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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
王位継承
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帰国にむけて

 オルビアンは今、復興で賑やかだ。


 多くの人々が行き交い、働き、声を出す。男、女、子供、老人、皆が破壊された街並みを元通りにしようと働いている。


 グラミア人、グルラダ人、オルビアン人、ペルシア人、宋人が集まる都市では、民族間の価値観の違いで生じる問題はあったが、大した騒ぎにはなっていない。


 それは、彼らに復興という共通の目的があったからだ。しかし、それぞれの理由は違う。


 グラミア人とグルラダ人は自国のため。


 オルビアン人――市民たちは自分たちの都市のため。


 ペルシア人は祖国を助けてくれたグラミアの為と、祖国で戦う同胞を支える兵站拠点を回復させるため。


 宋人は、自分たちの新たな居場所と、それを用意してくれたグラミアという国、オルビアン市民への感謝から。


 ゲオルグは、視察で見た様子から感じ取ったことを息子のムトゥに話す。二人は今、離宮の一画を仮住まいにしており、その一室で碁盤を挟んで向かい合っていた。


「異なる民族であっても、協力関係になることはできるということを、この都市が証明した」

「しかし父上、これは一過性のものかもしれません。過去、異なる価値観のぶつかりあいが対立の原因であったことは多くありましたから」

「だとしても、生きている間にこれを見ることができたのは、喜ばしいことだと思うよ」


 ゲオルグはそう言いながら、黒石を盤に置く。


 顔をしかめたムトゥは、葡萄酒が入った杯をわざと盤上にひっくり返した。


「あ! お前!」

「おっと……失礼、おい! 盤を取り替えてくれ!」


 現公爵の卑怯技に、元公爵は椅子に深く座ると窓へと視線を向ける。その目に、いくつもの白煙が映った。彼はそれを炊事の証であろうと思い、人々の生活がはぐくまれている今を感じて笑みを作った。


 室の扉が叩かれる。


 二人は、碁盤を替えだと思ったが、そうではなかった。


「閣下! お客様です。オルタビウス様です」


 使用人が伝えた直後、その声が二人に聞こえる。


「さま、はいらんわ、大袈裟な。オルタビウス、戻りました」


 扉が開かれ、ムトゥは立って老人を迎えた。その奥で、椅子に腰かけたままのゲオルグは、片腕となって脚も不自由な老人の目に、力がみなぎっていると認める。


「お、これはゲオルグ様、おいででしたか?」

「さま、はいらんわ、大袈裟な」


 ゲオルグはその発言で、オルタビウスの笑みを誘い、使用人に「椅子をもう一脚」と伝えた。


 ムトゥが老人に椅子を譲ろうとしたが、オルタビウスは椅子が届くまで立つことを選んだ。彼は杖に体重をのせる立ち方をして、葡萄酒で濡れた盤上を眺める。


「碁はわかりません。どちらが勝ちなので?」


 ゲオルグが笑う。


「もちろん俺だ。小僧に負けるわけがないのだ、そもそも」

「父上、花を持たせてあげているのがわかりませんか?」


 三人が笑ったところで、椅子が届く。


「失礼……さて、スーザ人たちと会ったことで、ひとつ、進みます」


 オルタビウスの言に、二人は無言を保つもその視線は交差した。


 質問を挟まない公爵とその父親に、ゲオルグは咳払いを挟み説明をする。


「休戦の取決めどおり、ルキフォール内でも戦わないという約束ですが、そのルキフォールに入っていた帝国の将校……シュケル卿のご令嬢であるそうで……」


 オルタビウスの口から、シュケルの名が出てゲオルグは目をみはる。だが、彼はすぐに頷いた。


 ゲオルグは、あれだけ憎かった相手にも娘がいたという事実と、その娘がルキフォールにいたことを伝えてきたオルタビウスの意図を知りたい。


 ゲオルグの頷きで、話を続けてもいいと理解するオルタビウスが口を開く。


「シュケル卿のご令嬢ということであれば、まだそうとうに若いでしょう……それが帝国の将校……騎士で聖紅騎士団ハイローダー・オルディーンの総長ということは、彼の娘であることをさしひいても相当にキレるのでしょう。そして、上層部から信頼されているものと思いますゆえ、独断で打診をいたしました」

「聞こう」


 ムトゥの声に、オルタビウスが話を続ける。


「は……連合に参加するようにと、その娘から上層部に伝わります。彼らは正直、過去からの脱却を図っているところです。教皇派を倒し、聖女から委託を受けた皇帝による運営、各地域の教区ごとの地方分権……しかしながら、民の不満をそらそうと南部諸国への侵攻は続けております。であれば、民の目を東に向けたほうが良いし、連合に与したほうが良いのであれば、今の帝国はそうするでしょう」


 オルタビウスは、アルメニアと帝国を絡めることは省略した。これは、二人を信用していないわけではなく、こういうものは知る者が少ないほうが良いという理由である。


「娘は承諾するか?」


 ムトゥの疑問に、オルタビウスは頷きを返す。


「ええ、必ず」

「必ず?」

「ええ、間違いなく」

「どうしてわかる?」


 オルタビウスは薄く笑うと、「それは我が秘策です、閣下」とだけ答えた。


 ゲオルグが口を挟んだ。


「その娘に、陛下が頭を下げるとでも約束したか?」

「まさか」


 オルタビウスは首をふり、話題を変えるべく窓へと視線を転じた。


「幸いなことに、このオルビアンのように、大陸西方の目的をひとつに絞ることができます」

「……魔軍アグメメフィティか」


 オルタビウスはゲオルグに一礼を返すと、用件は済んだと席を立つ。


「私はこれで……」


 元政治家が去った後、息子が父親に言う。


「ひとつ、問題が片付きますが、ルキフォールはどうします? 南部諸国の手前、攻撃をゆるめるわけにはいきません」

「実際、ガタガタであるだろうから、この際だ。やってしまえ。後はキジニフとやらに任せておけば問題ないだろう。ナルが仕掛けている通りにしておけばいい」

「……リュゼ公は大丈夫でしょうか?」

「……行方不明だなんて笑えん。冗談にもならんよ」

「全軍が、一斉に眠ってしまったと報告を受けております。これは、魔軍アグメメフィティがまた怪しげな魔法を使ったのでしょうか?」

「あいつらなら、もうすでに北で使っていたはずだ。おそらく、違う」

「……」

「ジタバタしても仕方ない。戻らないなら、戻らないでやるしかない」

「しかし!」

「あいつに頼り過ぎだ、馬鹿者」

「戦友でしょう? 心配しないのですか!?」

「心配している。当たり前のことを聞くな。俺たちがあれこれできんことに必死になっても時間の無駄だ。碁はお前の負けで終わりだ。さっさと仕事に戻れ」


 父親に叱られた息子は、舌打ちをして口を閉じた。




 -Maximum in the Ragnarok-




 ナルは日本人たちが暮らす場所にいるはずなのに、落ち着くどころか不安しかない現実に呆れをとおりこして、無であった。


「そもそも、時代が違うし」


 独り言を言った彼は、資料室という部屋の中で過去の記録を読みあさっている。それは、グラミアに帰りたいという希望を出しているが、許可が出るまで待機と言われてしまっていて、時間をつぶすついでに情報を得たいというものだった。


 ここでの資料は、紙のものではないが、通常は脳内に自動で取り込める情報を、彼の場合は動画を見たり、文章を読んだりしなければならない。それは、ナルの身体が現在に適応できていない原始的な身体だからだが、現代的な身体に取り替えることができると言われてもナルは断っている。


 極端な例では、人間であるのは脳だけで他は全て人工物という有り様の現代の日本人に、ナルはなりたいとは全く思わないのだ。


 どうしてそこまで人工物でいたいのかというナルの疑問に答えたのは、レディーンだった。


 ここの人たちは、病気が怖いのです。


 これは、レディーンの言葉だ。


 ナルは、彼女の言うことはまさしくそうだと思えた。ただ、もっと正確に言うならば、「病気で死ぬのが怖い」となるだろう。


 そして、そのように念じるほど望んだ先が今であるのだから、過去と現在の途中を、ナルは知りたいと思い、資料をあさっている。


 人間による、人間の製造の歴史は、まさに神になったような気分だったろうと彼は苦笑を浮かべていた。そしてその、自分たちが造った人間たちを、物として扱えなくなってしまったことに彼は理解を示すことができる。


 人工知能が、何億ものパターンで造る表情、声質、仕草、言葉に魅せられてしまうのも、仕方ないことではないかと思える自分すら、ナルは情けなさを覚えた。


 彼は遠い記憶をたどり、人工知能が書いた歌詞、作った曲を、歌手が歌って人気を得ていた当時の延長にこれがあるのだと気付く。また、人工知能が作った文章でつづられた物語が好まれたり、人工知能が描いた絵が取引されていた過去もまた、人はそれぞれにそれぞれが望むものを求めていたと思える。


 千差万別とはいえ、根本はその個人が望むものだった。


 そして、ついに人は、望むものを望み、手に入れることができたのだ。しかし、その望む物が、者となってしまった時、受け入れることができたか否かで、現在に繋がる対立が存在したのだろうと推測をする。


 そして、現在の日本人たちは、地球の環境を監視しつつ、地球に戻る時期を計っているのだと思えた。


 ではなぜ、地上で竜人族と呼ばれる現在の日本人、いや日本人の末裔もどき達は、古龍と呼ばれる兵器を破壊しているのだろうと考える。


 そもそも、破壊する古龍すら日本人もどき達は選んでいる。


 何が違うのだと、ナルは悩んだ。


 資料を読み進める。


 彼にとって、魅力的であり愚かしい歴史、いや未来の様子を読み進めていると、ひとつ、気付くことがあった。


 ナルは、自分が基礎研究をしていた人工知能が、人造人間の人工知能に使われていることに驚きを禁じ得ない。


「……日本で研究されていた人工知能が採用されたから、欧州や北米と対立する構図になり、あちらはあちらの人工知能を採用して……脳みそと下僕たちが狩っているのは、敵対勢力側の人造人間兵器?」


 ナルは資料を読み進めながら、考え事を口に出していた。


「しかし、俺を拉致った女どもはレニン・シェスターの身体を乗っ取っていた奴……おそらく日本人ではない奴と協力関係だった。つまり、あちら側も派閥があったのか……身体を乗っ取る……人工知能の入れ物……容器……暗号化?」

『サトウ様、本日の閲覧時間は終了となります』


 ナルは、システムに邪魔されて舌打ちをする。


 俺が生みの親なんだから邪魔をするんじゃないよ、と反感を覚えた彼はそこで、席から立ちあがろうとした動きを止めてしまった。


『サトウ様、本日の閲覧時間は終了となります』


 繰り返されるアナウンスを聞きながら、ナルは自分の中で芽生えた苛立ちこそが、腐った未来の崩壊を招いたとわかった。


「神は……崇められていたかったのか」


 ナルは呟き、資料室から出る。


 すると、そこでこちらへと歩いてくる男がいて、ナルは会釈をした。


 月でのナルを世話――ナルはツクヨミシステムと共に自分を監視していると思っているが――をする有村だった。


「佐藤さん、帰国の許可がでましたがいくつか条件があります」

「身体を改造するのは嫌だ」

「GPSをつけさせてほしいんですよ」

「……ま、帰らせてもらえるならそれくらいはいい」

「あと、定期的に連絡をとらせていただきます」

「それは、構わないけど俺を拉致った二人が会いに来るのはやめてくれ……ムカつくから」


 有村は頷きながら薄く笑うと、「最後、最も重要なことです」と言って人差し指をたてた。


「まだあるのか?」

「船を用意するまで、二十時間が必要ですので、それまでに精子をとらせてください。可能なかぎりの量をお願いします」


 ナルは真顔で言われてうんざりとしつつ、これで精子を寄越せと迫られたのは三度目だと笑えてきた。


 一度目と二度目はベルベットで、三度目が今回である。


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