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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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難民

 ヴェルナ王国の都オルトゥールは、間近まで異民族の大軍が迫ったことで大混乱になったが、その後、嘘のように彼らが消えたことから不安と安堵が半々という状況である。住民達の多くは、いろいろな批判にさらされたとしても、今の安全を齎したルベン大公ルシアンに対して一定の評価はしていた。


 しかし、王国南西部を荒らしまくるグラミア王国諸侯のウラム公爵軍によって、南西部の同胞が都に逃げ延びてきた頃から様子が変わってくる。


「またか……もう彼らを住ませる場所などないだろうに」

「食料も配給になって……他所に避難してくれたらいいのに」

「グラミアのせいだ」

「そのグラミアを怒らせたのは誰だ? 大公だろう?」

「他に方法はなかったのか? 異民族は金品で話がつくが、グラミアはそうではないぞ」


 住民達の井戸端会議を途絶えさせたのは、兵士の姿を見つけたからだ。武装した兵士数名が、避難民たちを誘導しているのである。


「ったく……他に移してほしい」

「本当に……城門も閉じて、外にも出られない。食い物も高くなってきた」

「そもそも品がない……」

「噂だが……」

「聞かせろよ」

「避難民を住ませる場所を作るのに、俺達も一部、共同生活を強いられると聞いた」

「王宮にいくらでも場所はあるだろ?」

「あの王はそうはしないさ」

「ちょっといいかな?」


 会話をしていた男女数名が、声をかけてきた青年を見る。


「避難民、そんなに数が多いのか?」


 黒と白が混じり合った髪の色が珍しい青年は、美しい緑玉の瞳で彼らを映した。その美男子ぶりに中年の女がほつれた髪を手櫛で整えながら答える。


「ええ、もうたくさん」

「北は北方騎士団と異民族がやりあっていて、とにかく都にということらしい」

「あんた、こんな時に旅か? 北に行くのも南に行くのも大変だぞ」


 青年は頷くと、騎士団に入りたかったが国境が封鎖されているので都に戻ったと説明する。


「騎士団なら食い扶持にも困らなくてと思ったんだけどね。国境付近で戦争やってるから、騎士になる前に巻き込まれたら馬鹿らしくて」

「戻ってきてもな、まず宿は駄目だぞ、もう」

「そうそう。避難民がわんさか……王家の命令とかで宿の人も困ってたわ」


 青年――マキシマムが尋ねる。


「避難民のために、そういうことを命令する王様は偉いんじゃないの?」

「本当に偉い王様なら、グラミアに頭下げて事を収めるさ」

「なるほど……」

「それに、王宮はいくらでも場所はあるのに解放しないんだ」

「へぇ……機密情報が漏れたら困るからかな?」

「単純に下々の人間を入れたくないだけだよ、あの王は」

「大公殿下が都にいればなぁ……もう少しマシだった」


 マキシマムは彼らから離れた。


 オルトゥールの大通りに立つ彼は、軒を連ねる店に活気がないと見る。そして、通りを疲れた様子で歩く大量の人々を眺めた。その数は千人はいるのではないかというほどで、ウラム公爵軍によって家を奪われた人達の哀れさに眉を寄せる。


 部下達はそれぞれに情報を集めるべく動いていて、ギュネイは城に行くと言って離れたことから、彼は一人だった。


 レディーンは大丈夫だろうかと、気の毒な姫君を案じた彼は、避難民の行列の中に知った顔を見つける。


 士官学校の同窓で、同じ偵察任務についているルカだった。


 ルカもマキシマムに気づく。すると、彼が周囲の男達に声をかける。


 あちらは避難民を装っているなとマキシマムは苦笑し、目配せをルカに送ると離れた。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルトゥールの外、市街地を囲む城壁の外まで大量の天幕が並べられている。都はついに、避難民たちを受け入れられなくなり、昼過ぎから天幕を組み立てる作業が始まり、夜になって百近くの天幕ができあがっていた。まだ避難民の列は途絶えない。


 マキシマムは火をおこして、チーズを包みから出す。


 ガレス、パイェの順に現れ、ギュネイは酒をもって最後に姿を見せた。


「隊長、そのうち暴動が起きますね、これ」


 ガレスがヴェルナ王国の地酒である蒸留酒を舐めながら言い、パイェがチーズを齧りながら頷く。


「ウラム公も酷なことをします。権力者を仲違いさせる云々ではなく、民の間で対立図を作った……これは尾を引きますよ」

「そうだな……ヴェルナの動きは簡単に予想できる。都は今、避難民を受け入れているがすでに一杯だ。次はおそらく、避難民を追い返す……すると、彼らはあちこちに分散する。戦が終わっても、ヴェルナの南西部、西部が元に戻ることはない。彼ら民の間での対立も残る……そういうものは権力者に向けられる」


 ギュネイが、煙草をふかしながらグラミア人達に言う。


「城には入れなかったが、煙草をわけてやったら兵士が教えてくれたことがある」

「ガレス、お前と同じ奴がヴェルナにもいたな」

「隊長、俺は見ぬいていたんですよ。ギュネイ殿がイイ人だってことを」

「わかった、わかった。で、その人は何を?」


 ギュネイが煙を吐き出し、蒸留酒を杯に注ぎながら口を開く。


「ルベン大公が領地で兵を集めてるってさ」

「彼の領地はオルトゥールからすぐ北ですね」


 マキシマムが懐から地図を取り出し、広げる。


「その兵は、何の為に集めてるんでしょ?」


 パイェの問いに、ガレスが冷笑と共に答える。


「王をぶっつぶすつもりだろ? 当たり前じゃねぇか」

「なんで当たり前? わからないでしょ」

「わかるよ。国と王家の為に苦汁の決断をした……ところが、今度はそれで王から怒られた。お前の責任だと言われて役職も失い……ムカつくだろ」

「……ガレスがルベン大公なら、それは正解でしょ」

「俺は一般論を言ってるだけだ」


 ギュネイが薄ら笑うと、マキシマムに言う。


「意見を述べても?」

「どうぞ」

「ルベン大公は王家の人間だ。領地に帰されたとはいえ、こうも早く叛旗を翻すもんかな? と思うが……それよりも、兵を集めているのはグラミアと戦おうという気ではないかな?」

「自分を遠ざけた王の為に、戦おうとしますか?」

「外敵と戦うかぎり、ルベン大公にはヴェルナにとってまだ価値があるからね。例えば、ルベン大公が王と戦ったら、ヴェルナはそれこそ滅茶苦茶になる。そんな国で、王族の特権なんて何の役にも立たなくなるよ。特権階級の者達は、何よりもそれを失うことを恐れると思うけどね。例えば、グラミアもそうだろ?」


 ギュネイの問いに、ガレスとパイェは同時に笑う。


「そんな奴が王家にいたら、それこそ陛下に叩っ斬られるね」

「そうそう、真っ二つですね」

「そうなのか?」


 ギュネイが、二人の意見を受けてマキシマムに問う。


「そう……かもしれませんね」


 マキシマムはグラミア王イシュリーン一世を想像する。


 士官学校の卒業式で、遠目に眺めた王は思っていたよりも小柄だったが、姿勢よく気品があった。どこかで見た覚えがあるとも悩んだが、遠目に眺めるだけでは判断がつかなかった。


 青い外衣に白いマントをまとった王は、マキシマムがいた距離からは顔の形もわからないほど離れた場所で佇んでいた。


 式典が終わるまで、祝辞を述べるその時まで、存在を消すかのように静かであった。


 どんな声だろうかと、マキシマムや同窓たちは期待してその時を待ったが、王は風邪という理由で、祝辞を国務卿のルマニア公爵マルームに読ませている。


 大国の侵略からグラミアを守り、周辺諸国を斬り従え、各国から女皇と敬われるイシュリーン一世も風邪をひくのかというおかしな感心をした当時の自分を思い出したマキシマムは、目の前のギュネイに言う。


「いや、意外と……あの方は弱いところがあるかもしれませんよ」

「弱い?」

「そう、感じましたね。士官学校の卒業式で……遠めに眺めただけですけど、なんかこう……世間で言われているような強さを感じなかったです」


 ギュネイが笑う。


「ハハハ! まあ、それは間違ってないだろうが、正しくもないだろうな。きっと王は、そういう場所では本当の自分を出してないのさ」

「本当の?」

「人はいろんな姿をもってる。俺も、君も」

「そう、そうだ」


 ガレスがギュネイに同意し、マキシマムを見て続ける。


「隊長、戦いの時、人が変わったようになる。それも多分、そういうもんじゃないすか?」

「変わったように……なってるかな?」


 パイェが頷く。


「ええ、勇敢で頼れます。普段はこんな感じですけど」


 こんな感じの意味を、マキシマムは聞くのを躊躇う。いやな予感しかしないからだ。彼は話題を変えようと、ギュネイに質問する。それは、気になっていたことだ。


「ギュネイ殿は、どうして化け物を倒そうと旅を? レニン卿が関係していて、それを止めたいというのはわかりましたけど、そうなる理由がいるでしょ?」

「簡単だよ。俺のせいだからだ」

「ギュネイ殿のせい?」

「まだ俺が若かった頃、レニンも若かった。あいつを巻き込んだんだ……当時の俺はゴーダ騎士団領国の首都警備連隊で騎士をしていてね。連続殺人事件の捜査で、レニンに助力を求めた。それが全てのきっかけなのさ」


 ギュネイは忌々しいと舌打ちを発し、言葉を続ける。


「あいつは、いろいろあって、召喚魔法を使ったのさ……それが今、こうなってることに関係していると思っている。言ってみれば、俺とあいつがいなければ、こんなことにはなってないんだよ」

「ギュネイ殿は、化け物と戦ったことがあるんですよね?」


 パイェの問いに、ギュネイは頷く。


「ああ、何度も。あいつらはただの異形の兵士だが……本当に怖いのは、姿が見えない奴らだ」

「姿が見えない?」


 マキシマムの疑問に、ギュネイは目を閉じる。


「うん……ベルベットが詳しい。俺は説明下手だ。国に帰ったら、彼女から聞くといいだろう」


 彼はそこで、もう話さないという意思を寝転ぶことで示した。




-Maximum in the Ragnarok-




 オルトゥール市街地の外。


 マキシマムは、難民の為に次々と天幕が設けられていく光景を眺めながら、他人事のように眺めることしかできない自分を認めていた。


 夜となっても人々の作業は止まらず、これはグラミアによるものだと彼はわかっているがゆえに、またその原因はヴェルナ側にあることだと断じるがゆえに、冷めている自らに驚きもしない。


 彼は、少し前の自分であれば同情していたと認めている。だが現在の彼がそうでないのは、ベルベットのことがあるからだ。


 異民族を前にして、グラミアを裏切ったヴェルナ王国の暴挙に等しい行いが、ベルベットの怪我を招き、彼ら自身の現在の苦境に続いているとわかっている。


 彼は緑色の瞳を瞼で隠した。


 少しの心の棘は、気の毒な姫君が理由だと認めた。


 彼は、レディーンを気にしている。


 それは恋と呼ぶには笑い飛ばすほどの心の揺らぎでしかないが、間違いなく彼の思考を左右する。


 マキシマムは、この騒動のなかで、レディーンはきっと辛いだろうと想像した。


 あの可哀想な姫君は、自分ではどうすることもできない状況の中心で、だが彼女のせいでこうなったと後ろ指をさされることに脅えながら、夜を過ごし、朝を迎え、昼となって安堵したのも束の間、また夜を迎えるのだと考える。


「起きていたのか?」


 声は、ギュネイのものだった。


 初老の男は、部下二人から少し離れて座るマキシマムの隣に腰をおろした。


 草の上で、二人は篝火を頼りに作業を止めない人々を眺める。焚き出しの用意もされ始めていて、難民の数は相変わらず増える一方なのだと認めた。


「僕は、甘いんでしょうか?」

「いきなりそんな質問をされてもわからんよ」


 ギュネイは苦笑し、理由を尋ねる。


 マキシマムは、ヴェルナ王国の姫君に関わった経緯を簡単に説明した。それが理由で、彼女は大丈夫だろうかなどと、敵側の人間を気にしている内面を吐露する。


「人であれば普通のことだろうさ……しかしわからんね。どうして彼女は、異民族に狙われていたのかね……」


 ギュネイの問いは自問であったが、マキシマムが答える。


「彼女は不思議な力を持っていました。簡単な傷……どの程度までとはわかりませんが、魔力で治癒を行えるのです」

「……本当か?」

「信じてもらえなくとも、僕は信じてますから」

「だとしたら、それが理由であると仮定して……異民族が彼女の力を求める理由がわからない」

「……たしかに」

「それを、ベルベットに話したか?」


 マキシマムは頭を払った。


「いえ、どうしてです?」

「重要なことだ。異民族は召喚魔法を使う魔導士がいる。珍しい力をもつ魔導士を狙っている。このふたつを、彼女なら関連づけることができるかもしれない」

「……っくそ」

「別れよう。俺がベルベットに会う」


 ギュネイの言葉に、マキシマムは彼を見た。


「貴方が?」

「お前はどうせ、任務中だから動けないだろう? 俺が彼女に伝えにいく。久しぶりに顔を見たいと思っていたところだし……場所どこだ?」

「僕の……実家です。代官館に先生はいます」

「実家?」


 マキシマムは、ラベッシ村の場所を説明しようとしたが諦めた。


「キアフに行って、そこからラベッシ村に行きたいと宿の人間に言えばわかると思います」

「わかった。だが、お前の家にベルベットがいるのか?」

「はい……それが何か?」


 ギュネイは、ベルベットの寄越した手紙の内容を思い出す。


 彼女は、アルメニアを離れて一人となったが、家族を得て幸せだと書いていた。レミールを失っても、自分を人間として扱ってくれる家族と、ベルベットとして大事にしてくれる人がいるからと記された文字は、書くのがもどかしいとでも言いたげに乱れていた。


「そうか……お前は、ただの弟子じゃなかったんだな」


 ギュネイは、マキシマムにそう言うと、その肩を優しく叩き、離れた。


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