学費の為に……
森林の中を伸びる山道を進む列は異民族の部隊だった。装いはバラバラで統一性がない。それは多種多様の民族が、大陸西方諸国への侵入を試みて協力し合っているという意味になる。
マキシマムは彼等の軍列を眺めながら、命令を待つ。大樹に身をひそめ、後方の部下達に視線を転じれば、皆が武器を手に緊張した面持ちであった。
人数は一〇人。そこに、マキシマムと副長二人を加えた十三人が彼の小隊である。
南南東方向へと進む異民族へ、西側から横撃を加えようとグラミア軍の遊撃中隊一〇〇は、北から南に部隊を並べて展開し木々と茂みを利用して隠れている。彼等からみて、山道は斜面を下った先にあり、駆け下りる勢いを利用した奇襲は効果が高いと予想は容易い。
マキシマムは異民族の数は二〇〇を超えないと見た。そしてその中に、彼等に似つかわしくない馬車が進むのを見つける。それは大陸西方諸国の貴族階級の人間が用いるような二頭立ての馬車で、彼には捕虜ではないと思えた。
ヴェルナ王国の要人が、異民族に通じているのかという彼の疑惑は、いつの間にか隣に来ていたルナイスによって言葉にされた。
「ヴェルナの上の者が異民族に通じているのですかね?」
「どうでしょ? ただ周囲の兵達が馬車を見張っているようにも見えます」
マキシマムの感想に、ルナイスは顎をひく。先の大戦を経験した歴戦の副長は、マキシマムが予想よりも冷静だと安心している。若い隊長はこれまで斥候として本格的な戦闘を経験しておらず、武術の師匠であるルナイスは彼の技量を認めつつも、初めての戦闘では何があるかわからないと案じていたから声をかけたという理由もあったわけだ。
それは杞憂だったと、続くマキシマムの言葉でルナイスは思えた。
「どちらにしても、あの馬車は確保すべきでしょうね」
「了解です。ベルどのと俺でやりますので、隊長は兵達に気を配ってください」
「わかりました」
ルナイスは、弟子は案外、度胸があるなと感心していた。
-Maximum in the Ragnarok-
合図は突然だった。
中隊長メニアムが鏑矢を放った瞬間、グラミア人達は矢を異民族の軍列に放ち、一瞬後には突撃している。喚声をわざとあげて、魔導士は魔法をぶつけ、瞬く間に森の静寂を破っていた。そこに異民族達の悲鳴と怒声が続き、直後には異民族の軍列に突っ込んだグラミア兵達の剣勢が敵を圧倒する。
火球の魔法が爆発する地上は、異民族側の魔法防御が間に合っていないことを明らかにしていた。通常、魔法で攻撃された場合、結界魔法で防ぐのだが、奇襲だとそれができず、威力抜群の魔法攻撃に対し無力となり、それはつまり、大損害に通じる。
吹き飛ばされた異民族の兵達は、胴も腕も千切れ飛び、内臓を撒き散らして地面を転がる。爆炎に焦がされた異民族達の絶叫はそれぞれの言語でなされた。
マキシマムは喚声の中で長剣を煌めかして、迫る敵刃を弾き返した。そして身を翻し後方の部下に迫る長槍の柄を叩き割る。
「すみません!」
「謝罪はいい!」
部下に怒鳴った隊長は右手の長剣を水平に払う。身体の回転を利用した一閃で迫る敵をひるませた直後、空の左手を垂直に振り降ろしていた。
一瞬で発動した氷槍刃という魔法が、地上から氷の柱を空へと突きだす。その先端が鋭く尖っていて、異民族の一人が串刺しにされて絶命した。
「あ!」
マキシマムは初めて人を殺した狼狽で声を出していた。思わず、身体に沁みこんだ戦闘術が出たことで動揺する。そこに敵が突っ込むが、先ほど助けられた部下が長剣で敵を薙ぎ倒す。血潮がパっとあがり、マキシマムの白い頬を赤く汚す。
「隊長!」
「……!」
我に返ったマキシマム。
彼は怒鳴った。
「突っ込め!」
自らを鼓舞すべく大声を出した彼は、馬車へと視線を転じていた。そこには、二人で敵を圧倒する副長達がいた。
ルナイスが敵兵を次々と屠り、ベルベットは繰り出す魔法で馬車に近づく全ての敵を吹き飛ばしていた。大陸最高の魔導士とも称されるベルベットは、まだまだ本気を出していないと表情でわかる。そんな彼女が自分の家庭教師であった過去と、副長である現在への感謝で、彼は自分の役割に徹することができた。
ベルベットが残念に思わないようにと、彼は部下達が全員無事に戦闘を終えることができるよう、指揮に集中する。
「怯んだ敵は矢で射よ!」
「逃げる敵は追うな! 懸命になられると厄介だぞ!」
マキシマムの指示で、彼の小隊は戦場となった山道に留まり、馬車を確保したルナイスとベルベットへと駆け寄る。周囲でも戦闘は終わりつつあり、逃げた異民族達を二個小隊が追撃に出たが、メニアムを中心とする中隊のほとんどはその場で辺りを警戒した。
メニアムが馬車の扉を開くと、中には僧の装いをした若い女性が一人、乗っていた。彼女は美しいというより可愛らしい顔立ちで、まだ十代半ばと中隊長には映る。
「貴女は? 異民族とどうして行動を共にしていた?」
「……ヴェルナ王国の第五王女レディーンと申します……が、わたくしは幼少の頃から主神を奉る神殿に入り、巫女として育ちました。ですが一昨日、そこを襲われて、このザマです。貴方は……その青い軍装はグラミア?」
「は……」
メニアムはその場で片膝をつき、王族に対しての礼儀を守る。
「グラミア王国軍第三師団で遊撃中隊を預かるメニアムと申します。ガラツィの出身でございます。御身をお守りし、師団本営までお連れいたします」
二人の会話を後方で聞いていたマキシマムは、ベルベットに冑を脱がされ振り返る。
「よく頑張ったのだ。見事な初陣だな」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「先生……僕、人を殺しました」
隊長という立場を忘れて、思わずベルベットを先生と呼んだマキシマムに、彼女は包み込むような微笑で応えた。
「それが戦争だ。望む、望まず……関係なく敵を殺し、仲間が殺される……戦争だ。マキ、軍に入るということは、そういうことだぞ」
「……学費目的で入る時、反対したのはそういうことですね?」
過去を思い出したマキシマムに、ベルベットは頭をふった。
「いや、わたしが反対したのは、ご両親の反対を押し切って事を進めたことに対して……なのだ。マキ、ちゃんと相談しないまま進めたお前は、その延長で今、ここにいるのだ」
マキシマムは反論せず、中隊長の背を見る。
メニアムは一礼し、馬車の中から現れた少女に頭を垂れた。