教育
メルシーヌの市街地で三日の休みを取ったオルビアン連隊は、この都市を防衛していたペルシア人達の部隊と人員の編制を行い戦力の回復を図った。もともとペルシア人比率が八割を超えていた連隊であったので、大きな問題など起きない。組織内の指示系統なども準備が不十分のままで出発していることもあり、統制面での問題を不安視する声もなかった。
ただ、三日という期間になった理由はオルタビウスである。編制そのものは二日もあれば十分であったが、彼の回復を待って出立という段取りをギュネイが主張し、マキシマムも同意したからである。
「爺さんは回復が遅いからな。俺ももうじき仲間入りだから労わってやろう」
ギュネイの言いようにオルタビウスはしかめっ面を作ったが、確かに左手首のうずきは消えず、甘えさせてもらおうと休暇を決めた。
しかし、完全な休みなど彼にはなく、周辺の集落や、次の目的地である都市に至る地形など、斥候や組織を使って調べるように指示を出し、また報告を受けて思案を続ける。その合間で、彼はマキシマムに教える。
政治、軍事、思想、歴史、文化。
オルタビウスが学び、見て、知り、備えている全てを、教え子に伝えようと時間を惜しみ講義を行う。
「君主制、共和制、どちらが優れているというものではない。共和制も、民主制と同意語ではない。全て違いがあるが、確実に言えることは優劣ではないのだ」
「しかし多様性を許容しあう社会は民主政治が望ましいだろう。つまり、何を大事とする社会であるかで、適した政治形態は変わる。一方、これまで我々人類が作り出した政治形態とは違う、新しい形態があるかもしれないが、俺はそれを知らない」
「これからグラミアという国が、大陸で長く続くのであれば、必ず政治形態の移り変わりがあるだろう。君主制、共和制、都度、適した形態で時代の荒波を越える柔軟性こそが、実は民にとっても長期的視野でみれば幸せなことなのかもしれぬと思うようになっている」
「この戦乱は、君主制でなければ乗り越えられないだろう」
師の予想に、マキシマムは尋ねる。
「民主制……オルビアンの政治形態では駄目ですか?」
「世論が邪魔をする」
オルタビウスは説明する。
民の声を拾い反映させる政治は、民にとって不利益となる決定を下すことが難しい。なぜなら民が選ぶ政治家は、民に選ばれなくなれば失職することから、民にすり寄る傾向がどうしてもあるとオルタビウスは言い、それは短期的視野による迎合の連続になる危険性があると続けた。
「つまり、民主制がうまく回転するには、教育と理念共有が重要だが、実現できたというものを俺は知らないし、恐らく無理であろう」
「無理……でしょうか?」
「俺達には感情がある。マキシマム」
オルタビウスは言い、身じろぐ。
彼は寝台で、脚を投げ出し上半身だけを起こす格好をとっているが、背もたれに使っていたクッションがずれたとサクラに視線で伝えた。
老人をサクラが助け、彼の姿勢を整えると、二人の邪魔にならないようにと寝台の傍らで佇む。そして綺麗な黒い瞳で、マキシマムを見つめた。
マキシマムは彼女の視線に気付かず、師の言葉に反応する。
「感情は確かにありますが、それでは民主制は人に適したものではないということになってしまいます」
「いや、民主制が守られていると民に思わせ、実際は共和制であることを隠す為に、民主制は適しているのだ。つまり、完璧に、純粋に、民主制を行えた国家はこれまでもこれからも存在はしないだろうが、民が自分達の形態は民主制だと信じていれば、それは民主制であるということだ」
「先生、オルビアンの政治家であるのにふさわしくない発言ですよ」
「オルビアンの政治家として話をしているのではない。今は、マキシマムという青年の為に、個人として話をしている」
オルタビウスの声は厳しいものだが、それはマキシマムを窘める目的ではなく、自分の心構えを説いたゆえにそうなっていた。
オルタビウスは、共和制が現実的だと言う。
「限られた者達が、判断を下す。それは民に選ばれた政治家であってもいいが、別の組織で意思決定を下し、それを政治家がしたものだという体を取ることで機能させる。民に苦しい判断を下す場合、大きな変化、問題を大体的に発した影で行い、気付けばそうなっていたと思わせる」
「ばれたら大変でしょうけどね」
「問題ない。騒ぐだけだ」
オルタビウスは言い、サクラに水を取ってもらうと喉を湿らした。そして、咳払いをして話を続ける。
「ただし、理想は民主制だ」
オルタビウスは、民主制に懐疑的だが信じているとも述べた。それは彼の理念であり、人は民主制を実行できるはずだという期待があるからだと繋げる。そして、その為には共和制からの移行がいいだろうと結ぶ。一方で、民主制にとらわれない必要もあると説く。
「最初に戻るが、情勢によって政治形態を変えることができるようにしておくのが望ましい」
「例えば、グラミアは今、王陛下による君主制が良いとしても、合わなくなったら変えるべきと?」
「君主制が今のグラミアにふさわしいか否かはまぁ論じる時間がないが、実際に君主制だ。個人的見解では、君主制でよかろうと思う。情勢がそう俺に思わせる。また、王陛下のお人柄もある。逆をいえば、情勢の変化、王位継承によって、ふさわしくないと判断を下しもするだろう。君主制の最大の欠点は、王の子供が王になるが、それは優秀さを担保できていないということだ。歴史が証明しているな?」
「では、どうして貴方は俺に――」
マキシマムは、自分に王になれと言ったオルタビウスの意図を確かめたくて質問をしようとしたが、師が口を挟む。
「君主制を続けるのであれば、お前がいいと考えている」
「君主制を続けるのであれば……ですか?」
「そうだ。だが、グラミアはしばらくは君主制だろう。そう一気に変わると歪が生まれるからな。それに、民がついてこない。俺達は結局、飼われることに慣れているのだよ」
-Maximum in the Ragnarok-
メルシーヌを出るオルビアン連隊は、住民の盛大な見送りを受ける。花弁が舞い、詩が謳われ、喚声がわきあがる中を軍列は次の目的地を目指し、東の城門から市街地を出る。
先頭を行くのは、オルタビウス・アビス。傷は癒えないが痛みは薄れ、回復も順調となってひさしぶりに甲冑に身を包んだ。右手で手綱を操り、軽快に馬を進める様子は老人とは思えない堂々としたもので、歴戦の将であると味方である連隊の兵士達も感心する。
彼のすぐ後方には、群青に黄の縁取りが美しい甲冑のマキシマムが続く。メルシーヌ市民達は、彼に「雷帝・ザ・マキシマム」と声援を送り、その人気の高さは、獅子奮迅の戦いぶりによるものと、秀麗な容姿であった。また、ペルシアは尚武の国であることも関係あるだろう。
彼の隣には、朱に黄の縁取りの甲冑をまとったサクラが馬を進める。一流の魔導士であるという評価を連隊内で得た彼女は、だが実際は魔法よりも格闘こそが本分である。しかし彼女がそれを振るう時は、オルタビウスとマキシマムを守る時だけである。
三人に続く形で、連隊の士官達が背筋を伸ばして馬を進める。
ギュネイ・ミュラー、ガレス、パイェはマキシマム直下の士官であり、彼らにそれぞれ十人の部隊指揮官が続く。
連隊全体で歩兵五個大隊二五〇〇、騎兵二個連隊四〇〇、後方支援三個連隊一五〇〇という規模となった軍勢は、オルビアン出発時よりも大きい。それだけメルシーヌのペルシア人達が、国の為に、グラミアと戦うことを選んだのである。つまり、それだけペルシア人が多いオルビアン連隊であるが、青地に黄の六連星を描いた軍旗を誇らし気に掲げ進む光景は、まさしくグラミア王国軍そのものであった。
しかしオルタビウスは、ペルシア人達への気遣いを忘れない。
彼は肩越しに、サクラを見た。
彼女は頷き、騎兵に合図を送ると、運ばれた旗を広げ、掲げる。
白い鷹が翼を広げる図が描かれた黒地の旗は、ペルシア王国の軍旗だった。
メルシーヌから、割れんばかりの喚声があがる。
ペルシア! ペルシア! と復活を期待する喚声の大きさは遠く離れた異民族にも届かんばかりの勢いだった。
オルタビウスは、背後のマキシマムに言う。
「マキシマム、民は英雄を求め、戦を好むが、自らに危険が迫ればあっさりと手の平を返す。よく、覚えておくように」
「……はい」
行軍であっても、オルタビウスの教育は行われていた。
「マキシマム、この先、連戦となる。俺は全体の指揮に集中する。お前は現場で戦いながら、前線の指揮を執るように」
「はい」
「難しいが、やるのだ。失敗しても年寄りがなんとかしてやるからな」
マキシマムは苦笑し、失敗前提で話さないでくれと抗議をした。
「先生、まだ失敗はしてないでしょうに」
「失敗はするもんだ。今のうちに……俺がいなくなって失敗しないようにするために、今のうちに、失敗しろ」
「……はい、そうします」
オルタビウスは前だけを見据え、後ろのマキシマムを想う。
失敗してもいいというくらいの気持ちで、のびのびとやって失敗すればいいと思う。そして、兵を死なせ、作戦を失敗させても、挽回する為に再び立ち向かう足腰の強さを備えてもらいたいと願う。
オルタビウスから見て、マキシマムは『おぼっちゃん』なのだ。だから良い点は多いが、決定的に足りない点があると見抜いており、それは諦めと冷徹さであると断定していた。
師は、これから彼が進む道において、親しい者の死は避けられないことをわかっている。それが繰り返されるであろうと予見もしている。
今の『おぼっちゃん』のマキシマムでは、乗り越えられないと予想していた。
ゆえにオルタビウスは、このペルシアで、マキシマムを大人にすると決めている。
師は、それがイシュリーンとの約束を果たすことに繋がると理解していた。
彼は瞼を閉じ、オルビアンにいる王を脳裏に描く。
そして誓った。
大事に、厳しく助けます。




