竜骨ラーメン③
「オロカナニンゲンヨ……ナニユエ、ワレヲメザメサセタ……」
身の丈十メートルもある二足歩行のドラゴンが、メイズイーターの四人を見下ろす。
「ねえ、なんかすっごいドラゴンあるあるみたいなこと言ってるけど。あれ本当にワイバーン?」
ルールーがイースの肩をゆさぶった。
「安心したまえ、ルー。ボクにもドラゴンに見えているよ」
「帰りましょう。話がちがいます」
アルセーが即断した。
「…無理…これ…」
マイアが手にしているのは、イスタリヤドリギ(学名:viscum istariensis)の蔓を編んだ杖ではなく、さっきたわむれに手折った木の枝だ。
破滅的な魔法の行使には耐えられない。
「しかし、ボクたちが引き下がれば、村が燃やされる」
イースは好戦的な笑みを浮かべ、ルーンの刻まれたロングソードを鞘から抜いた。
「まったく……イースは戦いたいだけでしょう?」
「はっはっは、いいじゃないか! ボクは戦いたい、村人は守られたい! 利害は一致!」
「にゃっ!」
「相手はドラゴン? 上等だ! ボクが喰らってやろう!」
イースが盾を打ち鳴らし、挑発スキルを発動する。
メイズイーターにおいて、イースの役割はタンク。
ヘイトを稼ぎ、敵の攻撃を一手に引き受けるのがルーンナイトだ。
ドラゴンの瞳がイースに向けられた。
「ルー、マイ! 側面から攻撃を仕掛けてくれたまえ!」
「オロカナニンゲンヨォオオオ!」
大地を揺らしながら突進するドラゴン。
体重全部を乗せたのしかかりを、イースは盾で受け止める。
「はっはっは、強烈だね! ルー!」
「にゃっ!」
カタナの柄を握ったルールーが、地を這うような低姿勢で駆け込む。
「這龍の型――」
サムライは高い攻撃力を誇る近接DPSであり、ルールーもまた、あまたのドラゴンを切り裂いてきた。
「――鶺鴒鳴!」
鞘鳴りの音も高らかに、抜刀しざまの一撃でドラゴンの脛に切りつける。
ぺきっと音がして、安物のカタナがへし折れた。
「にゃごぶっ……」
振り回された尻尾の先端が、ルールーの腹を打った。
ルールーは地面と水平に吹っ飛んでごろごろ転がり、木にぶつかって止まると動かなくなった。
「ルールー!」
アルセーが、血相を変えてすっとんでいく。
ぴくりともしないルールーをひっくり返すと、穴という穴から血が出ていた。
「わー! 死んでます! わー!」
「ある…落ち着いて…」
パニックに陥ったアルセーを、マイアの手が撫でる。
「わたしが…仇を…打つ…!」
マイアは杖がわりの木の枝を掲げ、ドラゴンに照準した。
「…怒りの源…煮える銀…溶ける泥…」
詠唱が、魔力を枝の先に凝集させる。
迷宮都市リンヴァース広しといえど、マイアを越えるメイジは見つからない。
遠距離DPSとしての実力は折り紙付きだ。
「…捉える光…重たい闇…闇! 闇! 圧し潰す闇! シュヴァルツシルト!」
枝の先端に集った魔力が、マイアの呪文によって変性していく。
光さえ呑む黒く重たい闇の魔力球と化す。
「…あっ…」
木の枝が、負荷に耐えかねて粉々に砕け散った。
飛び散った魔力が、虹色のパーティクルとなって周囲でキラキラした。
「わー! わー! こっち! こっちに!」
アルセーが絶叫する。
ドラゴンがアルセーとマイアに向かって走ってきていた。
「イース……死んでます!」
イースは地べたに伏し、手足を変な方向に曲げていた。
「ゴガァアアアア!」
絶叫したドラゴンが、首の筋肉を一瞬たわめ、その反動で顔を突き出した。
「わー! バイティング! グレイトドラゴンに特有の!」
アルセーは深く混乱しながら、はじめて見る捕食行動に感動した。
「…食べ…られた…」
マイアの右腕が、ばっつり食いちぎられていた。
血が噴き出していた。
「ある…あとは…お願い…」
どさっとマイアが倒れる。
残されたのは、アルセーひとりだった。
「コロス……キサマモ……!」
血を浴びて興奮したドラゴンが、アルセーめがけて前肢を振り下ろす。
アルセーの役割はヒーラーだ。
プリーストは常にパーティの中衛、DPSとタンクから守られる立場である。
最低限の攻撃力しか持たず、彼女が手にしている武器は――
「まったく……みなさん、ちゃんと準備しないからです」
アルセーはモーニングスターを振り回した。
ドラゴンの腕が付け根から吹っ飛び、血の航跡を曳きながら宙を舞った。
「グガアアア……え?」
ドラゴンは、空中でくるくる回転する自分の腕を見て、我に返った。
「え?」
ドラゴンはアルセーを二度見した。
「なんですか。まだやるんですか」
アルセーはモーニングスターをぶんと振った。
先端の鉄球が邪悪な虹色に輝いた。
「あ……いや……え?」
「わたしの愛器“三千世界統一大天球”は二百八十二層で手に入れたアーティファクトです。こんな浅い層でイキってるドラゴンぐらい、一瞬で即死させられますよ」
「そうみたいですね」
「あなたにも事情はおありでしょうけど、村を襲ってはいけません。迷宮環境に問題を感じたときは、しかるべき書類を迷宮保安委員会に提出すること。知性あるものの義務です。いいですね?」
「……はい」
「じゃあ、その腕は勉強代ということで、わたしたちがもらっていきますから。今日はもう帰ってください」
「……はい」
力なくうなだれたドラゴンは、きびすを返し、とぼとぼと歩いて行った。