ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ③
「おーいおいおい、こりゃなんだァ?」
草原を闊歩していたハル……悪夢コキュートスの若頭が見つけたのは、一つの死体である。
「ハル兄貴、こりゃ激怒リンボのモンですぜ」
「……ッス」
「ばぁーかやろう、見りゃ分かるっての。オレが言いたいのはだな、なんだって激怒リンボのチンピラがこんなところでくたばってんのかってことだ」
矮躯のアルが死体を手早く検分した。
「暴徒鎮圧魔法弾ですぜ。クケケ、喉のどまんなかに一発! 当たりどころが悪かったみたいです」
「まさか、イース・フェオーか?」
「分かりやせん。予断は禁物ですぜ、ハル兄貴」
ハルは死体を蹴り上げた。
その手に握られているのは、魔法オートマチック。
「対人用じゃねえか」
ハル、アル、ゴアが装備しているのは、魔法カーバンクル打ちライフルだ。
魔法オートマチックは銃弾がカーバンクルの体内に留まり組織をずたずたに引き裂いてしまうため、一般的に密猟には用いられない。
「となると、狙いはカーバンクルじゃねぇーな」
「……ッス」
長身のゴアが言葉少なく同意し、魔法カーバンクル打ちライフルの銃身を握った。
「ゴア?」
「……ッス」
ゴアは銃口をあらぬ方向に向け、一発ぶっぱなした。
銃弾の先に目をやったハルとアルは、何者かがどさりと倒れるのを目撃した。
「チィッ!」
ハルは鋭く舌打ちし、魔法カーバンクル打ちライフルを構えて駆けた。
「は、ハル兄貴!」
「アル、ゴア! 見やがれ! 激怒リンボだ!」
腹をぶち抜かれて血を流すのは、激怒リンボの構成員だった。
「ナメやがって! クソが! ナメやがって!」
ハルは怒りに任せて魔法カーバンクル打ちライフルを死体めがけて撃ちまくった。
死体は首と手足がちぎれ飛び、ずたずたの肉塊と化した。
「フー……」
ハルは煙草に火を付け、深呼吸しながら考える。
「まさか、オレが狙いか?」
そして、激怒リンボによるレイドの可能性に思い至った。
「ありえるぜ。オレが死んじまったら、いよいよ悪夢コキュートスは終わりだ……そうか、激怒リンボの奴ら、キイロスイショウカーバンクルの噂でオレたちをおびき出しやがったのか!」
ハルは爪先で激怒リンボ構成員の死体を蹴り飛ばした。
「ナメやがって……! ゴア! ひとっ走り地上に戻って、集められるだけの兵隊を集めやがれ!」
「……ッス!」
「いいぜ、そのつもりなら! ここでケリを付けてやる!」
怒りに満ちたハルは、再び激怒リンボ構成員の死体を蹴りつけた。
狂戦士バフをかけられた構成員が、小刻みにぴくぴくと動いていることには気付かなかった。
◇
陽が落ちて、イースとバルタンは野営することにした。
「明日こそ、キイロスイショウカーバンクルを見つけようじゃないか!」
「お、おお、そうだな。そうさ……」
バルタンの瞳はたき火の照り返しを浴びて、ぎらつきの度合いを更に深めている。
彼は暴徒鎮圧魔法銃をぎゅっと抱いた。
(明日だ……明日こそ……イースを……!)
「バル」
「うわああ!」
声をかけられ、バルタンは飛び上がった。
汁物の入った椀を二つ手にしたイースが、首をかしげる。
「どうしたんだい? デスワームは苦手かい?」
「は? え、は?」
「友人にモンスター食の天才職人がいてね。彼が干してくれたデスワームを汁物にしたんだ。おいしいぞ」
「で、デスワーム……いや、食べたことはないが」
「はっはっは、そうか! ボクもこないだはじめて食べたよ!」
ドラゴンやベヒーモスに並ぶ伝説上の生物、デスワーム。
それが汁物の具材となっている。
やはりイースは、あまりにも規格外であった。
「い、いただきます……お、これは、なかなか」
塩味のスープだが、デスワームの脂っけが強く、コクを感じる。
だしの出たデスワームの身も滋味が強く、肉はもちもちとして、脊索はこりこりとして楽しい。
「さあ、再会を祝して呑もうじゃないか! これも友人からもらったお酒で、クロキリシマと言うんだ。おいしいぞ」
強い酒を一気にあおり、バルタンは熱い息を吐いた。
「いい飲みっぷりじゃないか」
「フゥー……」
酒が喉と腹を焼き、バルタンの狂的な高揚をわずかに静めた。
「しかし、バル。君がカーバンクルサンクチュアリの職員になっていたとはね」
「そんなに意外か?」
「ぴったりだと思ったのさ。バルは昔から生き物が好きだったからなあ! おぼえているかい? 孤児院の庭にうさぎが巣を作ったときのことさ!」
バルタンはまたひとつ苦い記憶を思い出し、顔をしかめた。
イースはうさぎの巣を掘り返し、どうやら古代遺跡らしい地下の隧道に到達したのだ。
バルタンとイースは、ドラウグルに襲われながら三日三晩その隧道をさまよった。
「あのときは楽しかったねえ。まさかクリスタルに触れてルーンナイトのジョブを得ることになるとは思わなかったよ! はっはっは!」
あまりにも恬然としたイースの態度だった。
おもわずバルタンは、噴き出した。
「変わってないな、イース」
「もちろんさ! ボクはいつだって、願った場所で勝ち続けてきたからね!」
「あのときも……そうだったな。俺が言ったんだ。うさぎの巣の根っこが見たいって」
「うん? そうだったかな。忘れてしまったよ」
「……ドラゴンの時も、そうだったよな。俺が最初に見たがった。孤児院の森には番人のドラゴンがいるって噂になって、それで」
「ボクも見たかったし、なにより勝ちたかったからね」
イースは薪を拾い上げると、ナイフでルーンを刻んだ。
「ソーン、カノー、フェオー」
ささやくと、薪に刻まれたルーンが青く発光する。
「ああ、そうだったな、イース。あんたはそんな棒きれで、ドラゴンと戦ったんだ」
「鼻っ面をひっぱたいてやったさ」
「覚えたてのルーンを、枝に刻んで……あのときのイースは、戦女神のように見えたよ」
「棒は魔力に耐えられず粉々に砕け散って、ボクの腕もずたずたになったけどね。とはいえボクたちは生き残ったから、つまり勝ちさ」
イースとバルタンは、笑った。
十年前と同じように、友人同士の気やすい笑いだった。
「さあ、今夜はもう寝よう。明日は早いぞ、バル」
「おやすみ、イース・フェオー」
「よい夢を、バルタン・デルス」
そのとき、近くで爆音が響いた。
◇
サファリルックに身を包んだ、悪夢コキュートスの構成員が集まった。
総勢二十人ほど、今出せる最大戦力だ。
「いいか、てめェーら。オレの命が狙われてる。だが、これはチャンスだ。激怒リンボの連中に逆レイドを仕掛けて、徹底的に殺し尽くすぜ。やれんのか!」
構成員は、ハルの飛ばす檄に喚声で応じた。
ハルは魔法オートマチックと魔法ショットガンで武装している。
構成員も同様だ。
「時は来た! それだけだ! 行くぜ!」
「応ッッ!!!」
こうして、完全武装した一団が、野に放たれた。
◇
うとうとしていたフィリスは、不快げに顔をしかめて目を開けた。
「木偶が次々に殺されている。どうして?」
「きゅうう……」
かたわらのキイロスイショウカーバンクルが、むにゃむにゃうめいて寝返りを打った。
フィリスはそのおなかをやさしく撫でてから、立ちあがる。
(戻りなさい。集まりなさい。私の下に、今すぐ)
フィリスは激怒リンボの木偶たちをただちに招集した。
呼びかけている間にも、木偶はその数を減らしていく。
「イース……ここまで強くなっていたのね。園長先生はうれしいわ」
ややあって、木偶たちがぞろぞろと戻ってくる。
百人以上いた木偶は既に数を半分に減らし、残った者も多くは負傷していた。
一体の木偶が、フィリスの目の前で事切れて倒れた。
頭の半分が吹っ飛んでおり、胸には無数の穴が開いている。
「銃創……?」
フィリスはその瞬間、超高速でなにかが飛来するのに気付いた。
首を反らして、避ける。
飛来物は背後の木に突き刺さり、飛んできた木片がフィリスの頬を裂いた。
「おーうおうおうおう! てめェーが激怒リンボのアタマかよ! べっぴんじゃねえか!」
魔法ライフルを肩に担いだ男が、フィリスの前に姿を現した。
「もったいねえが、頭を吹っ飛ばして殺す!」
男がライフルをぶっぱなした時、すでにフィリスはルーンを中空に刻み終えていた。
杖でルーンをノックした瞬間、地面が爆ぜた。
悪夢コキュートスも激怒リンボも関係なく、その場の人間がまとめて土くれごと吹き上がり、肉片となって降り注いだ。
フィリスは眉根をひそめ、塵埃の向こうを見通そうとした。
「……なんだったのかしら?」
「悪夢コキュートスだッ!」
絶叫を乗せて、嚇怒の銃弾が飛来する。
激怒リンボの木偶が射線上に飛び出し、顎から上を吹っ飛ばしながらフィリスを守った。
「クキキッ!」
フィリスは前腕に鋭い痛みを感じた。
ナイフを手に死角から襲撃を仕掛けたのは、矮躯のアルだ。
「……ッス!」
アルに気を取られた瞬間、長身のゴアの巨大な拳がフィリスの脇腹に突き刺さった。
「グッ……!」
フィリスは大砲から打ち出されたかのように宙を舞った。
このように、メイジは近接格闘に持ち込まれると非常に脆弱だ。
土砂が巻き上がり視界がふさがれた瞬間、ハルはアルとゴアをフィリスの懐に潜り込ませた。
これこそ、悪夢コキュートスの実務を一手に担う若頭たるハルの果断な意思決定である。
「死ねッ! 死ねェーッ!」
空中のフィリスめがけて、ハルは魔法アサルトライフルを乱射した。
銃弾を浴びたフィリスの身体は、ぐずぐずの肉塊と化しながら落下した。
「ナメやがって! ナメやがってクソが! アスホール!」
落ちてきた肉塊めがけ、ハルは魔法散弾と罵声を念入りに叩き込んだ。
「あ、兄貴 ハル兄貴!」
アルの声に振り向く。
悪夢コキュートス構成員と闘っていた激怒リンボの木偶たちが、ばたばたと倒れはじめた。
「なンだァ? こいつらはどうしちまったんだ」
「……こりゃあ、ハル兄貴。チャームですぜ。魅了の魔法です」
死体の胸をナイフで切り裂いたアルがしかめっ面になった。
「うへえ、こいつはひでえ。案の定ですぜ、ハル兄貴。心臓にルーンを刻んでやがるんだ」
「ああ? そうなると、どうなるンだ?」
「ルーンってのは、剣や鎧に刻むものです。そいつを肉に直に刻めば、たしかにとんでもねえ威力にはなる。ですがそいつは一時のこと。ルーンを刻まれた肉は酷使に耐えかね……」
「使い物にならなくなるってわけか」
「まして心臓ですぜ、ハル兄貴。魔力が血に乗って体中に廻って、あっという間に焼け付いちまいます。とんでもねえ根性曲がりの術者ですよ」
ハルはぐずぐずの肉塊に目をやった。
「ってえと、つまりだ。今しがたぶっ殺してやったこのクソ女が、裏で激怒リンボのケツを掻いてたってわけか?」
「……ッス」
ハルは煙草に火をつけ、煙を深く吸い込んだ。
「フー……ブルシットだぜ。意味が分からねえ」
煙草を吸っている間だけ、ハルは考えごとに没頭した。
「まあ、どうでもいいことだな。これだけ痛めつけちまえば、残りの連中もイモ引くだろうよ」
ハルは清々しい気分で煙草を放り捨て、赤く燃える先端が闇に描く軌跡を目で追った。
その先に、キイロスイショウカーバンクルがいた。
「……お、おいおい、冗談だろ」
「きゅうう?」
キイロスイショウカーバンクルはよたよたとハルに近づいた。
ハルは震える手でキイロスイショウカーバンクルを抱き上げた。
「とんでもねえ日だ……一切合財、オレの手に転がりこんできたじゃねえか……」
「きゅうう」
甘噛みされたその痛みが、これは現実なのだとハルに教える。
「は、ははは……ははははは! やった、やったぜ! これでオレたちは……! ははははは!」
ハルは笑った。
「はっはっは!」
その笑いに、誰かが乗っかった。
「やあ、こんばんは!」
闇の中から、イース・フェオーが現れた。
ハルは瞬時に言葉を失った。
「は、ハル、兄貴?」
バルタンが、硬直するハルに気付いた。
「おや、バル。知り合いかい?」
「あ、ああ、ええと」
「そうか! 君たちも“カーバンクルをみまもる会”の職員だね! 激怒リンボの構成員をやっつけた上にキイロスイショウカーバンクルまで確保するとは、実に見事な手際だ!」
歩み寄ったイースが、ハルの背中を嬉しそうにばしばし叩いた。
ハルは未だに笑顔のまま硬直していた。
「今日はもう遅い。死体の処理をしたら野営の準備をしようじゃないか。いいかい、ええと、ハル」
ハルは返事をしなかった。




