町田おやつデルタ①
「やあ、フロアルーラー! 水着を買いに行こうじゃないか!」
「にゃっ! かわいいの欲しい!」
「るふ…るふ…やぬし…すけべ…」
「あああごめんなさいごめんなさい! みんな言いだしたら聞かなくて……!」
S級冒険者パーティ、【メイズイーター】の四人が、俺の耳元でやかましい。
iphone見て、時刻が午前六時であることを確認し、俺は布団を頭からかぶった。
「ほらあ! 朝早くはダメだって言ったじゃないですか! ほらあ!」
「るふ…るふ…寝起き…いじめたい…」
「はっはっは! しかしもう太陽は出ているからね!」
「にゃー! はやく欲しい!」
あまりにもうるさい。
「あのさ」
俺は布団から顔を出した。
女子四人が横並びになってると圧がすごい。
なんか、看取られてるみたいな感じになってる。
俺はひるまずに口を開いた。
「十三連勤が終わってさ、もう逆に疲れすぎて眠れなかったから深夜三時までずーっとプライムビデオ漁ってさ、ほんで今日は日が暮れるまで寝るつもりだったんだけどさ。その点についてどう思う?」
「るふ…るふ…弱ってる…容易い…」
「かなり蜘蛛寄りの発想だね」
「にゃー……水着……ほしいにゃー……」
「いっつもそのしゅんとした顔に罪悪感を抱くとか思わないで」
「はっはっは! しかしもう朝だからね、フロアルーラー!」
「引きだしそれだけ?」
「ううう、ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「アルセーだけはありがとね」
なんでこんな一つ一つ丁寧に処理しなきゃなんないんだよ朝っぱらから。
だが、しゃべってる内に目が覚めてきてしまった。
俺は布団から這いだした。
「待ってな。シャワー浴びてメシにするから」
四人の顔がキラッキラになった。
卑怯だねえ君たち。
◇
近所の干物屋で買ってきた、ちょっといいアマダイの干物は一人につき半身でいいか、三枚焼こう。
五人なので半身ひとつ余るな、あれやろう、冷汁もどき。
つっても、だし入り味噌を水で溶いて、きゅうりの塩もみ入れて、みょうが入れて、切りごま散らすだけ。
ここに、焼いたアマダイの半身をほぐして放り込み、氷でぎんぎんに冷やせばできあがり。
「はいお待たせ。朝ごはん」
冷汁もどき、アマダイの干物、固めに炊いたごはん。
やることは決まってますな。
冷汁にごはんを入れて、一気にかっこむ。
焼いたアマダイとゴマが香ばしくて、きゅうりの塩加減が絶妙で、みょうがはしゃっきしゃき。
しょっぱい汁の絡んだごはんの甘さが最高。
「わー! これ、するするーって食べちゃいました! あっという間です!」
「魚……いいねえ、アガっちゃうねえ」
アルセーとルールーは秒速で冷汁ごはんを平らげた。
「るふ…るふ…しっとり…しょっぱい…」
アマダイ食べたマイアがしみじみする。
表面の皮はてりってりのもっちもち。
水分をまとった身は口の中でほろっほろに崩れて、白身魚の上品な味と油と塩気。
完璧な休日の朝ごはんだ。
「んで、なんで水着?」
FireTVでプライムビデオ漁りはじめた四人に訊ねる。
「にゃっ! ドラゴンボールがいい!」
「わー! サメの生態気になります! これにしましょう!」
「ルー、アル、分かっていないなあ。ゴジラVSキングギドラだよ」
「るふ…るふ…本山…らの…」
「すごい、こんなに聞いてもらえないとは思わなかった」
「あ、ごめんなさい! あの、そろそろ回遊魚が接岸するシーズンなんです」
アルセーだけだよ、我に返ってくれるのは。
「回遊魚……? ええと、ダンジョンに?」
「そうさ。迷宮内には水が循環しているのだけど、そのパイプの中を回遊する魚がいるんだよ」
イースが言った。
「ええと、接岸っていうのは?」
「…二百二十層…地底湖…」
「ふむふむ。湖を魚が通るわけね」
「にゃっ!」
ルールーが、チャンスと見たのかドラゴンボールを再生した。
いやドラゴンボールは面白いからいいけど、話に混ざる素振りぐらい見せなさいよ。
「その魚を素潜りで採るのに、水着が欲しいなーって思ったんです」
「リンヴァースには売ってないの?」
「無いことは無いんだけどね。水遊びは古着や下着でするのが一般的なのさ。あとは裸だね」
「中世ファンタジーあるあるだ」
「ま、べつに裸でもいいっちゃいいんだけどにゃー」
と、ルールーがようやく話に入ってきた。
「でもさー、お風呂とかならともかく、なんか水場でずっと裸で魚採ってると、なんていうかこう……なんか次第にお互いの裸が生々しくなってきちゃうんだよねえ」
「あ、なんか分かる気がするな俺。ここは裸でも良い領域ってあるよね」
「にゃっ! そうそう! それにかわいいの着たいし!」
なるほどなるほど。
「でもさ、迷宮の魚でしょ。激しい運動するんだったら、水着っていうかこう、スポーツ用のマリンウェアとかの方がいいんじゃないの。Victoriaとかで売ってるような」
「ええ、わたしもそう思ったんですけど」
「るふ…るふ…水着回…みたいなの…」
「見たこともないぐらい鮮やかな発色の水着を、一度は着てみたいじゃないか」
「にゃー! かわいいのがいい! なんか細い紐でつながってるようなやつがいい!」
「アッこれ、プライムビデオの見過ぎで文化汚染されてるやつだ」
アニメばっかり見せすぎたせいで、こいつら着古した服じゃ満足できなくなってる。
制作者がよかれと思って入れてくれた水着回が、こんなかたちでよその世界の文化を曲げてしまうとは。
もっとゲームオブスローンズばっかり見せておけばよかった。
「ま、そんなら動きますか」
「あ、待って待って! 大将待って!」
立ち上がりかけた俺を、ルールーが制した。
「いま『激突!! 100億パワーの戦士たち』みはじめたとこだから待って!」
俺は座った。
「メタルクウラじゃしょうがないって気持ちはある」
崖の上にメタルクウラの大群が現れるシーン、なにより最高だし。




