ちあがり叫んでいた。


「押せ! 押せぇ!」


 彼の興奮は、轟く馬蹄で見事に冷める。


 ウラム公爵軍騎兵が、ヴェルナ王国軍本陣へと突っ込んできたのだ。


 後先ないような急襲に、ヴェルナ人達は慌てた。


 メドゥーサは、馬上で叫ぶ。


「皆殺しにしろ!」


 ヴェルナ人達の絶叫が、その場を支配した。


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