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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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ギュネイ

 ウラム公爵ドラガンはいろいろと複雑な男だが、グラミア勢力に属している限り野心が満たされることと、イシュリーンという女性を感情を排すれば王として認めていること、そしてベルベット・シェスターへの感謝と、それを基にした恩義は感じていて、今回のヴェルナ王国への侵攻は全てが満たされることから大満足というところである。


 ウラム公爵領からロッシ公領を経てヴェルナ王国に侵入したウラム公爵軍二五〇〇は、後方支援もいれると五〇〇〇に届こうかという大規模なものであり、彼のもつ権力の大きさと、そんなドラガンを一諸侯として従えているグラミア王国の巨大さを周辺諸国にまざまざと見せつけることになっただろう。


 ヴェルナ王国西部の中心であるカルガという都市を包囲したウラム公爵軍に、キアフからの伝令が到着したのは、ヴェルナの裏切りでグラミア軍が敗れてから二〇日後の昼であった。


 本陣に通された伝令は、威風堂々とした大貴族を前に片膝をつく。


 ドラガンは地図を眺めながら伝令の発言を許可した。


「申し上げます。王陛下より公へ依頼がございます」

「依頼? お命じになられたのではないのか?」

「は、依頼、でございます」

「……俺のような者に配慮くださった陛下の頼みなら断れぬ。何だ?」


 伝令は一礼し述べる。


「は、ヴェルナ王国に対し、王女レディーンを人質として差し出せと使者を立てて頂きたいと」

「……姫を? いくつだ? 成人してないだろ? 俺は子供を抱く趣味はないぞ」


 伝令は失笑した。


「おい、笑うな……あ、妻の場合は、あれは政略だぞ」

「失礼しました……承知しております。いえ、公の妾にという意味ではございません。理由も申し上げるように指示を受けておりますがよろしいでしょうか?」

「うむ」

「異民族は最初、ヴェルナの王女を人質に出せば戦をせぬという条件を出したようです。これは異民族の道理にあわぬことだから何かあるに違いなく、それを知る為に、またこれで、ヴェルナが異民族に王女を差し出し関係強化する動きを防ぐという目的があると仰られておりました」


 伝令の口を介してイシュリーンの意図を知るドラガンだが、これを考えたのは王補佐官だとすぐにわかった。


 ドラガンは、リュゼ公爵ナルを好いていない。過去は嫌っていたので、随分と関係は改善されたと思われるが、一緒に酒を飲もうとは思えない相手だというのが、ドラガンによる補佐官評である。


 そんなウラム公だが、王補佐官の実力は認めており、その相手が考えた『王女を人質に取る』という表面の裏に何があるのかと考えてみる。


 いや、すぐにやめた。


 ドラガンは、考えたところで方法が変わるものではないと思い、ならば自分は領土拡大に精を出すと決めたのである。


「わかった。が、確認しておく。人質に取るのは王家、交渉窓口は俺という理解でよいか?」

「はい」

「では、人質を王陛下に送った後、俺はヴェルナを攻めてもよいな?」

「……そのように、王陛下にお伝え申し上げます」

「では、ついでにもうひとつ、確認しておくがよいだろう。グラミアは人質を取るが戦を収めるわけではないという材料だ。攻めるのだろ?」

「は」

「その材料によって、俺はこれからの戦略に修正を加えるゆえ、陛下と補佐官によろしくと俺が申し上げていたと伝えるように」

「かしこまりました」


 伝令が離れて行く。


 ドラガンは床几にドカリと座り、周囲の士官達の視線を浴びた。その中に、副官であるメドゥーサがいて、彼女は意見を述べたいという表情で当主を見つめる。


 ドラガンが彼女の視線に気づき、頷くことで発言を許可した。


「お館様、我がウラム公家は悪者にされませんか?」

「なんだ? 悪役は嫌いか?」

「……嫌いです。いえ、お館様のような方が、事実ではない噂を立てられるのは嫌です」

「問題ない。俺に関する噂なら全て耳にしている限り事実だからな。美男子、ナニがデカい、女にモテる、頭がいい――」


 士官達が一斉に笑い始めた。


 ドラガンも笑いながら続ける。


「――偉大な魔導士だろ? 龍のように強い……そして、グラミアを裏切るのではないか? だ」


 口を閉じたドラガンに、周囲は自然と笑いを止めた。


 ウラム公は頬を指で掻きながら、髭が伸びたから剃りたいと思いつつ言う。


「剃刀を……で、俺は過去、グラミア王家の敵であった。しかし今は模範的な臣下だ。どうしてそうかと問わると、こう答えるしかない。グラミアとくっついているほうがウラム公爵家にとって利がある。つまり、悪役を陛下が望まれるのであればなるし、正義の味方も辞さない。メドゥーサ」

「はい」

「悪役がしっかりしないと、演劇はおもしろくない。俺次第という信頼を寄せてもらっているわけだ。わかるか?」

「……承知しました」


 ドラガンは頷き、一同を前に言う。


「では、使者を立てる。だが攻撃は続ける。カルガと周辺都市の連絡を絶つ為に騎兵を小隊単位で一帯に散開させよう……いい地図だ。主要街道とは別に小さな道や村まで記されている。高低差……足場の状態……お前らではないな? テュルクか?」


 ドラガンが地図の出来具合を褒めつつ問うた。


「先行していた国軍の偵察部隊によるものです」


 士官の報告に、ウラム公爵は笑みを消す。


 彼は、このような地図を作る国の敵に、望んでなりたい者などいないと考えていた。




-Maximum in the Ragnarok-




「で、どうして僕達の後ろを?」

「興味があるのさ、いいだろ? 俺がどこに行こうが、向かおうが」


 マキシマムの問いかけに、少し遅れて歩いていた男が笑みと共に返した。


 マキシマム達三人を尾けているのは、国境付近で出会った壮年の男で、風貌から戦士であると思われる。赤い髪に赤い瞳が珍しい男は、ガレスが腰の剣に手をかけたところで両手をヒラヒラと振った。


「おいおい、やめよう。お前らの敵じゃないよ」

「……丸一日、こうして尾けられたら気持ち悪いでしょ?」

「じゃ、一緒に行こう」

「お断りします。ガレス、駄目だ」


 隊長の注意で、ガレスは剣から手を離したが表情は厳しいままだ。その横で、パイェも不信感いっぱいの顔で赤い髪の男ろ見ている。


「ギュネイ……殿でしたよね?」

「覚えておいてくれたか?」

「……僕達にこれ以上つきまとうと後悔しますよ」


 赤い髪の男――ギュネイは、三人はヴェルナ人でも騎士希望の旅人でもないと思っていた。そして現在、ヴェルナ王国にグラミアのウラム公爵が攻め込んでいることから、彼らはウラム公家の者達と推測していたが、どうして三人でうろうろとしているのかと疑問をもっている。


 彼は、知る為には伝えるべきだと決めた。


「俺はギュネイ・ミュラー。ゴーダ人だ。騎士団にいたこともある。ゴーダ騎士団領国では一時期、化け物が暴れていたことがあってな……その原因が俺の親友だったわけだ。で、俺はそいつを止めたくて、こうして旅をしてるんだが、最近、東のほうで化け物が出たと姪……正確には親友の娘が教えてくれてね」

「ゴーダ人であろうと、誰であろうと、ここまでですよ」


 マキシマムが地面を蹴るようにして土に線を描いた。


 ギュネイは笑みと共に、その線をあえて越える。


 三人は、接近してきた男の動きに警戒を強めた。隙が全くなく、見えていたのに止められなかったからだ。


「お前ら、グラミア人か? ベルベット・シェスターがグラミアにはいるだろう? 姪だ」

「!?」


 マキシマムが反応する。


 ガレスとパイェは、隊長を見ていた。


 ギュネイは、ベルベットの名前を出したことで相手の警戒を解こうと思っていたが、予想以上の反応を返されて目を丸くしていた。


「ベル先生を知っているんですか?」

「先生?」

「僕の、先生です」

「お前、弟子だったのか。だったら話が早い。立ち話もなんだから、ちょっと休もうか」


 ギュネイは、街道の脇に立ち並ぶ木々のひとつへと向かう。


「隊長、どうします?」


 パイェの問いに、マキシマムは困ったとぼやいた。


「まぁ……先生の知り合い? なら事情を話せばわかってもらえるかも……だいたい、あの人、そうとうに強い。力づくで排除するの、無理だ」

「三人で一気にやれば」


 ガレスの意見に、マキシマムは苦笑を返した。


「勝てる気がしない」

「情けねぇ」


 ガレスの悪態に、マキシマムが「うるさいな」と返し、二人について来いと招く動作で示すと、ギュネイに続く。


 木陰に腰をおろした四人は、それぞれ名前を名乗る。


 ギュネイはここで、懐から巻き煙草を取り出した。


 ガレスが喜ぶ。


「わけてもらえます?」

「いいぞ、ほら」

「隊長、この人はイイ人だと思う」


 お前は! という顔をしたマキシマムに、ギュネイが笑う。


「若い隊長だな? 士官学校出とか諸侯のご子息とかかな?」

「隊長は、両方です」


 煙草をもらって饒舌なガレスに、マキシマムは呆れた。


「あ、火種どこだっけ?」


 ギュネイが背負っていた革袋の中をまさぐる。


「パイェ、つけろ」


 ガレスの命令口調にパイェは珍しく従い、指先に炎を点した。


「魔導士か」


 ギュネイの言葉に、パイェは頷きながら自分にもわけてくれと言う。


 マキシマムは勧められるも断った。


「駄目なんですよ、それ。匂いが駄目だ」

「それは安い煙草としか出会ってないからだ。試すか?」


 ギュネイの誘い。


 マキシマムは興味をもったが、結局はやめた。


 うまそうに煙をふかしたギュネイが、三人に言う。


「いい天気だ……で、さっきの続きだが、俺はベルベットの親の自称親友だ。自称というのは、相手が今でも俺を親友だと思ってくれているかわからないからだ――」


 マキシマムは、そう言ったギュネイが一瞬、寂しそうな表情をしたのを見逃さなかった。


「――でも、ベルとはいろいろと連絡を取り合っていて……わかるだろ? 化け物退治に助言をしてもらっていたわけさ」

「あの、先生の親ということは……あなたはレニン・シェスターと知り合いなのですか?」


 マキシマムの問いに、ギュネイは逡巡の後に認めた。


「ああ……レニンとは、長い付き合いだ。あいつと俺は……いろいろとね。なにせ、俺達は親無しで彷徨っていたんだ。一緒に拾われ、一緒に育てられた。だから、俺がベルを姪だと言うのもわかるだろ?」

「ええ……ベル先生から、ヴェルナに来いと?」

「いや、来いとは書かれていなかった。召喚魔法で現れた化け物がヴェルナを侵攻する異民族軍の兵士に使われていると。召喚魔法を使っているのは岳飛虎崇ガクヒコスウという宋人だとも……だが、これまでこの世界で、召喚魔法によって引き起こされた事件にレニンが無関係であったことはない。確かめにきた」


 ギュネイは、そこで柔和な笑みを作る。


「邪魔はしないから、ちょっと一緒に行動しよう。ヴェルナ国内を調べているなら邪魔はしない。グラミア側の人間と一緒にいたほうが化け物と出くわす確率が高いと思うんだ」

「どうしてです?」

「ベルベットがグラミアにいるからだ」


 ギュネイは断言する。


 固唾を飲むガレスとパイェは、緊張するマキシマムを見た。


 煙草を咥えたギュネイは、表情を消して言葉と煙を吐きだす。


「召喚魔法を使っているのが誰であろうと、その裏にはレニンがいると俺は考えている。あいつの娘のベルは否定するかもしれないが、俺はそう思う……いや、確信している。だから向こうにレニンがいると考える俺は、ベルベットがいるグラミアも化け物と関わることになる。隠し事はせず話した。俺の推測も正直に伝えた。どうだ? いいだろ?」


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