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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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オルヒディン

 軍によって偵察任務は違う。


 グラミア王国軍での偵察は、軍を進める前に対象地に入り、現地での軍行動が円滑に行う為にある。


 地図ひとつとっても、紙面に描かれた地図には高低差が詳しく記されていない。他、地図には載っていないが、実際には川や湿地帯が進軍の邪魔をすることもある。また、地図にはない村や道などを把握し、自軍本隊がいざ作戦を行う際に困らなくするのである。


 偵察隊は三人一組で動く。そして彼らには必ず、テュルク族の女性がつく。テュルク族の連絡網を使って、本隊とやり取りを行う。


 マキシマムは鈴を持っていて、これを鳴らせば、彼の分隊を担当しているテュルク族の女性が音もなく現れるのである。


「――テュルクに、会ったことあるんですね?」


 パイェの問いに、マキシマムは頷くが、曖昧な返答をする。


「会ったといっても、顔はわからないですよ」

「噂では、美人ばかりらしい」


 ガレスの意見に、二人は笑う。


「顔を隠していたら美人というのはわからないですよ。思い込みでしょ」


 同僚の指摘に、ガレスは余裕の笑みを返した。


「顔を隠しているから美人なんだよ、若造」

「……ああ、目だけが覗いているから?」


 マキシマムは言いながら、確かにそうかもしれないと彼女達の姿を脳裏に描く。黒装束で身体を隠し、ニカーヴで顔を隠したテュルク族の女性は、その目だけが露わとなっているのだ。


「そうです。美人で、恥ずかしがり屋なんです」


 ガレスは絶対だと言わんばかりに言い終えると、話題を変えることで自分の主張は、この場では正しいと同意を取りつけたものと試みる。


「隊長、この道は雪が降ったら軍での移動なんて無理でしょうね」

「ああ……地図には載っているけど、冬は駄目だ。書きたそう」


 パイェが仕事の話に加わる。


「さっきの川、浅かったから通過できます。冬でこの道が閉ざされると、川を通過して北回りでこう……でどうです?」


 地図を眺めるマキシマムは、迂回するように指を動かすパイェに同意したが、注意も付け足す。


「ある。でも、その合流地点の確認をしておこう。そこが谷間で雪が深かったら駄目だから」

「ええ……あ、村です」


 パイェの指が示す方向に、煙があがっている。それは炊事のものであると三人にはわかった。


「村……地図には何もないな」

「小さな村でしょうが、確認はしないといけないでしょうね、隊長」


 ガレスが水筒の水を飲み、口から話して言葉を続ける。


「美人がたくさんいたら嬉しいんだけどな」

「あんたの頭はそれしかないのかよ」


 パイェが呆れて笑いつつ、懐から折りたたみ式の単眼鏡を取り出し村の方向へと向けた。


「……村人が……村の外で野草を摘んでます。とても、戦争した国とは思えないのどかさです」

「あいつらは関係ないさ。俺達、グラミアが憎んでいる理由すらわからないだろうさ」


 ガレスが吐き捨てる。


 マキシマムはパイェから単眼鏡を受け取り、覗いた。


 小さな女の子と、母親と思われる女性が野草を摘んでいる。籠にはたくさんの野草が積まれているのもわかった。二人は笑顔で、何やら会話をしながら作業をしている。小さな女の子が、名前がわからない花々を空中へと放り投げてキャッキャッと騒いだようだ。


 マキシマムは知らない。


 グラミア王国が、ヴェルナ王国をどう取り扱うかと。


 併合目的であれば、軍を進めても人々の暮らしを脅かす行為は最小限にとどめるだろう。しかし、そうでないなら、家屋や畑は破壊されるのだ。それは復讐心からではなく、ヴェルナ王国への経済的打撃を与える為である。


 橋、道、集落や宿場町。


 こういうものを破壊することで、ヴェルナ王国の国力を弱める。戦争が仮に短期間で講和となっても、簡単には立ちあがれないまで痛めつけられる。


 彼は、噂に聞くスーザ帝国の東部の惨状を思い出していた。


 過去、グラミア王国補佐官が率いる一軍に蹂躙されたザンクト・ドルトムントを中心とした一帯は、まだ復興ができていない。人を集める道や橋、とどまる町、糧となる水や食べ物を育む井戸や畑や農場が、悉く破壊されてしまったからである。


 無。


 五から十に回復させるのと、ゼロから一を作り出すことは、全く違う。


 マキシマムは、王国上層部がヴェルナをどう扱うのだろうかと案じつつ、そう思う自分の弱さを苦笑にしていた。


「どうしました?」


 パイェの問いに、彼は頭をふった。


「いや、甘いなと思ってね……僕はまだまだ、青くさいガキだ」

「……隊長、女を抱いて大人になりましょう。宿場町、急ぎましょ」


 ガレスの誘いに、マキシマムは数日前のこともあり照れながら拒絶することしかできなかった。




-Maximum in the Ragnarok-




 三人が村を通過し、宿場町に入ったのは夜の手前であった。


 ヴェルナ王国の北に位置する北方騎士団領との往来で賑わう宿場町のひとつは、旅人の疲れを癒す商いが充実している。


 マキシマムは、任務を忘れたかのように見えるガレスに忠告した。


「女の人がいるお店に行くのは駄目だよ」

「……隊長、俺は初めて、隊長の下についたことを後悔してますよ」

「そういうお店は油断が生まれて、ベラベラと余計なことを喋るから駄目だと教わったんだ」


 駄目だという理由を説明したマキシマムに、それでも抗議するガレス。


「喋らなきゃいいんでしょ?」

「屁理屈だ」

「わかった! わかってますよ! 行かない! 俺は牢獄送りは嫌!」


 ガレスは問題を起こせば牢獄に送られる自分を覚えている。


 宿に部屋を取ったのはパイェだ。彼は三人部屋を手配し、ガレスに文句を言われる。


「男で三人、宿場町でまさかの展開だ」


 パイェとて、好きこのんで同室にしたわけではなく、目を剥いて同僚を威嚇するとマキシマムに言う。


「食事、どうします?」

「宿の酒場に入ろう」


 マキシマムの意見に、パイェが意外そうな表情をつくる。


「意外です」

「酒を飲んで酔っ払う目的じゃないよ。集まってる人の様子や、会話を盗み見、聞くんだよ」

「俺は酒を飲みます。せめて」


 ガレスの我儘を、マキシマムは「一杯だけ」と言って許してやった。


 宿は木造二階建ての大きな建物で、一階部分は宿泊客以外でも出入りできる酒場になっている。宿の受付では宿泊のほか、郵便や両替も取り扱う。


 酒場は賑わっていて、三人が囲んだ丸テーブルの隣には、郵便配達を生業とする男が、仲間と食事を楽しんでいた。彼らは国を跨いで手紙を届ける。彼らを害すれば、郵便配達組合の恐い人達が出て来て、害した人間はあの世で後悔することになるのが常識であるから、彼らはある意味、安全を保障されていた。それでも、戦争や紛争に巻き込まれて命を落とす者達はいて、情勢に気を配る職業柄であることから、彼らの会話は役に立つのである。


「配達員て、どうしてわかったんです?」


 小声のパイェに、問われたマキシマムではなくガレスが答える。


「マント留め」


 配達員のマント留めは、組合から支給される。その模様は五枚の花弁を広げた花だ。郵便の仕組みはアルメニア王国東部のベルーズド州で生まれ発達した歴史から、その地方で愛される花がマント留めの模様に採用されている。


 郵便配達員のマント留めの模様を見て、ガレスは小声で続ける。


「もともと、アルメニアの王位継承戦役の時、ベルーズド公が軍の連絡方法として考案したものらしいぜ」

「博識ですね、意外だ」

「おめぇより長く生きた分、いろいろ知ってんだ。隊長は知ってたんでしょ?」

「うん。学校で……ガレス、ルヒティなら飲んでいいよ」

「あ! 隊長んとこの酒ですね?」

「そう。僕の家が出荷してるやつ」


 ガレスが注文を受けにやってきた娘に嬉々として言う。


「彼らには水、俺にはルヒティ」

「はい……割られます?」

「いや、そのまま。あと、鶏肉、魚と適当にもって来い」

「魚はきらしてまして――」


 マキシマムは注文をするガレスの横で、配達員二人の会話に集中していた。


「――だから、都では大変だった。ルベン大公は国王から追放された」

「あの王はクソだね。任せてたんだろ? 大公も、国が滅ぶって時にしたくないことを決める役回りだっただけじゃないか」

「でも、グラミアを裏切ったのはマズイ。女皇の国だ……」

「喧嘩上等の国だからな……熊のような女ってのは本当だろうか?」

「さぁ? でも、夫のなり手がいないようだから……いかついんだろうさ」

「ヴィラの娘てのは、グラミア人達が皮肉で言ってるのかな?」

「いや、戦いとなれば勇敢な女皇を称えているのは本当らしい……俺もトラスベリアのバイエル公領から来たくちだ。こっちは詳しくないが、これは本当みたいだ」

「噂だと、イシュリーンは夢でオルヒディンに抱かれて子供を身籠ったことになっている……いつだったか、けっこう前、病気を理由に一線から引いていた時期があっただろ」

「ああ、あったみたいだな」

「その子供、生まれてすぐにどこかに送られたらしい」

主神オルヒディンを奉る神殿なら、ヴェルナにもあるが……グラミアのロッシ公領ガジェルドの大神殿かな?」

「アルメニアから王族を招いて、グラミア王位を継がせるって話があるそうだが、自分の子供をどうして王位につけない?」

「さぁ? 偉い人の考えることはわからんね。いろいろと、そういう類の話は出てこなくてな」

「お前、オルビアンから北方騎士団に行く途中って言ってたな? そういう噂を集めているのか?」

「個人的興味でね……情勢も集めてるさ。グラミアはヴェルナに軍を入れる。もうすぐ、大戦おおいくさがここで始まる。依頼があっても、組合ギルドは嫌がるだろう」

「ヴェルナはあの王が出るとも思えないし、ライズ伯かな?」

「どんな奴だ?」

「まだ若い。三〇にもなってない。前の王の三番目の妃の弟で、才覚は無くはないという程度らしいが……」

「実績がないからわからんのだろ?」

「だが、グラミア側の実績は抜群だ。普通程度、ちょっとできる程度の奴じゃ相手にならんね。さっさと和平を結んだほうがいいんじゃないか?」

「ま、グラミア軍がヴェルナに入るには、どんなに早くても一か月はかかる。それまで上手くまとまる――」


 マキシマム達の卓に料理が並べられる。


 ガレスが、美味そうにルヒティを飲み、熱い息を吐いた。


「ああ! 美味い。後味がいいんだよなぁ」


 役目を完全に忘れてるような部下の隣で、マキシマムは豚の香草包み焼きに手を伸ばしながら考える。


 ヴェルナ王家が割れている。


 レディーンは大丈夫だろうか……。


 彼は、不幸な姫君の笑顔を思い出していた。




-Maximum in the Ragnarok-




 暗闇に包まれた空間の中に、彼はいた。いや、彼女かもしれない。


 その存在は、自らが支配する肉体が感じる蒸し暑さを楽しむような感覚で佇んでいる。


「主様、如何いたしましょうか?」


 女の声で為された問い。


 彼女はヴェルナ王国に入った岳飛虎崇ガクヒコスウの傍にいた女で、今は化け物である正体を完璧に隠している。艶のある長髪に白い肌、美しい瞳の輝き、豊かな乳房に引き締まった腹部、柔らかな曲線を描く尻にすらりと伸びた脚。


 主は、支配する肉体を使って声を発する。


「ヴェルナから軍を退き、北方騎士団のペテルブルグを攻める。ヴェルナはグラミアとやらせておけばよい」

「ヴェルナの懇願を無視しろと?」

「そうだ。奴らは都合で立つ位置を変える」

「承知しました。岳飛虎崇ガクヒコスウ殿に伝えます」

「糧食は集まっているか?」


 主の問いに、女は一礼する。


「ヴェルナの東部一帯の家畜どもは全て捕えて檻に入れております」

「我が軍の兵達は、大食漢揃いゆえな……数を揃えると、消費する食料も膨大な量となる……大宋はもうじき滅ぶ。それを成せば、西方に進出する糧が十分に揃うが……現状の西方諸国への侵攻も今の規模で継続したい。村々は全て燃やし、家畜は全て奪うようにと、岳飛虎崇ガクヒコスウに伝えよ。あとは好きにせよと」

「かしこまりました」


 女の気配が消えた。


 主は、闇の中で思う。


 家畜どもが支配者の存在を忘れて好き勝手にのさばってできた世界も、もうじき返ってくるだろう。


 多くの同胞が、あの事件で倒れた。


 研究者と家畜の反逆で、計画は不完全なまま実行に移され、それは不満足な結果となり現在に至っている。


 主は、事件の首謀者である研究者の名を口にした。


「オルヒディン……お前の裏切りの結果、家畜ごときに歪められた人類の現状がある……返してもらうぞ」


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