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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
デスワームのアヒージョ
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デスワームのアヒージョ①

 どがっしゃーんという凄まじい音で、俺の平穏は打ち破られた。


 音の出所は、ダイニングキッチンとふすま一枚へだてた俺の寝室だ。

 となると、原因はあいつらしかいない。

 S級冒険者パーティ、【メイズイーター】の四人だ。


「あのさ、来るのはいいんだけど、もうちょっと平、和、に……」


 ふすまをあけると、ばかでかい蜘蛛がいた。

 目が横に並んだ、ハエトリ系のやつ。


「えーと……毛がフサフサしてるし、ネコハエトリかな?」


 かわいいよね、ネコハエトリ。


「…やぬし…」


 声が降ってきた。

 見上げる。

 蜘蛛の頭の上に、黒髪ヒューマンのメイジ、マイア・ミスランドの上半身が生えていた。


「おー」


 俺は意味の無い感嘆符を置いてみた。

 状況はなにも変わらなかった。


「いにゃー、まいったねえ。まさか丸呑みとは」

「はっはっは! しかし、ボクたちに内側を見せたのが運の尽きだ!」

「まったく……大きな音を立てて動くからです」


 いつもの連中の声がした。


「ええと……なに?」


 情報を処理しきれない。

 

「やあ、フロアルーラー! ちょっとお風呂を借りに来たよ!」


 蜘蛛から下りてきたのは、金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。

 だが、いつもと様子がちがう。


 なんか、ぬとぬとなのだ。

 全身、白っぽくて泡だった粘液まみれになっている。


「ごめんなさい、ご主人。洗濯機も貸していただけませんか?」


 次に下りてきたのは、桃髪ニンフのプリースト、アルセー・ナイデス。

 やっぱり全身あますところなくぬとぬとだ。


「いにゃー、やられちゃったねえ」


 で、けも耳ざむらい、ルールー・ルーガルー。

 あんのじょう、粘液でぬっとぬとだ。


 なんにも言えないまま、ぬとぬとの連中を眺める。

 特殊なプレイの後なのだろうか。


「るふ…るふ…やぬし…すけべ…」


 黒髪ヒューマンのメイジ、マイアが、蜘蛛の胴体を下半身の暗黒空間に収納し、すとんと着地した。

 ぬとぬとなのは言うまでもない。


「からかってもらったとこ悪いんだけど、唖然とするのに忙しくてすけべまで気が回らない」

 

 情報量がかなり多い。

 ひとつひとつ取りかからなきゃならない。


 四人分の粘液が、じんわりと床に広がってきている。


「分かった。まずはお風呂と洗濯どうぞ」


 俺は言った。

 正しい判断をしたと思う。


  

「いにゃー、さっぱりした! ありがと大将!」

「熱で変性しちゃうから、なかなか落ちないんですよね」

「はっはっは、いい経験だったじゃないか!」

「るふ…湿ったとこ…好き…」


 こざっぱりした四人が、お風呂場から出てきた。

 全員、下着だ。


「服着てくれない?」


 肌色が多すぎて困る。


「残念だが、着替えもどろどろにされてしまってね」


 イースは、革の無骨な肌当て。

 痛そう。


「そうなんです。すみません、ご主人」


 アルセーは、キャミソールっていうかシフトドレスっていうかとにかく薄手の生地。

 お風呂あがりで肌にぺったり張り付いている上、ちょっと透けてて、直視できない。


「大将、見てほらこれ。さらしが溶けかけちゃってる」


 布でぎゅっと締め付けたせいで、むしろ豊満アピールみたいになっちゃってるルールー。

 これもまた直視できない。


「ぬとぬと…かゆかった…」


 マイアは、世の男子の百パーセントがシルクと勘違いしてる、あのつるつるした下着。

 そういえばピーチジョンの公式通販から身に覚えのない荷物が届いて、マイアに回収されたことあったな。

 暗黒空間のすぐ上、おへそのあたりをぽりぽり掻いている。


 なんか、視線が一点に吸い寄せられていく。

 桃髪ニンフのプリースト、アルセーに向かって。


 アルセーは結構ばっちり幼児体型であり、ごく一般的に言って性的対象ではない。

 なのに、なんでか目が離せない。

 なんだろう俺、ちっちゃいものクラブの気はないと思ってたんだけど。


「わっ」


 俺の視線に気づいたアルセーは、顔色をまっさおにして、その場にしゃがんだ。

 うわ、反応がめっちゃリアル。

 無思慮な視線にさらされた女性の反応って、照れて顔を真っ赤にするやつじゃないよな。

 シンプルに「怖い」とか「気持ち悪い」だよな。


「ご、ごめんなさい、ご主人」


 でも、謝られることまでは想定していなかった。

 けっこう深く傷つく。


「あの……わたし、ニンフですから……肌を出しすぎると、その……」

「まわりの人がむらむらしちゃうんだよ。いにゃー、不便だねえ」

「ううー……ごめんなさい。ふだんは防具にバフをかけて抑えているんです」

「はえー、種族的なやつなんだ」

「……はい」


 よかった、俺にはちっちゃいものクラブの気とかなかった。

 それにしても、歩いてるだけでそこらへんのヤツをムラつかせてしまうって、メチャクチャ気の毒な話だな。

 俺はアルセーから強引に目を反らし、四人分の服を取りに行った。


「で、でも、迷宮生態学的に言えば、ニンフにはすごく価値があるんですよ」

「…すけべ…?」

「ちっ、ちがいます! 生物を強制的に発情させることで異種間交配を促し、遺伝的多様性に貢献しているんです! 進化を助けているんですよ。マイアだってアラクネですよね? ニンフが異種間交配を促したおかげで、あなたは生まれたんですからね」

「…すけべ…」

「だから、ちがいますってえ!」

「るふ…るふ…」

「ほい、服持ってきた。適当に着てくれ」


 一人暮らしのおっさんなので、客用の服とかない。

 パジャマとかシャツとか、あるだけ持ってきた。 


「ありがとう、フロアルーラー。とても質の良い生地だね」


 シャツを着たイースが椅子に腰掛けた。

 イースは俺よりデカいので、シャツがぴっちぴちになっている。

 なんか、こういう格好見たことあるな。

 ホットなブロンドが泡だらけで洗車するみたいな、アメリカのちょっとすけべな映像。


「え、居座るの?」

「おなかすいたニャー」

「猫アピールで押し切ろうとしてる」

「すみません……服が乾くまでの間、お邪魔させてくれませんか? この格好で迷宮に戻ると、モンスターの相手もできなくて」

「…たちまち…やつざき…」


 なるほど。

 このパーティ、けっこう装備に依存しているんだった。


「分かったよ。で、なにがあったの?」


 すぐあきらめた俺は、冷蔵庫から人数分のストロングゼロを取り出した。


「お、悪いねえ大将」


 かしゅっ。

 ぐいーっ。


「んぐんぐんぐ……ぷあーっ! デスワーム帰りの体に染みるねえ!」

「デスワーム」

「はい。情けないことに、油断してしまいまして」

「砂漠…丸呑み…」


 やっぱり特殊なプレイの後だった。

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