町田おやつデルタ③
おやつデルタ第三弾。
アーケード商店街の向かい、パチンコの景品交換所の脇にある小さなクレープ屋。
ちょっと滲んだ手書きのメニューに、しみじみとした味がある。
「むむむ……しょっぱいものと甘いものがあるのか……イース・フェオー、如何にして勝つ?」
メニューを睨むイースの視線が、ツナサラダエッグとバターシュガーの間で行き来した。
「ルールーはどうします?」
「んー、あまいの、しょっぱいの……んんー! アルちゃん、戸惑うやつだこれ!」
あ、なんか『戸惑う』って言葉が身内バズを起こしつつある。
「るふ…るふ…あんずジャム…」
「マイアはまた、ほんのちょっとだけ定番からずらすねえ」
「るふ…」
しばらくがちゃがちゃしてから、ようやく注文。
結局みんな甘いのに。
俺も生クリームとチョコソースどっさりのやつにした。
「はーこれこれ、クレープってこれだよなあ」
昔ながらって感じの、もったりしてもちもちで厚めの皮。
生クリームもどっしり重たいし、チョコソースもべったべたに甘い。
最近のクレープのさくさくした生地にはない、カロリーを塊で摂ってる感じがたまらん。
「あっまっ! あっまい! うおー、なんか満たされてきた!」
ルールーがなんか満たされたようだ。
「ほんと、すごいですねこれ……三日ぐらい保ちそうです」
「はっはっは! ダンジョン内にこの屋台があれば、いくらでも戦えるね!」
「るふ…るふ…冴える…今なら…すごい魔法…」
「糖分キマりすぎでは?」
生クリームめっちゃくちゃ入ってるからなあ、ここのクレープ。
ちょっともうクリーム多すぎて、円錐形になってる。
糖ガンギマリも無理ないな。
「ふいー……甘くてしょっぱくて戸惑うねえ」
放心したルールー、口ひらきっぱなし。
「実に戸惑うね。ボクたちの勝ちだ」
なんかイースの勝敗判定もめちゃくちゃ投げやりだ。
「ありがとうございます、ご主人。ごちそうさまでした」
「るふ…やぬし…好き…」
「いーえ。んじゃちょっとベローチェかなんかでダラダラして、次のこと考えようか」
◇
で、午後三時ぐらいになって、なんかめんどくさくなって家に帰った。
暑すぎてもうウロウロしたくない。
おとなしくプライムビデオが一番だね。
「夕飯食ってくでしょ。なにしよっかね」
冷蔵庫開けながら、四人に声かける。
「んっくんっくんっく……んふー。よし、ブロリー出るやつ観よ!」
ルールー、今日は金麦スタートですか。
まー暑かったもんね。
俺も金麦を冷蔵庫から取り出した。
もうこれは、今からだらだら呑んで適当に解散するやつだ。
つまみも、いい加減なもんばっか作ろう。
なすを真っ二つに割って切れ目入れたところにチーズ突っ込んで、オーブンで焼いたの。
ゴーヤとグレープフルーツをがちゃがちゃーっと和えて、砂糖入れたの。
トマトと塩昆布和えてごま油垂らしたの。
セブンのPBの焼き鯖。
ま、お酒だけは良いもの用意しようかね。
というわけで、今日はコエドブルワリーの白。
軽くて華やかでうるさくない、良い小麦ビールだ。
「んくんく……はー、ちょうどいいですね。うん、ちょうどいいです」
アルセーがしみじみした。
小麦ビール、いついかなる時でも飲めてえらい。
けっこう疲れたので、言葉は少なめ。
ちまちまつまんで、ぐいっと呑んで、ぼーっとドラゴンボール観る。
「あー……そうだったそうだった。ブロリーってそういうやつだったわ」
「すごいですよね、ブロリー。赤ちゃんの時のことそんなに恨みますかって話ですよね」
適当にツッコミ入れながらアニメ観る。
間を持たすためだけのツッコミだ。
「るふにゅ…るふにゅ…」
マイア寝てるし。
「にゃ……にゃ……」
ルールーも寝てるし。
「なるほど、池袋にあるんだね。ルーン耐性はどうなんだろうか」
イースがiPadで調べてるの、たぶん池袋の武器屋だな。
ルーンをエンチャントしやすい鎧とかは売ってないと思うけど。
思い思いに酒飲むこの感じ、最高に宅呑みしてるな。
気楽でいい。
「にゃ……かわいい……やつ……」
ルールーの寝言が、なんかめちゃくちゃ露骨だった。
あまりにも水着が欲しすぎて夢に出てきたのか。
これは起きたとき現実との落差でがっかりするパターンだ。
そのときふと俺は、なんか役立ちそうなものがあることを思い出した。
「あ、あれあったわ。あれ。あれならいけるかも」
よたよたと立ち上がり、寝室へ。
なんかが詰まった袋を開ける。
はるか昔に注文し、存在そのものを完全に忘れた頃になってようやく届いた、身長採寸用のスーツだった。
これ着て採寸すれば、ぴったりの水着をネット通販で買えるじゃん。
無料だし興味本位で注文しただけのものだけど、いやあ、何が役に立つか分からんね。
◇
「おお……はっはっは! いいね! 誂えたようにぴったりだ!」
しゅっとしたエルフの長身に、白いハイネックとハイウエスト。
なんか森でも同じ格好してそう。
「るふ…るふ…ぴったり…」
マイアは、病的に白い肌とドス黒いビキニのコントラストがなんか怖い。
へそから下は暗黒空間だし、ちょっとどうしたらいいのか分からん感じある。
「すごいですね、この生地。よく伸びて密着します」
アルセーは結局、子ども用のワンピースタイプ。
ニンフのパッシブスキルは、スイムウェアにバフをかけて封じているらしい。
「にゃー……かわいい……かわいすぎる……」
もっとも水着にご執心だったルールーは、フリルざっくざくのオフショルと、なんか側面にめっちゃ紐があるビキニボトム。
熟考の末のセレクトが光る。
「ううう、大将ありがとう……これかわいすぎる……ほんとかわいすぎて戸惑う……」
あ、まだ『戸惑う』が身内バズってる。
「いいよいいよ別に」
水着回を見せまくって文化汚染してしまった負い目があるしね。
しかし八畳のリビングキッチンに水着が四人いると、なんか暑苦しいな。
「よーし! さっそく地底湖に行こーう!」
「ああ、勝つぞ! 敵はバハムートだ!」
「えっバハムート?」
「うん? どうしたんだい、フロアルーラー。大イスタリ宮の回遊魚といえば、バハムートを置いて他にはないじゃないか」
「その常識は知らないけど」
水着でバハムートに挑むのか、こいつら。
ていうか魚なの?
竜じゃない?
まあいいや。
「じゃあまあ、体に気を付けて楽しんでおいで」
「うんっうん! いっぱい採ってくる! 待っててね大将!」
あ、やっぱり食材持ち込みですか。
まあいいや。
もう好きにしてくれ。
「いってらっしゃい」
「はーい!」
冒険者たちは、元気よく飛び出していった。
町田おやつデルタ おしまい