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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
王位継承
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三つの前提

 ルキフォール公国内における戦争は、ルキフォール人たちを無視して進んでいたが、ここにきて彼らの手に戻りつつあった。それは大国同士がそれぞれの都合で始めたことを、「あ、やっぱりやめる」という軽い行いといえば辛辣かもしれないが、グラミアも帝国も、この時はそれに近い。


 ただ、現場の人間たち――とくに帝国側の指揮官たちは、南部諸国へのちょっかいを利用してグラミアへの復讐を果たそうという強い想いがあったので、本国から『停戦命令に従え』『当初の予定どおりボルニアに行け』という内容が届くと、仲間に邪魔されたという不満をつのらせたのである。


 ジュリアンは書簡を地面にたたきつけ、「本国の爺ども!」と悪態をつく。その隣でカール・シュタイナーは己の内面を完璧に隠した表情を保ち、書簡を拾ってレーヴに放った。


 受け取ったレーヴは、苦笑いのみを顔に出し、二人に背を向け総長の天幕を出る。それは、戦闘中の前線に戦闘中止の伝令を発するためと、撤退準備を始めることが目的、そして人質として自分が行くので、それまでに段取りを終えておくという目的だった。


 ジュリアンは言葉を発しないカールを睨み、笑みを返されてさらにひと睨みする。


「ジュリ」


 カールから、子供の頃のように呼ばれた総長は、怒気をそがれて溜息をついた。床几にドカりと座り、結んでいた髪をほどきながら、彼女は副官を見上げて問う。


「どうして冷静でいられる?」

「僕は、すこし君よりも愚かだから」


 カールの一人称は、その語調で彼女に『俺』ではなく『僕』と伝わり、それで彼女は、副官が友人に戻ったのだと理解する。そして、そうすることで、彼は戦闘は終わりだと伝えているのだと納得した。


「わかった……わかったよ、カール」

「ボルニアに行こう」

「しかたない……でも、カールはわたしより随分と愚かよ、少しじゃない。間違えないで」


 そう言い笑うジュリアンに、カールも笑みを返し口を開いた。


「わかったよ」


 カールは言い、身を屈めてジュリアンの肩を抱くと、慰めるように二度、その背を叩いた。離れ際、彼はジュリアンに肩を本気で殴られるも、グラつくことなく軽やかな足取りで彼女の天幕を出る。そして、戦闘に関してはレーヴがやっているだろうと思い、自らは書簡を運んできたという本国の使者が待つ幕舎へと向かう。


 聖紅騎士団ハイローダーオルディーンの騎士たちが、カールの姿を見て一礼し、道を譲る。


 魔法の爆発音が前線から届くも、激戦を繰り返していた頃に比べて落ち着いていると彼には思えた。


 使者が待つ幕舎へと近づく彼を見て、その見張りが一礼をしようとしたが固まる。


「か……カール様」


 見張りに声をかけられ、カールは「ああ」とだけ応える。その表情に、見張りは唾を飲み込んだ。


 幕舎の中には、帝国の外交を担当する枢機卿であるアドリアン・ヴラホビッチの部下であるフレドリク・ザークツィーの、さらに部下のまたその下の者が二名、かしこまって待っていた。彼らの服装から、助祭であるとカールは理解した。


 彼は二人に、短く命じる。


「立て」


 教団内において、カールは司祭であるから彼らよりも上であり、軍事においても騎士であり騎士団の副官であるから上だ。だから不自然なことではない。しかしこの時の指示は、そういうものが理由ではなかった。


 二人がほぼ同時に立ちあがった瞬間、カールの抜剣と一閃が右に立った男を襲った。斬られた男は、自分の身体が斜めにずれていくのに困惑しながら、血液と内臓を切断面からこぼして意識を失っていく。


 左に立った男は、同僚を見て腰を抜かし、すでに剣を鞘におさめたカールを見上げ、次に同僚の転がる上半身と、立ったままの下半身を見て、げぇげぇとその場に吐き始めた。


 カールは厳しい表情で、穏やかな声を発する。


「なめた命令を運んできたがゆえに一人、斬った。お前は生かしてやるゆえ、上の者どもに少しは気を遣えと言え」

「は……は……は……」

「どいつもこいつも、命じれば従うと思っている……従うが、それで従者が八つ当たりされると思えば、もう少しマシなことを考えるであろうよ。もしくは、次からは鳩ですませるかな? どう思う?」

「は……はい、は……ははい」

「こいつを連れて帰れよ。見せてやれば、俺の言葉が嘘でないと上の者どもも理解する」


 カールは口を閉じると、立ったままの下半身を蹴飛ばして血と肉片を撒き散らせた。


 腰を抜かした従者は、死体の血と肉を浴びて汚れるも動くことができない。


 聖紅騎士団ハイローダーオルディーン副官は、幕舎を出た。




 -Maximum in the Ragnarok-




 停戦を命じられたグラミア軍側の現場指揮官たちはどうであったか。


 オルタビウスは、三通の文書を作成すると船から鳩を飛ばした。


 一通は、王太子アレクシに届き、二通目は、マキシマムの副官ガレスに届いた。後者は公的に記録されていない密書である。そして三通目だが、これも記録に残されておらず、受取人はアルメニア人のフランソワ・ジダンである。


 オルタビウスの行いは、彼が何度もいう「最後の大仕事」のためであるが、ルキフォールにいるグラミア軍としては、本国の使者として帝国と停戦をとりまとめた彼から文が届けば、無視はできない。


 アレクシは、本国の命令に従い停戦するようにとマキシマムに伝えた。これに大公は、帝国側の現場指揮官たちのように個人的な復讐心はないが、グラミア人としての一般的なスーザ人嫌いはあるから、軽い舌打ちでとどめている。


 こうして、アレクシの本軍へと護衛たちを率いて合流したマキシマムは、人質をお互いに出すという決まりに従い、人選をおこなう。


「公の部下で、ふさわしい者はおられるか?」


 アレクシの問いは、なんら不自然なものではなかったが、マキシマムは眉をしかめる。口にするまでもなく、不満を露わにした彼の内面を、アレクシの側近であるギルモアが代弁するべく口を開いた。


「殿下、失礼ながら……大公殿下は部下を大事になさいます御方ゆえ、そのようなおっしゃりようでは礼を欠いておられます」


 アレクシは「あ」と短く声に出すと、マキシマムに詫びようと席から腰を浮かすも、それをマキシマムが止めた。


「アレクシ殿下、申し訳ございません。戦い、戦い、と続けておりましたので気が立っておりました。謝罪するのは私のほうです」


 王太子に、大公が頭をさげて詫びたが、それを見ていたギルモアは、陣内にいる護衛たち、特にグラミア人たちの表情が気になる。


 皆が、無表情をよそおいながら、王太子を見ていた。


 無言の責め、のように感じたギルモアであるが、それを追求することなどできない。


 彼は腕を組み、マキシマムの行いは、彼の立場であれば当然のことなれど、それはグラミア人たちの前ですると、また別の意味合いをもつと考えた。


 言語化は難しいが、と胸中でしめたギルモアは、オルタビウスからの書簡に記載されていた人物の名を口にする。


「オルタビウス卿は、私かガレス卿がよいだろうと記されていたが、大公殿下は如何でしょうか?」


 オルタビウスは、ギルモアの口からこう伝わるであろうと予測して、文章を書いた――実際には、フィリポスが代筆した。


 老人は、ギルモアの口からこう述べられると、アレクシの側近に人質をさせるわけにはいかないと考え、ガレスを指名すると確信していたのである。


 アレクシは、うかがうようにマキシマムを見た。


「ガレスに頼みたいと思います。ギルモア殿は、王太子殿下のお傍で、殿下をお守りする大事なお役目がございましょう」


 マキシマムの言で、人質が決まった。


 彼が幕舎を去る際、護衛のグラミア人たちが一斉に頭をたれる。その光景はギルモアに、グラミアの本当の王太子は彼であると突きつけているようで、アレクシの側近は口内で呟く。


 これは、想像以上に大変だ、と。


 王太子を幕舎へと送ったギルモアは、護衛のアルメニア人たちを前に思うところを口にした。


「グラミア人たちのなかで居心地はよくないだろうが、アレクシ殿下のためだ。努めてくれ」


 護衛の一人が、ギルモアであるからこそ本心を吐く。


「アレクシ殿下が……気の毒で……お母上の呪いにかかっておられるので、これをご自分の使命だと信じておられます」

「ギルモア様、アレクシ殿下には、もっとふさわしい場所があるのではないでしょうか?」


 護衛たちの発言に、ギルモアはうんうんと頷きを返しながら、「王になるまでの我慢だ」と答える。


「しかし、王になったところで……あの大公がいるかぎり」


 護衛の言葉に、ギルモアは苦笑を返し、口の前に人差し指をたてて皆を黙らせるとその場を去る。彼自身の幕舎へと歩きながら、彼は護衛の意見はまったくその通りだろうと考えつつ、否定できない自分を情けないと思う。


 アレクシは、王となってもマキシマムと比較され続けるだろう。


 しかしアレクシは、彼の母親であるリニティア大公妃の想いを受けて育ってきた。


 リニティアの、執念と言ってもいい強い想いだ。


 思えば、ギルモアも母親が持つ復讐心の影響を受けて育った過去がある。ただ彼は、運よく周囲にフランソワを諌める大人たちがいてくれた。彼らが、フランソワが抱く恨みという心の毒から、ギルモアを遠ざけてくれたからこそ、彼個人が復讐に生きることはない。


 ギルモアは、大人たちに助けられた経験がないアレクシを気の毒に想い、せめて自分だけは彼の味方であろうと、改めて思ったのである。


 そんな彼の胸中を知らない彼の母親は、オルタビウスから届いた手紙を読み、「なるほど」と頷いた。


 大厄、と後に語られるオルビアンの悲劇から復興が始まっている現在、多忙を極めるのはグラミア側だけでなく、アルメニア人の彼女も同じであった。本国との連携、グラミアとの交渉、裏の仕事などなど休む暇がない彼女は、失った片目を隠す眼帯をはずし、煙管に煙草の葉をつめながらオルタビウスの案を読む。


 オルタビウスは、魔軍アグメメフィティへ対抗するに、帝国との関係改善が不可欠であるとフランソワに伝えていた。そのうえで、アルメニアとグラミアの婚姻外交に挟まれることになる帝国が、反発を強くするであろうことを予想し、過去の、アルメニアの王族をグラミアに迎える取決めをした時と現在は状況が違いすぎると続けている。


『思えば、当時のグラミアがアルメニアを頼ったのは、帝国以上の脅威が存在しない世界であったからだ。しかし今は、国家とは違うも意思をもった集団、軍団がグラミアを襲っている。そしてこれは、おそらく、いや間違いなく、グラミアを抜くとさらに西へと西へと向かうだろう』


 フランソワは、オルタビウスの予見は魔軍アグメメフィティとあたった経験から導き出したものであると感じる。また彼女自身も、オルビアンで一夜の死闘をくぐりぬけ、片目を犠牲に命を保った。


 その死闘の記憶が、彼女に老人の考えへの同調を誘うのだ。


 フランソワは、竜――古代文明時代の生物実験が生んだとされる竜まで使ったという魔軍アグメメフィティは、オルタビウスの書くとおり、たしかに通常の国家による侵略とは別物であろうと彼女は結ぶ。


 フランソワは、煙管に魔法で火をつけ、煙を吸い込む。


 オルタビウスは、グラミアを魔軍アグメメフィティとの防波堤とする、と書いていた。


『南北に長いグラミアだからできる。ただし、前提条件がある。グラミア人たちが、苦難の時代もひとつにまとまり外敵と戦える状態であること、すなわちマキシマムが王位を継ぐこと。次に、帝国がグラミアの後方支援拠点として機能すること、最後にアルメニア、トラスベリア、南部都市国家連邦がグラミアへと物資を送り続けること。これらがそろって、防波堤となりえるだろう。協力せよ』


「協力せよ、か」


 フランソワは、なぜか協力したいと思う自らに笑う。


 ただし、マキシマムが王位を継ぐこと、帝国が協力すること、アルメニアはともかくとして、内戦続きのトラスベリアと、自分たちのことしか考えない南部都市国家連邦が協力関係となることなど、はたして起きるのだろうかと案じた。


 ひとつだけなら、もしかしたらあるかもしれないと彼女は思う。


 ふたつ重なるには、それこそ神の力が必要だろうとフランソワは考えた。


 彼女は、スパスパと煙を吸い、赤みが増した葉を手紙に近づけると燃やす。そして、彼女だけしかいないはずの居室で、喋った。


「本国に戻る。支度を」


 彼女は、(はべ)っているはずの草の者に命じると、煙管の煙草を床に捨て靴で踏んだ。




 -Maximum in the Ragnarok-




 ガレスは、オルタビウスから文書が自分宛に届いたことで、マキシマムには知らせられない内容であろうと予想し、読み、間違いなく知られたらマズいと思った。


「あの爺さん、キレてるな」


 彼の独り言は、誰にも聞かれていない。


 幕舎の中で、彼の他には誰もいない。


 マキシマムは、アレクシの軍に呼ばれて離れている。前線では戦闘が続いているが、ホウビに任せて彼は短い仮眠をとっていた。


 起こされた時は恨んだが、それも今はなかった。


 ガレスは、人質として帝国の騎士たちに囲まれることになるだろう。


 正直、怖いと彼は思った。


 人質交換というが、人質を粗略に扱わないと断言できるマキシマムとちがって、あちらは何をするかわかったもんではないというのが、彼の論理、いや感情である。


 それでも、自分しかいないだろうと納得して、諦めた。


 思えば、強盗として多くの悪事を働いていた自分が、こうなっていることのほうがおかしいのだという不思議な達観も得ている。


 記憶に、命乞いをした夫婦が蘇った。


 ガレスは、銅貨五十枚のために、人を殺めている。


 悪人は、悪人で終わるしかないのだと、当時に比べて己を客観視できる今のガレスは思えもした。


 彼は、人質になってくれと頼みづらそうにするマキシマムを想像し、失笑する。


 そして、立ち上がった。


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