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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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ウラム公爵軍来襲

「あんたら、北に行かれるのか?」


 出発の朝、世話になった宿屋の主人にこう問われたマキシマム一行は、相手の顔色と質問に揃って訝しむ。


「北方騎士団に……何かあるんですか?」

「いや、噂だがよくない噂だ」


 主人は釣りをパイェに手渡しながら続ける。


「異民族の集団が北へと移動していると、都から来た行商人から聞いたんだよ」

「北へ?」


 マキシマムの問いに、相手は頷く。


「ああ、いや、噂だよ。その行商人も見たわけじゃない。ただ、その女は東部から都へと移動して、この町に来たと言っていてな……道中で拾ったらしい」

「その人、どこに行くと言ってました?」

「まだいるよ。町の市場で商いをしていると思うが……宝石の原石を売ってると思う」

「ありがとうございます」


 マキシマムは礼を言い、釣りを財布へとしまうパイェを誘って歩きだす。宿の店先で待っていたガレスが、マキシマムが顎をしゃくって示す方向を眺めた。


「市場に?」

「行商の女性と話がしたい。異民族が北に移動していると、宿屋の主人に話したと聞いた」

「……朗報っすね。グラミアはこれでヴェルナ一国をボコボコにできる」

「ガレスの意見は尤もだけど、どうして異民族は北に向かう? ヴェルナと講和をしたから? にしては、忙しない」

「隊……マキ、心配症っすね」

「お前がいると心配症になるんだ」

「……」


 パイェがからかうように笑いガレスを誘うと、言い返せない部下は無表情でマキシマムの後ろを進む。彼らは町を南北に縦断する大通り――といっても馬車がすれ違うのがやっとの幅員でしかない道を進み、広場に入った。市場というには店の数が少なく、マキシマムは目当ての行商人をすぐに見つける。


 彼の母親と同じくらいの年齢であろうと思われる相手は、磨かれていない宝石を布の上に並べて、煙管を咥えていた。


 マキシマムは彼女に歩み寄り、並べてある原石のひとつを摘まみあげる。


「これをもらおう」

「ありがとう。ヴェルナ銀貨一枚」

「安いな」

「もっともらったほうがいい?」

「話を聞かせてくれたら、もっと払う」

「あんた、誰?」


 女の顔に警戒が浮かぶ。


 マキシマムは、北方騎士団に入りたいから北上している最中だと説明した。


「異民族が北に移動していると宿で聞いた。あんたが教えたとも……詳しく教えてほしいんだ」


 女から警戒が解け、安堵の声が漏れる。


「なんだ……上納金を払えと言いに来た輩じゃないわけね?」

「そういうことを言われてるのか?」

「どこにでも、人にたかるクズはいるわよ……暴力で支配しようって乱暴な奴らが……おたくらはどこの国から?」

「グラミアだ。といってもルマニア公に雇われて傭兵をやっていただけだ。もともとは違う」

「そう……ま、いいわ。お互いにいろいろと過去はあるしさ……異民族が北に移動しているってのは、わたしも人づてに聞いただけ……でも、ヴェルナ東部の町や村を根こそぎ潰したあいつらは、ヴェルナと講和を結んだ今、新しい侵略先に北を選んだんじゃないの? グラミアは、負けたといってもまだとても強いもの……グラミアの東、オデッサ公じゃない? 喧嘩売る相手、あいつらも選んでるってことかしらね?」

「北方騎士団も強いぞ」

「北方騎士団は、北壁の備えで北を向いているから、南側を荒そうと思ってんじゃない? わからないけど」

「根こそぎ村々が潰されたと言ったが、どういう意味?」

「その通りよ。人が連れ去られて……あっちじゃ商売にならないから、こうして西へと逃げてきたわけ」

「人が連れ去られた?」

「嘘は言ってないわよ。わたしだって危なかったんだもの……ただ、わたしの場合は身ひとつで逃げられるから……」


 女はプカリと煙を吐きだす。直後、彼女はマキシマムの後方を見て、舌打ちを発した。


 マキシマムが肩越しにガレスを見ると、彼は「何もしてないって」と手をひらひらとさせる。その後ろに、大きな男が二人、立っていた。


 女に舌打ちをさせた犯人は、その二人だとマキシマムにはわかる。


 大柄な男の片割れが、パイェを押しのけガレスにぶつかるようにして進む。そして、マキシマムを無視して女に言った。


「金は用意できたか?」

「……今、このお兄さんが買い物をしてくれたら払えるわ」


 男がマキシマムを見る。


 乱暴な扱いをされたガレスが、二人の男を交互に睨み、パイェもここは同意らしく、ガレスの隣で二人の男に文句をつけていた。


「てめぇ、やるのか?」


 マキシマムは、いつもは温厚なパイェの口から出た言葉に目を丸くしたが、彼とて軍人で、暴力の中に身を置いてきたのだと納得した。


「怪我してぇのか?」


 男がパイェの眼前に立ち、仲間がガレスとマキシマムの間に立つと口を開く。


「やめとけ。兄さん――」


 仲裁した男が、マキシマムに言う。


「さっさと買い物を済ませな」

「……ガレス、パイェ、やめとけ。ここで喧嘩したしわ寄せは、彼女にいく」


 マキシマムの言葉に、パイェの前に立つ男が笑う。


「なんだ? やれば勝てるとでも言いたいわけか? こら!」


 マキシマムは、こういう輩はすぐに大きな声でがなると辟易した。怒鳴れば相手がびびると信じているのかと呆れながら、こう思う自分に苦笑する。それが、男達には気に入らない。


「てめぇ!」


 パイェから離れた男が、マキシマムの襟を掴む。


 その手を、彼の仲間が掴んだ。


「おい、やめておけと俺は言ったはずだ」

「兄貴、でもこいつら」

「俺は、やめておけと言ったはずだ」

「……すいません」


 二人の上下関係がわかったと、マキシマムは兄貴と呼ばれた男に礼を述べた。


「すまない。俺達は北に行く途中で、ここで怪我はしたくないだけだ。買い物をしたらさっさと出て行く。それでいいか?」

「……若いの、お利口さんだな。でも、こいつらの躾をちゃんとしねぇと駄目だ」


 男に、躾がされていないと言われたガレスとパイェが鼻息を荒くしたが、マキシマムに睨まれて硬直した。


 マキシマムは銀貨三枚を女に払い、兄貴と呼ばれた男に銀貨一枚を差し出す。


「失礼があった詫びだ。無事に町を出してもらえないか?」

「いいだろう。出口はあっちだ」


 男が北の出入り口を指し示した。




-Maximum in the Ragnarok-




「隊長は強いのに弱気だよなぁ」


 町から出て半刻が過ぎた頃、人の姿も随分と少なくなったところで、ガレスはマキシマムを普段の「隊長」と呼んだ。


 マキシマムが注意する。


「僕たちは軍務中だぞ? あんなしょうもない喧嘩で、つけ回されたら厄介だろ?」

「にしても、ムカつきましたよ!」


 パイェの言葉に、ガレスが大きく頷く。


「そうだ。ボコって逃げればいいんです」

「もっと強い仲間が出て来たら困る」


 ガレスががっくりと肩を落とし、パイェに言う。


「隊長は頼りになるのか、ならないのかよくわからんね」

「……ま、隊長の意見は尤もだ。俺達が悪い」

「……俺より先に喧嘩売ってたやつの台詞かよ!」

「俺は反省できるイイ部下だ」


 悪い部下だと揶揄されたガレスが、裏切り者めとパイェに文句を言ったところで、マキシマムは周囲を眺め、街道から逸れる小道に入った。山々の方向へと伸びる道をしばらく進み、二人が口喧嘩しながらついてきたのを確認した彼は懐から鈴を取り出す。


 澄んだ音色が響いた。


「ここに……」


 マキシマムの背後に、黒装束の女が膝をつく。


 ガレスが驚き、パイェは「一瞬かよ」と声に出していた。


 黒装束の女は、ニカーヴで顔を隠しているが、意思が強いと思われる目の輝きが目立つ。


「異民族がヴェルナ西部から北方向へと移動していると報告して。あと、これを」


 マキシマムは、ここまで調べた地図を女に手渡した。


 女が受け取り、一礼しその場を離れる。


「あれが、テュルクですか?」


 パイェの問いに、マキシマムは頷いた。


「そう。いつもいきなり姿を見せるから……もう慣れたけど」

「どこにいたんでしょう?」

「わからない。でも、近くにはいるんだろうね」


 マキシマムは、元の道に戻ろうと二人を誘った。


 彼らが宿場町から北へと伸びる街道に戻った時、少なくない人達が南から逃げてくるのを見つけた。


「なんだ?」


 ガレスの呟きに、パイェが反応する。彼は逃げる一人に叫んだ。


「どうした!?」


 走る男は荷物を背負い、子供を連れていた。


「ウラム公! ウラム公の騎兵!」

「ウラム!?」


 パイェが叫び返した直後、男は後方、宿場町を振り返り叫ぶ。


「国境を越えて! 近くの村がやられた! 逃げてきた奴から教えられて! じきに町にも来るぞ!」


 男は、ぐずる子供を抱えて、さらに荷物を背負っているものだから汗だくであった。


「ウラム公……早いな」


 マキシマムは、噂に聞く蛇目サペルアイの魔導士が率いる軍勢の素早さに感心していた。




-Maximum in the Ragnarok-




 メドゥーサはのろのろと出発準備をすることを嫌った。


 彼女は軍勢の編制を士官達に言い伝えると、騎兵中隊一〇〇を率いて先行したのだ。彼らは電光石火の速度でヴェルナとの国境を越えると、村ひとつをあっという間に潰す。


 メドゥーサはわざと殺戮を命じたが、逃げる者は逃がせとも命じた。


 ヴェルナ王国に混乱を齎す為である。


 彼女の騎兵中隊は補給など全く考えておらず、それは全て現地調達をするからだ。ゆえに、襲った村の食料を頂き、抱えきれない場合は燃やした。


「全て灰にせよ、とお館様のお言葉だ」


 メドゥーサの指示で、ウラム公爵軍騎兵は遠慮なくヴェルナ人達に暴力を振るう。国境付近にいたヴェルナ王国の警備隊も、メドゥーサに指揮された騎兵の敵ではなかった。彼女は現れた敵軍に迷いなく突っ込み、例えではなく、粉々にしたのである。


 メドゥーサは国境を越えた日の夜には、ヴェルナ王国東部の宿場町のひとつへと迫っている。


 それは、マキシマム一行が一泊した町であった。


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