デスワームのアヒージョ①
どがっしゃーんという凄まじい音で、俺の平穏は打ち破られた。
音の出所は、ダイニングキッチンとふすま一枚へだてた俺の寝室だ。
となると、原因はあいつらしかいない。
S級冒険者パーティ、【メイズイーター】の四人だ。
「あのさ、来るのはいいんだけど、もうちょっと平、和、に……」
ふすまをあけると、ばかでかい蜘蛛がいた。
目が横に並んだ、ハエトリ系のやつ。
「えーと……毛がフサフサしてるし、ネコハエトリかな?」
かわいいよね、ネコハエトリ。
「…やぬし…」
声が降ってきた。
見上げる。
蜘蛛の頭の上に、黒髪ヒューマンのメイジ、マイア・ミスランドの上半身が生えていた。
「おー」
俺は意味の無い感嘆符を置いてみた。
状況はなにも変わらなかった。
「いにゃー、まいったねえ。まさか丸呑みとは」
「はっはっは! しかし、ボクたちに内側を見せたのが運の尽きだ!」
「まったく……大きな音を立てて動くからです」
いつもの連中の声がした。
「ええと……なに?」
情報を処理しきれない。
「やあ、フロアルーラー! ちょっとお風呂を借りに来たよ!」
蜘蛛から下りてきたのは、金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。
だが、いつもと様子がちがう。
なんか、ぬとぬとなのだ。
全身、白っぽくて泡だった粘液まみれになっている。
「ごめんなさい、ご主人。洗濯機も貸していただけませんか?」
次に下りてきたのは、桃髪ニンフのプリースト、アルセー・ナイデス。
やっぱり全身あますところなくぬとぬとだ。
「いにゃー、やられちゃったねえ」
で、けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルー。
あんのじょう、粘液でぬっとぬとだ。
なんにも言えないまま、ぬとぬとの連中を眺める。
特殊なプレイの後なのだろうか。
「るふ…るふ…やぬし…すけべ…」
黒髪ヒューマンのメイジ、マイアが、蜘蛛の胴体を下半身の暗黒空間に収納し、すとんと着地した。
ぬとぬとなのは言うまでもない。
「からかってもらったとこ悪いんだけど、唖然とするのに忙しくてすけべまで気が回らない」
情報量がかなり多い。
ひとつひとつ取りかからなきゃならない。
四人分の粘液が、じんわりと床に広がってきている。
「分かった。まずはお風呂と洗濯どうぞ」
俺は言った。
正しい判断をしたと思う。
◇
「いにゃー、さっぱりした! ありがと大将!」
「熱で変性しちゃうから、なかなか落ちないんですよね」
「はっはっは、いい経験だったじゃないか!」
「るふ…湿ったとこ…好き…」
こざっぱりした四人が、お風呂場から出てきた。
全員、下着だ。
「服着てくれない?」
肌色が多すぎて困る。
「残念だが、着替えもどろどろにされてしまってね」
イースは、革の無骨な肌当て。
痛そう。
「そうなんです。すみません、ご主人」
アルセーは、キャミソールっていうかシフトドレスっていうかとにかく薄手の生地。
お風呂あがりで肌にぺったり張り付いている上、ちょっと透けてて、直視できない。
「大将、見てほらこれ。さらしが溶けかけちゃってる」
布でぎゅっと締め付けたせいで、むしろ豊満アピールみたいになっちゃってるルールー。
これもまた直視できない。
「ぬとぬと…かゆかった…」
マイアは、世の男子の百パーセントがシルクと勘違いしてる、あのつるつるした下着。
そういえばピーチジョンの公式通販から身に覚えのない荷物が届いて、マイアに回収されたことあったな。
暗黒空間のすぐ上、おへそのあたりをぽりぽり掻いている。
なんか、視線が一点に吸い寄せられていく。
桃髪ニンフのプリースト、アルセーに向かって。
アルセーは結構ばっちり幼児体型であり、ごく一般的に言って性的対象ではない。
なのに、なんでか目が離せない。
なんだろう俺、ちっちゃいものクラブの気はないと思ってたんだけど。
「わっ」
俺の視線に気づいたアルセーは、顔色をまっさおにして、その場にしゃがんだ。
うわ、反応がめっちゃリアル。
無思慮な視線にさらされた女性の反応って、照れて顔を真っ赤にするやつじゃないよな。
シンプルに「怖い」とか「気持ち悪い」だよな。
「ご、ごめんなさい、ご主人」
でも、謝られることまでは想定していなかった。
けっこう深く傷つく。
「あの……わたし、ニンフですから……肌を出しすぎると、その……」
「まわりの人がむらむらしちゃうんだよ。いにゃー、不便だねえ」
「ううー……ごめんなさい。ふだんは防具にバフをかけて抑えているんです」
「はえー、種族的なやつなんだ」
「……はい」
よかった、俺にはちっちゃいものクラブの気とかなかった。
それにしても、歩いてるだけでそこらへんのヤツをムラつかせてしまうって、メチャクチャ気の毒な話だな。
俺はアルセーから強引に目を反らし、四人分の服を取りに行った。
「で、でも、迷宮生態学的に言えば、ニンフにはすごく価値があるんですよ」
「…すけべ…?」
「ちっ、ちがいます! 生物を強制的に発情させることで異種間交配を促し、遺伝的多様性に貢献しているんです! 進化を助けているんですよ。マイアだってアラクネですよね? ニンフが異種間交配を促したおかげで、あなたは生まれたんですからね」
「…すけべ…」
「だから、ちがいますってえ!」
「るふ…るふ…」
「ほい、服持ってきた。適当に着てくれ」
一人暮らしのおっさんなので、客用の服とかない。
パジャマとかシャツとか、あるだけ持ってきた。
「ありがとう、フロアルーラー。とても質の良い生地だね」
シャツを着たイースが椅子に腰掛けた。
イースは俺よりデカいので、シャツがぴっちぴちになっている。
なんか、こういう格好見たことあるな。
ホットなブロンドが泡だらけで洗車するみたいな、アメリカのちょっとすけべな映像。
「え、居座るの?」
「おなかすいたニャー」
「猫アピールで押し切ろうとしてる」
「すみません……服が乾くまでの間、お邪魔させてくれませんか? この格好で迷宮に戻ると、モンスターの相手もできなくて」
「…たちまち…やつざき…」
なるほど。
このパーティ、けっこう装備に依存しているんだった。
「分かったよ。で、なにがあったの?」
すぐあきらめた俺は、冷蔵庫から人数分のストロングゼロを取り出した。
「お、悪いねえ大将」
かしゅっ。
ぐいーっ。
「んぐんぐんぐ……ぷあーっ! デスワーム帰りの体に染みるねえ!」
「デスワーム」
「はい。情けないことに、油断してしまいまして」
「砂漠…丸呑み…」
やっぱり特殊なプレイの後だった。