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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達はまだ大人になれていなかった。
12/169

始まる

 ヴェルナ王国に異民族側から使者がやって来たのは、涼しさが暑さを追いだした夕闇濃い時間帯であった。ヴェルナ王国の王ジローナ二世の代理として彼らに対応したルベン大公ルシアンは、グラミア王国の派遣軍指揮官フェキル・カブール将軍に次の内容を伝えている。


「先方の責任者と会う。異民族側から、貴国の責任者と共に、ベルベット・シェスターを同席させるようにという要求である」


 これを受けてフェキルは悩んだ。


 しかし、とにかく本人に伝える他なく、知らされた彼女もまた悩んだが、断る理由が見つからないことから承諾する。


 かくして、オルトゥールから東へ半日ほど移動した場所にあるガーザ平野で、双方の責任者が顔を合わせることになった。


 異民族側からヴェルナ王国に使者が派遣された翌日の昼である。


 ヴェルナ王国軍一個連隊一〇〇人が守る幕舎の中で、ベルベットは少しだけ緊張していた。彼女を指名した敵は、ベルベットがこの国でヴェルナ王国側についていることを知っているからである。それはつまり、彼女が魔法で敵を倒しまくった結果から、報告だけで、誰の仕業かわかるだけの人物が異民族側にいるという意味になる。そしてそれは、その者こそが、召喚魔法を使った張本人となる。


 彼女はある可能性を消すことができない。


 行方不明となった母親レニンが、異民族についているというものだ。これは常人であればあり得ない判断なのだが、レニン・シェスターという人を他と同列に並べて推測することは愚かしいのである。


 せわしなく貧乏ゆすりをするルベン大公の脇に、グラミアのフェキル、ベルベットの順で控えている。そこに、兵士が告げた。


「到着されました……一人です」

「すぐにお通しするように」


 ルベン大公が応えた。


 どんな奴かと、それぞれが想像を膨らませる中で、相手が現れる。


 幕舎の中に通された男は、長身で、細身で、おそろしく美形の黄色人種であった。大宋国の人間であると、身に纏う絹服の装飾で知ることができる。


 彼は金色の瞳にベルベットを映し、艶のある黒い長髪をかきあげると感情のこもっていない声を発した。


「御足労おかけした。岳飛虎崇ガクヒコスウだ」


 相手が名乗り、ベルベットだけが腰を浮かす。その名の意味を、ルベン大公もフェキルもわからなかった。


「お前がベルベットだな?」


 入るなり男がベルベットに問う。彼は大陸の公用語のひとつであるアルメニア語を発していた。


「そうだ」


 答えたベルベットは、喉を鳴らして目の前に立った男を見上げる。相手は、ルベン大公も、フェキルも見ていない。


「お前だと思った。西方で、あの魔法を使えるのは現在、お前しかおらぬ」

「古代魔法のことか?」

「そうだ。俺が召喚した兵が何もできずに殺されたと報告を受け、その経緯を聞き、古代魔法のひとつだろうと思った。それはお前が敵にいるということだ。確かめたかった」

「貴方が異民族にどうして協力している?」

「協力? それは間違いだ」


 岳飛虎崇ガクヒコスウは嘲るように口を歪め、三人の対面に置かれていた椅子にようやく座る。そして脚を組むと、腰の長剣を帯から外して地面に投げる。


「大宋の言葉、アルメニアの言葉、どちらがいいか?」

「アルメニアでお願いしたい。こちらがルベン大公ルシアン様、グラミアのフェキル・カブール閣下と、ベルベットだ」


 ベルベットが言い、ルベン大公とフェキルを見た。二人とも、アルメニア語は理解できると頷いてみせる。


「よろしい。一戦し決着をつけるか、休戦するか、二択を授ける。前者の条件はない。後者の条件は、王女レディーンを寄越せ」

「レディーンを? できるわけがない!」


 ルベン大公が椅子から腰を浮かした。


 彼は、姪にあたるレディーンがようやく無事に帰都したと喜んだが、数日と経っていない今、このような要求を認めるわけにはいかなかった。それは国とか民とは関係がない、ただ一人の、普通の人間としての気持ちが強く出た反発だからである。


 ベルベットは、ルベン大公を良い叔父だと認めたが、権力者としては甘いと感じた。だからヴェルナ王国は現状を招いているのかと瞼を閉じる。このような交渉で、家族を人質に出せと言われて感情を露わとする愚かさを嘆いている。


「では、戦おう」


 岳飛虎崇ガクヒコスウが席を立つ。


「ま! 待て。代案はどうか? 金や食料なら」


 ルベン大公の言葉に、岳飛虎崇ガクヒコスウはまったく興味を示さない表情で口を開く。


「金? 食料? そのようなものはいつでも手に入る。レディーンはそうではない。人質として渡すなら貴国を攻めぬという条件を伝えただけだ。そこに代案はない」

「貴様は! 貴様だって家族がおろう!?」

「いたが、もういない」


 岳飛虎崇ガクヒコスウが薄く笑うと、ベルベットに視線を転じる。


「家族……いたな。いた……が、俺を気に入らぬ奴らは、俺には勝てぬからという理由で、勝てる相手に狙いをつけた……自分より弱い者にしか、強くでられない惰弱な者達にでさえ、俺は傷つけられもするとそれで知ったわけだ……不死の身体であっても、まだ少し人の心が残っていたかとそれで驚いたわけだ……そうだな……」


 彼はフェキルを見る。


「グラミアがヴェルナに軍を入れているが、まだ我々は貴国と対立を決定的にしたいわけではない。軍を退くならば、この憐れな王族に、考える時間を与えようと思うがどうだ?」

「そちらが軍を退くという確証がないままできない」

「……やはり、戦うしかないな。時間に限りある貴公らの手間を取らせて悪かったな」


 岳飛虎崇ガクヒコスウが身を翻し幕舎から出て行く。


 ベルベットは追った。


「待て! 答えを聞いていない。どうして、異民族側にいるのだ?」


 幕舎から出たところで、岳飛虎崇ガクヒコスウが立ち止まる。そして追いついたベルベットと並んだ。


「ベルベット、そっくりそのまま質問を返す。どうして、ヴェルナ……いや、西方諸国側の軍勢に加わっている?」

「……事情がある」

「俺もだ」

「……守るためだ」

「何を? 民衆を……などとほざくなよ?」

「わたしを、だ。わたしを守るためだ。わたしは、どうしても失いたくないものがある。それが壊れれば、わたしも壊れる。だからだ」

「では、俺と同じだが……俺のほうが少し先を進んでいるな」


 岳飛虎崇ガクヒコスウは歩き出し、言い放つ。


「壊れたから、俺はこうしているのだ。答えだ」


 ベルベットは、去る岳飛虎崇ガクヒコスウを追わなかった。




-Maximum in the Ragnarok-




 陽が高い。


 風は穏やかだ。


 しかし、人間達は荒々しい。


 軍装に身を包んだ大量の人間達が、東と西に集団を形成し睨み合っている。


 戦いが始まろうとしている。


 オルトゥールの東に広がるガーザ平野で、ヴェルナ・グラミア連合軍と異民族の軍勢は決戦を前に雄叫びをあげあっていた。


 グラミア軍は右翼に位置している。中央と左翼はヴェルナ王国軍だった。総勢一二〇〇〇という大軍は、数だけでいえば異民族側を圧倒している。だが異民族は騎兵の比率が高く、八〇〇〇のうち、三〇〇〇が騎兵であった。その機動力で戦況を有利にする魂胆であろうと、右翼のグラミア軍指揮官フェキルは睨んでいた。


 このグラミア軍五〇〇〇の中に、マキシマムの隊が加わっている。第五歩兵大隊に編入された彼の小隊は、他の部隊と同じように、戦いが始まれば敵に向かって前進をする予定であった。


 マキシマムはまったく緊張していない自分に驚きつつも、この数日間のおかげかとおかしな感謝をしていた。憲兵に殴られた頬はまだ少し腫れているが支障はなかった。


 彼は副長として復帰したルナイスとベルベット、そして兵達の先頭に立つ。左の盾を少し動かし、右手はいつでも抜剣できるよう、常に指を動かしていた。そのすぐ後ろで、ルナイスが唇の乾燥を嫌がり舐める。彼の隣では長髪を紐で縛る動作をしながらベルベットが兵士達にむかって喋っていた。


「安心して戦えばいい。お前達が危ない時はわたしが助ける。わたしがここにいる限り、お前達が敵の魔法でやられることはない。前だけを見ろ。敵だけを見ろ。隣の仲間を助けろ。傷ついた仲間はすぐに救え。わたしが――」


 彼女の言を遮るように、角笛が吹き鳴らされる。


 巨獣の咆哮にも似た轟きは、一瞬後の怒声を誘った。


「行くぞ!」


 マキシマムが吠えた。


 ヴェルナ王国とグラミア王国の軍勢が、東方から侵入していた異民族の軍勢と戦ったこの会戦をもって、第二次神魔大戦ラグナロクの始まりとされている。


 グラミア王国暦一三六年の夏。


 ガーザ平野の戦いと共に、大陸の人口を半減させたとされる史上二度目の神魔大戦ラグナロクが幕をあげた。


 マキシマムが、十八の時である。


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