町田おやつデルタ②
クソ暑い町田を、五人でてろてろ歩く。
エルフとニンフとけも耳とアラクネとおっさん。
東京都の片隅にはあんまり似つかわしくない五人組だった。
「にゃー……帰りたい……」
ルールーはこの殺人的暑熱に早くもやる気をなくしていた。
「るふ…少し…冷やす…」
「ルールー、魔法で気象を操ろうとしないよ」
「わー、これ、地面……地面が焼けてます……」
アルセーはちっこくて地面に近い分、より暑さにやられている。
「はっはっは! いいね! 汗が出るね!」
イースだけが元気だ。
「これは、あれだな。まめに水分とらなきゃだめなやつだな」
エルフだろうがなんだろうが、熱中症には注意だ。
すみやかにことを済ませよう。
東急ツインズ、ルミネ、モディ、109。
一通りの商業施設を見て回る。
試着とかもしてみる。
その結果、一つのことが分かった。
「はっはっは、まさかぴったりの水着がないとはね!」
「にゃー! みんなどこもかしこも小さすぎ!」
「るふ…るふ…おっぱい…小さい…」
冒険者たちの肉体がちょっと規格外すぎて、ぴったりの水着がなかったのだ。
身長とか胸とか尻とか、もうまったく収まりきらないのだ。
揃いも揃ってビキニアーマーの着こなしにも無理のなさそうな連中だし、仕方ない感じある。
「わたしは、探せばいくらでもありますけど」
アルセーにぴったりの水着だけは、ユニクロの子ども用スイムウェアコーナーにいくらでもあった。
だが、殊勝にも三人に付き合うつもりらしく、未購入。
「はあ……」
ルールーは、ペデストリアンデッキから東急ツインズを見上げ、ため息をついた。
「かわいいの、着たかったにゃー……」
「はっはっは! ルー、いいじゃないか! やはり冒険者は裸だよ!」
「にゃはは……そうだねえ」
イースに背中ぽんぽんされて雑に慰められて、ルールーはむりやり笑った。
あ、これはいかんな。
胸が痛んできた。
なんとかしてやりたくなってきた。
「結構うろうろしたし、軽く腹になんか入れてまた考えるか」
俺は町田おやつデルタに向かうことを決めた。
◇
町田おやつデルタ。
JR町田駅ターミナル口から徒歩二分。
ヤミ市の面影を残すアーケード商店街の入り口に、それはある。
「まずはここ。焼き小籠包の店だ」
店といってもほとんど屋台みたいなもので、イートインスペースが六人分ほどあるだけ。
ガラスの向こうでは、おばちゃんたちが超高速で生地をこね、ばかでかい鉄鍋で小籠包を揚げている。
いつもは死ぬほど行列しているけれど、さすがにこの暑さだから並びは少ない。
すんなりイートインスペースを確保して、四つずつ注文。
発泡スチロールの素っ気ないケースに入った小籠包が、すぐさま提供される。
てっぺんは水餃子みたいなもっちり感、揚がった側面はざっくざくの黄金色。
もうビジュアルがうまい。
「ほう、いいね! おいしそうじゃないか」
「最初に注意しとくけど、一口でぱくっと行くと地獄見るからね」
「んんっぐ!?」
「え?」
悲鳴を上げたのは、マイアだった。
めっちゃ涙目で、顔を真っ赤にしている。
口を閉じたまま顎を最大限まで開こうとしているせいで、なんだろうなんか、顔がフグっぽくなってる。
「んんん! んんん! んんん!」
「わー! マイア、詠唱しちゃだめですって! がまんしてください!」
「んんんん!」
「にゃっはっは! 大将の言うこと聞かないからー」
「はっはっは! ありがとう、マイ! 一口でぱくっと行くとどうなるか分かったよ!」
ここぞとばかりイジってくるなこいつら。
「んん…く、口の、中…燃えた…」
「見せてください」
「あー…」
マイアが口を大きく開けて舌を出した。
「わー! すごい、ずたずたです! ほら、ご主人!」
「あええええ」
アルセーがマイアの舌をつかんでひっぱってこっちに見せてきた。
「珍しい虫見つけたみたいなリアクションはどうかと思うよ」
「あ! す、すみません、初めて見たから興奮しちゃって……」
アルセーはときどき、知的好奇心が理性を轢き殺すんだよな。
「あふっあっふっ! あっこれおいしっ! しょっぱいスープとこれ、お肉がほろっほろ!」
ルールーは小籠包を半分に割り、あふれ出たスープを生地に吸わせてからぱくっといった。
賢い。
「で、ここに黒酢ちょろっとね」
黒酢の酸味と甘みが、油ぎっとぎとの食いもんにはうれしいね。
「るふ…豆板醤…いい…」
「え、マイアそんな辛いのいっちゃってだいじょうぶ?」
「わたしが治しました」
「アルセー、市内で奇跡を行使しないよ」
「あ、ご、ごめんなさい!」
完食。
さあ、次に行こう。
◇
町田おやつデルタ第二陣は、焼き小籠包の店の向かいにある大判焼きの店だ。
ガラスのウインドウには、でかでかと『町田名物』とか書いてある。
この店の特徴は、ヤケクソみたいに盛りまくったメニュー数にある。
あんこ、カスタード、クリームチーズ、チョコと言った定番だけではない。
明太マヨとかハムエッグとかマロンクリームとか、まあ合いそうなものだけでもない。
グラタンとかラザニアとか豚の角煮とかビーフシチューとか、もうそのまま食えよみたいなもんまで大判焼きにしているのだ。
「おー! これは迷うねえ! たのしく戸惑えるねえ!」
手書きのメニューに、ルールーが目をキラッキラさせた。
「なるほどなるほど。しょっぱいのと甘いのを交互にやれば勝てそうだね」
「栗抹茶…焼きいもあん…」
イースは早々に真理を得て、マイアは微妙に味の想像ができなさそうなものに惹かれている。
「でもやっぱり、カスタードですよね」
アルセーは保守的だ。
「まあ好きなもんゆっくり選んでくれ。適当にシェアしようか」
というわけで、ひとり二個ずつ頼んだら日陰で食べる。
「栗と…抹茶…」
栗抹茶を選んだマイアが、なんらかの気付きを得てしまっている。
「わー! もち明太チーズ! わー! 戸惑うやつですこれ!」
にゅーっと伸びたもちに、アルセーが困る。
「はっはっは! やはりテリヤキチキンは強いね! ボクの勝ちだ!」
イースは勝つためには手段を選ばないので、底堅いものを選ぶ。
「おもち! チョコ! これは最高の組み合わせだね!」
ルールーも満足げだ。
「あ、おいしそう! ちょっとください!」
「はーいよ、アルちゃん」
ルールーが差し出した大判焼きに、アルセーがぱくっと食い付く。
「わー! チョコ! おもち!」
「にゃっはっは! でしょー?」
「栗…抹茶…」
「どれどれ……うん、栗と抹茶だね! 戸惑うね!」
イースも気付きを得てしまった。
四人は、楽しそうに大判焼きを平らげた。
もう一押しだな。
「よし、次に行くぞ」
「応ッ!」




