デスワームのアヒージョ②
「そもそもさー、デスワームってなんなの?」
ルールーが冒険話の口火を切った。
「るふ…ミミズ…?」
「長虫の一種だろう。つまり、ドラゴンさ」
一般的に、デスワームといえばどんなイメージだろうか。
砂漠にいて、普段は地中に潜んでいる。
デカくて長い。
ぽっかり開いた口をぐるっと一周するみたいにギザギザの歯が生えてる。
音に反応してがばーっと顔を出し、旅人を丸のみする。
『砂の惑星』は、スティングがヤザン・ゲーブルにしか見えなかったことだけ覚えてる。
「アルちゃんせんせ、そこんとこどうなんすか」
ルールーに問われたアルセーは、むずかしい顔をしていた。
「……わからないんです」
人の死を告げるような口調だ。
「マイアの言うとおり、環形動物かもしれません。軟体動物かもしれません。あるいはイースの言うように、四肢や翼が退化したドラゴンなのかもしれません」
アルセーのしゃべりに熱が入りはじめた。
「まず、二十八層砂漠は広すぎます。そして、デスワームの個体数は少なすぎます。なにも解明されていない謎の生き物、それがデスワームなんです」
「はっはっは! 謎の存在と対峙して生き残ったボクたちは、やはり最強のパーティといったところだね!」
「ううう……こんなに悔しいことはありません! せっかく出会えたのに、丸呑みにされ、内側からずたずたにして――」
「るふ…最後は…こんがり…」
「マイアが燃やしちゃうんですもん!」
おーおー、荒れてる荒れてる。
なんかつまみでもつくるか。
ゆがいて冷凍しといたキャベツを、凍ったまんまでまたゆがく。
水気を絞って、塩、ごま油、黒こしょうで和える。
秒速おつまみ、キャベツの黒こしょうよごし。
一束のえのきを小さい房にわけて、じゃーっと素揚げして塩を振る。
えのきの素揚げ。
「まあまあ、食べて食べて」
小鉢をささっと配膳して、俺もクリアアサヒあける。
かしゅ。
ぐいーっ。
んふー。
「貴重な個体を火だるまに……わ! おいし!」
ぶちぶち言ってたアルセーが、えのきの素揚げを口にしてびっくりした。
「にゃっ! さくさくっていうか、じょきじょき? じゃぐじゃぐ? おもしろ!」
「るふ…にが…好き…」
おいしいよね、えのきの素揚げ。
富澤商店で売ってるの見て、ためしに家でつくったら、らくちんな割においしかった。
「はっはっは!」
イースはいつもの伝わらない反応。
キャベツちまちまつまむ。
ごま油と塩と黒こしょうだもん、そりゃまちがいないわ。
そういや、状況に流されて拾いきれてない要素がひとつあるよな。
「マイアって、アラクネだったんだ」
「…どちらが…本体なのか…ときどき…分からなくなる…」
「踏み込んだ自我の話はね、分かってあげたい気持ちはあるんだけどね」
「るふ…るふ…」
「アッからかわれたやつだこれ。こいつめ。じゃあ、普段は蜘蛛の体ってどこに?」
「るふ…やぬし…すけべ…」
「あー、そういうこと。下半身の暗黒空間ね。見せなくていいからね」
マイアのへそから下は、宇宙みたいな暗黒空間になっている。
メイズイーターの四人は、そこになんでもかんでも突っ込んでいる。
「もとはといえば、マイの胴を収めるための収納魔法だったのさ。なにしろあのサイズだからね」
「そうだね。俺の寝室ぐちゃぐちゃだしね」
「はっはっは!」
「にゃっはっは!」
「サラウンドで笑ってごまかされた」
「るふ…魔力…上がる…空間…広くなる…」
「マイの収納魔法は、いまやリンヴァースを丸ごと呑み込めるほどさ」
「はえー……」
感心して眺めてると、マイアのローブがもこっと持ちあがった。
ローブの裾から、黒くてデカくてツヤツヤな、蜘蛛の鋏角が顔を出した。
「おー、ハエトリ系だ」
「るふ…怖く…ない…?」
「いやまあ、マイアは俺の体液吸ったりしないだろうし」
包丁持ってる相手が、目の血走ってる知らん奴だったら怖い。
が、台所に立ってる知り合いだったら、怖くないのは当たり前だ。
「…こわがらない…つまらない…」
「えー、そっち? 実は気にしてて、怖くないって言われて安心したなー、の方じゃなくて」
「るふ…かっこいい…」
「そこはもう、賛意しかないけど。ハエトリ系ってかっこよすぎると思う」
「るふ…るふ…やぬし…好き…」
好かれた。
結果よければ全てよし。
「ですけど、今回はその蜘蛛胴がデスワームを引き込んでしまいましたね」
アルセーが言った。
「アルちゃん、止めてたもんねえ。いにゃー、素直に聞いておけばよかったよ」
「はっはっは! しかしボクたちは生き延びた! つまりボクたちの勝ちだ!」
で、冒険話のはじまりだ。
◇
二十八層、一面の砂漠。
今回【メイズイーター】が受注したクエストは、この一層下のもの。
大イスタリ宮にはファストトラベル機能があるが、五の倍数の層でしか機能しない。
三十層から一層上がるよりも、二十五層から下った方が楽という、イースの判断だった。
「さあ、マイ! 一気に駆け抜けよう!」
「るふ…るふ…」
マイアが蜘蛛胴を解き放ち、他の三人は飛び乗った。
マウントとしても機能するのが、パーティにアラクネを入れる利点だ。
「まったく……わたしは反対ですからね。二十八層だけは避けるべきです」
「アルちゃんは心配しすぎだよ。ね、イース」
「はっはっは!」
「二人がかりで頭ぽんぽんしないでください」
「るふ…デスワーム…ただの…伝説…」
「ううー……三人がかりで頭ぽんぽんされてます……」
道中は楽勝だった。
彼女らは余裕で二十八層砂漠に辿り着いた。
だだっぴろい一面の砂漠である。
次の階層に続くゲートを探し、マイアは砂漠を駆けた。
小一時間。
「残念だね。やはりデスワームはいないようだ」
蜘蛛マウントに揺られるイースは、やや不満げだった。
「にゃー、つまんないねえ」
ルールーがイースに同意して、
「つまらなくありません。デスワームがもし長虫の一種だったら、ものすごい高レベルのモンスターですよ。クエスト前に消耗するだけです」
しかし、負けるとは言わないアルセーだった。
「ええー? でもさー、戦って勝ったらかっこいいじゃん。でしょー、マイちゃん」
ルールーが声をかけるも、マイアは応じない。
やけに真剣な表情をしている。
手には、イスタリヤドリギの蔓で編んだ杖。
「…焼け落ちる星…輝く熱…煮えたぎる土…」
マイアが詠唱をはじめた。
杖の先端に光が集まる。
「…焦げる硝子…飛沫く砂…砂! 砂! 凝集する砂! テクトス!」
身をひねり、後方に向かって魔法を放つ。
直径数キロ分の砂が轟音とともに持ち上がり、尖塔のようなかたちを採る。
凝集した砂が超高速で振動し、加熱によって真っ赤なガラスとなる。
「マイア、どうしたんですか! あんな派手な魔法……」
アルセーは、ガラスの塔を見上げながら声を張り上げた。
「…とても…大きいもの…追われてた…」
「まさかデスワームか!」
「にゃっ!」
イースとルールーが目を輝かせる。
「分からない…でも…閉じ込めた…」
蜘蛛胴で砂漠を駆けながら、マイアは振り返る。
そして、青ざめる。
塔の表面が、ぴしっと音を立ててひび割れた。
「はっはっは! 来るみたいだね!」
イースが抜刀し、盾を構える。
「うおー! 燃えてきたー!」
ルールーがカタナの柄に手をかける。
「まったく……やるしかないですね」
アルセーがモーニングスターをぎゅっと握る。
それぞれが戦闘態勢を取り、デスワームを閉じ込めた塔と向き合った。
「ちがう…そっちじゃ…」
マイアが言葉を言い切らぬ内、足元の砂がぼこっと盛り上がった。
「こっちかあ!」
直径数百メートルを越える巨大な口が、砂ごと、メイズイーターの四人を呑みこんだ。
少し遅れて、ガラスの塔から数十メートルのデスワームが飛び出した。
デスワームはしばしきょろきょろした後、悄然と砂の中に戻っていった。