情報を得て……
アルメニア王国は過去、王位継承戦役と記録される内戦を経験している。現在の王ヨハン・ラング・アルメニアが即位したことで終結した戦いは、この国を君主制から共和制へと移行させている。
オルタビウスは書物を読みながら、対面のマキシマムに言う。
「誰が考えたがわからないが、いい方法だ」
「方法……ですか?」
「敵! 増援多数!」
マキシマムの問いに、伝令の報告が重なった。
戦闘中なのだ。
矢の応酬、騎兵の突撃による馬蹄の轟きで騒々しい最中、二人は卓を囲んで戦術の相談ではない会話をしていた。しかしここで、オルタビウスがちらりと脇のギュネイを見て口を開いた。
「おい、さっさと片付けてくれ。うるそくてかなわん」
「はいはい……」
ギュネイが苦笑し、騎兵を率いる士官達を引き連れて離れて行く。
「歩兵連隊を前面に押し出せ!」
赤髪の戦士がマントをなびかせ歩く背を、マキシマムは眺めて無事を祈る。その耳に師の声が届いた。
「この内戦で、アルメニアは立憲君主制になった。王はおれども統治せず、だ。しかし影響力はある。その影響力の源は、国民の支持だが……内戦の途中まで王の権威は失墜していた。しかし、右肩上がりで回復し、今ではヨハン・ラング・アルメニアは賢王とも呼ばれる。ここで注目すべきは、内戦末期におけるベルーズド公の悪政に反発した民衆を、王が支援し、軍も協力し、悪い宰相が倒れる結末へと続くのだが、これは民が自分達で勝ち取った勝利で、今も彼らは自分達の政治形態を大事にしているし、だからこそ自分達を助けた王を慕っている」
「勝ち取ったからこそ、守るのですか……」
「そこには、大量の血が流れている。書物や物語では語られることのない大勢の犠牲が隠れているが、民は忘れておらぬだろう。まだ自分達の親世代だからな……」
「先生、その言い方ですと、いずれ忘れると仰りたいのです?」
「いずれは――」
敵の放った火球の魔法が、オルビアン連隊の結界にぶつかり発生した轟音と衝撃波で二人がいる本陣も突風に襲われた。
オルタビウスは言葉を一瞬とめて、周囲を窺い大事ないと判断して続ける。
「――、忘れるな。それが人だが……マキシマム、敵が近いな。講義は後回しだ」
オルタビウスは立つ。
マキシマムが続き、彼は腰の長剣を抜くと周囲の兵達に命じた。
「閣下をお守りするように! サクラ」
「控えています」
本陣の隅に佇んでいたサクラが、静かに一歩、歩み出た。
「先生を頼むよ」
「はい。お早いお帰りを」
「行って来る」
マキシマムは駆け足となって本陣を出る。
すると、砂煙が近くまで迫っていると見た。
馬蹄の轟き、兵達の怒声の応酬は矢の発射音、飛来音を彼に届けない。頭上を盾で守る彼はそのまま近くの隊へと合流し、士官に問う。
「どうだ!?」
「ギュネイ卿の騎兵が敵を押していますが、側面に回り込んだ敵の一隊が思いのほか強力で苦戦しています!」
マキシマムは士官が指差す方向を睨み、ガレスの隊が押し込まれていると視認すると走り出した。
士官が叫ぶ。
「マキシマム様! 護衛を! ……ええい、一人で行ってしまわれた! おい! 何人か行け! 矢避けにはなれよ!」
彼の指示で、数人の兵がマキシマムを追う。
マキシマムは駆けながら、飛来する矢は敵騎兵から放たれたものだと悟った。そして剣で一本の矢を空中で叩き落とし、ガレスの隊に駆け込むと指揮官を探す。
「ガレス! ガレース!」
「ここ! ここです!」
肩当てに矢を生やしたガレスが、返事をしながら左手の盾で飛んできた矢を防ぐ。
マキシマムは兵達の様子を見て、疲労が濃いと理解する。しかし、やらねばならないと唇を結び、ガレスの背を叩くとそのまま前衛へと走った。
「危ないですよ!」
ガレスの声を背で受けて、マキシマムは右手をあげて応える。その彼に、護衛役の兵士達が追いつこうと懸命に走った。その一人が、アグメメフィティ軍騎兵によって放たれた矢を受けて倒れる。
マキシマムは前衛に合流した。
オルビアン連隊右翼を担うガレス隊の前衛は、側面から突撃を企む敵騎兵の圧力を前に防御陣形で耐えている。前列が盾を並べ、中列が前衛の頭上を守るように盾を掲げて覆うように控え、後列が弓矢を敵に放つ。敵から見れば、盾で作られた壁が移動しながらついてきて、さらには時に盾と盾が離れて、その隙間から矢が放たれるとあって油断できないのだが、この時の敵は騎兵であるから、防御陣形では速度でおいつけない。
マキシマムは矢を放って散開と命じた。
「撃って離れろ! 敵を引き込む! わざと隊を割り、騎兵が通過するその横を挟む!」
彼の命令に、ペルシア人が気合いの声をあげる。
「了解! 雷帝!」
「おい! 矢だ!」
「雷帝が来た!」
兵達が口々にマキシマムへの信頼を叫び、ガレス隊前衛一個中隊二五〇は、眼前の騎兵を前に矢を斉射すると、一斉に陣形を解く。これを見て、敵騎兵は「もらった!」とばかりに突撃を敢行したが、兵達は騎兵に背を見せて逃げるのではなく、左右に割れるように素早く逃げ、アグメメフィティ軍騎兵は前方にガレス隊後方の部隊群を正面に、左右から散開した前衛中隊に挟まれる。
「矢だ!」
マキシマムの怒声で、アグメメフィティ軍騎兵は三方向から矢で撃たれた。
ペルシア人達は皆が強く、矢で次々と敵を撃つと、続けて突撃に移る。大地に転がる敵兵達は、自分達は殺されるしかないと諦めるほかなかった。
-Maximum in the Ragnarok-
「バトゥラ卿、如何ですか?」
オルビアン連隊がアグメメフィティ軍を圧倒し始めた戦場を一望できる高みに、二騎の騎影がある。彼らの後方には、アグメメフィティ軍騎兵大隊五〇〇が整列をしていた。
バトゥラと呼ばれた偉丈夫は、フン族の族長直系の血筋だ。精悍な容姿は人々が信望するに足りるもので、獰猛な瞳の輝きは裏切りを許さぬという意志を質問した者につきつけていた。
バトゥラが口を開く
「お前は逃げた。仲間を捨てて……」
テムジィは言い訳をせず、黙する。
彼の馬が、主人の緊張を感じ取り嘶いた。
バトゥラが手を伸ばし、テムジィの馬の首筋を撫でながら言う。
「……そして俺のところに来たが、お前はあれと俺をぶつけて、勝ちぬけを企んでいるのではないだろうな? わかっているぞ……お前の腹の内は」
テムジィは頭の中を覗かれたような気がして呻いたが、口にしたのは誤魔化しである。
「いえ、ペルシア内に散らばっているお味方を集めて当たる必要があると判断した次第です。それを率いるのは、貴方しかいないと思っただけです。俺とて親友を敵に殺されました。復讐してやりたいと思っております」
「ふん……古い血を流しておるから皆がお前を気にするが、口ばかり達者な腰抜けめ。手柄を立てれば妻を返してやると言ってやったのに、手柄も立てず逃げ回り、俺を頼るか……」
「しかし、貴方はここにいます。俺の言に価値を認めてくれたから、こうしていられるのではないですか?」
「……」
バトゥラは視線をテムジィから戦場へと転じた。
戦場では、逃亡を始めたアグメメフィティ軍へと、マキシマムが強力な魔法を放っていた。
雷龍召喚を見たバトゥラは、逃げる味方を一瞬で飲み込み吹き飛ばした巨大な雷の渦に喉を鳴らす。雷撃は生き物のように地表を高速で這い、結界を張ることができないアグメメフィティ軍の兵士達は燃えるもの、弾け飛ぶもの、粉々になるものが一斉に、百人単位で発生した。
「あれは……?」
バトゥラの問いに、テムジィは頭を振る。
二人の後方から、一人の兵士が馬を進めた。
魔導士であった。名をジャルメと言い、部隊の指揮官でもある。まだ若く、眉目の整った顔立ちは凛々しい。
「雷撃の魔法の一種であろうと思われますが、わかりません。魔法に優れた者がいるようです……ここは、宋からの援軍を待つのは如何でしょうか?」
「岳飛虎崇卿の軍か……こちらには来ているのか?」
「丞相軍、三軍のうち、一軍はペルシア領にと」
バトゥラは決めた。
「俺達は魔法戦に長けていない……わかった。ペルシア領東部にて軍を集合させる」
「それでは、クテシファーを捨てるのですか?」
テムジィの問いは、捨ててくれという期待からのものである。
バトゥラは唇を歪めた。
「テムジィ、お前が防衛の指揮をしろ。俺達が宋人と合流して引き返して来た時、クテシファーが陥落しているなんてことがないようにな?」
テムジィは頷き、妻を取り戻す好機だと思った。
バトゥラは、一礼して離れて行くテムジィの背を一瞥する。
彼は、囁く。
「ふん……お前の妻はもうおらんよ」
魔導士がバトゥラへと馬を近づけ、彼にだけ聞こえる声量で問う。
「スブタィ、ジェーベなどが、テムジィの復帰を訴えております時に、妻の件を彼が知ればよくないのではありませんか?」
「どちらにせよ、奴はクテシファーを守るしかないのだ。敵が来るのだからな……クテシファーに我々が軍を集結し、ケブゼ方面への侵攻作戦を計画していると流せ」
「これはこれは……敵の手を借りて、邪魔な者を消そうとされるか」
「テムジィが俺達を嵌めようとしていることを、そのまま仕返してやるだけだ」
バトゥラは馬首を翻し、東方向へと速度をあげた。彼の直下部隊が一斉に反転し、指揮官に続く。最後尾で、バトゥラを追うジェルメは肩越しに背後を窺う。
戦場では多くの死が大量に発生し、さらに増え続けていた。
-Maximum in the Ragnarok-
オルタビウスは迷っていた。
陣幕の中央に置かれた卓を前に、皆が忙しく働く軍中で、一人動かず、だが頭の中は大忙しだった。
ボルジア家の者が齎した情報では、アグメメフィティ軍がクテシファーに軍を集めてケブゼ方向への進出を企んでいる。
リュデチ家の者が得た情報では、アグメメフィティ軍の主力を担う部隊がペルシア東部へ移動を始めている。
そして、ガザ家によると、大宋を席捲した軍が大陸西方へと陸路と海路で向かっている。これは岳飛虎崇が宋で管理していた丞相府全三軍であろうと思われた。
オルタビウスはマキシマムを呼ぶように、と近くの兵に言う。
指揮官の考えがまとまる前に、若者が姿を現した。
弟子はオルタビウスの薬と水を持参している。
オルタビウスは粉薬を水で飲み、マキシマムに地図を見ろと伝えた。
「ペルシア領の中央部にクテシファーがある。ここに敵が集結するという情報が入った。奴らはクブゼを狙うと報告を受けた。一方、敵主力の一部は東部に移動中、宋からは岳飛虎崇の軍が西方へと向かっている……俺達が取れる選択肢は、このままペルシア領内で各都市を解放することで分断されているペルシア人の抵抗勢力を繋げてまとまりを持たせること……方針は変えないことだろうと考えたが、不安がある。どう思う?」
「……先生、俺もそう思います。こちらの動きを継続することは、自然と敵の動きを牽制することになろうかと思います。また、敵はこちらの方針をぶれさせる目的で、この動きを取っている可能性もあると考えます。つまり、こちらを慎重にさせることで時間を得る、です」
「となると、奴らの目的は宋から来る軍との合流だな……」
オルタビウスは、頭の中がスッキリする自覚があった。
この時、伝令が彼らへと駆け寄り声をかける。
「報告! ペルシア人の部隊が、我々に加わりたいと申しております」
「会おう」
オルタビウスが床几から腰を浮かし、伝令に案内するように命じる。
各地に散らばっているペルシア人の部隊の中でも、オルビアン連隊の噂を聞き、駆け付けて来る者達が増え始めていた。また、これをオルタビウスは狙っていたから、戦闘では大袈裟な勝利を得るべく指揮をしていたし、追撃戦も相当に激しく行っていたのである。これも一種の情報戦といえるだろう。
一個小隊規模の人数でまとまったペルシア人達が、オルタビウスとマキシマムの姿を見て畏まる。隊長と思われる男が、片膝をついたまま名乗った。
「部隊を率いるダリウス・レビと申します。オルタビウス様のご高名はかねてより耳にしております。また、雷帝と称えられる方がおわす軍の強さも聞いて知っております。祖国の為に、是非、我々を戦わせて頂きたい。少数ですが、皆、覚悟はできております。お願い申し上げる」
オルタビウスは頷き、右手を彼に差し出すと笑みを浮かべた。
「グラミア王国オルビアンの総督代理オルタビウス、これがマキシマムで、雷帝だ。歓迎する」
ペルシア人達が一斉にマキシマムを見た。
一人の兵が、口を開く。
「共に戦えることを末代まで誇ります!」
この日、加わったペルシア人の数は二〇人程度であったが、その数は、日を重ねるごとに増えていくことになる。
これに合わせて、オルビアンからペルシア方面へと運ばれる物量も、倍、倍と増えていく。
その負担は相当なものであるが、オルタビウスは加わりたいと駆け付けて来る者達全てを受け入れた。
彼は、この者達が後に、必ずマキシマムの役に立つと信じていたのである。




