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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ
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ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ⑥

 どこをどう走ったものか、バルタンは気付けば最初の野営地に戻っていた。


「ハア……ハア……」


 膝をついて、息を整える。

 空気が足りない。

 肺まで干涸らびそうだった。


「よお、やーっと追いついたぜ、バルタン」

「……ッス」


 背後から声をかけられて、振り返る。


 ハルとゴアだった。


「アルは……死んじまったか。だが、オレたちにはそいつがいる。これでやり直せるぜ」


 と、ハルが顎をしゃくって示すのは、バルタンが抱くカーバンクルだ。


「よくやった、バルタン。さあ、帰ろうぜ。オヤジが待ってる」


 ハルが伸ばした手を、バルタンははねのけた。

 やや意外そうなハルの表情は、すぐ苦笑に変わった。


「そうか……そうかよ」


 ハルは煙草に火を付け、満足げに煙を吐いた。


「フー……最初からその根性を見せてくれりゃあな」

「すみません、ハル兄貴。すみません……でも」

「良い。何も言うな」


 ハルは手を振った。


「だが、オレたちにも意地がある。てめえ、ここで死ぬぜ」

「……ッス」


 ゴアが飛び出した。

 そう感じた次の瞬間、バルタンは後方に吹っ飛んで背中を木に強打していた。

 頭がちかちか閃いて、鼻の奧から血が喉に流れ込んで、殴られたのだと遅れて理解した。


「上等だぜ。ぶん殴られても、カーバンクルを離しやがらねえ。ゴア、せめて苦しまずに送ってやんな」

「……ッス」


(ああ……無理だ……イース、やっぱりおれには……)


 カーバンクルを抱く手が、意志に反して弛む。

 滑り落ちた指先に、触れるものがあった。

 バルタンは何も考えずに、それを掴んだ。


 ゴアの怪腕が、猛スピードでバルタンに迫る。

 バルタンは掴んだそれを持ち上げた。


「ぎゃあああああああ!」


 絶叫は、バルタンのものではない。

 肘から先を失ったゴアが、血を流しながら地面をのたうち回った。


「……な、なに、が?」


 バルタンは首を傾げ、とっさに掴んだものを見た。

 なんてことのない木の枝だった。

 ただし、青くぼんやりと光っていた。


「これは……イースが、さっき」


 たわむれにルーンを刻み、放り出したきりの枝だった。


 ――いいかい、バル。どこであろうと……


(願った場所で……勝つ!)


 カーバンクルを片手に抱いたまま、バルタンはゆっくりと立ち上がった。


「すみません、ハル兄貴……おれ、あなたを守れって、アルから……」

「だから、何も言うんじゃねえよ」


 ハルは懐から魔法オートマチックを抜いた。


「終わりだな、バルタン」

「はい、ハル兄貴」


 二人の男が向き合う。


 闇に銃声が響く。



 イースが辿り着いたとき、生きているのはひとりの男だった。

 血にまみれたカーバンクルを膝に乗せたハルは、ぼんやりと煙草をふかしていた。


「そうか……間に合わなかったか」


 地面に倒れているのは、ふたつの死体。

 ゴアと、バルタン。


 バルタンは眉間を撃ち抜かれていた。

 即死だったろう。


「遅すぎたぜ、なにもかもがよ……」


 ハルは煙草を捨て、立ち上がった。

 血まみれのカーバンクルが、どさりと落ちて地面に転がった。


 ハルの左腕は付け根から吹き飛んでいた。

 バルタンの一撃は、ハルに致命傷を与えていた。


 残された右腕で、ハルは魔法オートマチックを構えた。

 照準を、イースにぴたりと向けて。


「来いよ、バケモノ」

「もちろん。ボクは勝つさ」


 魔法オートマチックを乱射しながら、ハルの時間感覚は研ぎ澄まされていった。

 排出された薬莢が煙をまとって後方に飛んでいくのが、いやにゆっくりと感じられる。

 マズルフラッシュが夜闇に光をもたらす度、イースが近づいている。


(ケッ……バケモノ相手に、よく保った方だぜ……)


 強がりを最後に、ハルの意識は飛んだ。


 首をねじきられたハルの死体が、奇妙なステップを数度踏んで倒れる。


 イースは、血まみれで横たわるキイロスイショウカーバンクルを、そっと持ち上げた。

 その重みに耐えかねて、膝をついた。

 

「ルー、マイ、アル……ごめん」


 小さく呟いて、イースは倒れた。





「待って」


 俺はイースの話を遮った。


「うん? どうしたんだい、フロアルーラー。ここからがいいところなのに」

「いや、みんな死んだんだけど……じゃない。それはいいんだ別に」


 どうせコイツらスナック感覚で死んだり生き返ったりしてるし、それはどうでもいい。


「俺が言いたいのはさ」


 皿の上には、部位ごとに分解されたカーバンクルの肉がある。


「その話の流れだと、俺が今バラバラにしてるのって……」


 ウソだろ、どんなサイコパスだよコイツ。

 みんなで必死に追いかけたり守ったりしたカーバンクルを人に解体させたってこと?

 どっかで『食肉用家畜』から『愛玩動物』に切り替わっちゃうじゃん。

 今もう俺、切り替わってるよ。

 キイロスイショウカーバンクルはペットの扱いになっちゃってるよ頭の中で。


 絶対に食べたくないんだけど。

 

「最後まで話を聞きたまえ、フロアルーラー。いいかい? ここからがいいところなんだよ」


 イースがプリプリ怒った。

 いや、だから、いいところも何もみんな死んだろ登場人物。

 アルセーが来て蘇生させて、まったく……とか言って終わりだろいつもみたいに。


 しかしイースは、断固として話を続けるつもりらしい。

 俺はいくつかの肉塊と化したカーバンクルを見下ろして、どんどん気分がぐったりしていくのを感じた。





「きゅううう……?」


 イースの死体から、キイロスイショウカーバンクルが這い出した。

 遊び疲れて眠っている内にバルタンとハルが殺し合い、返り血を浴びたのだ。


「きゅうう」


 カーバンクルは死体を突いて回った。

 しかし、誰も目を覚まさない。

 遊んでくれない。


 小さなドラゴンはさみしかった。

 せっかくの楽しい時間を、もっと長く味わいたかった。


「きゅううう……きゅっ!」


 カーバンクルは、思いついた。

 寝ているのなら、起こせばいい。

 だから、額の貴石に込められた魔力を解き放った。


 六十五層が、光に包まれた。



「ガボガボガボッ……ん、あれ?」


 目を覚ましたアルは、自分が溺れていないことに気付き、きょとんとした。

 次に、失われた自分の両脚が再生していることに驚愕した。


「な、なんだこりゃ……い、いや、そうじゃねえ! 兄貴! ハル兄貴! どこですかい!」


 アルは自らの脚で大地を踏みしめ、B級アサシンの俊足で駆けた。



「あー……」


 ハルは頭を掻いた。


「するってえとだ。こいつが魔力を使って、オレたちを蘇生させたってわけか?」

「はっはっは、そうみたいだね!」

「……ッス」

「フー……」


 ハルは煙草に火をつけ、ため息とともに煙を吐き出した。


「きゅうう! きゅうう!」


 カーバンクルが、うれしそうにハルの脛を甘噛みした。

 その額の水晶は、赤い。


「そのために魔力を使い切っちまったってわけだな?」

「はっはっは!」

「フー……」


 ハルはぼんやりと煙を吐き出してから、


「……なんだったンだよ、ここまでの一連は」


 ぐったりとうめいた。


「まあいいじゃないか! ボクたちは生きている! つまりボクたちの勝ちさ!」

「ははは……そうだな」


 バルタンが苦笑した。


「笑いごとじゃねえよ……どうすんだよこれから……」

「……ッス」


 ゴアが、言葉少なに指さす先。


「兄貴! ハル兄貴!」


 夜明けを引き連れて、アルが、そして悪夢コキュートスの構成員が、走っていた。


「ああ? なンだてめえ? つまり、その……コイツらがいれば大丈夫だ的なことを言いてえのか?」

「……ッス」


 ゴアが微笑んだ。

 ハルは再びため息をついた。


「まあ……そういうことにしといてやる。アル、てめえら! 帰るぞ!」

「あ、あの、おれは……」

「あア!?」


 おずおずと手をあげたバルタンを、ハルは睨んだ。


「てめえは破門だ、バルタン」

「えっ、そんな」

「そんな、じゃねえよ! ゴアとオレを殺しといてぬけぬけと元の鞘に収まるわけねえだろ! ウスノロが!」

「で、でも、生き返ったし」

「やめろ! 結果論だろ!」


 ハルは鋭く舌打ちして、バルタンにそっぽを向いた。


「……オヤジの古いダチに、“カーバンクルをみまもる会”の会長がいる。オレが頼めば、推薦状なんざいくらでも書いてもらえる」


 ハルはバルタンに背を向けたまま、小声で言った。


「え? あ、あの、それって」

「一回で分かれ! てめえなんざ、このしみったれた原っぱを眺めてんのがお似合いだっつってんだよ! 行くぞ、アル、ゴア! くだらねえ時間を過ごしたぜ!」


 大股で去って行くハルに、バルタンは深く頭を下げた。

 それからはっと気付いて、イースを見た。

 イースはにっこりしていた。


「最初から気付いていたよ。みまもる会の職員は、六十五層でたばこを吸ったりしない。サンクチュアリを火事で台無しにしたくはないからね」

「そ、それじゃあ、なんであの時おれに、カーバンクルを託したんだよ」

「君があのときと何も変わっていなかったからさ。臆病で、恐がりで、勇敢だったからさ」


 膝をついたバルタンは、涙を隠すため、手で顔を覆った。

 


「……あら?」


 最後に気付いたのは、フィリス・ウィンターだった。

 彼女はあたりをきょろきょろ見回してから、苦笑した。


「そう。黄色いあの子に救われたわけね」


 立ち上がったフィリスは空中にルーンを刻んだ。

 それはたちまちローブとなって、彼女の裸身を包んだ。


「いいわ、イース。あなたの強運に免じて、手を引いてあげる。またどこかで会いましょう」


 激怒リンボを支配した魔女は、姿を消した。

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