ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ⑦
「あ、あー……あー……」
イースの話を聞き終えた俺の第一声は、これだった。
なるほどね。
そういう変化球も投げてくるのね。
「え、じゃあこの肉は?」
「帰りに、カーバンクルをみまもる会の直売会があってね。その場で〆てくれるんだよ」
あ、カーバンクルをみまもる会って、そんな、生産の上流から関わってるんだ。
俺たちが環境保護NGOって聞いて想像するヤツとだいぶ違う。
「久しぶりに食べてみたくなったのさ。フロアルーラーなら、おいしくしてくれると思ってね」
うーん、やっぱりちょっとサイコパスの香りがするな。
うさぎのふれあいコーナーで遊んだ後、あ、こいつ食いたいって思うか?
異世界の倫理基準だな。
「よし、準備できた。ちょっとテーブルきれいにしてくれ」
「任せたまえ」
イースがテーブルの上を片付けてくれた。
俺はろばた焼き用のカセットコンロをどーんとテーブルに置いた。
「というわけで、焼き鳥にしよう」
「ほう! 興味深いね!」
部位別にバラしたカーバンクルには、串を打って軽く仕事をしておいた。
「好きに焼いて好きに食ってくれ」
「得意だ!」
イースが第一投、ネギマを網にオン。
じゅあーっと楽しい音が鳴る。
いいね、期待させてくる音だ。
焼けてく肉と焼けてくネギの匂いがする。
もうこれだけで美味いよな。
網の上で身がジワジワと白くなっていくのを見つめながら、香りをツマミにキリンの秋味をぐいーっ。
あー、いいね、重くて苦くて爽やかだ。
たまらんたまらん。
ひっくり返して、じゅあーっ。
ネギが良い感じに焦げてて見た目は完璧。
「よーし、もうこれいけるよ」
イースの取り皿にネギマをぽん。
さっそくほおばったイースは、
「あっはっは! はっはっは!」
のけぞってゲラゲラ笑った。
「だよなー。だよなー」
俺もネギマぱくっ。
「うわっ、あっはははは!」
これは……鴨っぽくもあり、親鶏っぽくもある。
弾力クニクニの肉は血の味が強い。
噛めば噛むほどやたら旨くて、一つまみの塩と肉汁が混ざって極上。
ここにビールをぐいーっ。
「ぐあー……すっごいわこれ」
俺は軽くつっぷした。
なんだろうなこの、脂をビールで切る快感ってのは。
「よーし、内臓もいっちゃうか」
レバーとハツを網に乗っける。
コイツらには一仕事した。
ごま油をハケではたいてから塩を振ったのだ。
乾燥を防げるし風味が増すのでオススメ。
「あああ! これはいいね! 魂が震える味だ!」
ハツをぱくついたイースが叫んだ。
狩猟本能をビンビンに掻き立ててくる血の風味、やばい。
「これはもう、あれだな。強いやつで迎え撃たなければな」
とっておきを出しちゃおう。
静岡は沼津のベアードブルーイングより、わびさびジャパンペールエールのお出ましだ。
わさびと緑茶を利かせた、苦いのにスッキリしてて香りが強烈で、脂っけのあるものと最高に相性のいいビール。
レバーをぱくり。
うん、焼き加減最高。
新鮮でシャッキシャキで臭みは無し、内臓の味でこれでもかとぶん殴ってくる。
「で、ここにこのわびさびジャパンなんだよね」
ぐいーっ。
しゅわーっ。
わさびの香りがふわり。
「あっはっは! うわあ!」
のけぞりすぎたイースがひっくり返った。
アガりすぎだろ。
「まあアガるけどなーこれは。これはアガるわ」
おおー、酔ってきた酔ってきた。
フワフワしてきた。
「胸肉!」
「あっはっは!」
「皮!」
「あっはっは!」
「ぼんじり!」
「あっはっは!」
もう食って笑ってるだけだ。
「よーしよしよし。楽しくなってきたな。次だ次」
再びベアードブルーイングより、帝国IPA。
しっかり焦がした麦芽のキャラメルっぽい香りと、IPAらしい舌を殴るような苦味。
これが、脂の甘さとヤバいぐらいハマる。
「こう、ぼんじり食べるじゃん? もう口の中が脂でべっしゃべしゃじゃん?」
「うん、うん」
「そこで、こう!」
ぐいーっ。
「ああ! 恐ろしいよ、フロアルーラー! ボクに耐えられるだろうか!」
どしゃーっと脂が腹まで滑り落ちていった後の、口の中でしんしんと震える苦味の余韻。
こいつを数秒楽しんでから、おもむろに皮をむしゃー。
「きひひひ!」
多幸感で変な笑い声が出る。
焼き鳥とビールってただでさえ問答無用の組み合わせなのに、今日は焼きカーバンクルとクラフトビールとかいう意味不明に豪華なラインナップなのだ。
頭おかしくならないわけがない。
「はああ……いや、まったく……来てよかったよ。ありがとう、フロアルーラー」
「いいってことよ。元気出た?」
「うん! おかげさまでね! 今日もボクの勝ちだ!」
「あー、これはもう完全に勝ちだわ。勝ち勝ち。よっしゃよっしゃ、もっと勝っていこう」
「もちろん! ボクはいつまでも勝ち続ける!」
俺たちは飽きることなく、カーバンクルとビールの間を行き来しつづけた。
生きてりゃ起こる色んなめんどくささを、脂とビールで腹の底まで流し込んでやろうと。
ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ おしまい




