デスワームのアヒージョ③
メイズイーターの四人は砂といっしょに流され、やがて平坦な場所に流れ着いた。
まっくらやみに、灯りがともる。
マイアが杖の先端を発光させたのだ。
地面はぶにゃぶにゃしている。
壁には拍動する血管が走っている。
空気はぬるく、生臭い。
「あー……やられちゃったねこれは」
「す、すごいです……これが生きたデスワームの体内なんですね」
「…落ちつく…」
「にゃっ? イースは?」
「最後に見たときは、盾に乗って砂の上を滑ってましたけど……」
「いにゃー、さすがのフィジカルだねえ」
「…放って…おくの…危ない…」
「ですね。なにをしでかすのか、分からない人ですから」
三人は歩き出した。
どこまで行っても光景は変わらなかった。
「おーい、イース! 返事して!」
ルールーの呼びかけは空間に反響するだけだった。
「だーめだ。アルちゃんお願い」
「まったく……」
アルセーはモーニングスターで空間を打った。
逆トゲ鉄球内部の鈴が鳴り、空間に波紋が広がる。
「エアーによる福音書第二章十九節より、魂の紐帯について」
波紋が同心円状に広がった。
アルセーは半眼になり、自ら放った奇跡に集中する。
「……見つけました。近いです」
モーニングスターを納刀したアルセーが駆けだした先に、イースはいた。
壁に背をあずけ、片膝を立てて座っていた。
「にゃっ! 寝ちゃった? 起きて起きて!」
駆け寄ったルールーがイースの肩を揺さぶる。
イースの体はぐらりと揺れ、倒れた。
アルセーがおそるおそるひっくり返したイースは、顔の皮がぜんぶはぎ取られていた。
「わー! 死んでます! わー!」
「にゃっはっは、美人が台無しだねえ」
「るふ…るふ…骨…むきだし…きれい…」
軽口を叩きながら、各々、戦闘準備に入る。
何者かが、闇に潜んでいる。
「アルちゃん、蘇生お願い」
「はい」
「マイちゃん、あたしに任せて。魔法で内臓吹っ飛ばして、暴れられても困るし」
「るるに…まかせる…」
抜刀したルールーは、脱力した自然体。
瞳を閉じる。
「霞龍の型――」
魔力を霞のごとく自らの周囲に漂わせる。
姿見えぬ敵であれ、魔力の霞に触れれば捉えられるのだ。
「――蟄虫啓戸ッ!」
闇を裂く一閃。
両断されたなにかが、ぼたっと音を立てて落ちた。
「さてさて、君はどんなモンスターだったのかにゃー?」
切り裂いた何者かの片割れを、つまみあげようとする。
「キシャーーーッ!」
つまみあげたそれが叫び声を上げ、ルール―の顔に飛びかかった。
「うわわわわ! やばやばやば! フェイスハガーみたいなやつこれ!」
慌ててひっぺがし、放り投げて切り刻む。
「いたたた! ねー、すっごいゴリゴリ削られたんだけど!」
「うーん……やすりがけされたみたいな傷口ですね」
アルセーが、治癒の奇跡でルール―の傷をふさいだ。
「それで、どんな相手だったんですか?」
「ずたずたにしちゃったから分かんにゃい」
「まったく……」
「にゃっはっは!」
「はっはっは! ルー、さすがだね! ボクはなにがなんだか分からない内に死んでしまったよ!」
と、蘇生したイースが笑う。
「まったく……一人で飛び出すからですよ」
「しかし、ボクは生き返ったし相手は死んだ! つまりボクの勝ちだな!」
「異論はないですよ。それで? どうしますか?」
「決まっているだろう、アル! 血路はいつでも斬り開くのさ!」
「はあ……言うと思いました」
イースが構えた剣、その刀身に刻まれたルーンが発光する。
「上等だ! ボクが喰らってやろう! アンスール・ソーン・ケナズ! ボクにあらん限りの力を!」
バフを焚いたイースは、剣をまっすぐ振り下ろした。
衝撃波が、肉をびぢびぢと刻みながら走る。
「わー! なんか溢れてきましたっぷぇ! あっぷぇ! 渋苦しょっぱ甘い!」
メイズイーターの四人は、傷口から噴き出した粘液を頭から被った。
「クロスルーンストリーム!」
イースが剣を水平に薙ぐ。
先行した衝撃波と合流し、十文字に肉をえぐっていく。
足元から、頭上から、大量の粘液が湧き立って降り注いだ。
「わぷ! わぷ!」
「…ある!」
蜘蛛の足が、おぼれかけていたアルセーを拾い上げる。
「はっはっは! 見たまえ! 光だ!」
蜘蛛胴に飛び乗ったイースが、高笑いした。
傷の先、闇にぽつんと光が見えた。
「にゃっ! マイちゃん、いっそげー!」
「…るふ…!」
蜘蛛の多脚が、粘液を切り裂きながら走る。
イースは剣を振り回し、傷口を更に広げていく。
大量の粘液と共に、四人は傷口から飛び出した。
二十八層砂漠の、そこは空中だ。
「うわ、でっか!」
振り返ったルールーは叫んだ。
四人を呑み込んだデスワームは、目視で全長数十キロ。
それが、ずりずりと動いている。
「わー! こっち向いてます! わー!」
ばかでかい暗闇が、メイズイーターに向けられる。
ぽっかり空いた口の円周上に、ぎざぎざの歯がびっしり並んでいた。
「…震える怒り…眼差す瞋恚…貫く憎悪…」
落下しながら、マイアが杖をデスワームに向ける。
「…総毛立つ炎…炎! 炎! 噴き上がる炎! ファイアコフィン!」
デスワームの全身が炎に包まれた。
凄まじい異臭がパーティメンバーの鼻を刺す。
ざふっと音を立て、マイアは砂漠に着地する。
「うわっすごっ! まだ追ってくるよ!」
燃え上がったまま、デスワームは砂上を這った。
「上等だ! ボクが喰らってやろう!」
「駄目ですってば!」
「…逃げる…!」
「見て、あれ!」
ルールーが指さした先には、押し入れのふすまがあった。
大イスタリ宮とふれんどしっぷ町田を繋ぐ、異界の扉だ。
「とりあえず大将んとこ! マイア、急いで!」
デスワームが体を持ち上げた。
鎌首をもたげ、その巨大な口はメイズイーターを狙っている。
マイアは全力で駆けた。
デスワームの口が砂を呑み込むのと、四人がふすまに飛び込むのは、ほぼ同時だった。