竜骨ラーメン④
「はえー。装備の問題だったんだ」
「いにゃー、そうなんだよね。耐久値減るのもったいなくて、ついつい適当な服着ていっちゃった」
「はっはっは、そのおかげで歯ごたえのある戦いだったじゃないか! ボクは久しぶりに楽しかったよ」
「まったく……みなさん死んでたじゃないですか」
なんか、死が軽い。
「で、ドラゴンの腕をかっぱらってきたわけね。それ、なんかの役に立つの?」
「…うろこ…つめ…装備…素材…」
「なんか炎耐性とか高そう」
「魔法適性もよくて、ルーンを刻みやすいんだ。ボクの鎧も、二百十層のドラゴンを素材にしている。いや、実に強敵だったね! ボクには負けたけどね!」
「にゃっ! そだそだ、それで、大将に見てもらいたくてさー。マイちゃん、いい?」
「…ん…」
マイアがすっくと立ち上がり、ローブの裾をつかんでがばーっとめくった。
「え、なにしてんの、え?」
痴女かな?
「またまたあ、かまととぶっちゃってこの。大将、もう見慣れちゃってるでしょ?」
「分かってるけど毎回びっくりするんだよ」
「るふ…やぬし…すけべ…」
めくったローブの下、マイアのおへそから下は、なんか宇宙みたいな暗黒空間になっていた。
その暗黒空間に、ルール―が手を突っ込む。
「…んっ…」
「え? 今マイア色っぽい声出さなかった?」
「るふ…やぬし…すけべ…」
「へその下の暗黒空間に手を突っ込むことの、なにがどうすけべ?」
「るふ…るふ…」
「あー、ちょっとからかってみたやつね。そういうの、中学生ぐらいのときに味わいたかった」
「んー? ここかにゃ? あ、あったあった!」
暗黒空間から、ルール―がなにかばかでかいものを引っ張り出してきてテーブルの上に置いた。
ドラゴンの腕だった。
ちぎれたとこ、生々しい。
「……でかいね」
「それほどの大きさでもないですよ。若くて分別のないドラゴンでしたね」
「現代日本のダイニングキッチンには十分な大きさだけどね」
俺は、ドラゴンの腕にぶち破られたふすまを見ながら言った。
いよいよ本題が来てしまった。
集まって酒飲んで上機嫌で帰ってくれるぐらいなら、それでいい。
どうせ一人暮らしだし、みんなでワイワイ騒ぐのはけっこう楽しい。
ちょっと血なまぐさいけど。
「さあ、フロアルーラー。これをおいしくしてくれたまえ!」
これだ。
これが問題なのだ。
「るふ…食べたい…おいしいの…」
「いにゃー、大将がドラゴンをどう料理するのか、わくわくしちゃうねえ」
「はい! 楽しみです!」
一度、調子に乗ってモンスターを――と言っても、どう見てもただの魚だった――さばいてみたところ、メイズイーターの四人はいたく気に入ってしまった。
それ以来、俺はこいつらが持ち込むモンスターを料理するはめになったのだ。
「いやこれ……どうしたらいいの」
「いつもみたいにさー、ぱぱっとやっちゃってよ大将」
「簡単に言うねえ」
ためしに包丁で叩いてみると、あきらかに金属音だった。
そうだよな、カタナを叩きつけて切れないんだもんな。
「大丈夫です。うろこと皮は剥いでおきますから」
「…爪も…マジックアイテムに…」
「できればブロック肉にしておいてくれない?」
「お、欲しがりますなあ大将」
「よくそんなこと言えるね」
「にゃっはっは!」
「猫アピールで煙に巻いてくる」
「食べられるとこ…だけ…」
「例によって、フロアルーラーの冷蔵庫とマイアの収納空間をつなげておくよ。それなら、いつでも材料を取り出せるからね」
「俺の野菜室が人の下半身と勝手につながれる」
「るふ…やぬし…すけべ…」
「へその下の暗黒空間とつながった野菜室に手を突っ込むことの、なにがどうすけべ?」
「るふ…るふ…」
「あー、ちょっとからかってみたやつね。そういうの、いくつになっても意外と好きかもしんない俺」
そんなわけで、ドラゴンのウデ肉を調理しなければならなくなった。
なにをどうしろと。
「それじゃあ、今日のところはおいとまするよ。次はドラゴンのウデ肉で乾杯しようじゃないか!」
「ちょっと、イース! お片付けしてからです! ごめんなさいご主人、踏み台お借りしますね」
「えー、いーよ片付けー。あたし帰って寝たいー」
「片付けまでが…宅呑み…」
「ぶー」
踏み台に乗ったアルセーが、かちゃかちゃと皿洗い。
マイアとルール―が、缶を洗ってつぶし、ごみ箱に。
イースがテーブルを拭く。
こういうとこきちんとしてるから、ぎりぎりでイラつかないんだよなこいつら。
「じゃ、あたしたち帰るね。大将、おっじゃましましたー!」
「るふ…またね…やぬし…」
「ご主人、今日もごちそうさまでした」
「さらばだ、フロアルーラー! また会う日まで!」
メイズイーターの四人が、続々と押し入れに飛び込んでいく。
イースがふすまをぱたんと閉じると、たちまち、部屋が静かになった。
宅呑みが終わったあとの、一抹のさみしさと開放感。
俺は飲み直しながら、ようやくプライムビデオで古いアニメをあさりはじめる。
◇
冷蔵庫を開ける。
野菜室の片隅に、宇宙みたいな暗黒空間が渦巻いている。
「うわー……なんか、うわー……」
おずおずと手を突っ込んで、触れたものを引っ張り出す。
一キロぐらいのブロック肉がごろごろ出てきた。
「なんだろ……まあ、肉だな」
脂肪と赤身のバランスは、豚肩肉って感じ。
赤身の間に適度に脂肪が入り込んでいる。
こうなるともう食材だ。
「ん……? なんだこれ」
指先に堅い感じがあったので、つかみ出す。
骨だった。
漫画に出てくるような、両端が太くなってるやつだった。
「食べられるとこだけって言ったろ」
いや、食うのか?
牛の骨をまっぷたつに割って、骨髄を食べるみたいなやつ?
まあ、そりゃうまいだろうけど。
「なんにせよこれ、割らなきゃだめだな」
出刃包丁を骨に叩きつけてみる。
割れそうな気配がない。
その後も、糸鋸やらのこぎりやら総動員してみたが、骨は傷一つつかなかった。
俺はため息をついて、骨を片手に部屋を出た。
ふれんどしっぷ町田の一階は、ワンフロアぶちぬきで大家さんの家になっている。
大家さんは、冒険者うんぬんの事情について知っている。
どうして大島てるに投稿しておいてくれなかったんだ。
チャイムを鳴らすと、大家さんはすぐに出てきた。
泣きぼくろに垂れ目がすてきな、おっとりした女性だ。
「あらあ、サンマルイチ号さん。どうなさいました?」
でも俺のことを囚人番号みたいに呼ぶ。
「どうも、大家さん。実はドラゴンの骨を割りたくて」
自分で言ってみて、気が触れているとしか思えない。
「なにかこう、道具とかありませんか?」
「あるわよ」
「あるのか」
あるんだ。
「ちょっと待っててね……ええと、ああ、これこれ」
戻ってきた大家さんは、ショートソードを手にしていた。
刃にも柄にもなんかの文字がびっしり刻まれている。
「これはね、竜骨砕きの呪文がエンチャントされてるのよ」
「竜骨砕きの呪文がエンチャント」
びっくりしすぎた俺は、ピーリカピリララポポリナペーペルトのリズムで言った。
「竜の骨髄ってね、貴重な食材みたいなの。だから、骨を砕く専用の道具が必要なのよ」
「カニの身をほじるためだけのフォークみたいな」
「そうそう」
そうなのか。
「はい、どうぞ。あ、返さなくてもいいわよ。きっとサンマルイチ号さんには、これからもご入り用でしょう?」
「まあ、多分、そうでしょうね」
「うふふ、冒険者さんとは仲良くしてあげてね」
頭ぽんぽんされた。
おっさんになっても、頭ぽんぽんされるのはうれしいね。
というわけで、俺は竜骨砕きのショートソードを手に入れた。
さっそく竜の骨に、刃を当ててみる。
すると、刃にびっしり刻まれた文字がバァアアアと青くまばゆく輝いた。
う゛う゛う゛う゛う゛……みたいな重低音がして、空気が振動した。
ものすごくまずいことになっている気がするが、俺は心を殺して刃を押し込んだ。
骨が、すとんと音を立てて切れた。
きゅうりぐらいたやすく切れた。
「おお
ちょっとアガってしまう。
骨の断面には、まっしろい髄がみっちみちに詰まっている。
これ、炙って食うのは抵抗あるな。
「うーん……ああ、そうか。あれだな。あれにしよう。ちょっと富澤商店とニュークイック行くか」