竜骨ラーメン⑤
まずは肉屋と食材屋で、材料調達。
そしたら料理に取りかかる。
いちばんでかい鍋で、四十分ぐらい骨を下ゆでする。
アクごと煮汁を捨てる。
ふたたび鍋に水を張ったら、竜骨をどぼん。
キャベツ半玉、りんご半分、しょうが、にんにく、長ネギ、モミジ――鶏の足のこと――を入れる。
そしたらこいつをひたすら煮て、竜骨スープにする。
せっかく骨があるんだし、竜骨ラーメンに挑戦してみたい。
うまく行くかどうかは、まったく分からないけど。
ドラゴンチャーシューをつくろう。
砂糖、醤油、料理酒、しょうが、にんにく、長ネギをあわせて、火にかける。
ぽこぽこ沸騰し、砂糖が溶けたあたりで火からおろし、あら熱を取る。
タレのできあがり。
竜ウデ肉をジッパー付きの保存袋に入れて、タレを注ぐ。
ジッパー付きの保存袋は水に沈めて空気を抜き、真空っぽくする。
生協の発泡スチロール箱いっぱいに満たした水に、こいつをどぼん。
頭がいかれたわけではない。
チャーシューを低温調理にしようと思っただけだ。
発泡スチロール箱には、低温調理用の、変な棒みたいな器具がセットされている。
これのスイッチを入れ、温度を指定する。
今回はとりあえず、六十五度。
すると、この棒みたいな器具が水温をずーっと六十五度に保ってくれるのだ。
肉っていうのは、高い温度で調理すると硬くなり、水分が逃げ出してしまう。
六十五度ぐらいであたためつづけると、めちゃくちゃ美味くなるのだ。
ドラゴンの肉までおいしくなるかは知らんけど。
とりあえず、六十五度で八時間やってみよう。
竜骨スープは、ひたすらかきまぜる。
放っておくと一瞬で焦げる。
「うわ、なんかすげーいい匂いしてきた」
豚骨とも違うし、鶏ガラとも違う。
強いて言うなら……いやなんだこれ、かつおでもないしなあ。
きのこっぽくもあるし、貝っぽくもある。
とにかくスープから漂うのは、鼻の奥に粘りつくような、得体の知れないうまみの香り。
竜骨スープのにおいとしか言えない。
腹減ってきたな。
かきまぜ続けて八時間。
スープのかさが、めっちゃ減った。
これをさらしの布でこす。
黄金色をした、とろっとろのスープになった。
ちょっとなめてみる。
「むう……!?」
なんだこれ。
やばい。
豚骨っぽいこくと粘りに、貝柱みたいな謎の旨味があって、しいたけだしっぽい味も感じる。
かと思えば、えびらしき濃厚な風味もあるし、いやなんだこれ、後から野菜のようなわずかな渋みが追っかけてきて舌がいつまでもうまい。
「いやこれ……醤油だれ要らんな。これに塩だけで全然いい」
食材として珍重されるわけが分かった。
なんか、レベル上がりそうな味だ。
「油だけは足すか」
中華鍋に、竜脂とにんにく、しょうが、ねぎの白いとこを放り込んで、弱火でちりちり炙る。
焦げないように注意。
にんにくがかりっかりになったら火を止め、あら熱が取れたら漉す。
鶏油ならぬ、竜油のできあがりだ。
麺まで自作する能力はないので、市販の適当な細麺でいいや。
ちょっと妥協感あるけど、仕方なし。
やつらの襲来に備えよう。
◇
「はっはっは、参ったね! 百十七層の環境があんなに変わっていたとはね! しかし、マグマごときでボクを溶かそうなどとは甘い考えだ!」
「いにゃー、あのドラゴンも住むとこ無くなって三層に迷いこんでたんだねえ。悪いことしちゃったかにゃー」
「迷宮保安委員会には通報しておきました。これ、きっと大きな変化の前触れですよ」
「るふ…るふ…マリーちゃん…すこ…」
いつもの連中がいつものようにストロングゼロ呑んでる。
俺もまた、いつものように料理している。
「そだ大将、ドラゴンのお肉おいしくなった?」
カウンターキッチン越しにルールーが図々しい。
「今用意してるとこ」
低温調理したチャーシューを、ジップロックからまな板に。
一キロの肉塊、存在感が半端じゃない。
まずはこいつの表面を、ガスバーナーで思いっきり炙ってやる。
しっかり焦げ目を付けてやると、メイラード反応で風味が増す。
包丁を入れてみる。
ローストビーフみたいにまっかな赤身と、タレが染みて琥珀色になった脂肪。
断面の破壊力がやばすぎる。
こいつをサイコロ状に切ったら、白髪ねぎをあしらう。
「ほい、お待たせ」
皿を持ってきて、俺も着席。
「おおー……これはなんていうか、すけべだね。実にすけべだ。けしからんよ君ぃ」
脂肪とタレでてりってりのビジュアルを見たルールーは、肉を叱った。
「るふ…いい…におい…」
マイアがiPadから顔を上げる。
バーナーで炙った肉からは、焦がし醤油と焼けた肉、とろけた脂肪の、なんとも言えない甘い香り。
問答無用で人の腹を減らすにおいだ。
「では、さっそくいただこうじゃないか」
イースが無遠慮に手を伸ばした。
ぱくっ。
もきゅもきゅ。
「……あっはっはっは!」
爆笑した。
「これは、なんだ、その……あっはっは!」
伝わらない。
「わっ、これ……すごいです。あぶらがとろとろで、お肉、すごい、くにゅくにゅって、生みたいですけど、ちゃんと火が通ってて」
アルセーは目をまんまるにして、口元を抑えている。
「おあー! 大将、ビール! ビールちょうだい!」
「ばっちぇ冷えてますよー」
ルールーが伸ばした手に、金麦の缶を差し込む。
かしゅっ。
ぐいーっ。
「んぐぐぐ……うぅっふ……あぁー! これ、あぁー!」
ルールーは、チャーシュー食ってビール飲んで、手足をじたばたさせた。
「こういう濃厚でとろっとろなやつには、こんなビールを用意してみたよ」
俺は冷蔵庫から人数分の瓶を取り出した。
「サンクトガーレンの湘南ゴールド。オレンジをたっぷりつかったビール」
「わー! ありがとうございます!」
アルセーがビール瓶を受け取り、手刀ですぱんと口を切り落としてコップに注いだ。
ガラスを手の中でぐにゃぐにゃ変形させて、それをフタ置きにした。
なんて女子力だ。
「んぐんぐ……わー! これ! にが、にが、さっぱりして……おいしいです!」
オレンジとホップ、ふたつの香りとふたつの苦み。
こってり系で疲れた口の中が、一瞬にしてさわやかになってくれる。
「そっか! これでまたお肉があらためておいしいんですね!」
アルセーは賢い子なので、酒飲みの、
『腹一杯になるまで酒も飲み物も美味しく感じていたい』
というろくでもない知恵にすぐ辿り着く。
「るふ…にが…にが…好き…」
マイアは逆に、瓶の底を手刀で切り落とし、ボトルネックを掴んで呑んでいる。
なんかこういう酒器見たことある気がする。
机に置けないから、注がれたのぜんぶ呑まなきゃいけないやつ。
「まだまだ肉あるからね。好きなだけ食ってくれ」
チャーシューはたっぷり三キロ仕込んだ。
それでもまだ竜ウデ肉は十キロぐらい残っている。
ドラゴン、歩留まりいい生き物だなー。
「野菜もちょっとほしいな。つくってくるわ」
新玉ねぎをスライサーでしゃしゃっとやって、ちぎったレタスと合わせて、水煮のサバ缶乗っけて、しょうゆをびしゃー。
酔っ払っててもつくれる雑サラダ。
「大将ぉー、これはうれしいよ、うれしいに決まってるじゃん!」
サラダをざくざく食べながら、ルールーが変な絡み方してきた。
俺の背中をばんばん叩いてくる。
酔ってるねえ君。
「るふ…るふ…お肉…サラダ…お酒…無限…」
マイアがなにかの真実に気づいてしまった。
飲みまくって、食いまくる。
だんだん顔が赤くなってきて、しゃべることが取りとめなくなってくる。
そろそろだな。
「よし、〆るか」
俺はよたよたしながらカウンターキッチンに向かった。