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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
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光を守る為に、光を失う

 岳飛虎崇ガクヒコスウがしたことは、少し時間を遡って彼の行動を追えばわかりやすいかもしれない。


 彼は会見を希望した。そして、オクトゥール東の草原地帯にその場所が指定されると、軍勢を引き連れて向かう。


 彼は交渉が破綻した後、自軍に真っ直ぐ帰っていない。


 会見によって連合軍の配置を確かめた彼は、グラミア軍、つまり敵右翼を叩くことが勝利になると確信したがゆえに、敵を吊り出し潰そうと考えたのである。


 岳飛虎崇ガクヒコスウは、味方左翼の南側に、召喚魔法陣を魔法の文字で描いた。異世界の化け物を、軍団単位で呼び寄せることができるほどの強力な術者である彼は、こうして伏兵を置いたのである。


 連合軍とぶつかった異民族軍は当初、策無しと見られるほどの弱さで敵をおびき寄せる。そして連合軍右翼であるグラミア軍が、伏兵が潜む付近に接近したと同時に、岳飛虎崇ガクヒコスウは召喚魔法を発動させたのだ。


 黒皮狩人ハンター五〇体を率いた黒司祭サバト五体。そして、小鬼ゴブリンの群れ五〇〇匹。さらに食人鬼オーガ三〇〇体。


 この戦力が、異民族軍を圧倒するグラミア軍の側面に襲いかかり、グラミア人達は奇襲を受けて優勢を一瞬で失ったのである。


 岳飛虎崇ガクヒコスウは青い旗の連なりが乱れていく光景を後方で眺めながら、グラミア軍の隊列が崩壊していくことに満足を覚える。だがすぐに頬を引き締め、黒馬に跨ると従者から戟を受け取った。


「ヴェルナに用がある。お前らはグラミア人相手に戦っておれ」


 従者は一礼するも、口を開いた。


「作戦は? あの……指揮は誰が?」


「必要ない。グラミアができることは後退のみだ。それに、お前らの誰が化け物を操るのだ?」


 従者はそこで、控える各種族の指揮官達を眺めて同意を込めて頷く。


 岳飛虎崇ガクヒコスウは鼻を鳴らすと、馬の腹を軽く蹴った。


 黒馬がグンと加速し、彼は異民族軍中を疾走する。黒いマントをたなびかせ、戟を片手に駆け抜けた。彼が進む方向で、異民族達が慌てて道を譲る。間に合わなかった者は馬に蹴り飛ばされる。


 彼は速度を落とさない。


 歓声と悲鳴の中、岳飛虎崇ガクヒコスウは敵軍中に突っ込む。瞬間、ヴェルナ軍兵が戟で叩き割られ、至近距離からの爆炎を受けて吹っ飛ぶ。結界魔法が瞬時に張られたが、馬に乗り駆けながら戟と魔法で破壊を齎す男は災厄と呼ぶほかなかった。


 ヴェルナ人達は一人の敵に怯む。


 異民族兵達が、岳飛虎崇ガクヒコスウの蛮勇で盛り返す。


 黒衣の魔導士は馬上のまま、氷姫激舞ファライコス・ヘルメースを発動させると、彼の進行方向上数十デールが一瞬で凍りつく。兵も草木も氷となり、甲高い音を発して砕け散った。


 直後、彼を乗せる黒馬が疾走する。


 ヴェルナ軍の部隊群が、彼を進ませまいと位置を変えようと試みた。


 しかし、グラミア軍が化け物達に押されている現在、異民族軍はほぼ全軍でヴェルナ王国軍に向かってきているなかで、それは悪手でしかない。


 無駄で無理な部隊の動きで生じた隙は、無遠慮に突かれる。


 岳飛虎崇ガクヒコスウは敵指揮官がいるであろう本陣へと突っ込む。彼はそこで、ルベン大公ルシアンと再会を果たすと、即座に怒鳴っている。


「グラミアを攻めよ! それで貴国とは和を結ぶ! 断ればお前を殺す! お前の国も滅ぼす! どうする!?」




-Maximum in the Ragnarok-




 岳飛虎崇ガクヒコスウとベルベット・シェスターは、大陸の東西を代表する魔導士だが、両者には決定的な違いがある。


 前者は為政者であった。また軍の指揮も政略も謀略も得意であった。


 後者は研究者である。軍の指揮も、政略も謀略も専門外だ。


 それでも個人として戦う場合、二人の間に差はないだろう。さらにいえば、ベルベットは魔導士としての戦いに限定すると、岳飛虎崇ガクヒコスウを凌ぐかもしれない。


 だが、戦争では別なのである。


 そして、ベルベットは岳飛虎崇ガクヒコスウと違い、大陸西方の常識を尊重している。

 

 ベルベットは今も、崩壊しつつあるグラミア軍全体を結界魔法で守りながら、味方の後退を助けるべく化け物の群れに魔法攻撃を行っていた。だが他人の目があるところで、彼女は禁呪や古代魔法を使わない。それは、仮に彼女のおかげでグラミア人達が助かったとしても、彼らは逆に自分を恐れるようになることをベルベットは理解しているからである。


 過去の行いで、彼女は学んでいた。


 子供のころ、自らの行いで恐れられ、忌み嫌われていた記憶が彼女に、人の目を意識させた。それでも、できる限りで彼女は皆を守った。


 ただしこれは、ルナイスの意見であるから、ベルベットが違う理由でそうしていたのかもしれない。しかし重要なのは、ベルベットがこの戦闘において、本気を出せなかったというところである。


「マキ! 後退する味方に道を作ろう! 我々も退がりながら戦おう!」


 ベルベットの意見に、マキシマムは了解の意味で身を翻す。それで露わとなった彼の顔は、小鬼ゴブリンの血でどす黒く汚れていた。


 ベルベットは目を見張る。


 あのマキシマムが、という驚きで彼女は一瞬だけ目を閉じた。


 ルナイスが喚く。


「弩で応戦しろ! 蛙を接近させるな!」


 黒皮狩人ハンターが隊列もなくグラミア軍に突っ込み、動揺した人間達は続く小鬼ゴブリン食人鬼オーガの餌食となる。特に悲惨なのは食人鬼オーガにやられた兵士達で、彼らは負傷し倒れたところを、生きながら喰われる地獄に殺せと叫んだ。


 山羊の頭を持つ黒司祭サバトが、部隊全体を守る結界魔法を発動させていた。こうなると遠距離からの魔法の撃ち合いはできず、剣と剣をぶつけ合う距離での物理と魔法のぶつかり合いとなる。


 マキシマムは敵の血で濡れた長剣を一閃させ、黒皮狩人ハンターの両腕を切断した。そしてすぐに後方へと駆け、パイェに襲いかかった食人鬼オーガを背後から突き殺す。


 マキシマムは何も考えられない。


 ただ敵を倒すことしか見えていない。


 仲間を守ることしか考えていない。


 その動きは凄まじく、後退するグラミア軍の中でマキシマムの隊だけが善戦するという状況を生んでいた。当然、ルナイスとベルベットがここにいることも理由にはなる。だが、この時のマキシマムは、二人ですら強いと認めるほどに神懸っていた。


「マキ! 退がれ! 出過ぎだ!」


 ルナイスが叫ぶほど、彼は最後尾で戦っていた。


 隊長を守れと、ガレスは勇気をふりしぼった。


 ガレスは、マキシマムに迫る小鬼ゴブリンに体当たりをする。子供のような身体に豚の頭をもつ化け物は、だが力は強かった。押し合いになったが、ガレスはわざと引いた。それで体勢を崩した相手に蹴りをいれ、斬撃を見舞う。そして、マキシマムの腕を掴んだ。


「隊長! さがって!」

「……! ああ!」


 二人が後ろに走る。


 周囲はもう敵だらけで、化け物だらけという有り様であった。


 ここで、グラミア軍後方から騎兵の集団が戦場に到着する。彼らは弩の斉射を敵に浴びせ、そのまま叫びながら突っ込んだ。


美神ヴィラの娘を勝たせろー!」


 グラミア軍の突撃の際に用いられる掛け声で、敗走していた歩兵部隊群の動きが一瞬止まる。


 彼らは下を向き、西へと懸命に走っていたが、騎兵の突撃に合わせて反転した。


「負けるか!」

「勝って帰るぞ!」

「押し返せ! 騎兵を助けろ!」

美神ヴィラの娘を勝たせろ! 勝たせるぞ!」


 兵士達の怒声が連なり、マキシマムは自分を追い越す勢いで敵へと突っ込む味方に驚く。彼らの突然の反撃は、化け物達に痛撃を与えた。両軍の潮目が一瞬で爆発したかのように悲鳴と怒声が発生し、肉片が吹き飛び千切れ飛び、人間と化け物の血でたちまち大地は赤く黒く染まる。


 マキシマムは長剣を敵に投げつけ、パイェが投げて寄越した剣を掴む。同時に、身体を回転させた一閃で、迫った黒皮狩人ハンターの胴体を薙ぎ払った。飛んで躱そうとした化け物は、腹部から贓物をぼとぼとと溢しながら死んでいく。


 グラミア騎兵の突撃を受けて、化け物達の勢いが弱まる。しかし、グラミア騎兵側も被害は小さくなかった。彼らは化け物の群れを突っ切ったが、すでに半数を失っていた。それでもフェキルは、山羊頭の鎌で切断された右腕を無視して叫ぶ。


「再度、突っ込む! 山羊を殺せ! 奴らを始末すれば! 魔法戦で優位に立つ!」


 化け物の群れを守る結界魔法を、数体の黒司祭サバトが発動していたことを、フェキルは突撃し接近したことで察知したのである。負傷しながら馬を駆る彼の気迫に、部下達は雄叫びで応えた。


 騎兵の集団が再び化け物の群れ後方へと突撃するものと見て、ルナイスはここだという決意で叫ぶ。


「全員! 騎兵を助けろ! 美神ヴィラの娘を勝たせるぞ!」


 だが、その吠え声は直後の報告で掻き消されることになる。


「ヴェルナが! ヴェルナが転進! 我が軍に攻撃を!」


 血塗れの伝令が叫んでいた。




-Maximum in the Ragnarok-




 戦場は夜を迎えようとしている。


 数多の死体は野晒しで、多くはグラミア人であった。


 まだ生きている者達がいたが、問答無用で化け物の食料にされる。死んだほうがマシだと思える凄惨な光景が、そこにはある。


 真っ赤に染まる夕陽を背に、ベルベットは立っている。


 彼女は、数歩離れて立つ馬上の男を睨んでいた。


「お前がここに立つだけで、我々の追撃は止まってしまったな」


 馬上の男――岳飛虎崇ガクヒコスウが喋った。


 ベルベットは、汗に濡れた衣服が重いと苦笑し、それが相手には不気味に映る。この期に及んで笑うかという感想を覚えた岳飛虎崇ガクヒコスウは、血塗れの戟を一閃し、動揺と血を払った。


「収めてもらえないか?」


 ベルベットの頼みに、岳飛虎崇ガクヒコスウは余裕を取り戻す。


 彼は馬の首を撫でながら、夕陽に染まる空へと逃げるグラミア人達を睥睨する。だが、そこに留まろうとする集団も視認し、仲間思いなことだと口端を捻じ曲げた。


「駄目か?」


 重ねて問われた彼は、顎を指で撫でながら答える。


「あの中に、お前の大切なものがあるのか?」


 岳飛虎崇ガクヒコスウは問いに問いで返した。彼から見て、留まろうとする集団は、一人を数人で抑え込んでいるように見えた。それはベルベットを置いてはいけないとする一人を、複数で止めている図であると理解した。


 その集団の一人が叫んだ。


 その声は、二人の場所まで届いた。


「先生―!」


岳飛虎崇ガクヒコスウには、先生とは誰のことか理解できた。


「お前の弟子か?」


「……わたしの子供、弟、家族……大事な……大事な人だ。弟子よりも、ずっと大事な」


「そうか……お前にはまだ守りたい相手がいる。俺には、壊したいものしかない」


 男の台詞に女は笑った。


「おもしろい揶揄だ。岳飛虎崇ガクヒコスウ卿……だが、それでも貴公はまた守りたい相手を見つけるはずだ。わたしも……長い時間を経て見つけることができたのだから……」


 岳飛虎崇ガクヒコスウは脳裏に殺された恋人を描く。


 大宋国の皇帝の血を継いだが為に、政治の道具にされ、民の恨みをかい、泣きながら死んでいった恋人の最後を思い出していた。


 彼は、ベルベットを助けたくて叫ぶ青年を遠目に眺め、彼の為に立つ彼女へと視線を転じた。


「よかろう。お前がその大事な人を守る代償を差し出せば、俺は退くし、兵にも手出しをさせぬ」


 ベルベットは細い息を吐き、腰の短剣を抜く。


「先生―!」


 マキシマムの声が聞こえた。


 ベルベットは、彼の気持ちが嬉しくて、一筋の涙を流す。そして、その涙を溢れさせる両目を、短剣で割いた。


 激痛にも声を出さない彼女は、離れて行く馬蹄を認める。


 しばらくして、背後から抱きしめられていた。


「先生! 先生!」


 マキシマムの声だと、光を失った魔導士は微笑む。


 彼女は、光を守ることができたと安堵していた。


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