表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
103/169

王子達

 グラミア王国のオルビアン軍団の連隊がペルシア王国支援を開始してから、すぐに反応を示したのは、大陸西部各国で傭兵として働くペルシア人達であった。彼らは掟によって祖国を出て、各地で傭兵として戦った後に帰国するが、守るべき祖国の危機とあり、各々は雇われていた国、勢力を離れ、オルビアンを目指し始めた。


 この影響は巨大である。


 トラスベリアは内戦中であったが、各勢力は軍の再編を行う必要に迫られた。また、南部都市国家連合も防衛戦力の再編成が急務となる。


 また、迎い入れる側のグラミア王国オルビアンの傭兵組合本部は、処理できないほどの応募に怒鳴り合いの連鎖となった。


「だから! さっさと承認して軍に回せ!」

「いちいち身元調査してられるか!」

「こっちも早く処理しろ!」

「書類がないぞ!」

「おい! この紹介状は誰のだ!?」

「ダリウスというペルシア人が持ってきたはずだ!」

「だから! どのダリウスだ!?」


 組合本部の建物は、機能不全となり身元調査もおこなえなくなったが、ペルシア人というだけの理由でグラミア王国オルビアン総督府へと人を送り続けた。


 留守役のフィリポスは、増え続ける志願者を全て雇用することはできないが、ペルシアへの帰国支援は行うとして、各商会の船を借りあげ、次々とペルシアへと兵と物資を送る。


 当初の予算を超える出費のせいで、臨時都市債の発行は止まらない。これを買い支えたのは、南部都市国家連合とアルメニア王国であった。


 南部都市国家連合とすれば、軍勢を派遣するが規模は小さく、であるなら資金面で影響力を保ちたいところである。一方のアルメニア王国は、王家同士が血の繋がりを持ち、またアルメニア王家の者がグラミアの王となる将来が決まっている現在、民意もグラミア支援を支持したゆえであった。


 こうして、オルビアンの港から百を超える船が内海へと出て行く。風を受けて進む船団は大軍のように映えて、見送るオルビアン市民達はお味方勝利を疑わないことを歓声で示した。彼らはこれまで、グラミア人に敗北して以来の興奮を隠しきれない。それはグラミアに敗れて、オルビアンという名の入った軍を持てない憤りの裏返しとも取れる。そしてそこには、民は自らが戦地に赴くのは躊躇うが、他人が行くのであれば応援するのは容易いと思っている者が多い証だとも表しているのではないか。


 演劇や歌劇で、英雄譚が好まれるのもそうではないか。そこには幾百幾千、幾万の死者と苦しみがあるはずだが、華々しい勝利がそれらを覆い隠しているのだろう。いや、そのような影も記せば、劇を楽しめないから創作者が隠すのかもしれない。


 人は、苦しいのは嫌いなのだ。


 そして、オルビアンを発つ船団を眺めて、苦しみを誤魔化すように溜息をこぼした者がいる。


 アルギュネスだった。


 彼は段丘上の市街地の高みで、茶店で買った香草茶を片手に、リュビドラ・ヴァランを右手、ギルモア・ジダンを左手に控えさせて海を眺めてはオルビアン連隊の無事を祈り、厳しい戦いを想像してしまったのである。


 オレンジ色の髪が鮮やかな若者が、冷徹な目を海に向けたまま口を開く。


「若、まさか戦いについて行きたかったとお考えではありますまいね?」

「俺は戦ったことがない。皆が戦ってくれたからな……だから想像するだけで怖い。だから行かない」

「お戯れを……しかしながら、オルタビウス卿はペルシア支援という一手によって、大陸西方全体の紛争を止めてしまわれた。各勢力ともに、期待していた戦力がごっそりと抜ければ矛をおさめるしかありませぬゆえ……その彼の近くで戦を見たかったのではありませんか? という意味で問いました」

「それはある」

「主君がそうも正直な言を為されると、我々臣下は困りますが? なぁ、リュビドラ」

「お前に呼び捨てにされる覚えはない。年下のくせに」

「年齢を持ちだすとは、他で勝る自信がないのかな?」

「やめるように」


 アルギュネスに注意をされて、二人は睨み合いながらも一礼をした。


「ギルモア――」


 アルギュネスの青い瞳が、海から若者に向けられた。


「――お前は、アルメニアの使者団に紛れ込んでやって来たが、アレクシ殿下のお傍におらんでもよいのか?」

「殿下のご許可を得ております。殿下におかれましては、私が若の臣下であることを承知の上で使ってくださっており、ご配慮くださいました」

「そうか……お目通りし感謝を述べよう。して、俺を訪ねて来た理由は何だ?」


 ギルモアは一礼し、左右を素早く視認する。


 通行人達は三人を気にもしていない。それほど、人が多い。


「申しあげます。一度、ベルーズドにお帰りになってください。お館様がご案じになっておられます」

「父上は心配症だ」

「某も、こうしてご無事であることを己の目で確かめるまでは心配でございました。なにせ、供はこのリュビドラ一人であります」

「リュビドラが一人いれば、一個小隊の護衛に勝ると思っている。そうだな?」


 アルギュネスの微笑みを向けられたリュビドラは、赤面し一礼したが、直後、顔をあげた時にはギルモアを睨んでいた。


 二人の仲は悪いわけではないが、年齢が近く、お互いに相手の能力を認めているので張り合っている。


「リュビドラ、オルタビウス殿の狙いを読めるか? この状況を得て、これから何をどうされるおつもりだろう?」


 アルギュネスの問いに、腹心は逡巡の後に口を開いた。


「お許しを得て申し上げます。彼の狙いは、大陸西方諸国を東方との戦いに巻き込むことです。その中で各国の関係性を高め、西方諸国同士の対立関係の緩和を図るとみました。そして、そこにグラミア王国の安定を重ね、その中で影響力を強めた自らの立場を利用しオルビアンの自主性を保とうともお考えであられるのではと……また、ペルシア人達を支援することは、グラミアとペルシアの関係を激変させます。この戦乱からペルシアが立ち直った時、ペルシアはグラミアを最大の同盟国とみるようになります。西にアルメニア、東にペルシアと大国を味方につけるグラミアは、潜在的な敵であるスーザ人達に隙を見せない状況を得ます」

「お前がスーザ人であれば、どうする?」

「今、グラミアを攻めますが、前提があります。教皇派と聖女派の対立が続くままでグラミアへの遠征は困難でしょう。まずはこちらを片付けて、東方と戦うグラミアの背後を狙う……その為には、西のアルメニアを抑える必要がありますので、南部都市国家連合を利用します」

「では、俺はどうするべきかな?」

「……若は何もなさりません。なさってはいけません。それが、我々臣下一同の願いであります」

「リュビドラはこう言いますが――」


 ギルモアが彼女の発言を受けて述べる。


「――これからグラミアは大変な資金難になりますので、若が案じられているご友人たちをお助けするのであれば、資金援助が最も有効でしょう」

「金か……」

「金は大事です」

「金は役に立ちます」


 臣下二人が異口同音に述べたところで、アルギュネスは苦笑する。


「大事なのは理解しているが、金を出して信は得られるか? マキシマムと……未来において彼と再会した時、あの時は大変だったなと笑い合える関係になれるか?」

「未来において、その方がご存命であればそうなりましょう」


 リュビドラの言葉で、アルギュネスは瞼を閉じる。


 彼は失念していたのだ。


 マキシマムが死ぬことだってあることを。


 リュビドラは戦にも出て、軍を指揮した経験がある。若いが老練な用兵をみせ、軍上層部から戦乙女再来と驚かれたほどだ。だから彼女は理解している。戦場では、誰もが死に捕まる可能性があることを知っているのだ。


 アルギュネスは、己の感覚に苛立ちを覚えた。


 それが、言葉になる。


「なんのことはない。遠く離れた場所で、他人を戦地に送り込むことに慣れた愚者と同じであった……戦とは、知らない誰かが戦い合うものだとどこかで思っていたのだ。このようなことでは、簡単に戦を起こす……恥ずべきだ、俺は」


 彼は言い終え、茶の入った杯を片手に歩きだした。


 二人が続く。


「お前がいらないことを言うから」

「お前呼ばわりされる覚えはない」

「うるさい、貧乳」

「どこを見ている? スケベ」

「お前に欲情するかよ」

「童貞のくせに」

「そ……それは関係ないだろ!」

「うるさい!」


 二人は若様のお叱りを受けて静まる。


 アルギュネスは、機嫌がよくなかった。


 それは、友人の危険を案じる自分は苦しんでいたと思っていたが、当事者ではない他人の勝手なものだと指摘されたような気がしていたからである。


 彼は歩みを速めた。




-Maximum in the Ragnarok-




 アルギュネスは夜になり、オルビアンのアルメニア王国大使館離邸に入った。庭園を歩く彼は、自分の頬に止まろうとした蚊のせいでパチパチと頬を叩く。夏も後半とあり、蚊も必死であった。


 蛙たちが庭園の池で合唱している。その鳴き声は、大きな奴らなんだろうとアルギュネスに思わせている。


 ふと、彼は空を見上げた。


 夜空は星々が美しく輝いている。


 ここで彼は、自分の周囲にいるはずの草と呼ばれる者達へ声をかけた。


「ここでいい」


 草と呼ばれる者達は、わざと音を立てることで離れたと告げる。


 アルギュネスが離邸の居館へと入ると、使用人達が一礼し彼を迎え、客人を応接間へと通した。網戸で虫は中に入れず、風だけが室内を涼やかに翔ける。


 少しして、アルギュネスの相手が姿を見せる。


「アルス、久しぶり」

「アレク、ここで会うとはね」


 アルギュネスをアルスと呼ぶのは、ジャン・ロベール大公とリニティアの息子、アレクシだ。顔の作りはリニティアそっくりであることから、イシュリーンが見れば苦笑しているに違いなが、二人はまだ会ってはいないので、本当にそうなるかは数日後にわかるはずである。


 アレクシは紅茶を自ら運んできて、アルギュネスにふるまう。それは、グラミア茶と呼ばれる飲み方で、母親から教わったのである。


「君がうらやましいよ」


 アレクシが、アルギュネスを羨む。それは、アルギュネスがあちこちへ旅をしているからだった。


 羨ましいと言われた本人とすれば、臣下達の苦情を思い出して失笑し、アレクシに怪訝な顔をさせた。


「いや、悪い。家の者達のほとんどは反対だ」

「でも、しているじゃないか」

「父上が、許してくれている。それが父上にとって、祖父母に対する恩返しなんだそうだ」

「恩返し? ベルーズド公もおかしなことを仰る。親へ恩返し? なんだろう?」

「さぁ? ……ところで、感謝を伝えにきた。ギルモアの我儘を許してくれてありがとう」

「彼は優秀だ。独り占めはよくないよ、お互いにね……君にはリュビドラがいるだろ? ギルモアは皆で使おう」

「道具扱いされたと知ったら悲しむぞ」


 二人が笑う。


 アルギュネスが先に笑みをとめ、口を開く。


「グラミアは今、大変な時だが本当に入るのか?」


 アレクシは瞳に影を作るが、微笑んでいた。


「自分の意思など関係はない。皆が決めたことだし、僕もそれでいいと考えている」

「しかし、イシュリーン陛下の跡目となるとただでさえ大変だ。平時に延期したほうがよくはないかと思ったが」

「アルスが僕を心配してくれているのは感謝しかないよ……しかし、王家の者として言うが、それはただの我儘に過ぎない。王家がなぜ、今も民の暮らしに支えられて生かされているかを考えた時、こういう役に立つからだと思う。見ろ、この手を」


 アレクシは自らの左手をアルギュネスに差し出す。


「手が、どうかしたのか?」

「畑仕事も、軍役も、洗い物も、掃除も料理も何もかも他人にさせるきれいな手だ。この手を持つ者は、こういう時こそ皆の為に役立つはずの者だろう?」

「……俺はまた違う考えだから同意はできないが、理解はできる」

「それに、母上の気持ちもある」

「お母上が?」


 アレクシの母親は、リニティアだ。


「うん……母上はいつか、グラミアの王位が僕にと願っていた。母上曰く、イシュリーン陛下は腹違いの姉である前に、家族を殺した仇だそうだ。その人から、僕へとグラミア王位が移るのであれば、それは長いながい戦いと見た時、勝ったと言えると仰っていた」

「……君のお母上は、あの強さが違う方向に働いていたら素晴らしい御方なんだろうが……あ、すまない。君のお母上に失礼だった」

「君だから許すよ」


 アルギュネスはここで視線を窓へと転じる。


 庭から、弦楽器の音色が届いたのだ。


「あれは?」

「エルムートだろう」


 アレクシの言うエルムートとは、エルムート・ギョーグという魔導士のことだ。


 アルギュネスが興味を覚えて、アレクシに尋ねた。


「彼は弦楽器が趣味なのか?」

「そっちが本業だそうだ。魔導士や研究が趣味だとさ」

「そうか……」

「レミール殿が亡くなられて……ベルベット・シェスターがグラミアに入った後、アルメニアは一時期、魔導士の質が問題視されたけど、彼やギルモアが今はいるからありがたいよ」

「そのヘルムートをよく君につけてくれたね、陛下は」

「陛下は、ヘルムートが苦手なんだよ。会えば諫言しかしないからだそうだ」

「……女性関係をとやかく言われたくないのか」


 ヨハン・ラング・アルメニアは妃を迎えて子もいるが、幾人もの側室がおり、王宮の外にも妾がいる。それは増えることはあっても減らないので、誰もが良く思っていないのだが口には出せない。しかし、ヘルムートは堂々と批判していた。


 アルギュネスは、先ほどのアレクシの発言を引き合いに出す。


「陛下は、白い手を持つ者の自覚を為されるべきだな」

「……怒られるぞ、聞かれたら」

「その時は怒られよう」


 アルギュネスは紅茶を味わい、瞼を閉じる。


 二人はしばらく、音色に身をまかせた。




-Maximum in the Ragnarok-




「追撃速度を落とせ!」


 オルタビウスの指示は即座に伝令に伝えられ、同時に角笛が吹き鳴らされる。平原で遭遇したアグメメフィティ軍と戦っていたオルビアン連隊は、敵が劣勢となって後退したところを追撃したが、指揮官は罠だと感じた。


「あまりにも後退の判断が早い。こちらを釣る動きだ。ということは、敵の後退経路の途中に伏兵がいるか、敵の新手が接近してきているはずだ」


 オルタビウスの声に、マキシマムが斥候を手配する。


「敵! 反転!」


 伝令の声に、オルタビウスは「はやり」と言っていた。


「矢でいなし陣形を整える! ギュネイの騎兵を敵にぶつけろ!」


 士官達が走り出した。


 オルタビウスは床几から腰を浮かすと、地図を左手に掴み、ぶらさげることで広げると眺めた。


「クテシファーに籠城ではないな? となると、クテシファーの住民はまだ多く生きているな」

「どうしてわかりますか?」


 マキシマムの問いに、オルタビウスが答える。


「多く残っているから、敵は籠れないのだ。外から、我々がペルシア語で門を開けと叫べば、それだけで陥落するだろう」

「女、子供が多いと思いますが?」

「ペルシアの女を、他所の女と同じにするな。あと、サクラも女だ」


 オルタビウスの言いようにマキシマムが笑みを浮かべ、彼の傍らにいたサクラが首をかしげた。その所作は自然なもので、オルタビウスは戦場にあっても笑みを作ると同じ表情のマキシマムに命じた。


「後退した後、騎兵を切り離す。この本隊を囮にするゆえ、お前は結集した敵を襲撃しろ」

「かしこまりました」

「ギュネイとうまく連動しろ。お前らの攻撃を合図に攻勢に出るからな」

「はい」


 オルタビウスのもとを離れるマキシマムは、自分の部隊が彼を待っているのを瞳に映す。騎兵二〇〇は全てペルシア人で、彼らはマキシマムの到着を直立不動で迎えた。


「出撃ですか?」


 一人の問いに、マキシマムが言う。


「いや、一度、本体から離れる。敵が本隊にくらいつけば、襲う」


 その言で二〇〇人が一斉に馬上となる。


 グラミア騎兵は戦場にあって軽装騎兵だ。それは速度と稼働時間を重視したものである。ただ、全員が弩を備えているのは珍しい。


 彼らは敵目掛けて突撃しつつ、弩の斉射を行い、突っ込むのである。


 当初、ペルシア人達は弩を嫌ったが、馬上からの弩による攻撃が有効であると知ると、誰も文句を言わなくなった。


 マキシマム連隊が、後退しつつ陣形を整える本隊の動きに隠れながら離れる。


 だが、敵新手の接近は予想よりも早く、彼らが本隊から離れた頃合いで、オルタビウス率いる本隊は敵騎兵集団を発見していた。


 オルタビウスが冷や汗で背を濡らし、血走る目で叫ぶ。


「アグメメフィティ新手に備えよ! 弩と矢で応戦! 歩兵は隊列を維持! 騎兵に合図を出せ! 作戦変更!」


 角笛の咆哮で、マキシマムは敵襲撃を知る。


 彼は即座に反応すると、本体から離れていた動きを変化させ、弧を描くように騎兵連隊を駆けさせる。そして敵新手騎兵を視界左側に捉えると、その奥に、ギュネイの騎兵連隊を見つけた。


「挟撃する! 突っ込め!」


 マキシマムが白刃の切っ先で、進行方向を示した。


雷帝マキシマムに勝利を!」


 ペルシア人達が叫び、騎兵連隊が突進する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ