ロック・ストック・アンド・トゥー・スモーキング・カーバンクルサンクチュアリ①
「やあ! フロアルーラー! 来たよ!」
「あれ? 珍しいじゃん。一人なの? ……ん?」
いつものようにいきなりダイニングキッチンに現れた金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオー。
その恰好がおかしい。
帽子とポケットがいっぱいあるシャツと長いパンツ。
どう見てもサファリルックだった。
「どうした」
「ちょっとね、料理してもらいたいものがあるんだ」
いつものようにこっちの話を聞かず、イースはテーブルの上に本日の食材を投げ出した。
「んん? なんだこれ? 鶏……じゃないな。なんだこれ」
ぱっと見は、スーパーなんかでも売ってる丸鶏だ。
頭を落として毛をむしってツボを抜いたやつ。
だが、腿と胸がパンパンにでかく、手羽は小さい。
首も太いしケツもでかいし、間違い探しみたいに、なにかがちょっとずつ違う。
「カーバンクルだよ」
「えっカーバンクル」
カーバンクルって、もっとこう、正体不明のフワフワした緑色の生き物じゃなかったっけ。
もしくはFF3に出てきた一つ目の脳みそ。
いやぷよぷよにもいたなカーバンクル。
「カーバンクルはドラゴンなんだよ、フロアルーラー」
「あ、そうなんだ……?」
別にドラゴンにも見えないので、そんな噛んで含めるように言われてもまったく納得感ないな。
イースはよっこいせと座って、頬杖をつき、カーバンクルを見つめた。
「……イース?」
「うん?」
「なんか疲れてない?」
イースは意外そうに目を丸くしたあと、苦笑した。
「そうだね。少しばかり疲れているかもしれない。だからここに来たのさ」
「ストゼロあるからな」
「それに、キミもいる」
うっわっ、そういうことを言うんじゃないよ。
ただちに誤解するだろ。
「で、これってどう食うの?」
「炙り焼きが一般的だね。棒をさして、焚火の上でぐるぐる回すんだ」
一般的なアパートの設備では無理だな。
まあ、この見た目ですぐさま思いついたヤツがあるから、それでいこうか。
「んじゃまあ、ちょっと時間かかるから適当に飲んでて」
「ありがとう、フロアルーラー」
しっとりしてんな、本当に。
何があったんだ一体。
「ええと……冒険の話でもする? いつもみたいに」
うっわだっさ、気を使ってるのがばればれじゃん。
だがイースはしっとりとほほ笑んだのだった。
「そうだね。フロアルーラーが準備している間、少し話そうか」
イースはダイニングキッチンに転がった角瓶を拾い上げて、コップに注いだ。
一口なめて、息を吐き、冒険話のはじまり。
◇
大イスタリ宮六十五層は、自然保護区“リンヴァース・カーバンクルサンクチュアリ”である。
この草原は、迷宮生態系にとっての聖域だ。
カーバンクルは一風変わったドラゴンだ。
サイズは六十センチほど、前腕は退化して骨格に痕跡を留めるのみ、翼の名残は強靱な肋骨だ。
二足歩行するその姿は、羽根のない肥ったフクロウといったところ。
額に生じる真っ赤な石が、カーバンクルの特徴だ。
カーバンクルは、一般の生物には毒となるほど強い魔力を含んだ葉を食べる。
魔力を代謝する際に生じた老廃物が額の石となる。
石は凄まじい魔力を秘めており、魔法の触媒や魔法銃の弾として用いられる。
一時期、カーバンクルは乱獲によって絶滅寸前まで追い込まれ、カーバンクル石の価格は跳ね上がった。
危機感を抱いたのは、カーバンクル石に頼る冒険者たちだ。
ルーンナイトギルド、メイジギルド、冒険者ギルドなど、有力団体が合同で“カーバンクルをみまもる会”を立ち上げ、この地を保護区とした。
カーバンクルの個体数は、適切に管理されるようになった。
これが何を意味するかと言えば、カーバンクル石の価格も適切に管理されるようになった、ということだ。
群れをなしたカーバンクルが、草原を駆ける。
まるでレンガのかたまりが不器用に転げ回っているようだ。
六十五層に彼らの天敵はいなかった。
そのためカーバンクルは、とりわけ無警戒で愚鈍なドラゴンとして進化した。
天敵は、そう、いなかったのだ。
今はいる。
ヒトだ。
サファリルックに身を包み、暴徒鎮圧魔法銃を担いだ男。
一見して、保護区の職員だ。
だが、様子がおかしい。
煙草をふかしながら、せわしなくきょろきょろしている。
(フゥー……落ち着け。慌てるな。袋に詰めて、さっさとトンズラするだけの仕事なんだ……)
この男の名はバルタン・デルス。
リンヴァースに根を張る零細非合法組織、悪夢コキュートスの末端構成員。
ケチなチンピラである。
カーバンクルの密猟は、悪夢コキュートスのような零細組織にとって一般的なシノギだ。
おおむね、公権力にパクられても問題のない末端構成員が仕事に駆り出される。
(孤児院を逃げ出して、まっとうな仕事を探して、どこに行ってもハグれて落ちぶれて、このザマか。ハッ、お似合いの末路だ)
バルタンは自嘲した。
孤児院から脱走して十年。
気付けば社会の吹きだまりだ。
何が間違っていたのかと考えることすら、バルタンは諦めている。
もう、後はなかった。
生まれてこのかた不器用なバルタンは、悪夢コキュートスの求める簡単なシノギもこなせず、五年ものあいだ末端構成員だった。
気付けば自分よりも後に入った若者にこき使われる立場である。
ここでヘマをすれば、よくて破門、悪くて暗渠に投げ込まれる。
(……よし。やるぞ)
意を決したバルタンが、一歩踏み出したその時である。
「はっはっは! 広いな! そして空が青い! このボクにぴったりの場所というわけか!」
異常にばかでかい独り言が、バルタンの身を竦ませた。
サファリルックに、暴徒鎮圧魔法銃。
冴えた金髪の女エルフが、リンヴァース・カーバンクルサンクチュアリ職員の格好で、六十五層に現れた。
バルタンは全身に汗をかきながら目をかたく閉じた。
見ないふりをしていれば、その内にエルフが消えてくれると本気で思ったのだ。
「む……君は」
だがエルフは、バルタンの前にやってきた。
「驚いたな! 君はバルじゃないか! バルタン・デルス!」
「……い、イース? あんた、イース・フェオーか?」
いかにも。
金髪エルフのルーンナイト、イース・フェオーだった。
◇
“慈愛と平和の子ども園”。
エルフもヒトもノームもドワーフも、ごちゃごちゃに詰め込まれた孤児院だった。
外部から『スローターハウス』と呼ばれていたが、その意味をバルタンが知ったのは、脱走してからずいぶん後のことである。
ともかくイースとバルタンは、孤児院で共に育った。
「はっはっは、懐かしいなあ! 覚えているかい、ボクたちがはじめてドラゴンに襲われた日のことを」
「あ、ああ……覚えているよ」
バルタンがうなずくと、イースは更にばかでかい声で笑った。
「バルがいなければ、ボクはあのとき死んでいたよ! ありがとう、バル!」
「そう、そうだったな……」
(ち、違う)
バルタンは心の中でうめいた。
(襲われたんじゃない……近所の森に住み着いたドラゴンを、見に行ったんだ。そしてイースは、覚えたての挑発スキルで、ドラゴンを……)
あの日のことを思い出すと、恐怖で全身が粟立つ。
バルタンとイースはドラゴンの炎で背中を炙られながら、必死で逃げ回ったのだ。
「もしかして“カーバンクルをみまもる会”の職員になったのかい?」
「ああ、いや……イースこそ」
とっさに嘘がつけず、バルタンは質問を返した。
「ボクはギルドからの依頼さ。ここ最近、キイロスイショウカーバンクルの目撃情報が寄せられていてね」
「それって、魔力をやたら貯め込んでるっていう」
キイロスイショウカーバンクルは、その名の通り、額の貴石が黄色い。
別種なのか、特別な個体なのかは分かっていない。
ひとつ分かっているのは、通常個体の三千倍ほどの魔力をその貴石に貯め込んでいるということだけだ。
その希少性と特性から、闇に流せば凄まじい値が付く。
「密猟される前に、保護しなければならない。そこでボクの出番さ。なにしろボクはあらゆる局面で勝ってきたからね!」
「ああ、そ、そうだな」
「おや、バル、どうしたんだい? 顔色が悪いように見えるが」
「な、なんでもない」
風の噂に聞いている。
イース・フェオーはリンヴァース最強の冒険者パーティ【メイズイーター】のリーダーであると。
昔からなにもかも規格外ではあったが、共に孤児院を抜け出してから十年の間に、ここまで差が開くものなのか。
「そ、その、イース。密猟者を見つけたら、あんたは」
「決まっているだろう。勝つのさ」
具体的にどうするのか何もない言葉が、かえって恐怖だった。
イースの行動に伴う結果を想像することは、昔から不可能だった。
「ああ……無理だ……」
バルタンは思わず、うめいてしまった。
それからイースが微笑んでいるのに気付いて、いぶかしんだ。
「いや、なに、懐かしいと思ってね。君の口癖は変わっていないようだな、バル」
「そ、そうだったっけ?」
「ドラゴンに襲われた時も、古い隧道でドラウグルに出くわしたときも、孤児院を脱走したときも、君はそう言っていたよ」
バルタンは苦い後悔の笑みを浮かべた。
するとイースが、バルタンの背中をばしっと叩いた。
「いいかい、バル」
イースはバルタンに見えるよう、拳を力強く握ってみせた。
「どこであろうと、願った場所で勝て!」
バルタンは、凄まじい勢いでせり上がってきた一つの言葉を、喉のところでぎりぎり食い止めた。
(おまえのせいで無理なんだよ……!)
どの道、バルタンにはもう行き場などない。
流れ着いた先で、自死の勇気すら持てずにぐずぐずと生きてきた。
そして今、勝ち目のない賭けにベットすることを迫られているのだ。
(やるしか、ないってのかよ)
バルタンは心中で呻吟した。
やるしかないのだ。
目の前の怪物を出し抜いて、カーバンクルの密猟を成功させる。
その過程で死んだのだとすれば、それまでだ。
(いや……だったら、それだったら)
剣を持った快楽殺人者に押し入られたとすれば、抵抗しようと逃げだそうと、生存率はそれほど変わらないだろう。
だとすれば、分の悪い賭けを選んでもいいではないか?
(そうだ……キイロスイショウカーバンクルを狩って、悪夢コキュートスへの――組織への手土産にしてやる。そうすりゃ、おれをバカにしていた連中だって……!)
バルタンの瞳が、熱意と狂気にぎらりと燃えた。
やぶれかぶれのチンピラが、この瞬間、後のない戦いに身を投じる戦士と化したのだ。
「はっはっは、良い目だね! よし、今日も勝つぞ!」
イースの高笑いが空に響いた。




