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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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生きているのであれば……

 平原のど真ん中で、樹木がまばらな見通しのよい一帯で、両軍は激しくぶつかりあった。グラミア軍オルビアン連隊の兵力はこの時、騎兵六〇〇、歩兵四〇〇〇強というもので、対するアグメメフィティ軍は騎兵一〇〇〇の部隊が三部隊で、うち一部隊は後退している。この後退の部隊を率いていたテムジィは、絶妙の呼吸で現れたスブタィとジェーベの手腕に、彼らが自分の味方であることに喜ぶあまり、戦場であっても笑顔を浮かべた。


 しかし、その笑みが瞬時に凍りつく。


 オルビアン連隊は、スブタィとジェーベの到着を予期していたかのように、騎兵による反撃によって歩兵部隊群を守ると、これで得た時間で歩兵陣形を修復し、弩の斉射と魔法攻撃による重い一撃をスブタィの騎兵部隊へと与える。


 スブタィは敵指揮官がオルタビウスであると知っており、「老いて盛んな!」と怒鳴りつつ部隊を後退させる。騎兵による転進にオルビアン歩兵部隊群は追撃を行えなかったが、スブタィ部隊の退避に連動し突出したジェーベ騎兵部隊の攻勢に備えるべく、停止し陣形を整え始めた。


 オルビアン連隊の歩兵部隊間では、伝令、伝令犬が走り回り、疲れた部隊と温存された部隊の交代が素早く行われる。


 グラミアハウンド達によって運ばれた文書により、各部隊指揮官は正確に司令官の指示を受け取っていた。これによって、素早く意思統一を図るオルビアン連隊は一糸乱れない組織行動を行った。


 ジェーベはこれまで、数多くの戦場、狩場で命を賭けてきたが、この一戦はこれまでと相手が違うと肌をざわつかせる。


 アグメメフィティ軍騎兵が、オルビアン連隊歩兵部隊群にぶつかった後、歩兵達は後退しつつ矢を放ち、そこにオルビアン騎兵連隊が素早く駆け付ける。


 ギュネイは馬上で、抜き放っていた長剣を一閃させる。


 ジェーベ騎兵の一人が、すれ違いざまに頸動脈を断ち切られ、血飛沫を撒き散らしながら落馬する。地上に落ちた時、その男はすでに死んでいたが、オルビアン騎兵連隊による突撃の中で、蹴られ、折られ、潰された。そして彼だけでなく、一帯は人の殺し合いが齎す絶叫と流血で満ち、地面はたちまち赤黒く濡れ、肉片と贓物の残滓が砂利と混じり合うことで不気味な色合いとなる。呼吸をすれば咽るほどの悪臭と、進めば粘着質な音が足元で鳴るが、それでも双方の兵士達は雄叫びをあげあい、剣をぶつけあい、命を奪いあった。


 馬の嘶きがいたるところで発生し、人間の悲鳴と重なることで、両軍兵士は隣の者に声をかけるのも怒鳴らねばならないほどだ。


 凄まじい戦いだが、死者はアグメメフィティ軍のほうが多い。


 テムジィは急いで反転すると、スブタィ部隊と連動しジェーベを救うべく動く。


 騎兵による斉射は移動しながらの遠距離攻撃とあって効果が高い。


 オルビアン騎兵の主力であるペルシア人達は、これに散々に悩まされた過去によって、今もその脅威に敵愾心を強めるが、気持ちだけで抗えるものではなかった。


 ギュネイは苦戦を認め、だが前へと突き進む。これは方向を転じると追いつかれるからで、その判断は正解だった。


 ギュネイの騎兵を逃がすべく、マキシマムが味方騎兵に迫る敵軍騎兵へと突っ込む。


 先頭で、マキシマムは叫んでいた。


「突撃! 怯むな!」

雷帝マキシマムに続けぇ!」


 ペルシア人達の、ペルシア語の絶叫が突撃の勢いを加速させる。


 馬蹄の轟きは大地が揺れたとまがうほどで、彼らの突撃は津波のように敵騎兵を飲み込む。


 テムジィは戦場で、マキシマムに接近した。


 お互いに、指揮官だと気付く。


 マキシマムが雷撃の魔法を放つ。


 テムジィは、部下の魔導士による結界で守られた。同時に、彼は矢を撃つ。


 マキシマムは、長剣で矢を叩き落とすと、速度を落とさず、テムジィに突っ込む。


 両者の長剣がぶつかりあい、衝撃音と火花が散った。


 お互いに、睨み合いながらすれ違う。


 マキシマムは、自分の邪魔をした敵魔導士へと長剣の一撃をぶつけ屠る。


 テムジィは部下の犠牲で命を拾ったが、助けてくれた部下をやられて怒りで叫ぶ。


「貴様ぁ!」


 彼は弓を構え、離れていくマキシマムの背へと矢を放った。


 マキシマムは、後方に続くペルシア人が盾で自分を守ってくれたことに気付きつつ、目の前の敵を一閃で倒す。


「助かった!」

「お互いさまです!」


 マキシマムの感謝に、ペルシア人は応えながら長槍を振るうと、敵騎兵の斬撃を弾き返す。


 騎兵と騎兵のぶつかり合いは、両部隊がすれ違う格好で離れると収まる。そしてこれが、両軍が離れる口実となり、お互いに距離を取り、陣形を整え対峙することになる。




-Maximum in the Ragnarok-




 テムジィは、スブタィとジェーベの二人と合流すると、両者に意見を述べてくれと頼む。


 スブタィは白髪が増えてきた頭髪を撫でながら、自分よりも老いているはずの敵指揮官を讃えた。


「見事だ。俺も老いを歓迎しようと思うようになった」


 ジェーベは敵騎兵を褒める。


「即席の騎兵とは思えん。指揮官の質かもしれん」

「二人よりも強いか?」


 テムジィの問いに、二人は苦笑し、異口同音に答える。


「俺のほうが強いです」

「俺ほどではないでしょうな」


 テムジィは「そうか」と笑い、年齢が近いジェーベに尋ねた。


「俺としては、このまま目の前の強敵相手に大事な戦力を浪費するのは愚かなことだと考えるが、どうだ?」

「テムジィ様の仰ること、理解できますが、敵はこちらの偽の後退にも対応してきます。罠にかけられない相手であると認めて対応せねば」


 ジェーベがそこで口を閉じたので、スブタィが言を引き継ぐ。


「奥方の行方はまだわかりません。ここは時間を稼ぐ目的で、本当に後退しては如何でしょう?」


 テムジィは思考する。


 敵と戦闘状態を保つことで時間を稼ぐのは、妻の居所を探る目的も果たせるし、そもそもの、味方がペルシア領東部での合流後の再西進を待つことにも通じる。


「よし、騎兵は逃げ足の速さこそ本領だ。敵を引きずり回そう」


 テムジィ軍の方針が決まった。



 一方のオルビアン連隊側では、オルタビウスが主だった士官達を集めて作戦卓を囲っている。


「皆、奮戦に感謝する――」


 オルタビウスが皆を眺めて述べつつ、卓上の地図に指先をはわせ始める。


「――が、このように敵がクテシファーの外で合流し、野戦を挑んできたのは予想していた中でもよくないことだ。俺であれば、騎兵のみで構成する部隊の良さを活かすべく、逃げ続けることで敵対する軍を引きずり回し、疲弊させ、追うのも飽きたと敵が考える頃合いで急襲をかける」


 オルタビウスがギュネイを見て言う。


「して、敵の騎兵はどうだ?」


 赤い髪の戦士は、長身を丸めて卓を眺めながら答える。


「これまでの敵よりも強い。錬度……というよりも、統制が取れています。個々に戦うというよりも、指揮官の指示に忠実な動きを取っているものと考えると……こちらは騎兵と歩兵の距離を保ちながら連携で対抗せねばならないでしょうね」

「よろしいでしょうか?」


 歩兵の連隊を預かっているパイェが挙手し、オルタビウスの許可を得て発言する。


「連戦の影響で兵の疲労がぬけません。敵がこちらを引きずる目的の後退をするなら、こちらも後退しては如何でしょうか?」

「賛成。連日の戦いで緊張が解けていませんのでね」


 ガレスがパイェに同意し、オルタビウスは顎を摘まんだ。


 彼は考える。


 正直なところ、それはわかっていたことである。しかし、勢いを利用したいという意図が老人にはあり、兵の疲労にはあえて目をつむった。ただし、勢いで押しきれない相手を前に、それにこだわるのも愚かだと認める。


「マキシマム、どう思うか?」


 師はあえて弟子に問う。


 考えさせる為だ。


 マキシマムは即座に答えた。


「二人が兵士の疲労を案じるのであれば、それは無視できないものであると考えます。よって、一度、メルシーヌまで後退するのも必要でしょう」

「わかった。ではメルシーヌで軍の再編も行う。強い敵が現れ始めた。これは敵主力が展開している地域に我々が入った意味でもあるし、これからはもっと厳しくなるだろう。ここでケブゼのヒッタイト人達にメルシーヌに出張ってもらおう。魔導士がもっと必要だ」


 彼はそこで、ケブゼを誰に任せるかをマキシマムに尋ねる。


「エフロヴィネどのに代わり、ケブゼを任せるのは誰がよいか?」

「ガレスを推薦します」


 名前を出されたガレスが目を丸くする。


「理由は?」


 オルタビウスの問いに、マキシマムが答える。


「はい、彼は粘り強く戦うことに長けていますし、気配りもできる人です。兵站の拠点でもあるケブゼを任せるに足りると考えます」

「わかった。ガレス、頼まれてくれ」


 オルタビウスの指名に、ガレスは動揺も露わに一礼した。しかし、彼はどうしても納得できない。いや、不満ではない。


 理解できないのだ。


 なぜなら、ガレスは自分が、犯罪者であることをマキシマムに伝えているからで、牢獄送りが嫌で軍に入っていることも隠さず教えていたからだ。普通、そんな者に任せるかという疑問がぬぐえないのである。


 だから彼は、解散となってマキシマムを捕まえる。


「隊長、どうして俺です? 偉い人達の目が届かないとなれば、また悪行に染まるかもしれませんよ」

「……お前が人殺しだったことは聞いているから知っている。それは許されておらず、牢獄に入りたくないから軍で働くことで刑の軽減を狙っていることも知っている。だからお前は悪いことはしない。そうだろ?」

「……」

「それに、俺も人殺しだ」


 マキシマムの自嘲に、ガレスは苦笑を返す。


「隊長……あんたと違って、こっちは戦争ではなく、本当に殺しをやっていたんですがね」

「なら、その罪は国の為に戦って償え。そして、無事に軍を抜ける日がきたら、殺した人達の為に祈り、真面目に生きればいい……俺は裁く側じゃない。被害者にかわって復讐をしたいわけでもない。ただ、お前と一緒に戦っているし、知っているから、こう言っているだけだ。殺された人達には申し訳ないが、そのことを気にしている状況ではない」

「……隊長、なんだか変わりましたよ……やはり変わった」

「……かもしれない。でもガレス……」

「はい?」

「俺が言っていることは、被害に遭っていない赤の他人がのたまうことだ。お前は許されたわけじゃないよ」


 マキシマムの目は真面目そのもので、ガレスは目を伏せる。


 これまで、年下の隊長と思っていた相手が、突然、本当の隊長になったと感じていた。その彼に、マキシマムが続ける。


「いや、お前は永遠に許されないだろう。ただ、そうであってもお前は生きている。生きている者は、自分で自分を殺さない限り、生きる。なら、変われる……自分で決めることだ。俺や他の誰かがあれこれと手伝うことはできない。お前は、過去の自分を見つめて、ならばこれからどうするかを決めて、それを行動で示さないとならないと俺は思う……俺は、そう思う。そう思うだけのことを、学ぶことができたから……」


 マキシマムはそこでふっと笑い、ガレスの肩を軽く叩いて離れて行く。


 ガレスは脳裏に、自分が殺めた者達を描いた。


 金を目的に強盗をしていた彼は、殺しが目的ではなかった。しかし、運悪くというべきか否かは不明だが、押し入った家で予想外の反撃に遭い、相手を殺してしまったのだ。


 逃げおおせた。


 その時は。


 その一度の殺しが、彼を変えた。


 二度目は、簡単に行えた。


 それは、人を殺めることへの抵抗が薄れたからだ。


 ガレスは、三人目を殺した後、捕まっている。


 彼は小さくなったマキシマムの背を眺めた。


 説教をされたはずなのに、不思議と反発はない。


 彼は、胸中の違和感を誤魔化せないまま歩きだす。彼はこの時、それが後悔からのものであることに気付いていなかった。




-Maximum in the Ragnarok-




 想い人が遠く離れたペルシアの地で戦っていることを知らないエヴァは、毎朝の日課となったお祈りをする。


「智神オルヒディン様、美神ヴィラ様、どうかマキ君が無事でありますように」


 彼女が知るマキシマムの最後は、自分を家へと送り届けたまま姿を消したということだ。


 最初は怒った。


 あんなに素晴らしい時間を一緒に過ごした直後に消えるな! という怒りである。


 次に悲しんだ。


 どうして何も言わず消えてしまったの? という嘆きだ。


 そして今は、無事を祈っている。


 キアフの大学に通うようになった彼女は、王都の宿舎に入っている。同じ部屋の同居人が病気を理由に入学を見合わせたことで二人部屋を一人で使うことができていた。


 彼女は王都に出て来て、マキシマムの下宿先を訪ねたが帰っていないことを知るだけだった。しかし家賃は代官家が払っており、家主は気長に彼の帰りを待つつもりらしい。


 無事なら、手紙のひとつでも寄越せと思いつつ、もしかしたらラベッシ村の実家に届いているかもしれないと期待するエヴァはこの日、祈りを終えて、複数の講義をうけると、声をかけてくる男子生徒を体よくあしらい、宿舎で馬を借りた。


 明日の朝までに帰ればいいと思う彼女は、馬を走らせ、ラベッシ村へと急ぐ。


 途中、軍の伝令と三度、すれ違った。


 戦争をしているせいだと、彼女はまたマキシマムを脳裏に描く。


 あの目で、また見てほしい。


 あの声で、また名前を呼んでほしい。


 そんなことを考えながらラベッシ村へと入った時、彼女は異変に気づく。


 代官館から次々と荷物が運び出されているのだ。数十人の兵士達が作業する光景に、エヴァは思わず悲鳴をあげて馬から飛び降りた。


 彼女は、作業を見守っていた村の女性に尋ねる。


「おばさん!」


 中年の女性が、エヴァを見て笑顔となった。


「あら! エヴァ! どうしたの?」

「実家に用があって! 代官様、どうなさったの?」

「どうも赴任先が変わったみたいなのよ。新しい代官様が来られるみたい」


 エヴァは驚き、慌てて代官館へと近づく。


 兵士に命じて荷物の運び出しを行っていた士官が彼女に気付く。その士官はエヴァのことを子供の頃から知っており、優しい声色で注意した。


「駄目ですよ。代官閣下はおられませんので」

「ご家族は!? 奥様や先生は?」

「新しい赴任先にもう移られています」

「あの! マキく……マキシマム様はお戻りになられてないですか!?」


 士官は複雑な表情となり、首を左右にふった。


「帰っていませんね」


 意気消沈し、その場を去るエヴァを、士官が眺めていた。


 同僚が彼に声をかける。


「エヴァちゃんか……」

「……可哀想に。突然だから……」


 二人の士官は、ナルが王補佐官として初めて連隊を率いた頃からの生き残りで、だからこそ、この村で彼と彼の家族を守っていたが、このような役回りもしなければならないなら特別報酬をもらわないと、と言い合う。


「閣下もいきなり撤収させるなんてな」

「しかたない……もうここは意味がない」

「ルナイス様に知らせるか? エヴァちゃんが気の毒だと」

「……そうだな」


 作業をしていた兵士の一人が、二人の士官へと近づき、敬礼をした。


「報告! ほぼ完了しました」

「わかった」

「……隊長」

「どうした?」


 エヴァに声をかけた士官が、不思議そうな表情の兵士を案じる。


 兵士は、遠慮がちに口を開いた。


「あの……なんで引っ越しを我々が?」

「何も知らんでいい。命令だ」

「……は、はい」


 兵士が再び敬礼し、離れて行く。


 士官二人は、並び立ち小声で会話を始めた。


「偽物の閣下が、これからここに住むらしいな」

「ああ、三人目の偽閣下……無事でいられたな」

「賭けは俺の勝ちだ」

「わかってるよ……ただ、その偽閣下を本物だと信じている敵の暗殺者がいた場合、この村の人達も危ないんじゃないか?」

「……だから俺達が残るんだろ……特別報酬、やっぱりもらわないとわりにあわない」


 二人はそこで会話をきりあげ、それぞれの部下達が集まる場所へと歩きだす。


 作業を見守っていた中年の女性は、親切だった代官の身を案じた。


「ナル様が次のところでも、うまくやられますように……」


 彼女は短く祈り、微笑む。


 ナルという、偉大な男と同じ名前をもつ気の毒な代官の姿を、脳裏に描いたからであった。


 彼女も、村の者達も、ナルは本物であることを知らない。


 これからも、知ることはないだろう。

 


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