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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ
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ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ②

「フー……オヤジもくだらねえ仕事をオレに押しつけたもんだぜ」 


 六十五層のブッシュ。

 サファリルックで煙草をふかすのは、悪夢コキュートスの若頭、ハル・スター。


「ですがハル兄貴、キイロスイショウカーバンクルさえ持ち帰れば……クケケ!」


 と、ハルに寄り添う矮躯ちびの男が耳障りな声で笑った。


「……ッス」


 言葉少なく矮躯に同意するのは、長身のっぽの男。


「わぁーってンだよそんなことは。アレさえありゃあ、もう激怒リンボにデカい顔されねーで済む」


 ハルが構えたのは暴徒鎮圧用ではなく、本物の弾丸が込められた魔法カーバンクル打ちライフルだ。

 凄まじい貫通力を誇り、カーバンクルを一撃で絶命せしめる。


 悪夢コキュートスは零細非合法組織であり、最近ノシ上がってきた激怒リンボと抗争中だ。

 激怒リンボは、なんのバックアップも持たぬ新興組織でありながら、すぐれた魔法によって悪夢コキュートスの構成員を次々と殺していった。


 悪夢コキュートスは本家である莫逆アケローンに助けを求めたが、返事はなかった。

 莫逆アケローンにとって、悪夢コキュートスなど所詮は枝組織の一つに過ぎない。


 悪夢コキュートスの親分、ウエル・ギースは、追い詰められた末に一計を案じた。

 キイロスイショウカーバンクルを密猟して売り払い、兵隊を揃えて激怒リンボにレイドをかける。

 それこそが、悪夢コキュートスに残された唯一の道であった。


 バルタンを追い詰める彼らもまた、追い詰められているのだ。


「アル、ゴア、気ィ引き締めろよ。場合によっちゃあ俺ら、メイズイーターのアタマと交戦するぜ」

「クケケ! 分かってますよハル兄貴。あのクソ厄介なイースには、バルタンを当てました」


 矮躯のアルが作戦を語り、


「……ッス」


 長身のゴアが言葉少なく同意する。


「バルタンだァ? あンのクソ間抜けがなんの役に立つってンだ? 激怒リンボのヤサ一つ、てめェーじゃ見つけられねえ男だぞ」

「クケケ! ところがですね、そうじゃないんです。イースとバルタンは、例のスローターハウスの出なんですよ」

「ほオー……てことは」

「仲間意識! 善人ぶってる連中ってのは義理に縛られる。なにかありゃバルタン、使えますぜ」

「……ッス」

「バルタンはたしかに無能のクソ間抜けです。作戦のことも知らせちゃいねえ。だからこそ、役に立ってもらおうじゃありやせんか、ハル兄貴」


 ハルは満足げに笑った。


「いいじゃねェーか。アル、ゴア、いくぜ」


 落とした煙草を踏みにじり、ハルは歩き出した。

 アルとゴアが、それに続く。



 さわやかな風が吹き渡る六十五層の草原。

 木の下に突如として、渦巻く虚無が生じた。

 迷宮とその外を繋ぐ、ポータルである。

 ローブと杖に身を包んだエルフの女メイジが、ポータルから姿を現した。


「ふふ……ここはすてきな場所ね」


 風の流れに銀髪をあそばせて、女エルフは微笑む。


「きゅうう……きゅうう……」


 そのおだやかな佇まいに惹かれたのか、一匹のカーバンクルがよたよたとメイジに近づいてきた。


「あら、かわいい子ね。あなたはどこから来たの?」


 女エルフは木陰に腰をおろし、カーバンクルを誘うように指先をゆらした。


「きゅうう」


 伸ばした指先を、カーバンクルはくちばしで甘噛みする。

 エルフはカーバンクルの喉を親指でやさしく掻いた。

 天敵を知らぬカーバンクルは警戒心に乏しく、未知の存在にもたやすくすり寄る。

 生きているものは大きさに関わらず自分の仲間だと思っているのだ。


 カーバンクルはエルフの膝に飛び乗った。


「あら、あなたの水晶は黄色いのね」


 撫でながら、エルフはそんなことを言う。

 エルフにすり寄ってきた個体こそ、キイロスイショウカーバンクルであったのだ。


「そう、まるであの子の髪のよう……透き通っていて、美しい。そして冷たい」

「きゅうう?」

「……イース。イース・フェオー。バルタン・デルス。あの子たちが今日、予知夢に現れたのよ」


 エルフは、見上げるカーバンクルから顔を背けた。


「ごめんなさい。きっとわたしは、とてもひどい顔をしているのよ」

「きゅうう……」

「そう――あの子たちが、ここに二人であらわれる。わたしの“慈愛と平和の子ども園”を焼き尽くした、あの子たちが」


 エルフは、木に立てかけていた杖を手に取った。


「わたしはあの二人を殺さなくちゃならない。一統との盟約に従って」


 エルフが杖で空中をノックすると、ポータルが開いた。

 そこから、魔法銃で武装した男たちがぞろぞろと出てきた。

 羽織ったマントに刺繍されているのは……悪夢コキュートスと目下抗争中の新興ヤクザ組織、激怒リンボの意匠である。


「さあ、わたしのために働いてちょうだい」


 激怒リンボの男たちはうなずいたが、その瞳に意志は乏しい。

 魅了系のデバフがかけられていることは一目瞭然だった。


 エルフは歩き出した。

 その後を、キイロスイショウカーバンクルが追った。


「あら、ついてきてはだめよ」

「きゅうう?」


 エルフは苦笑して、しゃがんだ。


「わたしはフィリス・ウィンター。園長先生と呼ばれていたわ」

「きゅうう!」


 キイロスイショウカーバンクルが、フィリスの肩に飛び乗ってきた。


「仕方ない子ね。いいわ、いっしょにおいで。イースとバルタンを八つ裂きにするとこ、見せてあげるから。さあ、行きなさい」


 魅了された男たちが、フィリスの声に応じて六十五層に散った。



 イースとバルタンは、だだっぴろい六十五層をただうろついていた。

 キイロスイショウカーバンクルは、探そうと思って見つけられるものではないのだ。

 

「はっはっは! そうそう、孤児院を逃げ出したときは実に楽しかったなあ! あのときも君は無理だと言っていたけどね! 結果はボクたちの勝ちさ!」

「はは……そうだな。全焼するとは思わなかったけど」

「まさか地下に魔力石を貯め込んでいるとはね! でもあれは無造作にタル詰めにしていたのが悪いとは思わないかい? ちょっとつまづいて刺激を与えただけで大爆発したじゃないか」

「ははは……」


 バルタンは当時のことを思い出して震えた。


 ほんのイタズラのつもりだった。

 脱走ごっこと探検ごっこは稚気にあふれた遊びで、園長先生の気を惹くために多くの子どもがやっていた。

 だが、イースの手にかかった瞬間、遊びは孤児院を跡形もなく焼き尽くすテロと化したのだ。


 たまたま孤児たちはみんな外出中だったので、死者は出ていない。

 しかし、イースの悪運に巻き込まれたバルタンは、いっしょに逃げ出す他なかった。


(そうだ……コイツはどういうわけか、やることなすこといつも間が良いんだ……)


 一方の自分は、どこまで行っても転落人生だ。


(コイツとの悪縁を、ここで断ち切ってやる。そして俺は、新しい人生を歩むんだ……!)


「お! カーバンクルが走っているよ! かわいいなあ!」


 イースが、遠くを駆けるカーバンクルの群れに目をやった。


(やるしかねえ……!)


 バルタンは、やぶれかぶれで暴徒鎮圧魔法銃を構え、イースの首筋を狙ってぶっぱなした。

 イースの姿が、ぶれたようにバルタンには見えた。


 銃撃に驚いたカーバンクルたちが、立ち止まってこちらに目を向けた。

 イースが振り向いた。


「あ……あ……」


 バルタンは、殺されると直感した。


「どうしたんだいバルタン。いきなり銃を撃つなんて」

「あ……い、いや、これは」


 イースはバルタンに背を向け、目をすがめた。


「あれは……おどろいたな! バル、よく気付いたじゃないか!」

「へ?」

「ほら、あそこで倒れているあの男! マントの意匠が激怒リンボのものだ!」


 指さした先には何も見えない。

 ただ風の吹き渡る草原があるだけだった。


「げ、激怒リンボって、あの、最近よく聞く」

「どうやらバックに強力な魔法使いがいるようで、リンヴァースの裏の勢力図を書き換えようとしている連中さ。驚いたなあ! 彼らもキイロスイショウカーバンクルの噂を聞きつけたのかもしれないね!」


 イースはバルタンの背中を嬉しそうにばしばし叩いた。


「ボクたちの勝ちだね、バル! はっはっは!」


 バルタンは愛想笑いを浮かべた。


「さあて、これはやる気が出てきたぞ。バル、どちらが多くの密猟者に勝てるかどうか、ひとつ勝負といこうかじゃないか!」


 バルタンは愛想笑いを浮かべた。



 草原を歩いていたフィリスが、ぴくっと肩を揺らした。


「きゅうう?」


 少し後ろで、キイロスイショウカーバンクルが首を傾げる。


「……木偶でくの気配が一つ、消えたわ。気付いたのかしら?」


 フィリスは瞳を閉じた。


(様子を見に行って。そして、どう殺されたのかわたしに報告しなさい)


 近くの木偶に呼びかけて、死体を見に走らせる。


「イースはとびきり優秀な子だったものね。いいわ、そうでなくっちゃ」


 くすくす笑ったフィリスは、杖の先端で空中に朱く輝くルーンを刻んだ。


「チャームを、より深く……それから、ベルゼルガを」


 草原に散らばった激怒リンボの構成員に、狂戦士のバフをかける。

 身体能力を大幅に向上させるバフだが、魅了デバフとの重ねがけには大幅な代償を伴う。

 被術者は手足がちぎれようが内臓がこぼれ落ちようが、術者のために戦い続ける。

 その結果は、死だ。


「イース、バルタン、待っていてちょうだい。園長先生が遊んであげるわ。あの頃みたいに」

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