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迷宮と宅呑み  作者: 6k7g/中野在太
町田おやつデルタ
30/39

町田おやつデルタ②

 クソ暑い町田を、五人でてろてろ歩く。

 エルフとニンフとけも耳とアラクネとおっさん。

 東京都の片隅にはあんまり似つかわしくない五人組だった。


「にゃー……帰りたい……」


 ルールーはこの殺人的暑熱に早くもやる気をなくしていた。


「るふ…少し…冷やす…」

「ルールー、魔法で気象を操ろうとしないよ」

「わー、これ、地面……地面が焼けてます……」


 アルセーはちっこくて地面に近い分、より暑さにやられている。


「はっはっは! いいね! 汗が出るね!」


 イースだけが元気だ。


「これは、あれだな。まめに水分とらなきゃだめなやつだな」


 エルフだろうがなんだろうが、熱中症には注意だ。

 すみやかにことを済ませよう。


 東急ツインズ、ルミネ、モディ、109。

 一通りの商業施設を見て回る。

 試着とかもしてみる。


 その結果、一つのことが分かった。


「はっはっは、まさかぴったりの水着がないとはね!」

「にゃー! みんなどこもかしこも小さすぎ!」

「るふ…るふ…おっぱい…小さい…」


 冒険者たちの肉体がちょっと規格外すぎて、ぴったりの水着がなかったのだ。

 身長とか胸とか尻とか、もうまったく収まりきらないのだ。

 揃いも揃ってビキニアーマーの着こなしにも無理のなさそうな連中だし、仕方ない感じある。

 

「わたしは、探せばいくらでもありますけど」


 アルセーにぴったりの水着だけは、ユニクロの子ども用スイムウェアコーナーにいくらでもあった。

 だが、殊勝にも三人に付き合うつもりらしく、未購入。


「はあ……」


 ルールーは、ペデストリアンデッキから東急ツインズを見上げ、ため息をついた。


「かわいいの、着たかったにゃー……」

「はっはっは! ルー、いいじゃないか! やはり冒険者は裸だよ!」

「にゃはは……そうだねえ」


 イースに背中ぽんぽんされて雑に慰められて、ルールーはむりやり笑った。


 あ、これはいかんな。

 胸が痛んできた。

 なんとかしてやりたくなってきた。


「結構うろうろしたし、軽く腹になんか入れてまた考えるか」


 俺は町田おやつデルタに向かうことを決めた。



 町田おやつデルタ。

 JR町田駅ターミナル口から徒歩二分。

 ヤミ市の面影を残すアーケード商店街の入り口に、それはある。


「まずはここ。焼き小籠包の店だ」


 店といってもほとんど屋台みたいなもので、イートインスペースが六人分ほどあるだけ。

 ガラスの向こうでは、おばちゃんたちが超高速で生地をこね、ばかでかい鉄鍋で小籠包を揚げている。


 いつもは死ぬほど行列しているけれど、さすがにこの暑さだから並びは少ない。

 すんなりイートインスペースを確保して、四つずつ注文。


 発泡スチロールの素っ気ないケースに入った小籠包が、すぐさま提供される。

 てっぺんは水餃子みたいなもっちり感、揚がった側面はざっくざくの黄金色。

 もうビジュアルがうまい。


「ほう、いいね! おいしそうじゃないか」

「最初に注意しとくけど、一口でぱくっと行くと地獄見るからね」

「んんっぐ!?」

「え?」


 悲鳴を上げたのは、マイアだった。

 めっちゃ涙目で、顔を真っ赤にしている。

 口を閉じたまま顎を最大限まで開こうとしているせいで、なんだろうなんか、顔がフグっぽくなってる。


「んんん! んんん! んんん!」

「わー! マイア、詠唱しちゃだめですって! がまんしてください!」

「んんんん!」

「にゃっはっは! 大将の言うこと聞かないからー」

「はっはっは! ありがとう、マイ! 一口でぱくっと行くとどうなるか分かったよ!」


 ここぞとばかりイジってくるなこいつら。


「んん…く、口の、中…燃えた…」

「見せてください」

「あー…」


 マイアが口を大きく開けて舌を出した。

 

「わー! すごい、ずたずたです! ほら、ご主人!」

「あええええ」


 アルセーがマイアの舌をつかんでひっぱってこっちに見せてきた。


「珍しい虫見つけたみたいなリアクションはどうかと思うよ」

「あ! す、すみません、初めて見たから興奮しちゃって……」


 アルセーはときどき、知的好奇心が理性を轢き殺すんだよな。


「あふっあっふっ! あっこれおいしっ! しょっぱいスープとこれ、お肉がほろっほろ!」


 ルールーは小籠包を半分に割り、あふれ出たスープを生地に吸わせてからぱくっといった。

 賢い。


「で、ここに黒酢ちょろっとね」


 黒酢の酸味と甘みが、油ぎっとぎとの食いもんにはうれしいね。


「るふ…豆板醤…いい…」

「え、マイアそんな辛いのいっちゃってだいじょうぶ?」

「わたしが治しました」

「アルセー、市内で奇跡を行使しないよ」

「あ、ご、ごめんなさい!」


 完食。

 さあ、次に行こう。



 町田おやつデルタ第二陣は、焼き小籠包の店の向かいにある大判焼きの店だ。

 ガラスのウインドウには、でかでかと『町田名物』とか書いてある。

 この店の特徴は、ヤケクソみたいに盛りまくったメニュー数にある。


 あんこ、カスタード、クリームチーズ、チョコと言った定番だけではない。

 明太マヨとかハムエッグとかマロンクリームとか、まあ合いそうなものだけでもない。

 グラタンとかラザニアとか豚の角煮とかビーフシチューとか、もうそのまま食えよみたいなもんまで大判焼きにしているのだ。


「おー! これは迷うねえ! たのしく戸惑えるねえ!」


 手書きのメニューに、ルールーが目をキラッキラさせた。


「なるほどなるほど。しょっぱいのと甘いのを交互にやれば勝てそうだね」

「栗抹茶…焼きいもあん…」


 イースは早々に真理を得て、マイアは微妙に味の想像ができなさそうなものに惹かれている。


「でもやっぱり、カスタードですよね」


 アルセーは保守的だ。


「まあ好きなもんゆっくり選んでくれ。適当にシェアしようか」


 というわけで、ひとり二個ずつ頼んだら日陰で食べる。


「栗と…抹茶…」


 栗抹茶を選んだマイアが、なんらかの気付きを得てしまっている。


「わー! もち明太チーズ! わー! 戸惑うやつですこれ!」


 にゅーっと伸びたもちに、アルセーが困る。


「はっはっは! やはりテリヤキチキンは強いね! ボクの勝ちだ!」


 イースは勝つためには手段を選ばないので、底堅いものを選ぶ。


「おもち! チョコ! これは最高の組み合わせだね!」


 ルールーも満足げだ。


「あ、おいしそう! ちょっとください!」

「はーいよ、アルちゃん」


 ルールーが差し出した大判焼きに、アルセーがぱくっと食い付く。


「わー! チョコ! おもち!」

「にゃっはっは! でしょー?」

「栗…抹茶…」

「どれどれ……うん、栗と抹茶だね! 戸惑うね!」


 イースも気付きを得てしまった。


 四人は、楽しそうに大判焼きを平らげた。

 もう一押しだな。


「よし、次に行くぞ」

「応ッ!」

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