竜骨ラーメン⑥
竜骨スープをあたためなおし、どんぶりに注ぎ、塩で味を調える。
でかい鍋で五玉分の麺をゆがく。
ちゃきちゃきっと湯切りしたら、竜骨スープに麺を入れて、箸でほぐす。
このラーメンにたっぷり竜油を浮かべる。
チャーシューは分厚く切って、再度、バーナーで炙ってやろう。
白髪ねぎどっさり。
さっと炙った海苔を三枚。
煎り胡麻をざくざくっと切って香りを立たせ、たっぷり散らす。
「はいよ、竜骨ラーメンお待たせ」
ほっかほかに湯気を立てるラーメンを、机にどん。
「かぁー! 至れり尽くせりだねえ、かぁー!」
ルールーが酔っ払い特有の異常にばかでかい声で感心した。
このアパート、住人は俺と大家さんだけだからいいけど。
「これ、食べきれるか不安です」
体の小さいアルセーは、ちょっと困ってる。
「大丈夫でしょ。細麺だし、飲んだあとのラーメンってなぜか入るし」
「ずぞぞぞ……ん……あっはっは!」
すぐ食べはじめたイースが、またも爆笑した。
伝わらない。
「るふ…るふ…ちゅるちゅる…おいしい…」
「にゃー……体に入ってくるねえ……」
いいリアクションだ。
俺も食ってみようか。
ずぞぞぞぞ。
あ、やばい。
スープに感じた強烈なコクが、ばっちり細麺に絡みついてくる。
豚骨のような、しいたけのような、貝柱のような……やばいこれ。
竜油もてりってりで、香りがあって、存在感がすごい。
口の中にいつまでも残って、そのせいでずっと美味い。
スープに沈めたノリを、ぱくり。
ひったひたになったノリが、口の中でほどける。
チャーシューひとかじり。
低温調理した脂肪は、とろっとろなのにしゃきしゃき。
赤身は、分厚く切ったのにさくっと前歯で噛み切れて、くにゅくにゅっとなめらか。
やばいやばい。
とんでもないもんつくってしまった。
気づけばみんな無言で、汗だらっだら流しながら麺をすすっている。
止まる気配がない。
「にゃー! 終わってしまった! もっと食べたい!」
「替え玉は任せろ」
沸かしっぱなしのお湯で、一玉三十秒。
スープに醤油だれと竜油をちょい足し。
味変え需要に、豆板醤と刻んだ新玉ねぎとおろしにんにく用意。
「あっはっは! あっはっはっは! この、玉ねぎが……あっはっは!」
替え玉すすったイースのリアクションが貧困。
「豆板醤、いいですね! ちょっと辛くて、香りがぐっとよくなりました!」
アルセーの声もだいぶでかくなってきた。
「るふ…にんにく…ぴりぴり…好き…」
マイアは、おろしにんにくをどっさり入れた。
この子、ちょっとくせ強い味が好きなんだよな。
にんにくと豆板醤で、劇的に味が変わる。
豆板醤の辛さと香りとわずかな苦味が、かえってくせを抑える。
にんにくの邪悪なまでに強いにおいが、スープと相性抜群。
ちょい足しの醤油だれ、煮干しの酸味と旨みがぐいぐい押し寄せてくる。
「おほー……にゃー……」
ルール―はイスの背もたれに体重をあずけ、天を仰いだ。
魂が抜けてる。
「さーてさてさて。真夜中にカロリー爆裂させておいて、更にごはんまで詰め込みたい愚か者の数は?」
問う。
「にゃー!」
「はっはっは!」
「まったくみなさんは……食べますけど」
「るふ…無限…胃袋…無限…」
「よし、いい返事だ。今日は行くとこまで行こう」
「にゃっ! いっしょに伝説をつくろーう!」
残ったスープを、一番だしで伸ばす。
そこに、有塩バターと鰹節の薄削りを容赦なくぶちこむ。
固めに炊いたごはんをイン。
黒胡椒をがりがり挽く。
冒涜的な食い物ができあがった。
「さあ、かっこんでくれ」
言うまでもない。
かっかっか、と、箸の音が響く。
バターと鰹節の香りが、右から左からぶん殴ってくる。
味変えを重ねた竜骨スープに、さらに鰹節とバターの異常なうまみが乗っかる。
挽きたて黒胡椒のピリっとくるさわやかな辛さがうれしい。
固めのごはんがほどよくスープに絡む。
「にゃー……あま……ごはん、噛むほどあま……」
ルールーが天に昇っていった。
「こしょう…バター…」
マイアも頭をフラフラさせている。
「ああ、だめですこれ、だめです、本当にもう……こんなの……」
アルセーは謎の規範意識に囚われた。
「はっはっは! はっはっはっは!」
イースは、なんかもうよく分かんない。
一瞬だった。
ほんの一瞬にして、俺たちはありえない量のカロリーを上乗せしてしまった。
おなかぱんぱんになって、ぐったりする。
「にゃー……つくったねえ……伝説……」
「ああ。ボクたちの勝ちだ」
「るふ…まだ…おいしい…」
「これ、太りますよぉ。確実に、太りますぅ……」
全員ねむそう。
俺もねむい。
目の前でどんぶりがカピカピしていくのを、為すすべなく見つめている。
「ねー、今日ここ泊まってこうよ。あたし、もう動ける気がしない」
「ダメです。ご主人にこれ以上のご迷惑はかけられません」
「ぶー」
のろのろと、メイズイーターは動き出した。
「あ、悪いね」
「フロアルーラーは座っていたまえ」
立ち上がろうとしたら、イースに肩ぽんされた。
「片付けまでが…宅呑み…」
缶がつぶされ、お皿が洗われ、テーブルが拭かれ、俺は座ったままウトウトしはじめた。
でっでででん!
「うわ! うるさ!」
いきなりでかい音が響いて俺は飛び起きた。
心臓がばくばくしてる。
「え? なに今の」
「どうやら、ボクたち全員レベルアップしたようだね」
「え、このタイミングで?」
「驚きました。わたしたち、まだレベルアップの余地が残っていたんですね」
アルセーが言った。
「あたしたち、必要経験値がカンストしてたもんねえ」
「…ドラゴン…髄…」
「そうか! 骨髄の持つ経験値を、スープによって効率よく吸収できたためか!」
イースが名探偵の顔をした。
スープによって効率よく吸収できる経験値について考えようとしたが、頭がぐるぐるしてきたのですぐに止めた。
「いにゃー、やっぱ異世界宅呑みは最高だねえ!」
ルールーが言って、みんなニコニコした。
たしかに、メイズイーターのみんなにとっては、こっちが異世界だ。
「にゃっ! めっちゃAGIとCRI上がってる! 成長期成長期!」
「ボクはHPとDEFだ。はっはっは、実にいいね! 更なる強敵に挑戦できるじゃないか!」
「またSTRが上がってます……もういらないのに」
「るふ…るふ…INT…あがった…」
上がったステータスに一喜一憂する面々。
テスト結果ではしゃいでる感ある。
そんなこんなで、お開きの時間。
「大将、ごっちゃんした!」
ルールーが。
「るふ…やぬし…おやすみ…」
マイアが。
「ありがとう、フロアルーラー! またよろしく!」
イースが。
「ごちそうさまでした、ご主人。すっごくおいしかったです!」
最後にアルセーがぺこっとおじぎして、押し入れのふすまを閉める。
たちまち、部屋がしんと静かになる。
少しさみしくて、少しほっとする時間。
「さて……残ったスープ冷凍しよ」
後始末をしたら、プライムビデオで古いアニメをザッピング。
騒がしい夜の余韻にひたる。
ま、冒険者のレベルアップに貢献できて、よかったよ。
だんだん、ねむくなる。
またS級冒険者は、俺の部屋に居座るだろう。
レベルが上がるような料理、つくってやんないとな。
おやすみ、メイズイーター。
また呑もう。
竜骨ラーメン おしまい