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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ
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ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ⑤

「撃て! 撃て! 撃ちまくれ!」


 魔法銃が一斉に火を吹いた。

 銃弾に触れた肉塊が焦げながら飛び散っていく。

 モンスターは怯んだようにじりじりと後退をはじめた。


 ぼおおおお――おおおおおお!


 モンスターが絶叫し、爆ぜた。

 無数の黒い肉片が辺り一面に飛び散った。


「フー……寝起きで走らせやがって。まだ頭がガンガンするぜ」


 ハルは煙草に火をつけた。


「ンで、なんだったんだこのブルシットは」

「さてね。見たことのないモンスターだけど……」


 イースは警戒態勢を解いていなかった。


「……どうしてだろう。魔力の香りが、どこか懐かしいんだ」

「アア? 見たことねえんじゃねえのかよ?」

「だから困惑しているのさ」

「くすくす……くすくす……」


 不意に、女の笑い声が響いた。

 乱反射する光のように、出所の掴めない笑い声だった。


「な、なんだ!? どこにいやがる!」


 ハルは煙草を捨て、魔法オートマチックを構えた。


「おい、イース! ぼさっとしてンな!」


 ぽかんとするイースに、ハルが声をかける。


「……え、園長、先生?」

「くすくす……」


 飛び散った黒い肉片が渦を巻きながら一カ所に集まった。

 一瞬の閃光が辺りを包むと、そこには全裸の銀髪の女がいた。

 この世のものとは思えぬ、美しさと邪悪さを秘めた裸体だった。


「て、てめえは、激怒リンボの!」


 ハルが撃ち殺したはずの女だった。


「どうして、園長先生が」


 イースにとっては、そしてバルタンにとっては、孤児院の園長先生だった。


「園長だァ? ってえことは、こいつが、“スローターハウス”の……!」


 ハルは魔法オートマチックの銃口を女に向けた。


「そうよ。わたしはフィリス・ウィンター。“慈愛と平和の子ども園”の園長……元、だけどね。あなたたちが、焼き尽くしてしまったから」

「あれは事故だ」


 イースが言うと、フィリスは口を大きく開け、なまめかしい真っ赤な舌を見せて笑った。

 

「あなたは孤児院といっしょに焼け死んだと聞いていたよ」

「そうね、しばらくは死んでいたわ。消し炭になった肉体を復活させるのに、とても時間がかかった。小鳥や野犬、それから森のドラゴン……ルーンの秘術で、寄せ集めの肉にわたしの魂を定着させたの」


 イースは眉をひそめた。


「そうだったね。それが園長先生の、そしてあの孤児院の秘密だった。ボクもずいぶん後になって知った」

「ど、どういう、ことだ?」


 バルタンが問うた。


「“スローターハウス”の由来ぐらいは、バルも知っているだろう?」

「あ、ああ。やけに子どもの死亡率が高いから、屠殺でもしているんじゃないかって……でも、あれは口さがない噂だろう?」

「そうじゃない。園長先生は、実際に子どもを殺して自分の肉にしていたのさ」

「くすくす……よく調べたわね」

「これでもS級冒険者だからね」


 イースはフィリスを睨みつけた。


「フィリス・ウィンター。あなたの正体は、エルフの尺度でさえ永く生きるルーンメイジだ。おそらくは地下隧道のクリスタルに触れて、ルーンメイジのジョブを得た。違うかい?」


 フィリスは鷹揚にうなずいた。


「あなたは子どもの肉を喰らい、残滓は地下隧道に捨てた。捨てられた肉は魔力を帯びて寄せ集まり、ドラウグルと化す。そしてドラウグルは、殺せば魔力石となる」

「一石三鳥だったわ。わたしはこの肉体を保つことができたし、孤児院の経営のために魔力石を売ることができたのよ」

「……ボクたちも、殺すつもりだったのかい」

「ええ、もちろん。あなたはとても美しい肉になったでしょうね」

「そうか……」


 イースは魔法暴徒鎮圧銃を捨て、ナイフを手にした。


「最後に、もう一つだけ。どうして今になってボクたちを襲うんだ?」

「言ったでしょう? 一石三鳥だったのよ。魔力石は、売るだけじゃない。“一統”への捧げ物でもあったの」

「一統……? それは」


 フィリスは肉塊に手を突っ込み、杖を引っ張り出した。


「園長先生のお話はおしまいよ。あなたを殺して、とびきりの肉に変えてあげるわ」


 ほほえんだフィリスは、杖で中空にルーンを刻んだ。


「バル!」


 フィリスと対峙しながら、イースは叫んだ。


「ここはボクにまかせたまえ! 君がキイロスイショウカーバンクルを守るんだ!」


 バルタンは、迷わなかった。


「ああ……無理だ……無理だから、さっさと追いついてくれよな!」


 そして駆けだした。


「いくわよ、イース」

「上等だ! ボクが喰らってやろう!」



 剣も鎧も、今のイースは装備していない。

 カーバンクルをみまもる会に貸与されたサファリルックだ。


「ソーン、カノー、フェオー」


 イースは自らの右腕にナイフを突き立て、ルーンを刻んだ。

 血の滴る傷口が青く発光した。


「ハガラズ」


 中空に刻んだ朱いルーンを、フィリスがノックする。

 刃の形をした氷塊が無数に生じ、一斉にイースを襲った。


「はっはっは! 懐かしいね、園長先生の魔法だ!」


 まっすぐ突っ込んだイースは、右腕をふるって氷塊を叩き落とした。


「ナウシズ」


 動じずフィリスは、新たなルーンを刻む。

 地面から生じた黒い小さな腕が、イースの左足を拘束した。


「カノー!」


 イースは左足の太ももにナイフを突き立て、深くルーンを刻んだ。

 バフを受けた脚に尋常ならざる力がこもり、踏みしめた地面が破砕される。


「くすくす……カノー」


 燃えさかる火弾がイースを襲った。

 イースは両腕で顔を防御し、背を丸めて炎に突っ込んだ。


「さすがに燃え尽きたかしら?」


 燃えさかる炎の向こうを見通すように、フィリスが目を凝らす。


「はっはっは!」


 炎を突き破って、拳を固めたフィリスが笑いながら飛び出してきた。


「ボクの勝ちだ、フィリス!」

「イース」


 フィリスの眼前に分厚い氷の壁が出現し、イースの拳を受け止めた。

 イースの右拳うけんがぐちゃぐちゃに潰れ、骨が突き出した。


「うおおおおおおお!」


 砕けた拳を、イースは繰り返し氷の壁に叩きつけた。

 青白い氷が、イースの血に染まった。


「イース……氷のルーン。孤児院の前に捨てられていたあなたに、わたしが付けた名よ。あなたの瞳は冴え冴えと冷たく、虚無だった――あなたにはいずれ、一統の仕事を引き継いでもらいたかったのよ。誰があなたを、そんな風に変えたのかしら?」

「知ったことじゃないさ! ボクはボクだからね!」

「バルタン……それに、孤児院の子どもたち。あなたを殺したら、すぐに後を追わせるわ」

「はっはっは! 言うじゃないか! 勝つのはボクさ!」

「無駄よ。わたしのイースは、あなたには砕けない」

「そうかな?」


 にやりと笑ったイースは、やおらサファリルックの上半身をはだけ、自らの胸にナイフを深く突き立てた。

 フィリスは目を丸くした。


「なにを……自死するつもりかしら?」

「アンスール……ソーン……ケナズ……ボクに、あらん限りの……力を……」


 血を吐きながら、イースはナイフを動かした。


「ばかな……まさか、心臓にルーンを……!? 死ぬわよ!」

「はっはっは! ボクの勝ちだ、フィリス!」


 イースの全身が、青い光をまとう。

 潰れた拳を振り上げる。


「クロスルーンストリーム!」


 イースの拳が、氷ごとフィリスを粉砕した。

 フィリスは、ルーンの輝きに包まれて跡形もなく消滅した。


「ガボッ――」


 膝をついたイースは、大量の朱い血を吐いた。


「……まだだ」


 胸に突き刺さったままのナイフを動かして、ルーンを刻む。


「イース」


 自らの名を、刻む。


 心臓が凍り付き、出血が止まる。

 死へのカウントダウンが始まる。


「バル、待っていてくれ」


 イースは歩き出した。

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