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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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大人達と子供達

 グラミア王国暦一三六年、夏。


 グラミア王国軍がヴェルナ王国で異民族との戦いに敗れた。


 グラミア王国の二個師団六〇〇〇人の軍容が、帰国時には半数未満という悲惨な結果となり、王国上層部が深刻な表情で王の執務室に集まる。


 円卓を囲む面々は、王から視線を離せない。彼女は、銀糸のような髪を撫で整えながら無表情である。


 グラミア王イシュリーン一世は、白い肌を怒りで紅潮させているが、その顔は氷のように冷たい表情であった。整えられた眉をピクリと動かしたのは、扉が叩かれた音に反応したからだと思われる。


「ウラム公、ご到着されました」


 侍女の声に、イシュリーンは返答しない。


 入室した壮年の男は、蛇のように不気味な瞳をちらちらと動かし、先客達に詫びた。


「悪い。グレイグ公領の残党が面倒でな」

「言い訳はいい、座れ」


 促したのは軍務卿のオデッサ公爵ハンニバルで、武人そのものといった体躯と顔つきだが、年齢を重ねたことで知的な煌めきを瞳に宿している。文武に秀でた王国の支柱とも呼べる大貴族を前に、不遜が服を着ていると噂されるウラム公爵ドラガンも軽口を封じて席についた。


 国務卿のルマニア公爵マルームが一同を眺め、王に促す。イシュリーンの王女時代から彼女を支える忠義の男は、王の不安と激情を彼女の表情から感じ取り、案じるような視線であった。


 グラミア王国で初の女王は、成熟した美しさを若々しい瞳の輝きで二倍増しにすると口を開いた。


「補佐官は来ぬが、始めよう」


 グラミア王国の王補佐官を務めるリュゼ公爵ナルは、この場には参加していない。だが、ここに集まる者達は、その事情を知っているがゆえに非難をしない。


「遺族への賠償、負傷兵への治療費、再編成の軍費……いずれも大問題ですが、もっとも厄介なのはヴェルナが異民族側についたことです」


 政務卿のモルドバ伯爵アルキームの発言に、ロッシ公爵代理のゲオルグが顎鬚を撫でながら続く。彼は息子に公爵位とオルビアン総督位を譲ることを王に許可されて以降は、王宮で王の相談役におちついていた。


「通常であれば、国内の動揺が収まるまで静観すべきでしょうが、ここは十分な兵力で叩くべきかと……おかしな話ですが、これで彼の国に遠慮なく大軍を送れます」

「賛成します。補佐官殿がどう言うかは別として、私もゲオルグ卿に同意します」


 ルブリン公爵アルウィンがゲオルグの意見に追従した時、遅れた男が口を開く。


「切り取り次第にしてくださるなら、俺がやる」

「お前は……グレイグ公領の南三分の一だけではまだ不満か?」

「俺は欲深いんだよ、アルウィン殿。貴公はアラゴラに広い領地を得た。あの土地は今、オルビアンとベオルードを結ぶ中継地として豊かな経済圏になりつつある……が、俺の治める北国は田舎でな……俺は金と女が好きな男だ。まだ足りぬね」

「ドラガン、ではやらせる」


 イシュリーンだった。


 彼女は、意外な言葉に驚く蛇目サペルアイの男に、あえて微笑み口にする。


「国軍を編制するに時間が必要だ……だが、この時間はヴェルナの者共に立て直しの暇も与える。ちょっかいを出せ。国軍が進出するまでに押さえた土地は貴公にやろう」

「陛下は話が早い!」


 ドラガンが手を揉み喜ぶも、ハンニバルにジロリと睨まれた。


「グレイグ公の……軍務卿派閥と政務卿派閥がお前の領地を狙うぞ。前ばかり見て怪我をせぬようにな」

「案じるな。あいつらにはお互いに喧嘩してもらうことにする。陛下、では我が軍がヴェルナに入りますが、国軍がヴェルナに到着するまでいかほど?」


 イシュリーンは国軍を預かる男を眺めた。


 グラミア王国の筆頭将軍ダリウス・ギブは、白髪混じりの茶髪をガシガシと掻きむしりながら答える。


一月ひとつきは必要でしょうね……ただ、国軍を出すに条件があります」


 王に対して条件をつきつける将軍に一同が笑う。


 イシュリーンも笑っていた。


「なんだ? 聞こう」


 王女時代の彼女に仕えたダリウスは、補佐官であるナルと共に彼女を助けて王とした。その後も、イシュリーンの為に周辺国と戦い続け、今もまた彼女を補佐している。そんな彼に向ける彼女の表情と口調は、友人にしか取らないものという他に表しようがないものだ。


「陛下は留守番です」

「嫌だ」

「留守番。これが条件です」


 マルームが吹き出し、イシュリーンに睨まれ口をつぐむ。


「俺が行きます。徹底的に……叩き潰します。我が国を騙し討ったヴェルナと、弄んだ異民族ども……蹴散らして参りますので陛下はご遠慮頂けますか?」


 発言を終えるあたりで、ダリウスの顔と声は危険なものとなる。


 イシュリーンは頷き、溜息混じりに答えた。


「わかった。だが、こちらも条件がある」

「伺いましょう」

「ヴェルナの……我が軍を裏切った張本人……ルベン大公ルシアンは生かして連れてくるように……反省をたっぷりとさせる。他は好きにせよ」

「かしこまりました」




-Maximum in the Ragnarok-




 グラミア王国の王都キアフは、その機能をベオルードに移している最中である。それに伴い人もゆるやかにだがベオルードに移りはじめているが、賑やかさは一向に衰えていない。


 その都市の王宮に近い場所に王立士官学校があり、隣地には寄宿舎がある。国中から集まる士官候補生達が困らないようにと、大きな建物は富豪の屋敷にも見えるが、内装は質素なものであった。


 士官候補生だったマキシマムも、ここに住んでいた。


 卒業した現在は、花屋の二階を借りているが、士官学校の目の前である。卒業が近くなり住まいをどうしようかと迷っていた彼を、花屋の主人が誘ったのである。息子が使っていたが、オルビアンに店を出すと出て行ってしまい空室だからという誘いに、マキシマムは乗ったのだ。


 食事込みで家賃は一〇〇〇ディール。


 親切な値段と思われる。


 花屋の店先に、実家から帰ったマキシマムが姿を見せると、従業員のレミが笑顔を咲かせた。十五歳からこの店で働く彼女は、南方大陸からの移民である。グラミアでは珍しいチョコレートのような肌に黒い髪が目立つ。


「マキ君、おかえりなさい」

「ただいま……あ、持つよ」


 レミが持っていた肥料袋を、マキシマムが持つ。彼が持っても重い荷物を、すでに何度も運んでいる彼女は汗ばんでいる。

 

 マキシマムは、一つ年上の彼女から慌てて視線を逸らした。


 濡れた彼女の身体が薄着にはりつき、そのくびれと膨らみを強調していたからだ。また、少し透けてしまっていたからでもある。


 マキシマムの動揺で、自分の格好に気付いた彼女は赤面して慌てた。


「あ! 着替えてくる。ごめんね、運んでもらって」


 パタパタと店の奥へと消えて行く彼女の背中とお尻を、マキシマムは年頃の男なら誰もがもつ衝動を抱えながら、懸命に押さえつつ、眺めてしまう。


 記憶が蘇る。


 今朝早く、丘でエヴァと抱きしめ合った。あくまでも再会を喜ぶ行為だったが、今にして思えば、彼はとても鼓動が早くなる。


「お! おかえり! 実家はどうだった?」


 店主の老人に声をかけられ、マキシマムは肥料の袋を運びながら笑うことで誤魔化した。


「ひさしぶりだったんで、緊張しました。ハハ……」

「疲れただろう? 食事を作らせるから、湯浴みをしてサッパリしたらおあがりよ」

「ケールさん、いつもありがとう」

「なに、家賃もらってるでな」


 マキシマムは店の裏口に肥料の袋を置くと、自分の部屋へと向かう。きしむ階段をのぼり、廊下を進んだ奥の部屋だ。寝台に机、書棚しかない彼の部屋は、主人が帰宅しても寂しい印象である。


 寝台の下から衣装箱を引っ張り出した彼は、着替えを手に革袋の財布をもつ。そして店から出て、浴場へと向かった。


 公衆浴場はキアフ内にいくつもあり、風呂に入る習慣があるグラミアでは誰もがよく使う。湯で身体を洗うだけではなく、垢すりもある。軽い食事と酒も出す。


 彼は公衆浴場の更衣室で、友人と出会った。


「マーヴェリク」


 マキシマムが声をかけると、相手が気付く。


「マキシマム、お前、帰ったなら教えろよ。こっちはお前が無事だったの、父上からしか聞いてねぇよ!」


 マーヴェリクの父親は、国軍の筆頭将軍のダリウス・ギブだ。つまりマーヴェリクもおぼっちゃんと言われて差し支えない育ちだが、家を出ている。それは問題があってではなく、士官学校に入っているからで、マキシマムより二つ年下であり、まだ候補生なのだ。


 二つという年齢の差はあるが、マキシマムの実家にダリウスが子供を連れて遊びにきていたことで、二人は小さな頃からよく一緒に遊んだ。結果、年齢差に左右されない関係となっている。そこには、マキシマムが年下の相手を子分扱いしない性格だからというものも間違いなくあった。


「戦い、どうだった?」


 マーヴェリクの問いに、マキシマムは思い出したくないと頭を払う。


 二人は服を脱ぎながら会話をする。


「やばかった?」

「……滅茶苦茶。二度と御免だ」

「ええ? 情けない」

「仕方ないだろ。お前と違って僕は戦うの得意じゃないんだよ」

「魔法使えるくせに。ああ……俺も魔導士がよかった」

「替わりたいよ」

「あ、お前、ムケてる!」

「……」

「ラベッシ村、帰ったと親父から聞いてたからさ。まだしばらくいるのかと思った」

「明日からまた出仕……斥候で行かないといけなくて」

「どこに?」

「ヴェルナ」


 二人は更衣室から浴場へと移動する。


 大きな浴槽がいくつもある広い室。


 二人は桶で湯をすくい、並んで髪を洗う。


「エヴァと会ったか?」

「会ったよ」

「やったか?」

「やってないよ……お前、小父さんそっくりになってきたな」

「父上に? だったら俺もモテるな!」


 血だ、とマキシマムは笑う。


「ベルねえ、怪我したって聞いたけど、大丈夫か?」


 マーヴェリクは、ベルベットのことをベル姉と呼ぶ。これは過去、彼が小さな頃、彼女をベルベットおばさんと呼んだ際に、とんでもなくひどい目に遭わされた後、「お姉さん! なのだ」と言いつけられているせいだ。


「大丈夫……だ。先生は大丈夫」

「だったらいいけど……仇は取ってやろう」

「……候補生はまだ戦えないぞ」

「もしかしたら、実地訓練で行くかも」

「……本当に?」

「戦闘には参加させてもらえないだろうけどさ。なんか、上の人達、ヴェルナにまた兵を向けるって噂あって……俺達も行くんじゃないか? て皆、話してる」

「噂だろ」

「噂でないことを俺は祈ってるね! 片っ端からぶっ飛ばす!」


 二人は会話を続ける。


「でも、知り合いが死んだりするんだぞ」

「……マキシマム、知り合いに死なれたのか?」

「……俺の小隊、半数が……」

「部下もってたのか!? すげー!」


 マキシマムはカチンときて、厳しい声と表情になった。


「すごくない! 全然、すごくない!」

「……怒るなよ……ごめん。いや、部下が死んだのは気の毒だ、うん……悪かった」

「本当に思ってるか?」

「思ってる。マキシマム、初めて部下を持ったもんな。だから自分のことのように嬉しくてさ……でも、やられたら確かに悲しいよな?」

「お前みたいな部下ならやられても平気だ」

「……ひどい! 泣くよ? 俺、傷ついた!」


 マキシマムは抗議するマーヴェリクを無視して身体を洗う。


 年下の友人は、風呂からあがってもギャーギャーとうるさく、マキシマムは冷たいヨーグルトを奢ってやることで黙らせたのだった。


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